死闘は凛然なりて  −第14話 「バナナ」−
 















     「これが僕のパートナーだ――!」


 ポケットからそれを素早く取り出す。
 そして僕はそれを腕を払うようにして謙吾の前に放り投げた!

 ――ピタン

     「………バナナの皮だと?」

 完璧な着弾位置――
 タコさんウィンナーのように黄色い足を八方に広げたバナナの皮に謙吾の眉が八の字になる。

 みずみずしさを保った薄黄色の肌に滑らかな曲線。
 それはあたかも夕暮れの中にたそがれる婦人にも、深窓で読書にふける令嬢にも見える。
 その静かでいて息を飲むような美しさと存在感に謙吾は目を見開くしかなかったに違いない。

     「………」
     「………」

 バナナの皮を隔てて僕と謙吾の空気は緊張感を高めていく。
 事情を知らない第三者がこの状況を見たのなら、誰が謙吾のバナナを食べたかで揉めている
 ように見える事だろう。
 だが、事態はそれほど生易しいものではない。

   小毬「………」
  来ヶ谷「………」
  葉留佳「………」
   クド「(ワクワク♪)」

 例えばそう。フライドチキンのチェーン店でお馴染みのヒゲ親父――
 よく見れば彼の背中に赤いボタンがついており、『ご自由に押してください』と張り紙されて
 いたとしよう。

 ――果たして人はそれを押さずにいられるだろうか?

 その得体の知れない赤いボタンを押さずとも、地球は回り続け平和な日常は終わらないだろう。
 しかし、赤いボタンを押した事によってカー○ルサンダースが自爆したり、足から火を噴いて大気圏
 を突破しようものならご近所迷惑も甚だしい。

 だが、人は気になるのだ。自分のアクションの結果がどのようなものになろうとも…
 好奇心に勝てるように、神は人をお創りにならなかったのだ。
 それが尚、好奇心の強い人間なら言うに及ばず。

   小毬「………」
  来ヶ谷「………」
  葉留佳「………」
   クド「(ワクワク♪)」

 ――だからみんな謙吾を見守っているのだ。

 そこにバナナの皮があり、バカを自覚する謙吾がそこにいる。
 これ以上語る必要はあるまい。

  葉留佳「り、理樹くん…ッ」
  来ヶ谷「我慢したまえ、葉留佳くん。」
   小毬「そうです。ここではるちゃんが踏んだりしても意味がありません。」
   クド「(ワクワク♪)」

 そろ〜りと謙吾はバナナの皮につま先を伸ばしていく。
 ちょこっと触れるとサッと引いてを何度も繰り返す謙吾。
 子猫が毛糸の玉に前足を伸ばすようにちょっと触ってはすぐ引っ込める。
 そしてついに――



 ――つるっ☆

     「うわああぁぁっ♪ 転んだー♪」
     「やったーっ!! かかった! 謙吾に勝ったぁ!!」

     「…って、このたわけがーッ!!」

 ――バシィィィィィン!!


 思いっきり、竹刀で頭をはたかれた。



















死闘は凛然なりて

−第14話 「バナナ」−












     「うぅ…ひどいよ、謙吾。」
     「いきなり、目の前にバナナの皮を置かれて、はいそうですか、って滑って転んで失神できるかっ!!」
     「いや、だって普通に謙吾、興味津々ってカンジだったけど――」
     「それは何かの間違いだッ!!」

 ――バシンっ!

     「うぅ…。それじゃ何で踏んだんだよ…。」
     「そこにバナナの皮があるからだ。」
     「それ結局、目の前にバナナの皮を置かれて、はいそうですか、って転んで――」
     「子〜供でいた〜い♪ ずっとトイザ○すキーック♪」

 ――バキっ!

     「り、理不尽だよ……。」
     「西園と戦った時のハンコ捌きや三枝と戦った時の姫路城建設テクはどうしたっ!?
      真人はうなぎパイに食われたが、今のおまえは誰かが食べた後のバナナの皮に食われたようなものだ!」
     「ううぅ、痛い…。でもあの時は武器に対する思い入れみたいなのが――!」

 頭を抑え起き上がりながらハッと気が付く。
 果たして僕はバナナの皮にどの程度の思い入れを抱いていただろうか?
 例えばそう。バナナを食べた後の皮の価値というのはいかほどのものなのだろうか?

