死闘は凛然なりて  −第01話 「計画」−
 












 この世界を繰り返すのは何度目だろうか?
 俺達の思いは波紋を広げて、共鳴しあうようにこの世界を作り出した。


     (――なぁ、謙吾。理樹と鈴はもう十分強くなったと思うか?)
     (二人とも以前よりは強くなった。…だが、現実と向き合うだけの強さは――)
     (そうか…)


 俺たちの乗った修学旅行へ向かうバスは事故にあった。
 そして、生き残る可能性があるのは理樹と鈴――この二人だけしかいない。
 だから、この二人には少なくとも現実を直視できる程度には成長してもらわないとならない。
 あまりにも残酷な現実にふたりの心が壊れてしまわないように――


     (恭介。オレ達が支えている限りこの世界は何回だって繰り返せるんだぜ?焦らなくてもいいんじゃないか?)
     (同感だ。理樹と鈴が強くなるのをゆっくり待てばいい…。)
     (………)


 真人と謙吾の言葉に俺は黙るしかなかった。
 確かにこの世界は俺達の思いによって作られ維持されつづけている。
 これまでも世界の繰り返しによって何か不都合が起きたという事もなかった。


     (…そうだな。また野球やっていつものような "日常" を繰り返して…待てばいいよな。)


 謙吾も真人も頷く。

 厳しい試練を課すのはまだ後でいい――

 俺はこの世界をある程度意のままにする事ができる。
 それによって俺は理樹と鈴を成長させる環境を積極的に作り出せるのだ。
 いざとなれば――ちょっと強引な手を使ったっていい。


     (…そう言えば真人も謙吾もこの世界をある程度意のままにできるはずだな。)

     (また世界を筋肉旋風で染め上げるってのもいいぜ?)


 そうだ。
 このバカは現に一度、世界を筋肉一色に染め上げやがった事があるのだ。


     (…冷静に考えてあれは理樹と鈴の成長に役立ったのか?)
     (少なくとも "日常" を繰り返すだけでは見えなかったものが見えたはずだぜ?)
     (確かに普通ではなかったが…)


 普通ではない、非日常か。
 うん…??


     (謙吾。日常から外れてしまった方が精神的な成長のためになる事もあるのか?)
     (山ごもりなどで俗世の生活を離れる事によって、己が精神を鍛えようとする事もあるだろう。)
     (なるほどな。)
     (お? 次の世界も再び筋肉旋風かよ?)
     (いや。それ以上の非日常的な世界を体験すれば理樹も鈴も大きく成長するかもしれないな…。)
     (…恭介。また何かロクでもないこと考えてるな。)


 俺はそっと笑いを噛み殺して言葉を続ける。




     (ロクなことさ。次の世界は間違いなく二人のためになるぜ。)






















死闘は凛然なりて

−第01話 「計画」−




















     "きょーすけが帰ってきたぞーっ"


 消灯時間も過ぎ、真っ暗な寮の部屋――
 遠くから声がして僕は呼び覚まされる。それが指し示す意味も眠気で判然としない。


     「ついにこの時がきたか…」


 が、続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目がさめる。
 二段ベッドの上からドスンと床に着地する音。


     「真人…こんな時間にどこに行くのさ?」
     「戦いさ…」


 不敵な笑みを残し、勢いよくドアを開け放つと真人は部屋を飛び出していった。


     「戦いって…うわぁ!!」


 その意味に気付いて僕は慌てて部屋を飛び出して真人の後を追う。
 恭介が帰ってきたって事は――またふたりがケンカを始めるって事じゃないかっ!
 野次馬の流れていく方向へと僕は急ぐ。


 食堂についた頃にはすでにテーブルの残骸や椅子の破片がそこらじゅうに散らばり、
 コンクリの壁や床にはいくつも丸いクレーターができていた――
 崩落した天井からは土埃が煙幕を張り、あたり一面を白くぼかしている。
 真人と謙吾がケンカを始めればこのぐらいの惨状は日常茶飯事――


     「なわけないよっ!! えええぇぇぇーーーーっ!!?」


 地震、テロ、爆発事故――
 少なくとも素手の人間がやらかした現場じゃない。
 圧倒的な人外の暴力が蹂躙し尽くした廃墟――
 常識的に考えてコンクリの壁が大破して穴が空くなど…どんな生物がどんな方法を用いているのか想像がつかない。

 あ、土煙の中こっちに走ってくるのは真人――


     「真人!何だか大変な事になって――」


     「おうりゃぁぁぁ!!」


――ドゴオォォォォ!!



     「………(∵)」
     「あ、理樹。危ないからどいてろ。」


 僕の足元にバラバラとコンクリの塊が地面に転がる。
 真人が突き出した拳に、僕の背後にあった壁は木っ端微塵に砕け散った。


     「――そんなところにぼーっと突っ立ってると首と胴体が2つに分かれるぞ。」


――斬ッッ!!


     「………(∵)」


 今度は僕の右にあったコンクリの太い柱が横に真っ二つになり、ズルズルとずり落ちて
 大きな音を立てて崩壊した。
 ――振り返ると妖しげな輝きを放つ日本刀を構えた謙吾が佇んでいた。


     「ちっ…やるじゃないか。」


 苦々しく笑う真人。
 胸には横に走った傷から真っ赤な血が流れ出し、白いシャツを朱に染めていた。
 だが真人の傷はみるみるうちに塞がっていき、ついにはケガなどしなかったように元通りになった。


     「まったく…化け物並の回復力だな。」
     「さて、勝負はまだまだこれからだぜ…!」
     「………(∵)」
     「うおらぁっ!!」
     「ふん…っ」


 猛然と掴みかかる真人。
 謙吾の腕が一瞬ぶれたように見えた瞬間、床に転がっていた椅子がスパリと2つに切れ落ちる。
 が、すでに真人はその場にいない…!


