[Home]  [about]  [Game]  [SS]  [blog]  [link
G線上の魔王(2009年8月29日 執筆)



 見どころ: トリック




■ 概要

 魔王VS勇者の心理戦。
 ひたすらハルと "魔王" の対立構造が続いて、その脇道として個別ヒロインルートが用意されてます。
 一言で言えば読み手の裏を掻くためのシナリオ。


■ 椿姫シナリオ

 創作上、誰も異常だと突っ込まなかった清純派エロゲーヒロインの典型的人格を、人間ではないと真っ向から
 ぶった切ったシナリオライターが好きになりました。

 その反面、シナリオの結論が清純派エロゲーヒロインの典型的人格に依拠したものになっている印象を受けるので、
 シナリオのロジックとしては多少唸ってしまいました。
 魔王によって椿姫の内心がより "人間" のベクトルへと変化していき、曰く…俗っぽい性格になっていき、
 家族を軽んじる行動をとるよう見えていたが、それでもやっぱり椿姫の本質は変わらずいい子でした――
 という流れなのですが、読み手から見てこれは…
 椿姫は元々いい子でした→でも誘拐事件のせいで精神的にぶれてしまいましたが椿姫はどこかいい子です→
 そして椿姫はいい子だったので根っこの良さは変わりませんでした…
 と、ほとんど椿姫の中身が魔王によって変わった印象を持ちませんでした。
 椿姫の甘さが広明をわがままにしてしまっているという設定にあって、椿姫は心を鬼にしなければならない…
 言い方を換えれば、椿姫は甘やかすだけの自分から脱却してと家族と向き合わなければならないはずが、
 いつのまにかテーマがすりかわってしまい、椿姫は結局いい子だったから問題は解決しました、となっている
 ように見えるのに疑問を感じました。
 特に広明は椿姫の元あったいい子ちゃん椿姫の鏡像として読み手に比較させる役割を担っていただけに、
 最後の公園で頬を張るシーンで椿姫がある意味で広明(かつての自己の鏡像)に回帰するのはどんな意味が
 あったのか分かりにくいです。椿姫はどこか人間らしくない隷従・自己犠牲に疑問を持たない欠落した人格として
 問題提起されているにもかかわらず、そのかつての自分に回帰する事でハッピーエンドを見せているのは
 いささか描写不足かと…。描きたい図として、魔王によって間違った方向に変わってしまった椿姫が広明の
 純真さや絆によって方向修正されると思っていたのですが、元あった問題とされた椿姫の性格と、広明に
 よって矯正され生まれ変わった椿姫の性格に差異が見出せません。
 つまるところ、結局は椿姫はいい子だったので魔王の策略によっても曲げる事はできませんでしたでは、
 最初の椿姫と最後の椿姫を比較させる意味がないように見えます。

 一方で椿姫の無償の愛によって少しずつ変わっていく主人公という構図が見事に描かれていて、こちらは心動かされ
 ました。むしろ椿姫シナリオと思いながらその実、このシナリオは主人公の成長物語だと思います。
 その意味では椿姫と広明は主人公の心に転機を与えるシナリオ上の道具でしかないとも思えるので、シナリオライター
 はこのあたりにあまり注力しなかったのだと勝手に考えてます。
 『椿姫の章 鏡』という題名もそれを意識したものに見えますし、その鏡は椿姫にとっての広明であり、主人公に
 とっての椿姫でしょう。
 あと気になったのは『家族』か『恋人』かの天秤。
 すでに主人公の命がかかった状態での椿姫の選択なので、見方を変えればこれは『カネ』か『命』か…とも見えて
 しまいます。純粋に家族の願いと恋人の願いが椿姫の中で葛藤となっているならともかく、片方は人命がかかった
 状態、一方は社会通念上それよりも明らかに劣後する "幸せや思い出" の問題なので、厳密には椿姫の葛藤は
 読み手から見て、そこで悩んだら人間としてダメだろ!的な部分に見えます。特に椿姫の父親が京介はもう家族だ
 という趣旨の発言をした上での事なので、『家族』か『恋人』かの天秤という構図自体がそもそも機能していません。


■ 花音シナリオ

 娘を自己の延長線としか見ていない母親とその母親を拒絶し続けてきた娘のお話。
 当然、行き着く先は親子の和解であり、それに付随するイベントとしての優勝となるわけですが、この他にも色々と
 内心の動きが事細かに描写されています。

 …これが蛇足でした。
 これは少し色々と詰め込みすぎて最も描きたかった過程がぼやけてしまい、最終的にこれまで言ってきた事は果たして
 なんだったのか? と感じてしまいます。
 このシナリオライターの方向性として人間の表裏一体性を他方の否定・昇華による人格的発展として描くアウフヘーベン
 的な手法を多用することが多いのですが(車輪の国の時も顕著でしたが)、一方でその構図には情報過多とも言える程
 多くの感情の動きや考え方の変遷を取り混ぜるので、最終的に意味が分からないものが多いです。
 表現したい事の100%をテキストに起こしている感じで、Keyのゲームのシナリオに象徴されるような読み手の思考過程
 を利用して言いたい事を理解させるテキストではなく、シナリオライターが伝えたい事の100%をすべてテキストに変換
 しているような雰囲気なので、少し微妙に思えました。
 少ない言葉でより多くのものを伝える――というのが個人的には上手いテキストの書き方だと考えているので、
 その意味で肌に合いませんでした。


