死闘は凛然なりて  −第04話 「月姫」−
 












     『本日12時に1階フロアでバトルシマース。カードは来ヶ谷VSクドリャフカ』


 30分前に僕に届いたメールだ。
 今回のバトルでも間違いなく最強の1人となりうる来ヶ谷さんが出てくる――
 このカードは見ておく必要があるだろう。
 何より他のメンバーが葉留佳さんみたいにヘンなのになっている可能性が高い…!


 ――キーンコーン カーンコーン


 終了のチャイムと同時に僕は席を立ち上がる。
 すでに来ヶ谷さんもクドも教室にはいなかった。


     「理樹、見にいってみるか。」
     「うん、行こう真人。」


 教室を出て僕たちは1階フロアへと続く階段を降りていく。













死闘は凛然なりて

−第04話 「月姫」−












 フロアではすでに野次馬が集まり、その輪の中心で来ヶ谷さんとクドが対峙していた。
 ――見た目にはふたりとも僕の知っている来ヶ谷さんとクドに違いなかった。
 特におかしいところは無い。


     「よし、今回は女同士だが来ヶ谷の能力を考慮して能美には武器を自由に選ばせる事とする。いいな。」
     「わふーっ!いっついず、あふぁーまてぃぶ あくしょんっ!」
     「はっはっは。おねーさんは相手がカワイイ女の子か理樹君なら武器は好きに選ばせてあげるさ。」


 恭介の言葉に腕を組んで笑う来ヶ谷さん。


     「――よし、それではバトル……スタートォッ!」


 野次馬からふたりの前にどんどんいろんなものが投げ込まれる!
 そして目を閉じて来ヶ谷さんが拾い上げたものは――


     おおーっ


 ギャラリーがどよめく。来ヶ谷さんの武器は――日本刀!?
 鞘から刀身を抜き放ち、手でその重さを確認する来ヶ谷さん。


     「ふむ。私にはかわいい女の子をいじめる趣味は――あるのだが。」


 口元に笑みを湛え、手に持った日本刀を下段から上段へと軽くなぎ払う。


 ――ガコン!



 来ヶ谷さんが日本刀を振り上げた延長線上にある鉄製のベンチが二つに切れて崩れた。
 …どうやら来ヶ谷さんも普通ではなさそうだった。


     「ほうー。これはこれは…大した世界・・だな。」


 物珍しげに日本刀を蛍光灯にかざして見つめている。
 こういっては何だけど…クドにまず勝ち目はなさそうだった。
 できるだけ浅い傷ですめばいいんだけど…。


     「どうした、クドリャフカ君。好きな武器を手にとっていいのだぞ。
      ――降参するのであれば――なに、おねーさんがやさしくしてあげようじゃないか。ふふっ…」

     「のーせんきゅーっ あいうぃるでぃふぃーちゅー!」


 クドを見つめる来ヶ谷さんの目付きがなんかアブナイ…。
 それはさておき――注目はクドが引き当てる武器だろう。
 謙吾のウージーや真人のぬこバスなら、あるいは来ヶ谷さんに太刀打ちできるかもしれない。

 野次馬から溜息とも歓声とも付かぬ声があちこちから上がる。


     (クドはどんな武器を……………………………!?)


 クドは投げ込まれた武器の山には目もくれずに、おもむろにマントを脱ぎだしていた!
 いったい何を――


     「いや、おねえさんは正直辛抱溜まらん…! それで、武器はなにかな? ハァ…ハァ……ッ!」


 ボタンを外し襟元を緩めて上目遣いのクド。


     「武器は――私じゃダメデスカ…?」

     「(*゚∀゚)=3」



――カーン!




         :
         :


















     「それでは会議を続ける。お題は――そうだな、来ヶ谷はどうする?」
     「あのままでも十分強いと思うのだが。」
     「むしろ弱体化させた方がよくねーか?」
     「そういうわけにもいかないだろ。やっぱりここは少年誌的な必殺技とかがなければ燃えない。」


 あのままでも超人化した真人と同等以上に張り合えそうな人間ではあるが…。


     「――日本刀を使うから謙吾のライバル的存在として女剣士が無難な選択か。
      口癖は、はちみつタヌキさんにぽんぽこクマさん。エベンクルガ出身で奴隷商人につかまって
      船が難破したところを、土着民に発見され翼人様と敬われるようになった。」