     「潰れろやぁぁ!!」
     「――!!」


 謙吾の頭上高くに真人が舞っていた…!
 力任せに振り下ろされた拳を、謙吾は日本刀で受ける――


――ズゴッ!!


 ものすごい衝撃音と共に食堂の床に大穴があく。
 謙吾は――! 


     「…へっ、外したか。」
     「……馬鹿力とはいえ、逸らしてしまえばなんてことは無い。」


 謙吾は真人との衝突地点から10mほど後ろで日本刀を盾にしていた。
 それでも完全にかわす事ができなかったのか、謙吾は右腕をさすっている。
 だが、それも一瞬の事で真人に向き直ると、再び日本刀を上段に構えて臨戦体制をとる。


     「……って、そうだ! 恭介、恭介を探さないと!」


 あまりに現実離れした光景に判断能力を奪われてしまった。
 とりあえず、ふたりをなんとかしないと――
 こんな局面を丸く収める事ができるのは恭介しかいなかった。
 あの二人も恭介の言う事なら聞いてくれる…!


     「恭介、やばいって! ふたりを止めて!」


 床で酔っ払いのように大の字になって寝転がっている恭介を叩き起こす。


     「なんだ…理樹か。悪いが寝てないんだ。」
     「そんな事言ってないで早くふたりを何とかしてよっ! 普通じゃないんだ!」
     「うう…わかった…」


 恭介を引きずってふたりのところに連れてくる。
 先刻と同じく人外のパワー同士が激しくぶつかり合う非日常的なバトルが展開されていた。
 これで恭介も事の重大さを分かってくれるだろう。


     「じゃ、ルールを決めよう…」


 対峙する二人に向かって恭介は口を開く。
 意外なことに恭介はこの惨状にも冷静だった。


     「素手だと、真人が強すぎる。日本刀を持たせると逆に謙吾が強すぎる。なので…」


 恭介は野次馬の方に顔を向ける。


     「おまえらが何でもいい。武器になりそうなものを何でも適当に投げ入れてやってくれ。
      ――それはくだらないものほどいい。」


 再び真人と謙吾に向き直る。


     「その中から掴み取ったもの、それを武器に戦え。それは素手でも日本刀でもない
      くだらないものだから、今より危険は少ないだろう。いいな?」


 恭介の言葉には反論を許さない強制力のようなものがある。
 その言葉にふたりとも頷いた。


     「じゃ…バトルスタート!」


 次々とふたりの前に武器が投げ込まれていく。
 謙吾は静かに目を閉じると腰を屈めて武器を手に取った。
 そして真人も一番手近にあった何かを拾い上げようとした。

 これで非常識なケンカも終わりだろう。
 謙吾の武器は――


     「……ウージー!?」



   『ウージー』

   イスラエル製の短機関銃。
   主に第二次中東戦争で使用された。




     「ちょっと…謙吾それ…! 真人もこれじゃ死ぬ――」


 慌てて真人の方に目をやる。


     「オレの武器は…これだっ!」



   『ぬこバス』

   12本の足で走るぬこの大型バス。
   乗車した人間の体験談がない事から、乗っても降りる事ができた
   人間はいないのだろう。





 不気味な化け猫がこちらを見てニヤーっと裂けた口を吊り上げる。


     「………(∵)」


――カーン


 野次馬の誰かがゴングを打ち鳴らした。
 歓声とも悲鳴とも似つかない声が周りから一斉に上がる。




             タン!タン!パラララララララ――


 ――フギャァァァ〜〜〜〜っ!!!




            :
            :

















 僕はひとり輪から外れて事の成行きに呆然と立ち尽くす。

 あの一番つらかった日々。
 両親を亡くしたすぐの日々。
 毎日ふさぎこんでいた日々。
 そんな僕の前に4人の男の子が現れて、僕に手をさしのばしてくれたんだ。


     「………………いったい、どこでどう道を間違えばこんな事態になったんだろう…」


 遠くでは、ぬこバスにまたがって大声を張り上げる真人。
 横っ飛びになりながらウージーを連射する謙吾。
 時折、流れ弾が僕のすぐそばを掠めていき、凶暴なぬこの叫び声が頭の中に響いてきた。


 ――この世界は何かがおかしい。


 だけど真人も謙吾も恭介もそれらを不思議と思っていないようだ。
 認知的不協和――これが違和感の正体に違いなかった。


     「なら、他の人はどうだ?」


 野次馬もなんだかんだで違和感無く溶け込んでしまっている。
 僕はその中に知った顔がいないか必死で探し始めた。

 ふたりのバトルを観戦し熱狂している集団の中に栗色の髪が目に入る――


     「小毬さん…!」


 彼女の姿を見つけると、僕は走り寄った。


     「あ、理樹君。こんばんわ――」

     「ねぇ…!謙吾が日本刀で柱が真っ二つで真人が不死身で怪我が治って、食堂で銃撃戦が
      始まって、巨大ぬこがふぎゃーで――これ、絶対オカシイよね?よね!?」


 小毬さんの肩を掴んでゆさぶりながらまくし立てる。
 一瞬目をパチクリさせたが、しばらくすると小毬さんは僕を見て微笑みながらこう言った。




     「じゃあ…見なかった事にしましょう。おーけー?」

     「………………………………おーけー。」







≪次の話へ≫


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