みおのめがね
 









 いつもと変わらぬ朝の登校風景――
 神北小毬は女子寮から校舎へとのんびりと歩いているところだった。

     「いいお天気〜☆ なんだか今日もとってもいい事がありそうだよ〜
                                      ――あ、みおちゃんだ。おはよ〜」

 日傘を差した後姿――西園美魚を見つけると手を振って走り寄る。
 普段彼女がそうしているのと同じように。

     「今日もいいお天気だね〜」
     「――そうね。あなたの頭のお天気はとっても良さそうね。」
     「………(∵)」
     「………」
     「…ほ、ほら〜。空も青いし何だかこう、スカッとした気分? だよね〜」
     「あなたの甘ったるい大量のお菓子を見てると、そんな爽やかな気分も台無しだけどね、ふふっ。」
     「………(∵)」
     「………」
     「……や、やっぱり、天気がいいからおふとんとか干したくなるよね〜」
     「あら、あなたのお菓子の家に直射日光はちょっと厳しいと思うわよ?
      今頃はチョコレートの壁はドロドロに溶けて、アリその他、様々な虫がたかりにたかっているわ。」
     「………(∵)」
     「………ほんわりキュートなメンヘル少女。」
     「………」
     「………っていうか、ブラコン少女。」
     「………」
     「………ふふっ」

     「うわあああぁぁぁぁん!! みおちゃんがグレたぁぁぁぁっ!!」












みおのめがね












     「えぐっ…えぐっ…」
     「ほぅ、ほぅ…こまりんが朝、みおちんに会って挨拶したら?」
     「ぐすん…ううぅ…うぐぅ…!」
     「何だか性格がすごく悪くなっていて?」
     「うえっ、うえっ、おえ…っ、おえ…っ!!」
     「ある事ない事言われまくって、徹底的にいじめられた…と。」

     「うわあぁぁぁぁん!!」

 朝の教室――
 ひととおり説明を終えたところで小毬さんが再び泣き出した。
 そんな小毬さんの頭を撫でながら葉留佳さんは首をかしげながら口を開く。

     「どう思うよ、理樹くん?」
     「う〜ん、西園さんの性格が急に悪くなったって言っても…実際に見てみないと分からないよ。」

 僕はまだ空席の西園さんの席を眺めながら首をかしげる。
 性格の悪くなった西園さん…。そんな西園さんを想像してみると、いつかどこかで会ったキャラのような――
 いやいや、そんな事あるわけないよね…。

     「ねぇクド。今までにそんな事あった?」
     「いえ…美魚さんは昨日会った時もいつもどおりの美魚さんだったのです。」
     「鈴はどう? 最近、西園さんが急に変わったりした事あったかな?」
     「みおは普通のみおだ。昨日の晩御飯の時もそうだったぞ。」

 クドにも鈴にも心当たりがないようだった。

     「それじゃ西園さんが登校してきたら僕が話し掛けてみるよ。」
     「だったら、もうそろそろ来るんじゃないカナ? あ…来たのですヨ!」

 葉留佳さんが指差す方向に顔を向ける。
 幾人かのクラスメートに続いて日傘を携えた女生徒が教室のドアをくぐるのが見えた。
 確かにあれは西園さんだ。だけど…

     「あれ? みおちんってメガネかけてたっけ?」
     「あ、真人も来たみたいだね。真人、西園さん、おはよ――」

 ひときわ大きな影を見つけて僕は席から立ち上がって声をかけようとする。
 と、先に真人が西園さんに挨拶したようだ。

     「よ!西園、おはよーさん!今日はメガネかけてんだな。」
     「下がれゲロ犬。暑苦しい。」


     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………(゚ω゚)」

 ――教室の時間が凍った。
 かく言う僕も今、誰がなんて言ったのか理解できないでいた。
 5秒ほどフリーズしていた真人が慌てたように喋りだす。

     「お、おう。今日は朝からはねっかえり強ぇじゃねーか。」
     「そうね、目の前にウザい肉の壁があると邪魔で仕方ないからかしら?」
     「………」
     「………」
     「ま、まぁ西園にも機嫌悪い日ぐらいあるわな!そんなときゃ筋トレだぜ? それ、筋肉、筋に――」
     「筋肉は効率よ。無駄に肥大化した筋肉なんてただの飾りに過ぎないわ。それにあなたは存在自体が
      美しくないわ。率直に言って目障りという事よ。」

