死闘は凛然なりて  −第16話 「Little Melody」−
 








     「理樹――おまえは強く生きろ。」


 その言葉の意味を瞬時には理解できなかった。
 僕はただ間抜けに倒れた謙吾とそのそばに立っている恭介を交互に見やるだけ。
 だから焦燥感に駆られて開く口を抑える事もできない。

     「どうして――っ!」

 だけど完全に出かかった言葉を遮るように、恭介の真っ直ぐな視線が僕の不安な心を射抜く。
 「いつでも戦いにこい」と笑っていた恭介と違って、僕の覚悟を問いただすような視線――

     「ここまでバトルで成長してきたおまえなら何も悩む事はない。立派に俺たち
      を飛び越えて生きていけるさ。」

 だから僕にはその言葉の意味が分からない…!
 それでもひとつ分かるのは――これからはもう恭介は僕達の前を走ってくれないだろうという事。
 これから先走っていく僕らを、その場に立ち止まって手を振ろうとしているのだ。

     「恭介は…別れを告げようとしているんだね。」
     「………」

 それを理解した瞬間、それまでの漠然とした不安は形を成した不安として再び僕にのしかかる。
 生きていられる、この世界――謙吾の残した言葉の1つ1つに僕はかぶりを振り続けるしかない。
 そんな訳はない、そんな考えは非現実的すぎると何度も言い聞かせながら。
 やがて重い沈黙に飲み込まれそうになった時、恭介は突然明るい声で笑い出す。


     「はははっ!――それじゃ、始めようぜ。おまえは鈴を助けにラスボスまで辿り着いたワケだ。
      謙吾のも倒した敵が味方になってラスボスにたてつくってのは少年誌の王道的展開さ。
      そして、おまえはお姫様を取り戻すにゃ目の前の敵を倒すしかない。最高だぜ、おい!」

 一転、おどけたような様子で笑い終えると、傍らに放って置かれているラジカセのスイッチを入れる。

 ――♪♪♪

 徹底的にうるさいヒップホップが薄暗い廊下にガンガン響き渡る。
 それと同時に廊下の照明が一気にすべてオンになった。

     「ひゅーっ♪ やっぱこれじゃなきゃノってこねーぜ! なぁ、理樹!」
     「え、え? えーーーっ!?」

 …ついていけない。
 突然、照明全開になった廊下で激しいBGMとともに踊りだした恭介に、何かを言おうとしていた
 僕の口は空いたままになった。が、ようやく口が動いてくれた。

     「ちょっと…! 分からないよっ! ちゃんと説明してよ、恭介!」

     「理樹、最後のバトルだぜ。真実が明かされるのはいつだってエンディングの時だ。」

 恭介は便所タワシを僕に突きつけてふっと笑う。
 つまりは勝って真実を手に入れろという事なのだ。
 こうと決めた恭介はテコでも動かない――それを知っている僕は肩をすくめるしかなかった。

     「分かったよ、最後のバトルだもんね。勝てるか分からないけど――」

 手にアルミピンチを生み出してそれを両手に構える。 
 それを待っていたのか、恭介は決戦の開幕をここに宣言した。


     「バトルスタートだ!」











死闘は凛然なりて

−第16話 「Little Melody」−









 合図と同時に床を蹴って背後に大きくジャンプする。
 が、すでに目の前には便所タワシを持った恭介の姿…!
 迫り来る便所タワシを身体をよじるようにしてかわしていくしかなかった。

     「――っ!」

 便所タワシ――小学校の時より必殺のアイテムとして珍重されてきた歴史ある一品。
 終わりの会では女の子を泣かせた凶器として証拠品提出された事も一度や二度ではない。
 身体に接触するだけでも大ダメージ、まして顔面に直撃した日には水道に直行するしかない破壊力!

     「そんなにカップ○ードルのみそ味がまずいかよ? 顔に出まくってるぜ!」

 ――シュッ!シュッ!シュッ!

