死闘は凛然なりて  −第02話 「ヒロイン」−
 











 夢を見ていた。
 ――これはいつもの事だ。
 突然意識を失うように眠ってしまう病気――ナルコレプシー。


     「んん…」


 窓から見える空は青くて高いのに心はどこか晴れ渡らない。
 僕の前方には教壇に立ってカリカリとチョークで黒板に文字を書く教師。
 少しずつ意識が冴えてくると、今が授業中である事を思い出す。


     (昨日の疲れもあるし…なんだか寝覚め悪いな…)


 昨日のバトルはひどかった。
 何がひどかったって――いや、謙吾がおもちゃの銀玉鉄砲で真人が猫で戦ったんだっけ?
 別にいつものように賑やかで少しだけ激しくて、それでいて楽しくてたまらない時間を過ごしただけだ。
 だから昨日のは夢に違いない。


     「――って忘れられるワケないじゃんっ!」


 マシンガンに化け猫――
 実弾が飛び交いコンクリの破片が跳ね上がり、天井が崩落するほどの破壊力を伴った実戦だ。
 あのあと結局ふたりの決着は付かなかった――
 そのかわり恭介が素敵な提案をしてくれたのだ。


     "よし。このバトルをランキング制にしようじゃないか! 理由はもちろん――燃えるからだ。"


 そうしてバトルランキング開幕はリトルバスターズのメンバーにメールで一斉送信された。
 ああ…昨日のアレがなければ僕はこの提案に喜んで参加した事だろう。

 だけどこれから僕が潜り抜けていくのはまさに戦争。

 そこにとりあえず特徴のない僕がノコノコ入っていっても秒殺――否、瞬殺疑いなし。
 どうやって僕がバトルを勝ち残れるというんだろう…。

 ――♪

 メールの着信を知らせる音……届いたのは暫定バトルランキングだった。



   @棗恭介
   A宮沢謙吾
   B井ノ原真人
   C神北小毬
   D西園美魚
   E能美クドリャフカ
   F来ヶ谷唯湖
   G棗鈴
   H三枝葉留佳
   I直枝理樹




 恭介が話していたルールでは上下2ランクまではバトルを申し込む事ができる。
 今の僕のランクが10位だから――


     「って僕、最下位からなのっ!?」


 ――ああ、これまた何となく想像がつく。
 "よし、それじゃ理樹は――最下位からだ。理由はもちろん燃えるからだ"
 とか恭介が言って決めたに違いない。
 僕はいつだって恭介の決めた事には逆らえないんだ。


     「うう…ここから1位まで勝ち上がらなくちゃいけないのか…」


 いったい何回バトルしなきゃならないのだろうか。
 そのたびに僕の生存確率は限りなくゼロに収束していくのだ。
 こんなのいくら命があったって――ちょっと待って。


     「最下位って事は基本的に誰からもバトルを申し込まれないって事じゃないか!」


 僕の頭の上に天使が降って来た。
 そうだ…!僕は戦わなくていいんだ…!
 上のランクを目指すなら、わざわざ下の順位と戦う人なんていない。
 最下位の僕と戦っても何も得るものがないからだ。

 レベル99の勇者が草原で戯れるオオアリクイを追いまわしたりするだろうか?
 否――勇者は精神的余裕からオオアリクイを生温かい目で見守るに違いない!
 ひょっとしたら動物愛護運動なんて始めちゃうかもしれない…!


 心がスーッと軽くなる。

 窓から見える青空は清々しく、今日一日良い日である事を予感させるものであった。












死闘は凛然なりて

−第02話 「ヒロイン」−

















     (とりあえず、この世界に出てくる俺たちはマンガの超人みたいに滅茶苦茶強いヤツって事でどうだ?)
     (お、なんだかおもしろそーじゃねーか。)
     (…まぁ、いいんじゃないか。)


 ――俺たちは次の世界をどうするかで話し合っていた。
 これでバトルというシステムも格段に興奮するものになるだろう。


     (真人は筋肉馬鹿だからパワータイプで、謙吾は剣道馬鹿だから剣士だな…。ところで鈴はどうしようか?)
     (何か特徴みたいなものがあれば、そこから考えていけばいいだろう。)
     (鈴の特徴って言えば――猫か?)
     (ただ単に猫ってだけじゃ連想しづらいな。)
     (理樹と共にこの世界の主人公だから王道なキャラがいいんじゃね?)
     (そういえば鈴はこの世界ではヒロインなのか?)
     (当たり前だ。鈴と理樹が成長しなければこの世界の意味が無いだろ。)
     (――ふっ。ならば、鈴を戦闘タイプではなく徹底的にヒロインに仕立て上げてしまうのもいいかもしれないな。
      そんな鈴を理樹が救う――愛の二人三脚でふたりとも大きく成長する事だろう。)


