死闘は凛然なりて  −第13話 「ヴェルカの最期」−
 











     「日傘か。俺も何か武器が欲しいところだな――」
     「………」

 俺がイメージしたのは清掃用具――ほうきだ。
 そいつをくるくるっと回して手ごたえを確認する。
 とはいえ、西園も日傘を構えてはいるがそれだけが武器じゃないはずだ。

     「遠慮なしでいいんだぜ、それともサイバー兵器を使えば一瞬でカタが着いて面白くないかい?」
     「ふふっ、恭介さんは意地悪です。私が全力を出しても勝てるという余裕ですか?」
     「ああ。恭介さんは意地悪だから、みおちんをちょっといじめたくなっただけだ。」

 西園は口元を弛めると、日傘を手に地を蹴った…!

 ――ガキンッ!!

     「――!っと…」
     「………っ」

 真っ直ぐに振り下ろされた日傘をほうきの柄で受けて、そのまま横に受け流す。
 そして俺は西園のポジションに踏み込み身体を入れ替えて、お互いが背中を合わせる格好になる。

     「――このバトル、何を賭けるって?」
     「そうですね…。恭介さんが私に望むものを――ただし、私が勝った場合は…」
     「勝った場合は?」

 俺は背中越しに西園の耳に口をつけて囁く。

     「ふふふ…ここから先は口にするのも憚(はばか)られます。」
     「いいぜ、もし俺が負けたら、目覚めた時を楽しみにしてるさ。」
     「ふふ…っ!」

 ――キンッ!

 日傘とほうきを押し合って、その勢いで両者ともに大きくバックジャンプ。
 ――10メートル程の空間を隔てて双方着地する。














死闘は凛然なりて

−第13話 「ヴェルカの最期」−











 再び距離を詰めてくる西園…!

 ――ブンッ …ガッ!

 横に薙がれた西園の日傘をほうきで受け止めた。
 軽く突撃するか、と思いをめぐらせた。が、正面からいってもミスをしない西園には意味が無い。
 ならば奇襲か――と、俺はほうきを棒高跳びのように使って思い切り空中へとジャンプする…!

     「ヒャッホーーーーーーゥ!!」

 西園が上空の俺を見上げるのと同時に――
 二木がやったように俺も空中で一回転して西園の頭に足を振り下ろす…!

 ――ガインッ!

     「……それは二木さんの技ですね。」
     「やれやれ、その日傘の素材が俺には気になるぜ。」

 俺の足を阻む日傘。
 両手で日傘の端を支える西園に俺は微笑むと、ほうきを引っつかんで素早く床に着地する。

     「…それでは今度は私から。」
     「! …っと!」

 普段のおっとりした動作からは想像もできない素早さでダッシュしてくる西園…!
 地面すれすれのところから天に向かって振り上げられた日傘をギリギリのところで俺は背中を逸らす。
 が、それに間髪いれず西園は手をついて足払いをしかける!

     「ハ…!」
     「………」

 俺もバク転でそれを避けるが、今度は頭上に何度も振り下ろされる日傘…!
 その衝撃をほうきを盾にしてひたすら防御に徹する。

 ――ガンッ! ギンッ! ゴンッ!

     「バイオレンスじゃないか…! 激しいのは嫌いじゃないさ。」
     「てへ。でももう少しだけ――」

 スッと腰をかがめると西園はさらに俺に踏み込んでくる。

 ――シュッ! バシュッ! ガコンッ!

 乱れるように右へ左へ斬りまくる白い日傘――
 それらはさらにスピードを上げて俺のほうきに容赦なく打ちかかってくる…!

     「――ッ!」
     「うす紅に、刃はいちはやく燃え出でて――」

 避けきれず俺の頬を日傘の切っ先がかすったらしい。
 ツツ、と温かいものが流れ落ちる感触が頬を伝う。

     「咲かむとすなり――」

 まるで舞台に大輪の白花を咲かせるように、身体を回転させて日傘を水平に斬り付ける。
 その軌道の延長線上にあった俺のほうきは真っ二つに切り落とされた…!

     「…ッ」

 だが、その攻撃の回転力ゆえ西園は俺に背中を向ける格好になってしまう。
 逃げる隙ができたと安堵した瞬間――西園は背後の俺に向けて日傘の切っ先を肩越しに覗かせていた…!