 眼前を右へ左へ便所タワシが通過していく…!
 最初体の中心を狙っていた恭介の便所タワシは徐々に顔面へとそのターゲットを変えていく。
 恐怖心に心を浸していては何もできずいつか攻撃を食らうだけ。
 だからといって蛮勇に身体を染めても動作が大きくなり隙を狙われる。
 それを知っている僕はギリギリまで真正面から便所タワシを見据え、瞬時に首だけで避けるのだ。

     「――ッン!」
     「抹茶黒蜜ラテが飲みたいなんて、理樹はホントにおませさんだな…!」

 ――シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!

 まるで僕が攻撃パターンを読んでいる事の裏をかくように、恭介の便所タワシは次から次へと独創的な
 軌道を描いて僕に襲い掛かる。
 恭介は5秒後の未来が見えているのだろうか、と思うほどに…!
 6発避け7発目の便所タワシが顔面をクリティカルに襲いかかろうとする――!

 ――カッ!

     「やるじゃないか…!」
     「アルミピンチはつまめる事が最大の特徴だもんね。」

 アルミピンチの銀の顎が便所タワシの頭にガッチリと噛み付いていた。
 すかさずもう片方の手のアルミピンチで恭介の耳たぶに狙いを定めて槍のように突きだす…!

     「両手に花かい? だが双子の同時狙いは危険だぜ…!」

 首をほんの少し揺らして軽やかに避ける。
 そして恭介は何も無い左手にバケツを生み出した――しかもその中には程よく濁った水…!

     「――まさかッ!!」

 便所タワシにバケツ水――これらの相乗効果は一目見て想像がつく。
 そうなのだ。便所タワシだけでもバケツ水だけでも攻撃力は並の域を超えはしない。
 だが、ひとたびこの2つが合わさった攻撃方法を考えるとどうだろうか…!

     「ちょっと早い夏を理樹にプレゼントさ…っ!」

 バケツに突っ込まれた便所タワシが容赦なしに真横へ薙がれる!
 無限射程、回避困難…! 便所タワシから発せられる水しぶきは不衛生そのもの!
 ひまわり畑で夏の日差しをバックに美少女がホースの水を笑いながら避けているのは絵になる光景だ。
 だが、これがホースの水ではなくバケツの汚水に便所タワシだとしたらどうなるだろうか?

 そ こ の 美 少 女 笑 っ て る 場 合 じ ゃ な い !

 その光景は純然たるいじめ。
 まさにその武器の組み合わせはいじめる目的のために生まれたような組み合わせ…!
 しかも便所タワシによるウォータースプラッシュを防ぐには両手のアルミピンチはあまりに無力…!
 なんてことだ…! アルミピンチを二つ持ってもその相乗効果は極めて薄いのだ。

     「うあああああぁぁぁぁぁーー!!」

 思い切り背を逸らしブリッジに近い格好で汚水を避けようとする…!
 そのためにはこのアルミピンチは枷でしかない!

     「武器よ、さらば!」
     「ハ…っ!」

 ――ヒュッ!…ヒュン!

 投げたアルミピンチを恭介は難なくサッとかわしていく。
 が、その瞬間、恭介の手に持っていたバケツが偶然にも僕の前に差し出される格好になる。
 そのチャンスに賭ける事を僕は全く迷わない…!

     「食らえ、恭介!」

 ――ガンッ!

 恭介が持っている汚水バケツにサマーソルトキック!
 舞い上がるバケツ、汚水、恭介――恭介…!?

     「甘いぜ…!」

 ひっくり返したバケツの汚水を避けるために恭介は自ら後方へ飛んでいたのだ。
 サマーソルトキックの体勢で宙に浮いた僕とポケットに手を突っ込んだまま大きく後ろへ
 ジャンプしている恭介をスローモーションになった時間が包み込む。

     「――――」
     「――――」

 音が消え、すべてが止まってしまった一瞬の世界の中――
 視線を交わらせるとお互いニヤリと笑って応える。


 ――ばしゃんッ!…ガランッ!!