 昔、旅人が茶店で柏餅を出されて、その餅と葉っぱが一体化した姿に首をかしげたという。
 そこで店の主にどうやって食べるのか訊ねたところ、「皮むいて食べるんだよ」と答えた。
 すると旅人は柏餅を葉っぱごと食べてしまったのだ。
 ――茶店のそばを流れる川の方向を向きながら。

 元々その旅人にとって葉っぱとは取るに足らない、捨ててもいい価値のものではなかったのだ。
 だから皮をむいて食べると聞いたときに、葉っぱを捨てるなんて選択肢は考えもしなかった。

 ――果たして僕はバナナの皮をただのゴミではなく、そこに独立した価値を見出せたのか。
 バナナだからと言って馬鹿にしたり見下したりはしてないだろうか?
 よくよく考えるとバナナも不憫なのだ。

 バナナ自体もその曖昧な位置付けゆえに虐げられてきた歴史を持つ。
 ――すなわち、バナナはおやつかデザートか。
 いつかクドが話してくれたように、コウモリは鳥なのか獣なのか自分の存在に不安を抱いていた。
 クド自身がこの日本でそうだったように、自分が何者なのか定義できない存在というのは
 群衆の中にいて常に孤独なのだ。

 そんなクドに僕はこう言った――クドはクドなんだよ、と。
 たったその一言でクドは笑顔を取り戻してくれたんだ。

 僕らのバトルを真摯な瞳で見つめるクドを見て決意する。
 バナナに思い入れを抱き理解するには、バナナの名誉を回復せねばならないのだ。

 顔を上げ手を前に伸ばし、今僕はここに宣言する――


     「…バナナはおやつでもデザートでもないよ――バナナは主食なんだ。」
     「――!!」


 謙吾の目が大きく見開かれる。
 一方クドは、何を言っているんだこの人は?という表情だ。
 そんな事は気にせず、僕は次の瞬間には地を蹴って謙吾に突進していった…!

 今ならバナナが何か理解できる――!
 一年中桜が咲き乱れる島でバナナを愛した女の子と同じか、それ以上のバナナに対する熱い想い――
 僕は謙吾が武器を生み出していたように、自然とバナナを両手に生み出していた。

     「バナナミン…補給!」
     「…っ! なんと大胆な食べっぷりだ…!」

 バナナの皮を武器として使うにはバナナを食べる必要があった!
 それはすなわち、バナナの皮は無限に生み出してつかえないことを意味する!
 おなかの限界=バナナの皮の使用個数の限界だ。

     「バナナの皮は設置武器なんだ――」

 謙吾の背後に落下するように放物線を描いて飛んでいくバナナの皮。

     「だけど、それと同時に投擲武器でもある…!」

 ノーアクションで謙吾の顔目掛けてバナナの皮を投げつける…!

     「!」

 飛来するバナナの皮に虚を突かれて謙吾は後ろに一歩下がろうとする!
 だが、そこには最初に投げたバナナの皮がすでに設置されているのだ!
 ――僕はニヤリとほくそえむ。

     「…ふっ、バカめ。甘いぞ!」
     「…!」

 だが、謙吾はそんな僕にほくそえむ。
 そしてはいきなり両手を広げて後方へ大きく飛んだ!

     (馬鹿な…ッ!? その体勢でバナナの皮を避けられると言うの!?)

 激しく右回転のかかったバナナの皮は黄色いミサイルとなって謙吾の上空を飛んでいく。
 設置された床のバナナの皮を超え、まるでバナナの皮と空の旅を楽しむように
 両手を広げて一緒に宙を飛んでいるではないか!

     「はああああぁぁぁぁぁーっ!!」

 どんな馬鹿でも親と重力だけには逆らえない。
 謙吾もバナナの皮もその体勢のまま地面に着地しようとする…!

 ――ドスン!!

 謙吾の大きな体が背中から床に衝突する。
 手を十字に広げたまま倒れこむ謙吾。
 それはあたかも磔刑に処された聖人のよう――
 そしてバナナの皮は――謙吾の頭から10cmはなれて落下していた。


     「外れだな、理樹。」
     「どうして…どうして…謙吾――」



 …普通に横に避けなかったんだ。



 ゆっくりと起き上がる謙吾。僕は再びバナナを生み出して貪り食う。
 まだまだバナナの皮に対する想いが足りなかったのだろうか…!

