死闘は凛然なりて  −最終話 「ラストミッション」−
 














     「――理樹。何だか懐かしいじゃないか…」

 廊下に大の字に倒れこむ恭介と僕。
 嗚咽を漏らす僕に恭介はしっかりとした声で話し始める。

     「俺たちが出会ってからさ、真人、謙吾、鈴の5人で毎日、日が暮れるまで遊んだよな。」
     「そう…だね…」

 それは本当に毎日が楽しくて仕方なかった頃。
 色んな遊びを考え付いては太陽が落ちてくたくたになるまであちこち走り回った。


     「スズメバチ退治は燃えたぜ。一歩間違えばこっちが危なかったぐらいだ。」
     「うん。真人はホントに燃えてたけどね。」
     「謙吾の家の池を泳いでいた鯉を川に放流した時もヤバかったよな。」
     「怒られた謙吾は本当に気の毒だったけどね。」
     「自作ブーメランを投げて戻ってこずに窓ガラスぶち破った時は焦ったな。」
     「結局、逃げ遅れた僕が捕まったけどね。」

     「………」
     「………」

 お互い少しの間をおいて同時に笑い出す。
 どれもこれも僕らが同じ時間の中で共有しあった思い出だ。
 目を閉じて思い返すだけで大切なシーンの欠片がいくらでも浮かび上がる。


     「あの時は――ずっと『今』が続いていくんだって信じてたさ。」
     「――そんな事、言わないでよ…」


 僕は声を震わせる。
 きっと恭介が願えば『今』はいつまでも続いていくんだと思っていたのに――
 完全無欠の恭介が何かを諦めてしまう姿なんて、僕には信じられないのだから。

 やがて恭介は半身を起こし、僕の方に向き直る。


     「――理樹。おまえはこれから『何かが起こった世界』に行くことになる。
      そこでおまえが目にするものが…現実なんだ。ここは現実なんかじゃない。」
     「………」

     「その世界には俺も真人も謙吾もいない。小毬も…三枝も、来ヶ谷も、西園も、能美も
      みんないない世界だ。…みんな、もう助からないんだ。」
     「恭…介……」

     「だが、真人がおまえを、謙吾が鈴をかばってくれたおかげで、おまえたち二人は
      大きなケガをせずに済んだ。だから、おまえたち二人だけは生き延びる事ができる。」
     「イヤだよ、そんなの…」

     「…しかし時間がない。現実の世界に戻ったらおまえは鈴を引っ張って振り返らずに走れ。
      今のおまえならナルコレプシーなんて克服できてるはずさ。走って逃げれば必ず間に合う…。
      ――大丈夫だ、おまえたち二人なら…っ これからは…強く生きていける…ッ。だから――」


     「きょうすけ…ッ!」


 恭介の途切れ途切れになりそうな声に、僕は立ち上がって振り返る。
 とても納得なんてできない、恭介たちのいない世界なんか僕は考えたくないのに――
 そんな思いの全てを吐き出そうとしたとき――恭介は笑顔で僕に向き直る。














     「――お別れだ、理樹。本当に楽しかったぜ。」













 ただ一言――恭介は屈託のない笑顔で僕に別れを告げた。
 その言葉だけは、言いたくなかったはずなのに…それでも恭介は笑顔ではっきりと言った。
 別れの言葉を合図に廊下が溶けるように消えていき、世界が白い光に包まれる。

 僕はその笑顔を見て、吐き出したかった全ての言葉を失った。
 恭介だって泣き言や言いたい事が山ほどあるのに、それをこらえて僕を笑顔で送り出そうとしている。
 それに気付いた瞬間、僕は顔を上げて滲む視界の向こうに手を振っていた。


     「うん、楽しかったよ…ッ! 恭介や…みんながいたから…楽しくないわけがないよ!」
     「はは…は…ッ! ああ! 俺たちリトルバスターズの最高の思い出だッ!」