 バケツの落下音と水の音を合図に再び時間はいつもの流れを取り戻す。
 両者共に空中で一回転してキレイに着地…!
 そして僕と恭介の間には派手にぶちまけられた汚水とバケツ。


     「道具は必ず目的をもって生まれる。だから使用者は必ず目的をもって道具を
      使わなければならない。」

 ――恭介の言う通りだ。
 アルミピンチ2本は肉弾戦に特化した兵装。
 その前提として恭介が肉弾戦をする気でなければ、手にした2本の武器も役には立たない。

     「く…っ、なら恭介を倒すにはどうしたら――」

 恭介の苦手な戦闘に持っていくか、僕の得意な戦闘に持ち込むしかない。
 恭介が得意とする武器は火薬――ねずみ花火、ロケット花火に打ち上げ花火。その他全般、
 苦手とするものはほとんどない。
 対して僕の得意とする分野は――器用さが問われる細かい作業だ。
 真人のような腕力も謙吾のような特化した戦闘技術も僕にはない。
 だけどクラフト作りや罠なんかの繊細さが問われる分野なら恭介といえど互角に戦えるかもしれない。

     「理樹。よく考えて動けよ…! そらっ!」

 腕を下から上へと振り上げる恭介。
 白い名刺がそれぞれ緩やかな弧を描きながら僕に飛んでくる!
 それを確認して横っ飛びになりながら、飛行機のクラフトを手に生み出して組み立てる…!

     「そんなに味噌汁にじゃがいもを入れるのが気にくわないかい? 避け筋に出てるぜ!」
     「えい…っ」

 恭介の名刺を空中でかわし、着地し床を回転して作業を続行――!

     「よし、理樹。次はこっちだ!」

 一瞬後には3枚の名刺が空気を切り裂き僕に襲い掛かろうとしている!
 だが、それも同じようにギリギリまで待って床を転がり見事に回避する。
 その転がっている間にも僕は作業の手を弛めない…! そして――

     「完成…ッ!」

 15秒で飛行機のクラフトを1つ完成させる。
 それを手に握り、僕は恭介へと走り出す――!



         :
         :









     「きょーすけ、最終巻だけ置いてなかったぞ。どこだ?」


 あたしは兄の姿を求めて男子寮の階段を降りていく。
 鈴、おまえはこれでも読んで待ってろ、と渡されたのは漫画本と大量の肉まん。
 しぶしぶページを開いたものの面白さについ引き込まれて読み続け、ふと気が付けば
 漫画本も肉まんもほぼ制覇してしまっていたのだ。

     「続きが気になるだろう…」

 いつもは何となく読み流して、ふーんと思って途中で放り出す恋愛モノの少女マンガ。
 お互いの想いに気付いていながらも踏み出せない男の子と女の子を見て、こいつらバカか?
 と思っていたのに…なぜだか今は女の子の心境に共感できてしまう。
 ただ待っているだけに見える女の子の複雑な内心にも、目立たない非力な男の子を好きなって 
 しまった気持ちにも。

     (…でも、まるでこの男…りきみたいなヤツだな。)

 気弱で特徴がないけど、いざという時には勇気を発揮して守ってくれる男の子。
 なぜかマンガの中のその姿がそのまま、理樹の姿に重なってしまうのだ。

 8巻のシーンはあたしのお気に入りだ――
 事故に巻き込まれて泣いている女の子を男の子は抱きしめて、「僕が守るから」と耳元で
 囁いて勇気付けてくれるのだ。

 あとは5巻もよかった――
 誕生日には仕事で会えないと言っていたのに、時計の針が0時を回ろうかという時に、落ち込んだ
 女の子のもとに駆けつけて花束をプレゼントするのだ。
 気になったので女の子をあたしに、そして男の子を理樹に置き換えて少し想像してみる。

 ……………。
 ………。
 …。

     「………………恥ずかしいんじゃ、ボケェェ〜〜〜〜っ!」


 …肩で息をしながら薄暗い廊下で叫んでしまった。
 ありえない! 理樹がそんなにカッコよかったらくちゃくちゃ怖い。
 それはもう、理樹の皮をかぶった理樹に違いない………あれ?

     「むぅ……」

 なんとなくムズ痒いような居心地の良くない、それでいてそんなに悪くない感覚。
 あたしは頭を振る。それよりもこのマンガの続きが気になってたはずなのだ。
 そう。この二人は結局どうなったのか、めちゃくちゃ気になるのだ。

     「うぅ…りき!…じゃなくて、きょーすけ! 最終巻どこだ!」

 ドタバタと足音を響かせながら、あたしは廊下の階段を下りていく。



 だけど――
 このマンガみたいに、理樹から誕生日プレゼントをもらったりしたら…
 それはくちゃくちゃ嬉しいかもしれない。
 想像するだけで、へへへ〜と自分でも頬がにやけているのが分かるぐらいだ。



 ――バンッ!