     「まるで物語の背景が理解できないぞ。」
     「これはオマケみたいなもんだ。大事なのは必殺技だな――来ヶ谷にはどんな必殺技が似合う?」
     「個室マッサージで客のツボを刺激して頭を吹き飛ばす。」
     「世紀末の乱世に生まれていれば夜の女王ではなく覇王になれたっぽいからアリだな。他には?」
     「ふとももに手を置いてきたエロ親父のズラを吹き飛ばす。」
     「虚勢を張るがためにやってきたキャバクラでこの仕打ちは鬼すぎるからアリだな。他には?」
     「あと1枚で完成するトランプのピラミッドをその日の機嫌で問答無用で吹き飛ばす。」
     「無駄な事に捧げた努力と時間をさらに無駄にしてしまうまさに鬼の所業だな。こんなところか――」


 俺はこの世界で来ヶ谷のあるべき姿を想像した。



         :
         :


     「はぁ…はぁ…いい。いいぞ! クドリャフカ君。そうやってちょこちょこと逃げ回る愛らしい仕草が
      おねーさんの欲情を激しく掻き立てる…! 洗いたての白いハンカチ、積もりたての新雪、保護膜を
      剥がしたばかりの携帯電話のディスプレイ――そこに初めて私の証しが刻まれる…!」

     「わふーっ!目付きのいやらしい変態さんが追いかけてくるのですっ」


 すでに来ヶ谷は日本刀を放り出し、手をワキワキさせながら能美を捕まえようと走り回っていた。


     「……おい、来ヶ谷はいいカンジでやばくなってるぜ。」
     「というか、あれは変質者そのものだろ。はぁはぁ言いながら小さい女の子追い回してるんだぞ。
      ……能美はあらゆる意味で大丈夫なのか?」
     「来ヶ谷の必殺技が使える局面はないし、なにより能美だってとびきり異能だ。互角以上にやってくれるさ。」


 ――ベチン!


     「わふーっ(> <)」

     「うおぉ!クー公が転んだ!」
     「この光景見てると本気で来ヶ谷は変質者だな…」

     「ふふっ、鬼ごっこはそろそろおしまいにしようか…はぁ…っ はぁ…!
      非常にいい…!白くキメの細かな肌、幼さを残した体のライン、流れるような柔らかい亜麻色の髪…!!
      ああ…誰にも触れさせん。これから全部私のものになるのだからな…! ハァハァ…」


 転んだ能美に来ヶ谷ががっしりと抱きつく。
 ――ジタバタ暴れる能美の手が来ヶ谷の首筋に廻される。


     (終わったな…)


     「はぁ…はぁ…!こんな時間までひとりで残業しているキミが悪いんだ…!」
     「わふ〜〜〜〜〜〜っ!!?課長、わたし、そんなつもりじゃ…ダメですぅーっ!」
     「クドリャフカ君――私は…私はもう…っ!」





  カプ〜〜〜〜ッ


     「んごっ!?」



         :
         :









     「よし、次は能美だ。おまえら、能美の特徴を言ってみろ。」
     「まるで西洋人形のような容姿――プライスレス」
     「チャームポイントの八重歯――プレイスレス」
     「コウモリの髪留め――プライスレス」
     「肌身離さない自慢のマント――プライスレス」
     「背中の魔術刻印――プライスレス」
     「前世はフリスビードッグ――プライスレス」
     「寝るとき抱き枕にする犬の使い魔――プライスレス」
     「理樹への熱い想い――プライスレス」
     「えっ?マジ!?」

     「マント、八重歯、こうもり――今思ったが、能美ってマンガ的に何かありそうなキャラじゃねーか?」
     「ふむ…言われてみれば、わざわざ揃えてきたような個性だな。」
     「だろ?マントに身を包んだ神秘的な西洋っぽい少女。傍らには凶暴な番犬が2匹――
      ヨーロッパの無人の城か古館にでも生息していそうな感じじゃないか――真人、そいつはなんだと思う?」
     「えー、トップブリーダー?」
     「だよなっ!やっぱり吸血鬼だよな!ここまで能美の特徴を生かしたキャラはいないぜ!――な、謙吾!」
     「そうだな。」
     「はい、華麗にスルーありがとうございましたーっ!」


 俺はこの世界で能美にふさわしいキャラクターを想像した。






         :
         :