 恭介のいる方向に伸ばした手が光の粒子となって透き通っていく。
 もうすぐ――僕はこの世界から消えて現実に戻るのだと分かった。
 だから最後に、僕らの心を今まで1つにまとめ上げてきた魔法の合言葉を叫ぶ。


     「うん! 僕たちはリトルバスターズだよ。今までも…これからも…!!」

     「ああ…俺たちは…ッ リトルバスターズだ――」


 恭介の泣き声を耳に残しながら、僕はこの世界を去った。







          :
          :












     「――笑って別れを言うつもりじゃなかったのか?」
     「…うるせーよ、謙吾。俺だって…いつも完璧なワケじゃないやい…っ」

 ふっと笑う謙吾に俺は背を向けて立ち上がる。

     「行こうぜ、理樹も鈴も行っちまった。他のヤツを待たせるのも悪いしな。」
     「…そうだな、俺たちのいられる場所はもうないんだったな。」

 俺と謙吾は光の差す方へと歩き出した。


     "さよならだ"
































死闘は凛然なりて

−最終話 「ラストミッション」−

































 目が覚めたとき、体中に軋むような痛みを感じる。
 視界に飛び込んできたのは横倒しになった座席に散乱した荷物、割れたガラスの破片…。
 慌てて身体を動かそうとして、はじめて僕は誰かに抱えられている事に気付く。

     「真人…ッ! ちょっと、真人! 大丈夫なのっ!?」

 呼びかけても真人は答えない。
 腕の中にいる僕を必死に守るようにその場に動かずにいた。

     「いったい…なんなの?」

 自分がなぜこんなところにいるのか、分からない。
 それでも何が起こったか知りたくて、腕に首にガラスの破片で切り傷を負いながら、なんとか窓から外へ転げだす。
 冷たい地面に手をつき顔を上げた僕は――愕然とした。


     「…っ! これ…は……あぁ………!」


 ――僕らは事故に巻き込まれたのだ。
 ひしゃげた窓枠に辺りに散乱した窓ガラス、転落する際に折れたであろう木が白い裂け口
 をあちこちに覗かせていた。

 ――瞬時に僕の記憶が全てつながる。
 僕らが乗った修学旅行のバスは横転し崖から転落したのだ。
 バスの中で僕らは意識を失い、この事故でみんなひどい怪我をしている。

     「そんなのって…あれ…? 違うよ、ありえないよ…」

 急に腰から力が抜けて、地面にへたり込んでしまう。
 恭介の言っていた何かが起こった世界――

     「みんな、さっきまで元気だったじゃないか…!それなのに変だよ…これじゃ――」

 もう、みんな生きていられないという言葉だけが僕の頭を支配していた。
 この事故だ…やがて漏れ出したガソリンに引火してバスが炎上してしまう――
 それなのに――僕はただ呆然と立ち尽くして惨状を見つめるしかできなかった。


     「……………………恭介? ――きょうすけッ!」


 漏れ出したガソリンを視線が辿っていくうちに腹を向けたバスに横たわる1人の男子生徒の
 姿を認めて、僕は地面を這って近づく。
 頭から血を流し、ぐったりとしたまま動こうとしない。

     「恭介…起きてよ! 大変なんだ…っ! このままだとみんな死んじゃうよ…ッ」


 ――トサ…


 無我夢中で恭介に叫んでいると、すぐ後ろで誰かが倒れるような音がした。
 慌てて僕は音のした方向に振り向いた。

     「――嘘だ…。きょーすけ、そんな……」

 鈴だ。
 ほとんど身体に怪我らしい怪我がないように見える…
 だけど鈴は血を流し倒れている恭介を前にへたり込んで、何度も兄の名を呟き続けているだけだった。




     「…いやだ。きょーすけがいない世界――まさとも謙吾もこまりちゃんもはるかも来ヶ谷も
      クドも…みおもいない世界なんていやだ。1人でも欠けた世界なんて、いやだ…」




 ――その言葉を聞いて僕の心は跳ね上がった。




     (ああ、何で…忘れていたんだろう。)