     「うおおぉぉぉ!!何で俺は朝からケタクソに言われまくってんだっ!?」

     「…ふふっ」

 頭を抱えたまま崩れ落ちる真人。
 事も無げにその傍を通り過ぎる姿を、他の生徒も畏怖の念を込めた視線で見送る。
 それを見た瞬間、僕と鈴、小毬さん、葉留佳さん、クドの5人は円陣を組んでミニ会議を始めた。

     「ほらほらほら〜、みおちゃんが何だか悪い子になってるよ〜!」
     「わ、わふーっ! これはかなりシュールなのです…っ」
     「あれは…本当にみおなのか――」
     「待ってよ、相手は真人だよ? 他の人にどう対応するかも見てみないと――」

     「なら、私が話し掛けてみるのですヨ!」

 そう言って葉留佳さんは輪の中から立ち上がると西園さんの方へスキップしていった。

     「やほー!みおちん、おぅはよっス!」
     「はぁ…騒がしいのが来たわね。」
     「やはは、みおちんが悪い子になったって、もっぱらの噂なのですヨ。」
     「日頃の行いが悪いあなたに言われるなんて私も墜ちたものね。」
     「………」
     「………」
     「ま、まぁ、何デスカ? どこかで頭を打って性格が変わるっていうのは定番ですナ。」
     「あなたなんて頭を打つ前からアタマが弱いじゃないの、それにどちらか言うといらない子かしら、ふふ…っ」
     「………」
     「………私服のヘンな子。」
     「………(怒)」
     「………ふふっ」

     「ムキーッ!! ちょっとシナリオ受けが良かったからっていい気にナルナーっ!!o(><)o」



     「えええっ!? 葉留佳さんキレちゃったよ!?」
     「わふーっ!? なぜかバトルが開始しているのですっ(>ω<)」






BGM:「勇壮なる闘い」
 アタマの弱い子 いらない子
 三枝葉留佳

VS

 ちょっとシナリオ受けがよかったらしい
 西園美魚




 葉留佳さんの攻撃!

     「だいたいなんで今日はメガネかけてるのよっ! いつものみおちん、かけてないじゃん!
      メガネかけてないヒロインがいきなりメガネかけてくるなんて、イメチェン狙いまくりじゃん!」
     「そうかしら?たまに授業中、メガネをかけることもあるわよ。」

 西園さんは葉留佳さんの攻撃をかわした!

     「前から言おうと思っていたのだけど、あなたのその珍妙な髪型ってなんなの?なに?ウケ狙い?
      パターン化したヒロインの外見へのアンチテーゼ? おさげが右にあるか左にあるかちゃんと
      覚えてくれてる人なんているのかしら?」
     「ぎゃふん!?」

 葉留佳さんは70ダメージを受けた!

     「そ…そんなの分かるに決まってるじゃない! 今から唯ねぇに電話して聞いてやるんだからっ!」

 葉留佳さんは援護射撃を要請した!

     「…………あ、もしもし姉御?」
     『ん、なんだね葉留佳君。1時間目は数学だから私は出ないぞ。』
     「それはいいんだって!それよりも姉御は、わたしのおさげ…右か左かどっちにあるか分かるよね!?」
     『はっはっは! キミのおさげがあるのは頭のてっぺんに3つに決まっているじゃないか。』
     「………orz」

 来ヶ谷さんの援護射撃は葉留佳さんに命中した!
 葉留佳さんは140のダメージを受けた!