     「――ッ!?」
     「山ざくら花」

 ――タンッ

 地を蹴り空を舞い、大空にその花を咲かせようとする。
 背を向けたままの姿勢から背後の俺に日傘の切っ先を突き上げるようにジャンプしたのだ!
 あまりに予想外の姿勢から繰り出された攻撃に俺はその切っ先を手で防ぐしかなかった…!


 ――グッ

     「ッ…!! やってくれる!」
     「ああ、あと少しでこの白い日傘をさくら色にできたのに…。」

 俺の喉まであと3cm――
 手で日傘を掴んでいなければ串刺しにされていた事だろう。――まったく怖い女だ…。

     「調子出てきたみたいだな。」
     「…まだです。恭介さんはいつも私をのらりくらりと避けるだけです。
              ――どうすれば恭介さんは私に本気になってくれるのでしょうか。」

 俺は手を伸ばし西園のあごに指を絡ませて軽く持ち上げる。

     「簡単だ。おまえが俺に本気になればいい。」
     「うふふ。そんな恭介さんも嫌いじゃないですよ?」

 ――バシーンッ…ドタン!

     「うおっ!?」

 脚の裏を打たれて思いっきり床にスッ転ぶ。
 西園は俺の手から日傘を引っこ抜くと一瞬にして両足を払ったのだ。
 そして倒れた俺の上に馬乗りになると両手を組み伏せる。

     「…油断したか。」
     「一方的にからかわれるのは好きじゃないですから。」

 そう言って西園は倒れた俺の首筋に手を伸ばす。
 俺の喉をくすぐるように西園の白い指が首筋をツツ、と這っていく。

     「首も細いですし肌もキレイです。ふふ、本気でどうにかしたい――」

 ――シュッ

     「!」

 首筋を這っていた手が下に降りていき、俺のネクタイを掴むと乱暴に引き抜く。
 そして引き抜いたネクタイで俺の両手を縛ると、シャツのボタンを1つずつ外していく。
 やがてあらわになった俺の胸に手を置いて西園が呟いた。

     「お楽しみの時間――と言いたい所なんですが、キャストが足りません。」
     「いや、お楽しみの時間さ。俺とおまえだけでもできる、な。」
     「ふふ…あはは…」



          :
          :







    「何ぃぃぃっ!?」

 ラジカセから垂れ流しのBGMが廊下にガンガン響きわたる――
 ヴェルカは猛然と謙吾に突進していくと謙吾の身体を抱きかかえてジャンプしたのだ…!
 そして二人とも頭から床に落下しようとする――派手なジャーマンスープレックスだった。

 ――ゴスン!

 だが、先に頭を床に打ち付けたのはヴェルカだった!
 無様に床をゴロゴロと転がりながら頭を抑えて低く唸っている。

     「…バカです。」
     「バカですナ。」
     「うむ。馬鹿だ。」

 小毬さんも葉留佳さんも来ヶ谷さんも呆れながらその光景を眺めていた。
 クドでさえヴェルカの様子に言葉を失っていた。

     「ほら、まさ…じゃなくてヴェルカ。筋肉、筋肉♪」

 ――ピク

     「筋肉いえぃ、いえぃ! 筋肉いえぃ、いえぃ♪ ほら、クドも一緒に!」
     「え、きんにく、いえぃ、いえぃ! 筋肉いえぃ、いえぃ♪…ってリキ!ヴェルカの中の人って――」
     「〜〜〜〜〜〜〜!!」

 ヴェルカが立ち上がった!
 そして僕らと同じように腕を胸の前に揃えて左右へリズミカルに揺らしていく。
 そう、筋肉さんはお友達なのだ! そこに筋肉がある限りヴェルカは戦いつづける…!

     「わふ〜〜〜〜っ!行くのです、井ノ…ではなくてヴェルカ!」
     「〜〜〜ッ!!」

 主人であるクドの声にヴェルカはその仮面の下でニッと笑った事だろう。
 再度、謙吾に向かって突撃するヴェルカ!
 
     「ふははははははーーっ!!」

 両手を広げて武器を召還する――謙吾が手にしたのはバレーボール!
 そのボールを高くトスすると思い切りヴェルカ目掛けて叩きつける…!