 空ろな目でそう呟きつづけていたのは夢の中の僕なのだ。
 このまま何もせずにいれば、みんな死んでしまう。
 無力にもただみんなが死んでいくのを眺めているだけになってしまう。
 それが分かっているのなら……この今を何とかできるのが僕しかいないのなら――


     「…よし」


 ――あと1回だけ立ち上がろう。

 すべての現実を受け入れ、理解した僕は力強く地を踏みしめていた。
 僕はかつて誓ったじゃないか――これからは強く生きるって…。
 そしてそのための訓練も技術も僕には備わっているのだ。

     「――鈴」
     「…!」

 地面にへたり込み震える鈴を僕は力強く抱きしめた。



     「僕が守るから――鈴も、リトルバスターズのみんなも全部守ってみせる。
                                    誰一人として欠けさせたりはしない…!」


     「り…き…?」


 何をすればいいのかを明確にする。
 そのために必要な手順を頭に叩き込む。
 それに必要なものを割り出していく。

 ――それは笑えるぐらいバトルと同じものだ。

 バスの中にケガをせず動ける生徒が何人ぐらいるか確認する。
 その生徒たちの心を励まし、みんなを完璧に統率して救助の手助けをしてもらう。

 ――数百人の生徒を率いて恭介にバトルを挑んだ僕にとっては造作もない事だ。

 喫緊の問題はガソリンの発火炎上を防ぐ事。
 時間さえあればレスキューの到着を待って全員を安全に救助できる。
 タンクの油漏れを修繕し、漏れ出したガソリンを処理できれば時間を稼げる。

 ――ステゴサウルスの模型を1秒足らずで正確に組み上げる僕の器用さなら問題ない。


     「恭介…」


 これから始まるのは僕1人のラストミッション――
 僕は近くに転がっていた粘着テープを拾い上げるとピーッと横に引き伸ばす。
 そして横たわったまま何も言わない恭介に呟いた。




     「――楽勝だよ。」







           :
           :


















































 (3ヶ月後…)










     「謙吾ぉっ! どこだ、謙吾ぉぉぉっ!!」

     「なんだ、騒々しいぞ真人…。」


 真人は乱暴にドアを開けると、まっすぐに謙吾の座っている机まで床を踏み鳴らしやってくる。
 そして、バンッと机に手を叩きつける。

     「――井の中の蛙。」
     「は?」
     「井の中の蛙だよッ! てめー、何嘘教えてくれてんだよっ!」
     「真人、ワケが分からんぞ…」

     「ふぁ!? どうしたの真人君?」

 小毬が慌てて二人の机に走ってくる。

     「小毬、聞いてくれ。意味が分からねぇ言葉があってよ、その意味を聞いたんだよ。
      そしたら、謙吾のヤローが俺に嘘を教えやがったのよ。」

     「そうなの?」

     「バカ。よく思い出せ…。おまえが『井の中のカメラ』ってどういう意味だよ、って訊いて
      きたから、井の中の蛙だろうと思って、狭い見識に囚われて広い世界を知らずに威張ってる
      様子の事だって答えてやったまでだ。」

     「うわ、謙吾くんよく分かったネ…」
     「………」

 笑いそうになるのを口を塞いで堪える葉留佳にいつもどおりの西園。

     「食堂でキムチの早食い大会やっててよ、新しく入った1年に負けた前年度チャンピオンに
      言っちまったじゃねーかッ! そりゃおまえ、井の中のカメラだよって。」

     「バカだ、こいつ。」
     「何だよ、井の中のカメラって! 意味分かんねーよッ! 井カメラかよ? 俺は健康だよっ!」
     「流行語大賞の予感ですっ(>ω<)」

 鈴の冷静な声とクドの突っ込みにうおおおっと頭を抱える真人。
 が、すぐにジト目で謙吾を睨んで言い返す。

     「っていうか、間違ってるなら間違ってるって言えよ!冷てぇヤローだなぁ…!」
     「そんな義理はないな。」
     「はっ! ニューハーフ御用達は血も涙もねーヤツだぜ。」

