死闘は凛然なりて  −第06話 「ハードS」−
 














     「――では理樹の提案を能美は受け入れたので、今回はチーム戦でバトルをする。
      暫定的にバトルランキングはチーム内で順位の最も低い者に合わせる事にしよう。」


 マイクを手にした恭介が説明する。
 バトルの舞台に選ばれたのは体育館。
 これはクドが僕らの提案を受け入れるのに出した条件の一つだ。日光が苦手な吸血鬼ならば妥当な選択だろう。
 窓から日光がさすのを防げてかつ広い場所――そしてここには遮蔽物が一切ない。


     「カードは理樹、三枝、小毬チーム VS 能美、来ヶ谷、西園チーム。
      ――今回のバトル、武器はギャラリーが投げ入れたものから自由に選んでよし!」


 ――そう、これがクド達が出した2つ目の条件。
 昼間とはいえ吸血鬼の身体能力は一般人のそれをはるかに超えている。
 クドも来ヶ谷さんも吸血鬼の身体能力を最大限に生かすつもりなら、下手な武器を拾うよりも武器を選べた方が
 有利になるだろう。


     「ルールは以上――よし、おまえら!武器をどんどん投げ入れてやってくれ…!」


 野次馬から盛大に歓声が上がり、次々と武器が飛んでくる。
 僕らのバトルに乗じてトトカルチョが蔓延しているせいで、観客のヒートアップぶりも普通じゃない。

 今回のバトルのふれこみではクドと来ヶ谷さんが吸血鬼である事が知れ渡っている。
 対する僕らは一般人というふれこみ。
 ――今回のカードは実に僕らに20倍以上の払戻しが約束されているのだ。


     「…理樹君。ギャラリーを驚かせてやりましょう。」
     「そうだね、小毬さん。」
     「ま、最後に笑うのは私たちってコトですかな…ふふんっ♪」
     『イエス マスター』


 葉留佳さんが武器の山の中からライジングサンを手に取る。
 予め鈴に頼んで投げ入れてもらったものだ。


     (今回の僕のパートナーは…これだ!)


 僕は直感で田中さんの判子を拾い上げた。
 小毬さんは…特殊警棒!


     (さて…)


 ――この戦いが始まった時点で勢力は3つに別れた。

 この世界をおかしくしたであろう恭介、真人、謙吾のチーム。
 僕らの目の前に対峙するクド、来ヶ谷さん、西園さんのチーム。
 そして、小毬さん、葉留佳さん、僕のチーム。

 こうして体育館に集まって3人ずつのグループが3つ目に見えてできてしまえば分かりやすい。
 恭介も真人も謙吾も他のメンバーとは態度や空気が違っている。
 ――はじめからこの世界が異常である事を知っているからだ。



     「今回も武器は私自身なのです。」


 クドはマントを脱いできれいに小さく畳むとそれを脇に置く。
 …予想通り。相手に噛み付くには武器として自分を選択する必要がある。
 同じ理由で来ヶ谷さんも――


     「よし。おねえさんも武器は私自身――といいたいところだが…」


 来ヶ谷さんは小毬さんを見てニヤリと笑う。
 そして武器の山の中から何かを掴んで引っ張り上げる。


     「…なっ!?」
     「やられましたね…理樹君。」


 苦々しげな表情で爪を噛みながら小毬さんは顔を上げる。
 来ヶ谷さんが拾い上げたそれは――腰を抑えながらゆっくりと立ち上がる。


     「いたたたた…一体なんなのよ!何で私が――」
     「今回の私の武器は――佳奈多君だ。」

     おおーっ!?

 ギャラリーから何ともいえないどよめきが上がった。


     「風紀委員の堅物。ご存知、二木佳奈多君だ。ハードSにして趣味――ではなくて
      得意技は言葉攻めと緊縛+放置プレイ。――耐えられるかな、葉留佳君。」

     「誰がハードS――」
     「あ…姉御の鬼ぃぃぃ!!悪魔ぁぁぁ!!」


 葉留佳さんはすでに涙目――ここに来て最も相性の悪い相手を持ってくるとは…!
 いや、違う…これは保険だ。来ヶ谷さんはおそらく僕らの作戦の全貌を察知しているに違いない。
 遮蔽物のない体育館で戦う事を前提にしているのなら、確実に吸血鬼化した来ヶ谷さんが肉弾戦を仕掛ける方が
 勝つ確率が高まる。
 ――来ヶ谷さんはその前提を疑ったんだ。

 だけどこれは認められるのか!?