     「食らえ…ッ! アタックゥゥゥゥゥッ!ナンバー…ワンッ!!」
     「…!!」

 ――バシン!

 音速をも超えるであろう弾丸アタック――そのバレーボールをヴェルカは肉球で地面に叩きつけた!
 すごい…!並みの人間じゃ反応する事もできずそのアタックを食らって昏倒させられていたところだろう。
 僕もクドも息を飲んでヴェルカを見守っていた。

 ――バイン…ボコッ!

 が、床に叩きつけたバレーボールが跳ね返り、今度はヴェルカのあごを一直線に打ち抜いた!
 今度はあごを抑えて床の上を右へ左へ転がりまくる。

     「…本当にバカです。」
     「マジでバカですナ。」
     「うむ。真正の馬鹿だ。」

     「ほら、ヴェルカ! 筋肉♪ 筋肉♪」
     「わふ〜〜〜〜っ!血沸き肉踊るお祭りなのですっ」

 ――ムクリ

 やにわに立ち上がるヴェルカ。なんせ中身は筋肉バカ。やはり体力だけは桁違いなのだ。
 両手を天へ掲げると、一声大きく吼えていつもの筋肉ダンスを踊りだす。
 一度主人に忠誠と勝利を誓った犬は行く手にあるモノ全てを食いちぎる――
 俺はまだまだやれるぜ! …そう謙吾にアピールするように、傷だらけのヴェルカは走り出す…!

     「能美の犬に成り下がったというのにしぶとい…! ならばこれはどうだ!」

 ――ヒュン!

 振り上げられた謙吾の手から放たれたのは3つのピンポン球!
 だが謙吾の事だ。並みのピンポン球ではないのは明白。
 風を切る音からしてピンポン球の質量とは違う――

     「ヴェルカ!」
     「〜〜〜!!」

 向かってくるピンポン球を前にヴェルカは仁王立ちになる。
 いくら筋肉バカとはいえ、謙吾の攻撃をまともに食らっては危ない…!
 眼前に迫り来るピンポン球――するとヴェルカは上体を逸らして避けようとする…!


 ――!!

 ――ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

 時間の流れがそこだけゆっくりになってしまったのか。
 まるでビデオのスロー再生のように、ピンポン球が背を反らせたヴェルカの上を通過していく。
 
 ――バシュ〜〜〜〜〜ン

 残像を残しつつまた1つピンポン球がヴェルカの体すれすれのところを突き抜けていく!
 すごい…! まるで時間の流れを操ってしまっているように、高速の弾丸を避けているのだ…!
 そして最後の1つもヴェルカはギリギリのところでかわそうとする――

 ――シュ〜〜〜〜ン………ドゴ!




     (∵)




 ――本当に世界が止まった。
 最後のピンポン球は空気抵抗でそれてしまい脚の上を通り過ぎる寸前、フォークボールになったのだ。

 ――急所を強襲。

 股間を強打されたヴェルカは今度こそ再起不能とばかり、地面の上で小刻みに震えながらうずくまっている。
 今となってはラジカセの激しいBGMがむなしい。

     「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!???」

     「…本当の本当にバカです。」
     「…超マジでバカですナ。」
     「…うむ。バカの中の馬鹿だ。」

 ら〜ら〜ら〜…らら〜ら〜言葉にできない――
 そんな表情をしていたのは僕だけでなく謙吾もこめかみを抑えてヴェルカの冥福を祈っているようだった。

     「謙吾…さすがにこれは――」
     「すまん。やりすぎてしまったようだ。まさかあんな避け方をするとは思わなかったんでな。」

     「ヴェルカ…!」

 クドが倒れたヴェルカに走りよる。
 薄目を開けて震える手をクドに差し出すヴェルカ。

     「もういいのです…! あなたは十分にやってくれました…!」
     「…………」
     「相手は頭のネジが一本飛んだ宮沢さんです。仕方が無かったのです――」

 横にいる謙吾が微妙な表情をする。
 するとヴェルカは震える手を伸ばし、肉球で涙を溜めたクドの頭をポンと包み込む。
 ポロリとクドの目から涙が一粒零れ落ちた。

     「…………」
     「本当に…優しいのですね。あなたの勇姿、決してわすれないのです…!
                 だから、今は休んでいてください――私の大きなナイト様…」


 ――ちゅっ


 ヴェルカはすでに気を失ってしまったのか静かに横たわっていた。
 ありがとう、真人――僕は心の中でそう呟きながら謙吾に向かって歩き出す。

     「それじゃ、遅くなったけど始めようか、謙吾。」
     「ああ、真人の犠牲を無駄にしたりはしないようにな。」

 僕らは小さかったあの頃と同じように互いに笑いながら、武器を手に走り出す――



            :
            :







 ――タンッ…ドタン!