 ――ピシッと音がした。

     「…何だとぉぉぉっ!?」
     「へっ! 怒ったかい?」

 ものの見事に逆鱗に触れたらしい。
 謙吾は椅子から立ち上がるとそばにあった竹刀を抜き放つ。
 真人もそれを待っていたかのようにファイティングポーズをとって構える。

     「あわわわ…恭介くんを呼ばないと――」
     「恭介氏なら職員室に呼び出されているところだろう。」
     「ええぇー!? それじゃまた教室がめちゃくちゃになっちゃうよ〜〜」

 来ヶ谷の言葉に小毬はうえーんと泣き出した。
 かつて真人と謙吾のケンカに巻き込まれて弁当をひっくり返されたりしたからだ。
 周りの生徒たちも雰囲気を察して教室からこぞって退避していく。
 あの事故以来、真人も謙吾もバトルの能力が格段に上がっているせいで被害は常に甚大である。

 生徒たちの避難が済むと謙吾は竹刀を上段に構える。

     「はんっ! そうこなくっちゃな――そらよっ!」
     「メェェーーン!!」

 真人の拳と謙吾の竹刀が交錯しようとした瞬間――



 ――グルンッ



     「…これは、トイレットペーパー?」
     「ぬお…っ 離れねぇ…!」


 真人の拳と謙吾の竹刀を白い紙がガッチリと絡め捕る。
 巻きついたトイレットペーパーを取り除こうとしながら、真人も謙吾も教室の入り口に顔を向ける。





     「――ふぅ…何とか今日は間に合ったみたいだね。」




     「理樹くん…!」
     「直枝さん…」
     「リキ…ッ!」
     「やー、やっとやってきたヨ。」
     「うむ。遅いぞ少年。」

 教室の入り口に立っていた小柄な男子生徒は真人と謙吾のそばまで歩いてくる。

     「もう、二人ともバトルするときは恭介の決めたルールに従わないとダメだってば。
      鈴もそばにいたなら止めてあげてよ。二人とも加減知らないんだから…。」

     「やだ。あたしは女の子らしい子を目指しているから、そんな野蛮な事はしない。」

 腕を組んでそっぽを向く鈴に理樹もため息をつく。
 一方、理樹がやってきても二人はケンカをやめる気配がないようだ。

     「理樹、コイツとやりあう時はルールなんて関係ねーんだよ。」
     「その通りだ。この馬鹿にはルールなんて理解できないし、叩きのめしたほうが早い。」
     「はぁ…二人とも全然話を聞いてくれないんだね…」

 こめかみを手のひらで覆いながら、理樹は教卓に置いてあったガムテープを手にとる。

     「このヤローッ!!」


 ――シャッ! ビーッ! ペタ…

     「へっ? あれ? あらーっ!?」

 謙吾の顔面に突き出したはずの真人の腕は机にガムテープで丁寧に貼り付けられていた。

     「理樹…ッ 邪魔すんな! 邪魔するならおまえからKOするぞっ!」
     「はいはい、分かったから少し静かにしようね、真人。」
     「ぬおおおぉぉぉ…」

 が、ようやく腕に絡みついた机つきガムテープを力ずくで剥がすと、その拳はターゲットを理樹に変える!

     「おおぉぉりゃぁぁぁ!!」

     「まったく人の話を聞こうとすらしないんだから、真人は………磔刑に処すよ?」

 ――スッ! ビビーッ! ペタペタ…

     「あれ…? あれれ…!? なんじゃこりゃーーっ!?」

 理樹に殴りかかろうとした次の瞬間、真人は教室の壁に完全にガムテープではりつけにされていた!
 まるで標本箱の蝶のようにまったく動く事ができない状態。
 遠巻きに入り口から見ている野次馬からも、おーっ、と声が漏れている。
 そんな真人に振り返りもせず、理樹は謙吾に向き直る。

     「ほら、もうすぐ授業なんだから謙吾も席に着いてよ。」
     「…俺は、猛者を前にして背を向けるなどできん。理樹、今日こそ戦ってもらうぞ…!」

 竹刀を突きつける謙吾。
 それを合図に生徒たちは教室になだれ込み、わっと盛り上がる。
 苦笑いを浮かべる理樹だが、はやし立てる周囲の声にようやく諦めたのか謙吾の挑戦に頷いた。