 なるほど。さすがロマンチック大統領。
 ヒロインといえば、桜が狂い咲く島で卒業式に伝説の木の下で告白して、ボクの事忘れてくださいとかほざいて
 ちゃっかりゴールしてしまう不遇ぅなやつだな。だが他にも何か設定がいるな――


     (おまえら。ヒロインといえば何だ?)
     (病弱で先が短い命。)
     (重病といっておきながら散々元気に歩き回って、何故か奇跡で救われそうなのでアリだな。他には?)
     (主人公に手作り弁当を渡す。)
     (病魔に蝕まれた体に鞭打って弁当をつくる――愛情以上のものが篭ってそうで怖いのでアリだな。他には?)
     (料理で鍋が大爆発。)
     (隠し味は愛情ではなく木炭と硝石灰か?無駄に笑えるのでアリだな。こんなところか…)


 出されたアイデアを忠実にブレンドしていく――
 俺は静かに頷いて、鈴のあるべき最高のヒロイン像を想像した――


           :
           :












     「――理樹。弁当を作ってみた。食べてくれ。」


 昼休みに入るや否や、いきなり鈴にお弁当を渡された。
 ゴトンと僕の机に置かれたのは4段重ねの重箱。


     「うわ。これすごいね。どうしたの?」
     「理樹の事を考えていると――何かしたくなっただけだ。」


 目をそむけながら頬を赤らめる鈴。
 普段とはまるで違うその様子に不覚にも胸が躍ってしまった。


     「これからは毎朝起こしに行って寝起きの悪い理樹に百科事典や目覚し時計を落としてやるんだ。
      遅刻しそうになれば一緒にパンを咥えて曲がり角でぶつかろう。――理樹、いや…か?」

     「う、うん。もちろんOKだよ。」


 ――これまた何かがおかしい。発言以上に鈴のキャラが。
 だけど鈴の泣きそうな目を見ていると、首を横に振ることなどできそうにない!
 しかし…


     (鈴は――こんなにもかわいかったっけ?)


 いつも身近にいすぎて僕が気付かなかっただけかもしれない。
 なんだろう?一度意識してしまうと、もうまっすぐ鈴の目を見ることができなくなってしまった。


     …っ トサ――

     「わわ、ちょっと………… 鈴?」


 鈴の体が傾いてそのまま僕の胸の中に収まる。
 抱きかかえたその肩はあまりにも弱々しく、頬を掠める吐息も熱っぽい。


     「鈴! 大丈夫!?」
     「理樹…体が痛い。頭がグラグラする。」
     「分かった。とりあえず保健室に行こうよ。」


 鈴はそれほど病弱な方ではない。
 きっと僕のためにこんなになってまでお弁当を作ってくれたのだろう。
 慣れない料理に悪戦苦闘する鈴の様子を想像して僕の頬が自然と緩む。


     「弁当――」
     「うん、ありがとう。すごく楽しみだよ。」


 鈴は僕の腕の中でぐったりしている。
 風邪なのだろうか。結構ひどそうだった。これはすぐにでも休ませないと――


     「お、理樹。このすごい弁当は何だ?食っていいのか?ていうか食うぞ。」
     「あ!真人それは――」


 僕のために鈴が作ってくれたものだ!と言おうとした自分が情けない。
 でも、お弁当に手を伸ばした真人を止めておかないと――









――ドゴオォォォォォォォォォォォォォ!!