     「キャッ!?」

 と、今度は俺が身体をひねって起き上がると西園を床に押し倒す。
 手を器用に回してネクタイの束縛から抜けると、今度は俺が西園の両手を抑える。

     「…油断してしまいました。」
     「俺も一方的にからかわれるのは好きじゃないからな――キスしてもいいか?」
     「ふふ…窒息死させますよ?」

 ――ドンッ!

 俺を突き飛ばすと一回転して大きく距離をとる。
 西園は毅然とした目で右腕を横に凪ぎ、声を上げる!

     「科学部!」
     「はっ! NYP値、測定――!」

 西園の合図でどこからともなく、マッド鈴木率いる科学部が現れた。
 ついにこの世界で物理的になしうる最強の攻撃力――サイバー兵器のお出ましだ。

     「と、とんでもないです! 最高のコンディションです!」
     「よし、遺憾なく実力発揮したまえ、西園くん!」

 ――キュイィィィィィン

 ビームライフルにメガバズーカランチャー!!
 西園の細い身体には不釣合いな大きな機械が唸りを上げている。

     「これで流石の恭介さんも少しは焦ってくれるでしょう。」
     「ああ! 今の俺は最高に焦ってるぜ!」
     「…嘘ばっかり。」

 ――ドゴーンッ!!

 慈悲も容赦も感じさせない一撃!
 無機質に軌道上の障害物を消滅させるメガバーズカランチャーが、俺の立っていた場所を黒焦げにした。
 空中に飛び上がった俺はロケット花火に点火して西園めがけて全弾発射する――

 ――ヒューーーーン…ズゴーン!ドゴーン!

 土煙の中、電磁バリアを張り無傷のまま微笑む西園と目が合う。
 西園のビームライフルの銃口が向けられた瞬間、俺はテニスラケットを取り出してスマッシュを打ち出す!

     「……!」

 電磁バリアを突き抜けて襲い掛かるテニスボール。
 西園は首を上げてすんでのところでテニスボールを避けた!

     「いいぜ…! だがこれはどうだ?」
     「う………!」

 西園を捕らえきれず飛んでいくテニスボールの軌道に俺はコンクリートの壁を出現させる。
 跳ね返されたテニスボールに西園の反応が遅れ、避けたもののバランスを崩して横に転んだ!

 さて――決着をつけさせてもらうとするか。

     「――"スタンプ・オブ・サイトー(斎藤さんの判子)"」

     「――!!?」

 ――俺は静かに手をかざす。
 そして空中に現れたのは十万個を超える斎藤さんの判子、はんこ、ハンコ…!!
 どこにでもある100円の判子、大理石の実印、象牙でできた高級品――
 数え切れない判子が体育館の照明を遮り西園に暗い影を落としていた。
 それを見上げた西園の顔が青ざめる。

     「あ…あぁ………」
     「斎藤、さいとう、サイトウ――どれも等しく斎藤さ。そして――」

 俺が指を鳴らすとそれらは一斉に西園の方向に襲い掛かる――!


     「おまえ、斎藤っす。」


     「キャァーーッ!!」

 電磁バリアを張りなおすヒマも無く、西園は日傘をバッと開いて防御する…!

 ――カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!

 白い日傘の表面に幾重にも斎藤の証が刻み込まれていく――
 だが、そんな無数の斎藤に日傘が耐えられるはずもなく、西園の手から弾き飛ばされた!

     「イヤァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 数限りない斎藤たちに陵辱される西園。
 手を頬を、無数の斎藤に犯された西園は戦意を喪失したのか、ガクリと首をうな垂れる。

     「サイバー兵器を全力で使われる前に倒さないと俺も危なかったからな。悪いな。」
     「斎藤…私は斎藤……ううぅ…」

 くるくる…コテン

 西園はショックで気を失ったのかバタリと倒れこんだ。









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