     「分かったよ謙吾。でもちょっとだけだからね。」
     「ああ…!」

 手を伸ばして呼び止めようとする真人に気付かず教室から出て行く理樹と謙吾。
 二人が廊下に出てきたときには、すでに大量の野次馬が待ち構えていた。

          「おい、直枝と宮沢がマジのバトルするらしいぞ。」
          「え、それホントかよ!?」
          「宮沢ってこないだの全国大会で全戦10秒以内に勝って優勝したらしいぜ…!」
          「だけど相手は直枝だぜ? 」
          「"文明の理樹" か…。」
          「最強の剣士と最驚の道具使い(ツールマスター)のバトルだぜ、おい!」

 二人が対峙すると周囲のムードもヒートアップしっぱなしだ。
 すでにゴングを構えたレフェリーがスタンバイしており、カーンと鐘を1つならす。





 やっぱりホモ疑惑
 宮沢謙吾

VS

 あらゆる日常の物を武器にしてしまう男
 直枝理樹







     「メェェーーン!!」

 謙吾の上段からの一撃が理樹の頭上に振り下ろされる…!
 あまりに振り下ろすスピードが速すぎるために竹刀が鞭のようになってしまい、その速度は視認すら
 困難な程…!

     「――!」

 あごを上げて身体を横に捻り、疾風と化した竹刀をギリギリ避ける理樹。
 続けて乱打のやまない竹刀を悉くかわしながら、理樹はポケットに手を突っ込み呟く。

     「まいったなぁ…小毬さんのドライバーしかないや。ならば――」

 しばしの逡巡ののち、理樹は床を蹴って謙吾から大きく距離を取る。
 そして窓に近づくと――

 ――ゴトン …カラン

 一瞬にして窓を抜き取り、窓ガラスとアルミ枠を分離した。

     「…っ! 何を創る気だ、理樹!」
     「教室ならともかく廊下には材料がないからね。そんなに大したものはできないよ。」

 謙吾の方を向き喋りながらも作業の手を休めない理樹。
 ――かつて謙吾は教室で理樹にバトルを挑み、トラップに引っ掛けられバケツの水をかぶり、
 MP3プレイヤーのコードで手足を縛られ、とどめに額に田中さんのハンコを押されたのだ。
 真人とのバトルで謙吾が理樹の机をひっくり返し、鈴の手作り弁当を台無しにした事が原因なのか、
 その時の理樹は本当に容赦がなかったのだ。

 それゆえ、作業の様子に危機感を感じたのか、謙吾は雄たけびを上げながら理樹に突進してくる…!

     「マァァァーーン!!」
     「う…自動射出罠の作成には工数が足りないか――」

 さらに力強く打ち込んでくる竹刀を、理樹は窓のアルミ枠で受ける。
 …が、強度のないアルミ枠はぐにゃりと曲がり、竹刀は勢いを殺さず理樹の頭に襲い掛かる!

 ベシンッ!

     「! 逃げられたか!」

 床を叩きつける竹刀の音が廊下に響き渡る。
 どこに行った、と目だけで周囲を見回し、謙吾は背後に気配を感じて振り返ろうとする―― 

    「し…しまったーー!!」

 すでに謙吾の両足には変形したアルミ枠が床にネジで固定されており、一歩も動く事ができない。

    「ごめんね謙吾。アルミ枠から剣を作ってまともに戦ったら流石に今日の謙吾にはかないそうにないからね。」
    「なんたる不覚…! だが、竹刀さえあればまだまだ………って、何ぃぃぃっ!?」
    「…竹刀も分解させてもらったよ。謙吾ならその状態でも戦おうとすると思ってね。」

 竹の繊維に還った竹刀だったものがパサパサと床に落ちていく。
 こうなってしまえば理樹にはいくらでも時間が与えられる事になる。
 材料を調達し作成するヒマを理樹に与えた時点で謙吾の敗北は確定的なのだ。

