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すきま桜とうその都会  (2011年7月25日 執筆)…74点
   

          「それは、優しいうその、物語」
 (公式HPより抜粋)
 

※ 以下、本作のネタバレや重大な情報を含んだ感想・レビューになっているのでご注意ください。
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■ 概要
  ちょっと不思議な世界に迷い込んだ兄妹が『優しいうそ』という人間の温かさに包まれる物語。
 素晴らしいシナリオがあった一方で、物語や世界観を壊してしまうような無い方がマシと思えるシナリオが混在した問題作です。


■ 咲良シナリオ(91点)
  喋る事ができない妹を普通の人として扱う兄。そんな兄の演じる"普通"を受け入れる妹。
 やがてその嘘は氷解するが、兄を思いやるための妹の嘘は同時に兄をつなぎとめるための嘘でもあった――
  作中最高のシナリオにして唯一ちゃんとしたシナリオ。
 お互いを思い遣るがための『弱いうそ』が足枷となって前に進めない兄妹像の描写と、『優しいうそ』によって言葉を取り戻す事ができた
 妹とその周りの仲間の思い遣りの描写が素晴らしいです。作品の初期に提示された二種類の嘘がどういう意味なのか、読み手に行間を
 読ませる事無く、どストレートに人間関係の物語として描き出しているので頭で考える前に心に響くものがありました。
 物語の最高潮は咲良の言葉を取り戻すためについたみんなの嘘がバレる場面。本当に温かい気持ちにさせられました。
  物語として良かったのは家族愛の部分で、恋愛についてはシナリオ上の結論となるラストの描写が漠然としたハッピーエンドだったので
 あまり印象に残らず。副次的なテーマとして妹の独り立ちがほのめかされているもののこちらは描写不足。尤も家族愛の部分で十分過ぎる
 程いい物語だったのであまり気になりませんでした。個人的感触としては咲良が言葉を取り戻すところがシナリオのメイン。
 万人にお勧めできる名作シナリオだと思います。
  一方問題と感じたのは、序盤に咲良が言葉を喋る事ができないというトリックに表現上無理がありすぎて萎える点。文章の信頼性を裏切る
 レベルで叙述トリックを濫用されても、読み手にとってはマイナス方向でのサプライズにしかならないです。あとやはりラストのシーンの
 根拠となる物語(恋愛の昇華過程)についても深い描写がほしったです…。


■ 花珠シナリオ(60点)
  作品の舞台設定を利用した生霊シナリオ+姉妹トリック。
 シナリオの骨子もトリックも泣きゲーの典型例。成功例ゆえにシナリオレベルで失敗する事はないものの、その分ライターの個性が問われる
 部分でしたが、この点本シナリオはあまり特徴がありませんでした。世界観を積極的に利用するわけではなし、独特の演出で魅せるわけでも
 なし、キャラの個性が物語を創りだしているわけでもなし…。性格等に伏線は用意されているもののそれが面白味につながっているとも感じ
 ませんでしたし、アイテムや場面も普通、物語にも抑揚がなかったので全体的にカタルシスにかけている感触です。


■ ちょこシナリオ(20点)
  作品にとって無かった方がマシだったシナリオ。
 漠然とした問題意識が漠然としたまま解決した事になっていて、勝手にハッピーエンドになっている印象しかありませんでした。最悪だった
 のは、『うそつきしか入る事のできない都会』という舞台設定の核心部分について、自分探しで迷っている程度のちょこがあっさりと桜乃に
 入り込んでしまい、あまつさえ自由に行き来できる事にされて、世界観をぶち壊してしまっている点。その自分探しについてもシナリオ上
 深刻に取り扱われる事もなく『悩みの重さは人ぞれぞれ』という事で片づけて、肝心の物語で説得する部分については完全放棄。
 このシナリオのテーマが中途半端で問題意識にまで昇華されなかった分、最後まで何をしたかったのか分かりませんでした。


■ 鈴シナリオ(15点)
  作品にとって無かった方がマシだったシナリオその2。
 ちょこシナリオで世界観をぶち壊して、この鈴シナリオで世界観にとどめを刺しました。いきなりロボットが人間を支配していたとか、
 突然バトルが始まったりとか、これまで個別シナリオで作り上げてきた『ちょっと不思議な都会の、優しいうその物語』という雰囲気を
 完全に没却しています。ライターが作品の統合性を無視して書きたいから書きましたという、自己満足によるありがちな失敗の典型例が
 でてきて非常に残念な気持ちにさせられました。幻想的な世界である桜乃、ひいてはこの世界観の魅力がほんわりとした雰囲気に包まれた
 不思議さに由来したものだったので、さすがにこの幼稚な展開はありえない…。何でもかんでも世界観を覆せばいいってものではないと
 思いますし、世界観に根拠を与える事で世界観を壊してしまう場合もあると思います。
 このあたりについては読んだ事を後悔するレベルでした。
  ラストに咲良と主人公が母親に会いに行くシーケンスは感慨深いものがありました。桜乃で『優しいうそ』に救われたふたりが今度は
 桜乃の外で都会に出てかつて自分たちを苦しめた母親を救いに行く。兄妹が『弱いうそ』を足枷に前に進めなかったのと同じように、
 母親も『弱いうそ』にがんじがらめにされて救われない状況にあり、かつて仮初の家族に兄妹が救われたように今度は兄妹が本当の家族を
 救いに行く。テーマの構造がしっかりしているだけに飛躍して結論のみが提示されているのはもったいない。
 この部分は丁寧な描写で読みたかったところです。


■ シナリオ総合
  日常シーンは苦痛でした。出てくるネタがゲームとネットばかりで知識の引き出しや考えの深みが少なく、若干イデオロギー色・偏見色も
 含まれているので読んでいて微妙な気分になります。雰囲気の作り方は抜群。桜の柔らかなイメージに柔らかな世界観が溶け込んでいて
 作品世界にすんなり入り込むことができました。文章力、国語力は全体的に低め。伏線の使い方はあまり面白くないです。
  何より咲良シナリオが良かっただけに、ちょこシナリオと鈴シナリオがひどかったのが残念だった部分。ホント、これさえなければ…。


■ キャラ
  妹ゲーという看板に咲良シナリオの良さも相まって咲良が一番魅力的でした。
 主人公は舞台設定の真実に関係なく全体的にモブキャラっぽい感じです。


■ BGM
  『桜乃』がそのまま作品のイメージテーマの印象です。桜の花びらのイメージ通りの柔らかさと優しさがにじみ出た曲でGood!



 以上


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