     「恭介っ!」

     「…………」


 僕の呼びかけに恭介は黙って拳を前に突き出す。
 そして――親指を上に突き出した。


     「二木はギャラリーに武器として放り込まれた。よって二木を武器として使用する事を認める。」
     「ちょ…っ、棗先輩――」


 恭介の言葉にどよめきは割れんばかりの歓声に一変した。
 このバトルで二木さんを武器として認める事をみなが認めたのだ。

 そして最後に西園さんがノートと筆記用具を拾い上げた。


     「――理樹君」
     「作戦どおりいく!小毬さん、葉留佳さん、準備を!」
     「うんっ!…ライジングサン!」
     『クロスファイヤーシュート スタンバイ レディ―』


     「お互い武器は決定したな。では――バトルスタートォ!!」















死闘は凛然なりて

−第06話 「ハードS」−











 俺のスタートの掛け声を合図に観客からワーッと歓声が沸きあがる。
 謙吾も真人も俺の隣で腕を組んでバトルの様子を眺めていた。


     「…なぁ、なんで来ヶ谷はわざわざ二木に戦わせるようなマネをしたんだ?」
     「それはな、来ヶ谷が吸血鬼化してるからだ。」


 俺の答えに真人は捻った首をさらに横に捻る。
 真人の言いたい事は分かる。吸血鬼化しているなら昼間とはいえ身体能力が大幅に向上しているので、
 バトルでは吸血鬼化しているほうが有利に見える。
 まして二木と来ヶ谷では基本スペックに差がある。それでも来ヶ谷は交代せざるを得なかった。


     「つまり――吸血鬼化する事で増える弱点もあるという事だ。」



            :
            :





     「ひゃっほう〜〜〜〜〜っ!!はるちんバスターっ!!」
     『イヤ クロスファイヤーシュート…』


 ――ドゴーンッ!!


 葉留佳さんの放った砲撃が目の前にいるクドと二木さんを大きく反れて体育館の天井に激突する。


     「にぇはらしょーっ! はずれなのです〜〜っ!!」
     「…!なっ!なっ!なっ?私に向けて撃った…?」


 無邪気に笑いながら突撃してくるクドとは対照的に二木さんは目を白黒させている。


     「ぜありずのーこーすと! 理樹、覚悟するのですっ!!」

     「うう…なんで私がこんな事――!能美さん!危ない…っ!!」
     「わふっ!?」

 二木さんがクドの体を抱きかかえるようにして体育館の床の上を転がる。

 ――ドンッ!ガダンッ…ゴシャッ!


     「キャーッ!!」


 直後、さっきまでクドがたっていた場所に、鉄筋やコンクリートの大きな塊が容赦なく降り注ぎ、
 続いて二木さんの絶叫が体育館に響き渡る。
 直撃すれば多少なりともクドか二木さんに大ダメージを与えられると期待したが…

 この世界では瀕死の重症を負ったとしても回復する事ができるシステム。
 ――僕も遠慮なくやらせてもらうつもりだ。


     「わふっ…理樹、やってくれましたね――ッ!これは――」


 天井を見上げたクドの顔がみるみる青ざめていく。
 ポッカリと穴の空いた天井から――燦燦と太陽の光が体育館を照らし出していた。



            :
            :




     「うおっ、クー公ばったり倒れちまったぞ?」
     「――吸血鬼は日光に当たると力を奪われて活動できなくなってしまう。」
     「なるほど…!だから三枝は天井に向かって砲撃したのか。」


 ぐったりとした能美を西園がズルズルと引っ張っていき、日の当たらない端っこに寝かせていた。


     「もし、来ヶ谷が前衛として戦っていたなら能美の二の舞だ。」
     「吸血鬼じゃない二木なら問題ないし、何より対三枝最終兵器にもなる…そうだな?」


 俺は謙吾の言葉に黙って頷く。


     「それからおまえら――二木はそれほど弱くはないぞ。少なくとも理樹や小毬と同程度以上の戦闘力はある。」



            :
            :



     「…っ………」


 体育館の瓦礫の中、太陽のスポットライトを浴びて、ゆらりと立ち上がる。
 冷静を装っているが、その表情をよく観察していると怒り心頭である事は明白だ。


     「――棗先輩をはじめ、騒ぎに荷担した者全員を拘束ししかるべき処分を下します。
      さしあたってまずは――三枝葉留佳ぁっ!!