     「理樹、想いだけではどうにもならんぞ。お前に足りないのは――想像力だ。」
     「…想像力が、足りない?」
     「そうだ、クリエイティブでなければならない。既存の概念に溺れてはいないか?
      常識がおまえを縛り付けてはいないか? そして何よりおまえは自由に考え動けているか?」

 僕は呆然と立ち尽くす。
 恭介は恭介でいるために卒業間近だというのに野球を始めたんだ。
 誰もそんな事をしようなんて考えつかない事を始めて――僕らはかけがえのない思い出を手に入れた。

 ――恭介は他人と違う事をやって他人以上のものを手に入れた。

 それが僕ならなおのこと――
 とりあえず特徴がない直枝理樹がバトルに勝つためにはどうしたらいいのだ?
 バトルの質を高める知的フィールド――他人と同じ行動をとるだけではダメなのだよ。僕の場合は。

     「自由に…もっと、自由に。」

 目を閉じ、僕は想像する――自由とは何ぞや。
 大空を思うがままに飛び回る鳶、大海を優雅に泳ぐ鯨、サバンナを歩く金色のライオン、
 旗を手に民衆を自由の戦いへ煽動する女神、夜道で女性の前でコートをガバッと広げるオヤジ――

 ――自然と僕の身体はバナナの皮を両手に持ってステップを踏み始めていた。
 そしてバナナの皮を振り回しながら謙吾に攻撃を仕掛ける。

 ――ビュンッ!

     「足りん…ッ! その自由はまだ束縛されている!」
     「…痛ッ!!〜〜〜〜〜まだまだ…!」

 腕をクロスさせてつまんだバナナの皮。
 そこから思い切り腕を広げてジャンプして奇声を上げる…!

     「ふおおぉぉぉぉぉっ!!」
     「ダメだ! おまえの自由とは頭を全く使わない自由なのかッ!?」

 ――ベシィィン!!

     「――ガッ!!」
     「飽くまで論理的に考え、行動する事に躊躇するな! それがクリエイティブの前提だ!」

 論理的に考え、躊躇せぬ行動――
 その謙吾の言葉はまさに恭介を表している事にハッと気付く。
 刹那、僕は謙吾の竹刀を胴体に食らって壁に叩きつけられていた。

 ――ダン!

     「痛…立たないと――!」

 急に揺らめく視界――
 これはいつものなれた感覚…ナルコレプシーだ。
 なんでこんな時にと思いながら僕の意識は闇に溶けていく。




                 :
                 :








 真っ暗で何もない空虚――
 夢の中にいる事はすぐに理解できた。そしてバトルの最中に眠ってしまった事も思い出す。

     (ああ、ついに負けてしまったんだね…)

      ………。

     (謙吾に勝てないなんて最初から分かりきっていた事じゃないか…)

      ………。

     (というよりも善戦したよね、僕。)

      ………です。

     (とりあえず特徴のない僕はバトルランキングでちょっと善戦――これでいいよね…?)


     "ダメです! まだ諦めたりしてはダメなのです!"


 どこからともなく響いてきた女の子の声。
 辺りを伺うがその姿はどこにも見えない。

     (誰? いったい誰なの?)
     (――バナナの神さまです。)

 その声の主は臆面もなくそう名乗った。

     (なんでバナナの神さまが夢の中にまで出てくるかなぁ…)
     (それはあなたがバナナを愛しバナナを深く信仰しているからです。)

 余計な事をするんじゃなかった。

     (あなたは負けてもいいのですかっ! それでも栄誉あるバナナ帝国の一員なのですかっ!
      私たちに敗北の二文字は許されません。なんとしてもバナナパワーで敵を粉砕するのですっ)
     (いや、そんな事言ったってバナナ VS 竹刀だよ?)
     (楽勝じゃないですか。バナナの勝ちですよ。)
     (いやいや、バナナと竹刀がつばぜり合いしてるの想像してよ?)
     (圧勝じゃないですか。バナナの前に竹刀ごとき敵じゃありませんよ。)
     (いやいやいや、リーチも硬さも違うのにどうやって勝てるってのさ?)