     「のわっ!?」

 突如、部屋のドアが開いたと思ったら恭介が飛び出してきた!
 きっとバトルの最中なのだろう。ちっこい三輪車にまたがった恭介は笑いながらドリフトしてくる。

     「はははっ!!理樹はホントに素直だなぁ! ハンバーガーのピクルスは余計だなんて!」

 対戦相手は理樹なのか。
 それを知ったあたしの胸の鼓動は、マンガのシーンを思い出していた時みたいに一段と高鳴っていく。


     「待たせたね…! 行くよッ!」


 理樹――! その声にあたしは瞬時に振り返る。
 そしてそこには……寝袋にくるまった理樹がもの凄い勢いで転がってきた!

     「僕の横回転だって…そうそう捨てたもんじゃないね。」
     「はっ! そんなんで俺の最速理論が敗れるかよッ!そらッ!」
     「………(∵)」

 三輪車で華麗に空中にジャンプする恭介。
 その後を追うように理樹も寝袋に入ったままイモムシのように空中にジャンプする。
 だが、空中で理樹は寝袋を脱ぎ捨てて手に持ったハエ叩きで恭介にスマッシュを振り下ろす!

     「これは芋虫が蝶になる様をイメージした2段コンボ――!」
     「やるじゃないか、理樹…! 見直したぜ!」
     「………(∵)」

 恭介は三輪車を乗り捨てて、理樹から距離をとって離れる。
 一方の理樹はハエ叩きを手に一言呟く。


     「またハエ叩きのヒット数が増えたね。――この武器…誕生日プレゼントにいいかもしれない!」
     「………(∵)」


 あたしは床に手をつきガックリと頭をうな垂れる。


     「こいつら………バカだ。」



         :
         :








 ――バトル開始から2時間はたっただろうか…。

 廊下一面武器の残骸、滴る汗は滝の如く。
 ふらつく足腰に鞭打って恭介の追撃と作業に終始没頭する。

     「はぁ、はぁ……! えいっ!」

 僕は天井に向けて色とりどりのビー玉を指の間から抜き放つ。
 コンクリートに衝突したガラスの弾丸は小さな音とともに砕け散り、恭介の頭上に千の破片となって襲い掛かる!

     「回転寿司で食った後の空の皿を回転台に戻したのかい? 思春期にはありがちなミスだぜ!」
     「恭介、逃がさないよ…!」

 飛び退き、着地寸前の恭介の足元に業務用液状ノリをぶちまける!
 恭介と言えどもこれを避けることはできない…!

     「は…っ! こんな避け方もあるんだぜ…!」
     「!」

 べったりとした液状ノリの上に着地すると、恭介は靴を脱ぎ捨ててそのまま空中を回転していく!
 ノリでくっ付いて離れない靴を脱ぎ捨てたのだ。
 すぐさま僕はガムテープを手にホウキを棒高跳びのように使いノリを飛び越えて恭介を追う。

     「2時間も待ってコーヒー一本で許すなんて、理樹は大人だなぁ…! いやっほーーーぅ!!」
     「……っ!」


 ――コツン

     「――と…行き止まりだったな。」

 廊下のドン突きに追い詰められてなお、恭介はいつものように不敵に笑う。

     「はぁ…!…はぁ…! 恭介…!」
     「へばったか? 俺よりも動いていたんだから当然だがな。」

 ――どうみても僕の方に疲れが見え、恭介は余力を残しているように見えるだろう。
 確かにこの状況を観察する限りでは恭介に分があるバトルだ。

     「だけど驚いたぜ。おまえがここまで武器を扱えるようになってるなんて思わなかったさ。」
     「僕の取り得なんて手先の器用さぐらいのものだからね…」

 ソフビ製のヒーローを一体ずつ組み上げていく恭介に、息も絶え絶えに僕は笑ってみせる。
 地面に落とされたヒーローたちはムクリと自力で立ち上がると僕に向かって一斉に走り出す!
 対する僕は、手の中に小毬さんのペンギンのぬいぐるみを創造して恭介の人形たちに向けて解き放った。