 クドに組み付いていた来ヶ谷さんは短く声を上げた後、急に力なく倒れこんだ。
 野次馬も水を打ったように静かになり、やがてそこかしこでざわざわと騒ぎ出す。


     「んしょ…んしょ……わふ〜危なかったのです。」


 クドは――無事なのか。
 うつ伏せに倒れている来ヶ谷さんの下から小さな体が這い出してきた。
 服についた土埃を払い、脇に置いていたマントを着用する。


     「それでは――すたんだーっぷ ぷりーず くるがやさんっ!」


 ――ムクリ


 元気いっぱいにグーを空に突き出す。
 クドの号令で来ヶ谷さんが起き上がった!?
 ふらりと立ち上がった来ヶ谷さんに、さらに野次馬がざわめく。


     「――能美の勝ちだな。」


     「恭介!来ヶ谷さんはいったいどうしちゃったのさ?」
     「理樹、来ヶ谷の首筋をよく見てみろ。」
     「首筋? ――!」


 彼女の首に小さな穴が2つ穿たれている。
 これって――慌ててクドを見る。


     「目が紅い…?」


 クドの目は南国の海のように真っ青な透き通った色をしていたはずだ。
 だが、今ここでにこやかに笑っているクドの目は夏の日差しをめいっぱい受けたトマトのような色。
 これじゃまるで――


     「――吸血鬼さ。噛まれた来ヶ谷は今や能美の支配下にある。」
     「やっぱりぃぃ〜〜…クドまでヘンな人だったんだ……」
     「吸血鬼は昼間は本調子が出せない。まして日光などに当たると力を失ってバトルどころじゃない。
      だからこそ来ヶ谷から逃げ回って相手が隙を見せた瞬間を狙わなければ能美に勝ち目はなかっただろう。
      ――大したヤツさ。」


 恭介が野次馬の輪の真ん中に歩いていき、クドの勝利宣言をする。



     「勝者――能美クドリャフカっ!」

     「わふーっ!」


 クドのハイジャンプにワッと一気に盛り上がる。


     「クド、何かすごい。」
     「へっ…クー公もやるじゃねーか。」
     「嘘ぉ! クド公、姉御に勝っちゃったの!?」


 鈴が溜息を漏らす。
 その横で真人も葉留佳さんもクドの勝利に素直に驚いていた。
 僕だって驚きだ――来ヶ谷さんに勝った事よりも、クドがなんと吸血鬼だったとは…


     「――困りました。クーちゃん結構強敵ですよ。」
     「能美さん…侮れませんね。」


 小毬さんに西園さん――っ!?
 振り返り見たその先には星の髪飾りの女の子と日傘の下で薄っすらと笑みを浮かべる少女。
 小毬さんは寝不足なのか目の周りのクマが深い。
 西園さんはどこか雰囲気がいつもと違う。
 見た目にはあまり変わりのないこのふたりもやはり――変人だ。そうに違いない。

 ようやく気付いた――ここで常識なんてモノを求めているのは僕だけだったのだ。


     「理樹ぃ〜〜〜!」

     「――!」


 クドの真っ赤な目が僕の心を射抜く。


     「のーわん きゃん こんぺあー とぅーゆーっ ――ゆーあーまいらいふ りきっ!」


 クドが不安そうな眼差しで英語で何かを喋った。
 そして満面の笑みで僕に向かって手を振る。


     「待っていてくださいなのです〜っ!私があなたを手に入れるまで――そして、ちゃんと私の――」
     「クドリャフカ君――!これは…これはサービス残業なんだよ…!」
     「わふーっ!?」
     「会社の上司である私にサービスをすれば――後は任しておきたまえ…はぁ…はぁっ!」
     「せるふさーびすで結構なのです〜〜っ!」
     「キミも一般職に甘んじているつもりなんて…ハァハァ! ないのだろう?…ハァハァ…!」
     「お茶汲みとコピーのすぺしゃりすとを目指すので結構なのですーっ!」


 支配下にあるはずの来ヶ谷さんに何故か追いまわされているクド。
 もちろん、バトルを挑まれないように全力で逃げる所存ではあるが…


     「うう…僕は腕力でもクドには勝てないんだろうなぁ…」


 さっきクドが喋った英語の意味すら理解できなかった事から、僕は英語ですでに彼女に負けていた。







 <暫定バトルランキング>

   @棗恭介
   A宮沢謙吾
   B井ノ原真人
   C神北小毬
   D西園美魚
   E能美クドリャフカ
   F来ヶ谷唯湖
   G直枝理樹
   H三枝葉留佳
   I棗鈴

 ※勝利の状況

   来ヶ谷に押し倒された能美の正当防衛。っていうか武器で戦っていない来ヶ谷の反則負け。









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