 身をもってそれを知っている謙吾はガクリと床にヒザをつく。
 その様子に野次馬からワッと歓声が上がった。


          :
          :






     「――勝者、直枝理樹。」


 今しがた謙吾とのバトルを終えた僕に背後から声がかかる。

     「どこいってたのさ恭介。たまには恭介が二人のケンカをとめてやってよ。」
     「ははは! 俺がとめるよりもおまえがあいつらと戦ってやった方が喜ぶと思うぜ、理樹。」

 あっけらかんと笑う恭介に僕はため息をついた。

     「あの二人も事故で結構ひどい怪我を負ったはずなのに復活はやいもんね。
      謙吾なんて2ヶ月もたたないうちに公式戦にでちゃうし…。」

     「ま、それがあいつらの取り得ってもんさ。」

 恭介は涼しい顔をして答える。

 あの修学旅行のバス事故に巻き込まれたとき、一番重症だったのは背中にやけどを負った恭介、
 そして腕と足の骨を折った謙吾にあばらを折ってしまった真人だ。
 命に関わる頭部や脊椎へのダメージがなかったのは奇跡的としかいいようがない。
 女の子にも体に残るような大きな傷がなかったのは幸運だった。

     「それでも…本当に運が良かったんだね。」

 ――バス事故による死者はゼロ。
 バスに乗り合わせていた生徒の応急措置や対処が完璧だったため悲劇は避けられたと言われている。
 ただ、僕自身どうしてあの事故の中であんな行動力を発揮できたのかは分からない。
 僕は自分が思っていたよりも強い人間だったのか、火事場の馬鹿力だったのか――

 事故に巻き込まれた僕は長い夢を見ているような不思議な体験をした。
 それが原因か分からないけど、それ以来僕は自信も考え方も大きく変わったようだ。
 何よりも不思議なのは僕がとんでもなく器用になっていた事だけど…。

     「理樹――運が良かったんじゃない。おまえがみんなを救ったんだ。
      おまえは悩んで足掻いて泣いてそれでも立ち上がって…そうやってみんなを救ったんだ。」

 恭介の言葉は確信めいていた。
 本当に…恭介が言えばそうなんじゃないかと思えてしまう。
 だから僕は今でも恭介のいう事は信じてしまうのだ。

     「…結局僕は一生、恭介には敵わないのかもね。」
     「うん?」
     「なんでもないよ。それより授業が始まるよ。」
     「そうだな…でも、その前に――」

 恭介がニヤッと笑う。
 その瞬間、早めに逃げておくのだったと後悔する。
 野次馬が帰らない時点でこの展開は予測しておくべきだったのだ。

     「理樹、この場でバトルを申し込むぜ! 俺の10勝15敗だったな。」
     「うぅ…昼休みにでもすればいいのに…」

 廊下は再び歓声に包まれる。
 そう言いながらも僕は早速、野次馬の投げ入れる武器を目をつぶって拾い上げていた。



 ――自然と笑みが零れる。
 自分でもあきれるほど…僕はこんな毎日が好きなのだ。





 この日常がどれだけ貴重か知っているから――





 『今』は僕が望んで行動する事でいくらでも手に入れる事ができものだから――







     「武器は決まったかい? それじゃ――」
     「バトルスタートだね!」















 ―完―




 あとがき

 無駄に長い上、ひどくカオスなSSにお付き合い頂きありがとうございます。
 虚構世界で繰り広げられるバトルなら何でもアリかなぁ、などと思いながら書きました。

 リトルバスターズのCGが最初に公開された時、クドの背中の模様とか来ヶ谷が日本刀を
 持っているのを見て、ファンタジー系のバトル物か!?と思ってましたw
 クドはコウモリの髪飾り、マントとかを見て、これは吸血鬼ガチだろ!とか考えてましたし…。
 そんな名残とパロディをぶちまけたものなので軽く読み流して笑っていただければと思います。


 海鳴り





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