     「風船に割り箸、体育館のネット、洗濯バサミにデジタルカメラ――
                         …もう、使える武器は全部使ったんじゃないか?」

 首を回し、辺りを見ながら恭介は楽しげに話す。
 僕と恭介の間ではソフビ製のヒーローたちが小毬さんのぺんぎんを倒そうと群がっていた。
 だが小毬さんのペンギンがソフビ製のヒーローをフリッパーで殴りつけ、足で踏み潰しバラバラにしていく――

     「恭介も色々使ったけど、数取り機かサイコロのぞろめは狙わないんだね…。」
     「狙えないさ。カチカチとやっているうちに攻撃を食らうのがオチだろうし、この激しいバトルじゃ武器は
      むしろ破壊されて当然。サイコロも宣言して投げたりしたら、蹴飛ばされたり破壊されたりするだろ。
      だがな――」


 ――パシュン…ゴシャ!


 恭介は銀玉鉄砲を取り出して小毬さんのペンギン目掛けて発砲する。
 玉はペンギンが隠し持っていた数取り機に命中して粉々に破壊してしまう。

     「スキをついて使うのはアリだったな。サイコロと違って数取り機は相手の見えないところでカチカチ
      やってもOKだ。サイコロと違いカウンターの数字が証拠になるからだ。」

 小毬さんのペンギンはオロオロとしながら僕に向かって手を合わせている。
 ペンギンに密かに数取り機をカウントさせる作戦――僕もそれほど期待はしていなかった。
 恭介ならこうして僕がゆっくり話している意味を簡単に理解している事だろうから。


     「――だけど、決まったな。」


 ため息混じりに辺りを見回す恭介。
 僕も震えるヒザをゆっくりと床に下ろしながら右手で額の汗をぬぐう。
 作業に作業を重ねたおかげで手だって指1つ動かすのが苦痛なぐらいだ。

     「そう…みたいだね。」

 さて、もう――僕にできる事は何もないだろう。
 一度、床に根付いた僕の足はいう事を聞いてくれなくなっていた。
 だから、思い切り大の字になって僕は冷たい床に倒れこむ。
 ――もう何も後悔はない。





     「――砕けたビー玉のガラス片がノリで固定され刃の道となった廊下。ガムテープで完全に封鎖されたドア。
      割り箸と輪ゴムとロケット花火にラジコンを組み合わせた自動砲台。ロープ、洗濯バサミに体育館のネット
      を利用した捕縛罠、バケツ、黒板消しを使ったトラップ……なぁ、理樹。いったいどれだけあるんだ?」


     「そうだね…。恭介の今の位置から近いのは、恭介の右30cmにネズミ花火の地雷、それと左の壁の白い部分
      に触ったらおもちゃのナイフが飛び出してくるよ。…それから武器で衝撃を加えたりしたらダメだよ。
      上から甲子園の土が3トン落ちてくるから。下からも爆発が起こるから大変だよ。
                      ――もう…そこから少しでも動くだけで恭介は僕の罠の餌食なんだ。」


     「なんてこった…ホントに俺に逃げ場はもうないんだな。ははは…もう笑うしかねーよ、この罠の数。
                ふざけんな…っ 誰がここから抜け出せるって言うんだよ…ッ はは…ははははは…!」


 無数の罠に囲まれた中、恭介も床に座り込む。
 そしてそのまま上を向いて僕の方を見ようとはしなかった。
 僕も恭介も一緒に男子寮の天井を見上げながら、それ以上何もしようとしない。








 ――本当に静かな時間が僕達を包み込んでいた。










 ――分かっている。
 もうバトルの決着は付いてしまったのだ。だけどそれを僕は認めたくなかった。
 ずっと勝てなかった、僕の前を走り続けた恭介を追い抜いて振り返って笑ってやろうと思っていたのに――


     「きょうすけ、チェックメイト――いや、ステイルメイトなのかな? とりあえずさ…ッ 僕の…勝ちという事で…いいかな?」


     「ああ……よくやった…ッ。本当に…よくやった。理樹、俺の…負けさ――」


 恭介が震える声で負けを認めた瞬間、僕は泣いていた。















≪次の話へ≫


【戻る】
inserted by FC2 system