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最果てのイマ(2008年4月17日 執筆)
   


 見どころ: シナリオ

  前半はライターの愚痴。後半が手に汗モノのSFアクション。
  面白いけどしかし…というような評価になりそうなゲームです。
  *例によって独断的な考察・レビュー・感想です。
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■ シナリオの構造




 プレイヤーは最果てのイマが残した記録を辿る形でシナリオを読み進めているという形式であり、ヒロイン個別
 のシナリオは忍によって演算された結果がログとして保存されたものです。現実世界での忍が実際にどのシナリオ
 に準拠した生活をしていたか不明ですが、章二が死亡している事は確定しており、各々のシナリオが複雑に絡み
 あった構造であるように考えられます。
 このあたりについては時系列などもバラバラで断片的に見せていく演出になっており、個別に場面を判断していく
 しかありませんが、それほど気にせずともストーリーの繋がりを考える上では重要ではないようです。
 実際に頭の中で整理するのに必要最低限の情報はキレイに与えられているので、ゆっくりと読めば理解できる構造
 なのは、さすがライターの腕だと感心させられました。

 イマというのは脳腫瘍(つまりはガン)で、それが人格を備えて忍並みのスペック発揮していたりしました。
 ああ、確かにこんなガンなら闘病生活も悪くないwとか思ってしまいそうながらも、イマは1つの人格として
 忍の手助けをしており、独自の脳機能も備えています。当然、忍の癌に過ぎないので他者からは不可視です。
 このイマは忍の脳機能が失われてもバックアップとしての役目を果たしており、その記録の内容には過去に忍が
 演算した未来や過去の可能性世界をも含んでいます。ヒロインの個別ルートは忍によって演算され、イマによって
 保持された記録の読み返しという事になります。

 専門用語的な表現や抽象化・規範化された主張が多いですが、それらを使用したシナリオ構造自体は特別論理的
 というわけではなく、飽くまでも難解そうな用語はSFの世界観をつくるためにのみ機能しています。それでも
 理解しやすくシナリオの流れを組み上げているのはライターの腕に他なりません。



■ 敵との戦争




 例えば、あなたがPCを使っていて80GBあったHDDの残り容量がエロゲの入れすぎで残り10MBほどに
 なってしまったとする。動作も重くなり他のものも入れられなくなるので、エロゲをいくつかアンインストール
 したりエロ画像を削ろうと、HDDの中のファイルを消して容量を空けようとしていた。
 するとHDDの中のファイルがユーザーに対して反乱をおこして、アンインストールを途中で強制終了させたり、
 消そうとしたファイルを削除不可属性に変えたりして、何とかユーザーの処理を邪魔しようとしていた。
 そのユーザーとファイルの攻防が戦争である――

 まず、それ自体は意識を持たない体細胞が1つ1つ集まって人間を形作ると意識(自我)が生まれるのと同じように、
 人間が1人1人集まって模倣子によってネットワークを形成すると、人間の群体それ自体にも意識(自我)が生まれ、
 それが『敵』と呼ばれます。人間が意思決定により身体に神経ニューロンを媒介して命令を送るのと同じように、
 敵は人類に模倣子を媒介してフリークス化の命令を発しますが、人類はこれに抵抗しようとして忍を筆頭に敵
 (人類の集合としての自我)と戦争する事になります。

 人類80億はGVPによりネットワークで繋がっており、忍をトップに上位USERである南たち、その下に中位USER、
 下位USERが続き、末端には一般人がつながっているという階層構造をとっています。
 これによって80億の人類の誰かが攻撃(敵による人間の脳への干渉)を受けても、忍は感知してそれを防ごうと
 対処する事ができます。ただ、忍ひとりではその情報処理は負荷が大きく他のUSERが処理能力を供与するグリッド
 コンピューティング(複数の端末をつないで1つの計算機として処理させる)を行っています。

 最終的に人類のほとんどが死滅することで、人類群体としての自我を維持できる絶対数を割ってしまったので敵は
 消滅してしまいます。このとき忍が最後にきったカードが『大長虫(グレートワーム)』ですが、敵は大長虫を処理しようと
 手を出して、それが手におえないうちに時間を稼がれ、人類の減少によって自我を保持できなくなり消滅しました。
 この大長虫というのは、意識階層・無意識階層(ユングのアーキタイプが第2階層と位置付けられている)よりも低位にある
 概念で、物理的構造としての人類に内包される可能性の最大値であり、いわゆる人間の内部にある小宇宙のようなものです。
 情報処理の最小単位は0と1まで細分化できますが、それは0と1の記述に基づいた表現であり、この記述の外側には何が
 あるかは不明です(前期ウィトゲンシュタインの考えではそれが限界であるとされ、カントの実践理性批判では領域として
 存在するとされる)。人間が目を通して外界を認識するなら光よりも速い素粒子を観測できないのと同じで、人間が
 0と1の言語記述のみを用いて知的活動を行っているとしたら、その他の領域は知りえない(記述の限界が世界の限界になる)
 ことになります。それゆえ、敵は大長虫にてこずる事になりました。