     「………(∵)」


 机の上にあったお弁当が爆発した。
 閃光が走ったかと思ったら、すごく大きな音がして、真人が変な姿勢で吹っ飛んで――


     「ゲホッ…うわあああぁぁぁぁ!!真人ぉぉ!!」


 上から黒い塵が大量に落ちてくる。
 僕の机を中心にパチパチと音を立てて炎が広がっていく。これじゃ真人のところに近づけない。


     「わぁぁっ!? どうしよう!…とりあえず、消防署に連絡して――って、あのお弁当は何だったの!?」
     「隠し味は愛情…」
     「それ意味わかんないよ!あ、そうだ。まず鈴を保健室に連れて行かないと――あぁ!他の人は大丈夫かな!?」


 そういえば教室には僕ら以外だれもいない。不幸中の幸いだったかもしれない。


     「理樹、放火後の教室…ふたりきり――」
     「輪をかけて意味わかんないこと言わないでよっ」
     「理樹。あたしはダメだ――もう、ゴールしてもいいか?」
     「え?」


 激しかった吐息が落ち着き、鈴は力が抜けたように静かになった。
 辛そうに歪めていた眉も次第に元に戻っていく。…なんて穏やかな表情なんだ。



 ――最後にはどうか笑顔を



     「うわぁぁぁ!! 鈴! 鈴! しっかりしてよっ!?」


 ――ゴール…っ


     「鈴!りんってば…うわぁぁぁ!!?」



 ――ばふっ

















 火の海  どこまでも紅かった  遠くまで

 あの人  どこまでも  吹っ飛んだ  まっすぐに

 いちばんはやく真っ黒に  焼け焦げた  ともだち

 いちばん好きなあのひと  ワラッテル





           :
           :










    「…………(∵)」
    「…………(∵)」

    「…なぁ、恭介。」
    「ミッションコンプリートォぉ!」
    「どうみてもヒロイン大失敗だろ…」
    「だが、衝撃のエンディングに全米が泣いた。」
    「それもどうだか…で、鈴は大丈夫なのか。」
    「ラストで生霊になるなんて設定に無理があったからな。これ以降の鈴は元に戻っているはずだ。」
    「そういえば真人は――いや。あの程度じゃ死んだりしないだろうな。」
    「同感だ。」


 鈴や理樹と合流するために俺達は事故現場へと歩き出す。


    「しかし――」
    「何か言ったか?」
    「いや…何でもないさ。理樹にはこれからもがんばってもらわないとな。」
    「そうだな。ああ…」

 
 元に戻る前に鈴に一度でもお兄ちゃんと呼ばせたかったぜ…。




           :
           :









     「理樹、すまん。心配かけたな。」
     「いや、鈴さえ無事ならいいんだよ。それよりも大丈夫?」


 鈴は保健室のベッドに寝かされている。
 見たところいつもと変わらない顔色に口調――恭介のいうようにそれ程心配ない状況なのかもしれない。


     「でもなんであたしは弁当なんて作ろうとしたんだ?」
     「!――さぁ…なんでだろうね。」


 今気付いたけど、鈴はさっきまでの妙に素直でかわいい鈴ではなく、本当にいつもの鈴だ。


     「鈴さ…さっきまでの事覚えてる?」
     「?…あたしが理樹に弁当を作ってきてそれが爆発してバカが吹っ飛んだ。」
     「うん、そうだね。」


 記憶はちゃんと残っているのか。
 なんなんだろう。あの時だけ鈴の人格が作り変えられたようなヘンな感じ。
 この世界が誰かの思惑で動かされているような、あまりに都合がよすぎる日常の歯車――


     「理樹。この世界は何かヘンだ。」
     「――!」
     「あたしたちの意志に関係なく行動させられているみないなカンジだ。気味が悪い。」


 やはり鈴もこの違和感を感じていたのだ。
 昨日の真人と謙吾のバトル。思い出せば尋常なものじゃなかった。
 常識とか物理法則といった類のものが欠落しているような不思議な世界。
 それでいて、鈴も感じているように自分が誰かに操られているような感覚――


     「鈴が僕にお弁当を渡した時、意識はしっかりしてた?」
     「しっかりしてた。けど…どうしてもそうしなければならないという気がして。気付いたら行動してた。」


 完全に飲み込まれているわけじゃなくて、ある程度は自分の意志で動けるのかもしれない。
 催眠術みたいに完全に操っているわけじゃなくて、強迫観念のような焦燥感のようなそんな感じだろうか。
 でも、鈴はすでに元通りだ――おたふく風邪みたいに一度かかれば二度とかからない類のものだといいんだけど――


     「ねぇ、鈴。――リトルバスターズの他のメンバーも…やっぱり異常になるのかな?」
     「――――」


 視線を降ろすと鈴は静かに寝息を立てていた。
 僕は鈴の肩に布団をかぶせ、起こさないようにゆっくりと立ち上がり保健室のドアに手をかける。


     「――がんばれ、理樹…」

     「――え?」


 振り返ってみると鈴はぐっすりと眠っていた。
















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