     「うひゃあっ(><)」


 捕縛用の縄をバシーンと地面に叩きつけて葉留佳さんの名を叫ぶ二木さん。
 おお、見事なまでにハードSだよっ!


     「形だけの礼ですが、ルームメイトの仇を討たせてもらいます。」
     「きゃー!理樹くん…!ドSが来るっ!」
     『ハルチン テラヤバス』
     「誰がドSよっ!この頭の弱いお気楽娘がっ!」
     「いやーっ、私はレズピアンじゃない〜〜〜!風俗委員に密室に連行されて緊縛プレイっすヨ〜!」
     『フタゴ デ ハァハァ…』
     「んな…っ!?」


 二木さんの顔が見る見るうちに紅潮していく。どうやら怒りやすいタチのようだ。
 そうか、これは葉留佳さんの挑発作戦――なワケないよね…思慮深い葉留佳さんはもはや葉留佳さんではない。




     「――シッ!!」


 仕掛けてきたのは二木さんから――
 蛇のように縄がしなり、その先端が葉留佳さんに向かって伸びていく…!

     『スタンバイ レディ―』

 葉留佳さんの靴に羽が生え、襲い掛かる縄を巧みにすり抜けていく。
 しかし、二木さんは一気に間合いを詰めていた――!

     「――遅い!」
     「きゃんっ!?」

 突風のような二木さんのハイキックが葉留佳さんの体を地面へと叩き落す。

     「ふんっ」

 ハイキックの姿勢から無慈悲に振り下ろされた脚が葉留佳さんの顔に襲い掛かる――


 ――ガシッ


     「…っ」

 間一髪――倒れたままの姿勢だがライジングサンで二木さんのかかと落しを防ぐ。
 だけどこの姿勢では反撃は難しい。完全にマウントポジションをとられたような体勢だ。


     「三枝葉留佳。あなたは脆く儚く弱々しい。常に目の前の現実から逃げ出し自分からは
      決してそれに立ち向かわない。」

     「うる…さいっ――!」
     『――サイズスラッシュ』


 光の刃を横になぎ払う――葉留佳さんにはそんな魔法まで!!
 だが二木さんはバックステップでそれをかわすと縄を葉留佳さんの足元に叩きつける。
 衝撃で叩き壊されたコンクリの破片が無数の弾丸となり葉留佳さんを餌食にしようとする…!


     「ライジングサン――!」
     『――プロテクション』


 ――ガキン!! キンッ!!


 ライジングサンの作り出したバリアに弾かれる破片。
 そのいくつかはバリアを貫通して葉留佳さんの白い頬に紅線を刻み付けていく。


     「…っ、距離をとらないと…!」


 顔を上げた葉留佳さんの目の前にすでに二木さんの姿は見えない…!
 ――いや、背後だっ!


     「亀ですか、あなたはっ!!」
     「うあ――っ!!」


 慌てて二木さんの方に向き直り、バリア防御に入ろうとする葉留佳さん。
 しかし次の瞬間には二木さんの振り上げたつま先が葉留佳さんのアゴを垂直に打ち抜いた――!!
 

     「気絶する暇も与えない――!」


 空中に飛ばされた葉留佳さんを二木さんの脚が絡めとり、首を掴んだまま地面に叩きつける!


 ――ドゴッ!