■ ヒロイン個別ルート

 とにかく長い…。
 個人的にはそれほど面白みを感じた部分ではなく(というよりも登場人物の考え方がほとんど自分と合わない)、
 この部分については単に読み進めていただけという感触です。どちらかというと、ライターが場面を借りてなんか愚痴を
 言っている
という印象しか残らなかったので、個別の内容については割愛します。

 首を傾げてしまったのは忍が内心で1人議論しているところや、7人で何か議論しているところ。
 命題を提起して議論を深めていくフォーマットが随所に展開されていましたが、ちょっと議論の進め方が稚拙だ
 という気がしないでもないです。明確な結論を避ける形で表現されていますが、議論以前の情報の整理段階で要素が
 MECE(漏れなくダブらず全網羅する)になっていなかったり、命題の前提の無矛盾を証明していなかったりと
 少しばかり粗雑な組立てに感じました。実際には複雑な構造をとっている現実の問題に対して、
 『命題の単純化→要素の捨象→要素の捨象によって生まれた矛盾の指摘』というシーケンスを辿ってしまっているものや、
 命題に対して基準ごとにブレイクダウンを行わずに裸の衡量(基準立てや場合分けを行わずに多面的・複雑的命題を
 一個命題として評価する)に持ち込んでしまっているものもあり、全体としてTVの討論番組並の乱暴なロジックに
 落ち込んでいるのがもったいないです。最低限、オブジェクトの明確化、MECE、場合分けの処理だけは命題ごとに
 しておくべきだと思いました。せっかく7人もいるので、それぞれの意見に対して、否定、反例、対偶、帰納、背理
 を含めた会話で構成して欲しかったです。
 あと議論自体が古いもの(すでに結論が出ている)や知識自体間違っているもの、知識が不足しているものも多めに
 ありました。自衛隊の話で行政庁の概念を無視したり、法律とローカルルールの話で法秩序の多元性、部分社会論を
 入れないのは、電気の概念を無視してテレビの構造をあれこれ論じるような無意味さを感じたりもしました。




■ 戦争編以降

 ここが最高です。多分野の知識や流行を取り入れて構築されたSF的世界観は壮観でした。
 言ってみればSFは実証段階を経ない学問を娯楽を目的に成形したものなので、学問的な深さよりも理解しやすさ、
 受け入れられやすさが重要になり、その意味で他分野からいろいろな設定を引っ張ってきているのが面白いです。
 たいがいSFでは地味な通説よりも派手な異説が好まれて乱雑にそれらを放り込んだだけでは、『建材を積み上げた
 だけでは家ができない』ように、設定過多に陥ってしまうのですが本作はその点バランスが非常によいです。
 『月姫』や『Fate/Stay night』のライターのような、一切の容喙を許さないオリジナルの世界観ではないですが、
 半分本当、半分ウソの絶妙なバランスで世界観(説得力)を組み上げて、それらの設定が本編で余す事無く発揮
 されているのはまさに天才です。
 にしてもTCP/IP使ってできちゃったり、ビットパケットなのに言語外記述情報を送信って…w



■ キャラ

 好きなキャラはいません。はい、ほとんどの登場人物とは考え方が合わなかったもので。
 どのキャラもものすごく極端です。現実と乖離した批判対象を観念したり、仮定段階で一側面の強調・肥大化
 を行いそれを客観的に観察するナンセンスさが個人的に受け付けません。
 『CROSS†CHANNEL』でも主人公の考え方は好きじゃなかったですが、本作の忍はそれを丸めたような感じで
 倫理バランスを無視したり極端な仮定に対して批判を行い正当性を主張するスタンスが基本的にあまり
 変わらなかったのでこちらもイマイチでした。
 "客観性を欠いた客観視点" とでも言うべきか、忍がひとりで何かを考えている時の主張は規範的・抽象的表現で
 バランスのある評価に見えますが、その実、構造を正確に把握しない空中戦に過ぎず、その空中戦をもって勝手に
 客観的だと思い込んで自己完結しているのがイタイです。学問や議論の美味しいところだけをつまんで、地道な
 ロジックの積み上げ作業や網羅がなされていないので、ひとつの主張としては浅はかです。
 キャラ自体もその影響で舞台設定や世界背景がSFである以上にキャラの主張や考え方の論理飛躍がSF級で、
  "片面的知識" や "頭のよさ" だけを先行させたようなキャラクタに感じられました。
 唯一バランスが良かったのは、イルカと南だと…(ry



■ 音楽

 主題歌が好き――というよりもOPムービーが神です。
 これを見て買ったという人も多いのではないでしょうか?




■ 総評


 別に7人の聖域とか "戦争" にあんまり関係ないのでは…と思っては負けでしょうか。
 忍の内心にスポットライトを当てた物語としては必要な材料だと思いますが、物語の進行に必要かというと
 別にいらない印象です。前半と後半で全く別の物語が展開していたように感じました。
 主に自分が評価しているのは戦争編の手に汗握る展開ですが、7人の聖域の物語の方でも解散や終焉の様子を
 細かに描写して欲しいと思いました。
 『家族計画』『CROSS†CHANNEL』のライターの作品にしては、作り手サイドに偏っており、少し微妙かな、という印象です。



 以上

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