■ 水羽シナリオ

 おおぉぉぉ…最後のご都合感さえなければ…orz
 水羽が姉のように成長したという事を表現したいのは分かるが、その表現手法がこれまでの人格的限界を超えたり、
 設定を裏返してしまうようなものだったりすると、急に熱が醒めてしまいます。
 物語の向かわせたい先が見えてしまっているだけに、プロポーズを断ったりとか無駄に派手な演出によってあからさま
 に読み手に見せようとしているのがどうにも…。
 何を見せたいかは分かったから、もう少し落ち着いてくれと思ったり…。

 それ以外の部分では作中で最もいいシナリオに思えました。
 というよりも一番人格的成長が読み手に分かりやすかったのが、水羽だったからかもしれません。
 物語の進展において、水羽の人格的成長と主人公との距離を縮めるバランスが良かったので、一番感情移入できた
 シナリオです。


■ ハルシナリオ

 最後の最後でバタバタと過去の記憶とかが出てきて、恋愛と過去の確執の摩擦について都合よく収められているので
 むしろこのあたりはお話のメインではないように感じました。
 となると残るは読み手の裏を掻くトリックだと思いますし、それがこの作品一番の売りではないかとも思います。
 最初から色々楽しめるギミックが盛り沢山でしたが、最初から一貫して伏線を張りまくっていた魔王の正体について…
 これにガクッときてしまいました。

 主人公=魔王、または魔王は別人のどちらかであるというのが読み手に明白であり、最後の方でこれが明かされる
 ようなシナリオ運びだったので特に期待していたところ。
 この2つのケースを比較すると、魔王が別人だったら明確な敵が出来上がり、行き着く先は予想通りとなってちょっと
 面白くない感じですが、もし主人公=魔王として最終決戦に挑む事があれば、どんな展開になるか全く分からないですし、
 読み手としてはどちらかといえばこちらを期待していたのでは…と思います。
 で、最後に魔王は別人でした!となっても、えー、という感じで少し残念な気分になりました。
 物語的な面白さよりもシナリオのトリックや仕掛けの部分が主役になっており、物語はそのための道具でしかないように
 見えるので、過去のお話や最後の結末などもいまひとつに感じました。
 別に親の詐欺やら借金について事細かにシナリオ上の整合をとる作業を見せられてもあまり面白くありませんし。
 最後の最後で設定をひたすら書き連ねる展開だったので退屈でした。


■ キャラ

・白鳥 水羽
 ツンデレな学生時代も萌えるが、大人になってすべてを受け入れられるようになった水羽が好きです。
 しっかり者の姉の背中を追い続けて精神的に自立しようとがんばり続けてきた姿に涙が止まらないです。
 特に大人になって父親を赦すシーンが個人的に最高…! 宇佐美や時田と違って恨みを晴らして溜飲を下げる
 ような次元の低い直情的行為に走る事無く、自分が赦すべきではない相手を赦す事で先に進もうとする
 姿勢は人間として尊敬でき感動しました。
 それと主人公が肺炎になる時の我侭全開な水羽も最高に萌えますw

・浅井 花音
 エンディング後のキャラよりも、エンディング前の強固な意志をむき出しにした花音の方が好きです。
 逆境に対して芯の強さを発揮するヒロインは多いですが、生き方そのものに力強さを感じるヒロインは
 少ないので、その点でこの花音に惹かれます。

・浅井 権三
 コイツは本物ですw
 特に椿姫シナリオでは、主人公は他人の不幸から目を背けて悪人足りえた――換言すれば自分の行為が
 どんな不幸をもたらしているのかちゃんと知らなかったから悪人として生きてこられたのに対して、
 このオヤジはそんなチキンとは違って、それらを直視した上で相手を踏みにじれる強さがありますw
 悪党にも良心がある…という場合の良心は善性ではなく小心からくる恐怖であったり嫌悪だったりと
 自己の精神的防衛機能に根ざすものがほとんどですが、このオヤジはそんな次元は軽く超越していますw

・宇佐美ハル
 一番嫌いになったキャラ。
 椿姫シナリオでは、魔王を探すという自分の目的のために家族の意思を無視するどころか、自分はリスクを
 背負わず秘密裏に他人の命を危険にさらすは、その後反省している素振りで勝手に自己完結したかと思えば、
 また人の命がかかっている局面で自己を過信したスタンドプレーに走って、結果的にうまくいったから
 いいだろうというシナリオ運び。
 頭のいいキャラで主役という設定上仕方ないのかもしれないですが、自分がリスクを背負わない、または
 当事者ではない物事に勝手にあれこれ口出しして、当事者が納得している事に自分の価値観を押し付けて
 押し通す態度や、そこから見え隠れする絶対自分が正しいという姿勢が好きになれません。
 あなたの合理的というのは、他の人間が納得できる合理的という意味ではなく、あなた自身が納得できる
 合理的解決に過ぎないです。
 また最終的に憎むべき相手を赦す事ができるまでに成長した水羽と比較して、結局自分のためだけに感情に
 流されて恨みを晴らして、挙句主人公に迷惑をかけてしまった点でも好きになれません。


■ 総評

 作品のキャッチフレーズどおりの頭脳戦、心理戦でした。
 が、それ以上でも以下でもない印象で物語の本筋や裏側は読み手の勝手な期待までは届いていない印象。
 車輪の国のようなシナリオを期待している方には多少物足りないかもしれません。



【戻る】


inserted by FC2 system