     「うわぁぁん!! あとでお姉ちゃんに言いつけてやるんだから〜〜〜っ!!」
     「ふふ…っ」

 K.O. ――三枝葉留佳は泣きながら逃げ出した!

          :
          :



     「あちゃ〜葉留佳さん、負けちゃったよ…」
     「あれはみおの皮を被った何かだ…」

 走っていく途中、蹴躓いて盛大に転んだりする葉留佳さんを眺めながら僕達は呆然と呟く。

     「どうすれば元の西園さんに戻るのかな――」
     「きっと美魚さんを変えてしまった何かがあるに違いないのです!」
     「クド、みおを変えてしまった何かって…」

 西園さんを変えてしまった何か――
 クドのその言葉は何か引っかかる。昨日と今日で180度違う西園さんに生まれ変わっていたのだ。
 昨日と今日で西園さんの違うところは…


     『――メガネだ!』


 鈴と声が重なり合って、お互いの顔を見て僕らは頷きあう。
 始業のチャイムが始まってしまったので僕らはとりあえず席につく事にした。

          :
          :





 1時間目が終わった後の休み時間――
 野次馬に囲まれたその光景に僕らは少なからず戦慄していたのだった。

     「あら、風紀委員長サマがいったい私に何の用かしら?」
     「西園さん、ひとつだけ確認したい事実があるのだけどいいかしら?」

 西園さんと対峙しているのはあの堅物風紀委員長――二木佳奈多。
 と、その二木さんの後ろでは葉留佳さんが隠れるようにしてべーっと舌を出している。

     「…本当にお姉ちゃんに言いつけたんだね、葉留佳さん。」
     「大人気ないのです…(>ω<)」

 いくら姉と言っても、こんな事で風紀委員長たる二木さんに助けを求めたところでやってくるとは思えないのだけど…。
 一呼吸置いて二木さんは口を開く。

     「"この学園の風紀委員長はアタマが硬くて怒りっぽくて、手が早い割に奥手のウブな生娘さん"
                                              ――なんて噂を流しているのは本当かしら?」

     「りき、 "きむすめ" って何なのですか?」
     「はいはい、クドは知らなくていいんだよ。」
     「わふ…っ o(>ω<)o」

 クドの両耳を後ろから塞ぎながら僕はため息をつく。
 なるほど。だけどそんな西園さんが言いそうのない事を言ったって、あの二木さんが信じるわけないじゃないか…。
 ほら、すでに二木さんは逃げようとする葉留佳さんの襟首を掴んでお仕置きの準備をしているし――

     「それは心外ですね。私はそんな事を言ったりしません。」
     「ええ、そうでしょうね、やっぱり葉留佳、あなた――」

     「――私はただ、
       "ツンデレ崩れの反感を買いまくった、パンツをはいてない風俗委員長"
                                                       …と噂していただけですから。」

     「………(∵)」
     「はいてないですかーっ!?(>ω<)」


BGM:「死闘は凛然なりて」
 はいてない委員長
 二木佳奈多

VS

 時代はクーデレ
 西園美魚




     「んなっ!? なっ!? な…っ!?」

 二木さんは力を貯めている!

     「図星かしら? ええ、そうよね。序盤ではツンツンのヒロインを演じきったのに、肝心の後半でデレるところが
      なかったんですもの。それじゃただのイヤなキャラと言われても仕方ないわね。」
     「なんですってぇーっ!?」

 西園さんの攻撃!
 二木さんは10ダメージを受けた!

     「取ってつけたような風紀委員の肩書き――マジメちゃんだから風紀委員だなんて、今時パンを咥えて走って登校
      するヒロイン以上に珍しいわ。 ホント、特別天然記念物よね…もちろん悪い意味でね。」
     「んなななな…っ!!」

 西園さんの連続攻撃!
 二木さんはさらに10ダメージを受けた!