     「んガ…っ!!」


 二木さんの着地点に衝撃がかかり、床がいびつにへこみその下のコンクリが粉々になり四散した。


            :
            :




     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………(∵)」

     「…おい、誰だ? 二木を武器として放り込んだ命知らずは?」
     「ははは…。三枝がまるで赤ん坊のようだな。」


 ――これはいくらなんでも強すぎる。
 とはいえ、二木は生身の人間で一切の装飾を施していないはず。
 そもそもこの世界で中身を持った人間ではないのだ――俺たちが作り変えたのはリトルバスターズのメンバーのみ。


     「誰がこんな規格外の強さを――ああぁっ!!」

     「いきなりなんだ!?」

     「おまえら、思い出せ! 俺たちは最強の敵キャラを作っちまっただろうがっ」
     「二木をか?それは誰も手を加えていないだろ。」

     「違う、謙吾。――西園だ。」

     「あ…!そういう事かっ!」





            :
            :






     「『恭介…っ!!だめだよ…』理樹の震える声に恭介は満足げに呟く。『理樹、好きだぜ。』
      そういって理樹の細い首筋に指を這わせる。首からあごへ、顔の輪郭をなぞるようにして
      顔全体を手で包み込む。いつしか荒くなった熱い吐息に二人の影は――」


     「………」
     「………」


 ――パタン


     「……………さすがの俺もこれ以上は読むのが怖くなってきた。
      西園の頭の中ではこのノートに書かれているような事が日々逞しく展開されているらしい。」

     「さすが西園というべきか…いや、待て。まさか俺も出てきているんじゃあるまいな?」

     「『やらないか?』そういって謙吾は胸元を広げて見せ、理樹を――」
     「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!?」

     「ちなみに真人だが――『きんにくっ!きんにくっ!』『やだ、真人!やめてよっ!』手をばたつかせて
      抵抗する理樹に真人と恭介は○○○○を××××――」
     「うぎゃあああぁぁぁぁぁ!!?」

     「…ってちょっと待て。なんで真人と理樹のところで俺が登場している?
      ――真人と恭介は○○○○を××××するが、理樹は△△△△で××××――」
     「何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」






 ――10分後






     「うっ…うっ…もう俺は何を信じていいのか分からん…」
     「ああ…オレたちが何をしたっていうんだ…うおお……」

     「…おまえら、分かったか? 西園の恐ろしさを。」


 西園には妄想力――否、想像力がある。
 西園の想像世界において、彼女は全てを思いのままに操る事ができる絶対的な存在となりうるのだ。


     「西園はある意味最強と言ってもいい。想像力だけで俺たちを完膚なきまで叩きのめしてくれた
      のだからな。この世界の西園の能力は――自分の妄想を現実にしてしまう力だ。」


 俺は泣きながら最強になった西園の姿を想像した――








            :
            :













 ――ドタ



 ボロ切れのようになった葉留佳さんの体が地面に落ちた。


     「…口ほどにもない。」


 二木さんは服についた埃を払いながらピクリとも動かない葉留佳さんを一瞥する。
 ――時間にして5分もあっただろうか。

 決して葉留佳さんが弱かったわけではない。
 僕とバトルした時の何倍もの魔弾を打ち放ち、幾倍も激しい打ち合いをこなしているのだ。
 だが、二木さんの圧倒的なスピードと攻撃力の前に最強の破壊力を謳う魔法も無力だった。


     「さてと…あとはあなたたちですが――」


 ドSがこちらに振り向く。
 こっちは僕と小毬さんの二人が残っているが、二人がかりで勝てるかどうかも怪しい。
 しかも相手には西園さんと来ヶ谷さんが残っているはず――
 いや、来ヶ谷さんは吸血鬼だ。


     「理樹君。勝てますよ。」
     「………確かに。」


 そうだ。
 あくまで二木さんは来ヶ谷さんの武器としてバトルに登場している。
 だが、見れば来ヶ谷さんはすでに日光に当てられてダウンしているのだ。
 つまり、このバトルは僕+小毬さんvs西園さん。

 ――武器の使用者である来ヶ谷さんがダウンしているなら、武器である二木さんは放置しておいても
 バトルの勝敗上問題はない。


     「西園さんさえ倒してしまえばいいわけだからね。」
     「はい。見たところ西園さんは近接戦闘を得意とするタイプではなさそうです。」


 ――そうなのだ。
 西園さんはバトル開始から今まで武器として手にとったノートに何かを書き続けているだけだ。
 二木さんを避けて西園さんを倒してしまえば僕らの勝ち。


     「二手に分かれて西園さんに向かって走ろう。
      ――小毬さんは左から二木さんを迂回して攻撃。僕は右から行く…!」

     「分かりました。幸運を祈ります。」


 僕らは頷きあうと西園さんノ方向へダッシュする。











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