     (ああ〜もう〜っ! そんなだから優柔不断のヘタレ野郎って言われるんですよっ)
     (え〜〜っ!? 僕ってそんな評価なのっ!?)
     (当然ですよ〜。だってどのヒロインとくっついても尻にひかれそうですもん!)

 僕は地面に手をつき落ち込んだ。

     (うぅ…夢にまで見た亭主関白…)
     (で〜も〜、私が来たからには大丈夫ですっ。バナナミンの力で勝利をこの手に!)
     (…でもバナナで勝てるかな?)
     (違います! バナナでなければ勝てませんっ!)
     (どうやって?)
     (それを考えるのがあなたの仕事ですっ! あなたが勝てばバナナは強いと証明されるのですっ!)

 心底、神頼みは無駄だと思った。

     (あ、そろそろバナナの時間です。私はこれで――)
     (本当に何しに来たのさ…)
     (最後にバナナ帝國の正式な挨拶を教えておきますよ。)
     (結構です。)
     (こうやって、手を前のほうにビシーッと伸ばして元気よく叫ぶんです――)


                 :
                 :











      「BANANA〜☆」


     「きゃぁ!?」
     「いきなり理樹が目覚めたのです…!」

 立ち上がると傍らには目をまん丸にしたクドと葉留佳さん。
 そして、目の前には竹刀を構えた謙吾がいる。

     「…僕はどのくらい寝ていたの?」
     「えっと…10秒ぐらいカナ?」

 ほとんど時間は経っていないのか。
 ならばバトル続行は可能なはず――

     「謙吾。」
     「理樹、かかってこい。」

 僕はニヤリと笑うと再びバナナを生み出す。
 ――さっきの夢の中に出てきたバナナの神様で僕は悟った。

 頼れるのは自分だけなのだ。
 武器への熱い想いだけでは限界があるのだ。
 だからこそ、その限界を知りどうすれば勝てるのかを論理的に組み立てていく。
 …恭介のように、計画的に僕が謙吾に勝つという偶然を起こすのだ。
 いくつも重なった偶然が必然と呼ばれるなら、いくつも重ねた必然が偶然を生み出す事も可能。

     (………よし。)

 建材を積み上げただけでは家は建たないし、鯛を焼いただけではタイヤキはできない。
 僕は頭の中で謙吾を倒す手順とその準備に必要なものを考えていく――

 そして、顔を上げて僕は謙吾へと走り出す…!

     「えいっ!」

 バナナの皮を謙吾の足元に投げつける。
 これは投擲武器としての使用と設置武器としての設置行為を兼ね備える。

     「避ければなんてことはない――」
     「そうかな?」

 迷わず僕は床のバナナの皮を勢いをつけて踏みつける!

     「なんだと…!? 自ら進んで古典的ギャグを――!」
     「謙吾。その思考は創造的じゃないよ。」


 ――つる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ☆


 僕はバナナの皮の上に乗り、謙吾に向かって滑っていく!
 そう。バナナの皮を踏む事がダメージを与えるだけとは限らないのだ。

     「バナナでスケートだと…!?」

 驚愕の声をあげる謙吾。
 バナナを愛し理解した上で、その性質を客観的に分析した作戦――
 普通に走るよりもはるかに速く、誰にも予想できない行動だ…!

     「うおおおおっ!! 来るがいいッ!!」
     「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 両手いっぱいにバナナを生み出す…!
 一心不乱にバナナを食い散らかし皮を増産…!
 だけど、もっとだ! もっとバナナの皮が必要なんだ。ならば――

     「BANANA〜☆」
     「ふごッ!?」

 謙吾の口にバナナをねじ込んだ!
 何も自分で食べる必要などないのだ!皮さえ手に入れば誰が食べようと問題ない…!

     「バナナの道は全てに通ずーっ」
     「!!」

 謙吾の背後に一直線のバナナの皮――
 それが意味するところを理解した謙吾はただ苦々しく笑うしかなかった。

     「ほふはっは、ひひ。(よくやった、理樹。)」
     「……今度こそ僕の勝ちだね。」

 ――ドン!

 タックルを食らった謙吾は廊下の奥まで一直線に滑っていった。








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