     「それにだいたい、そんな短いスカート丈で風紀委員だなんてのがおこがましいわ。そんなのでよく膝丈スカート
      の私に意見できたものだわ。風紀委員じゃなくて風俗委員に改名した方がいいんじゃなくて?」
     「〜〜〜〜〜…っ!!」

 西園さんの会心の一撃!
 二木さんは800のダメージを受けた!

     「あら、どうしたのかしら? そんなに震えちゃって。まるで禁断症状をおこしたヤク中ね。
      醤油が足りないのなら今すぐ補給した方がいいわ。 辛口なところがあなたと、とーっても お・似・合・い・よ。」

 佳奈多さんは200のダメージを受けた!

     「うえぇぇーーん!! 絶対ぜったい後で仕返ししてやるんだから…っ!!
             ぐすん!覚えてなさいよーっ!!ホ、ホントなんだからねーーーーっ!!」

     「ふふ…っ」

 K.O. ――二木佳奈多は泣きながら逃げ出した!

          :
          :




     「二木さんまで倒してしまうなんて…」
     「あ、あれはみおの皮を被った悪魔だ…」

 スカートの裾を抑えながら走っていく二木さんを眺めながら僕達は再び呆然と呟く。

     「…りき、今のうちだ。」
     「…! と、そうだった。メガネを没収しないと――」

 西園さんをおかしくしてしまった元凶はきっとあのメガネだ。
 だとしたら、あのメガネを取ってしまえば西園さんは普通に戻るかもしれない。
 鈴に促されるまま、僕は西園さんの背後から近づいてメガネに手を伸ばす。

     「それっ!」
     「――!!」




     「――はっ! 私は今までいったい何を…!」


 ハッと気付いたようにあたりを見回す西園さん。

     「西園さん、調子は…どうかな?」
     「直枝さん…。あの、いったい私はどうしてしまったのでしょうか?」

 その様子に僕はホッと胸をなでおろす。
 涙目で遠巻きに観察しているだけだった小毬さんもちょこちょこと寄って来た。

     「えと、普通のみおちゃん…なんだよね?」
     「はい。さっきまでの私はどうかしていました。今はいつもの私と思って頂いて結構です。」
     「は〜〜〜〜良かったぁ〜〜〜〜!」

 西園さんの柔らかい言葉に肩の力が抜け、小毬さんも鈴も笑顔になる。

     「いや、良かったぞ。これはいつものみおだ。」
     「そうだね〜。朝会った時はまるで別人みたいだったから、私泣いちゃったよ〜。」
     「そうですか…申し訳ありません。」

 ちょっと気まずそうな沈んだ表情を見せる西園さん。

     「う〜ん、やっぱりこのメガネ?」
     「私にも分かりません。ですがメガネが原因と考えるのが自然ですね。」

 当の西園さんにも原因が分からないようだ。
 とはいえメガネを外す事で西園さんは元に戻ったのだから、原因はおそらくはコイツ。
 でもこのメガネに一体何が――


     「――すまないな。西園君がああなってしまったのは我々の責任だ。」


 ――!?

 僕らが驚いて振り返と、そこには白衣を風になびかせ腕を組んで仁王立ちになる学生。
 不気味に輝く銀縁のメガネ、頭脳明晰でありながら学園の表舞台に決して立とうとしなかった実力者――
 この学園でその存在を知らないものはいない。
 名前は――なんだっけ?

     「あ、立ち絵のない人だよ〜」
     「いやいや小毬さん、確かにそうだけど、え〜と…そうだ!西園さんの科学部部隊のリーダーだよ。」
     「別名、みおのストーカーだな。」
     「そうですね。一途と粘着質は別物ですから。」

     「に、西園君…ひょっとして僕は嫌われているのか…?いやいや…
                      それはさておき一応自己紹介をするとマッド鈴木だ。いや、そんなことよりも――!」

 僕が手に持っている西園さんのメガネをマッド鈴木がびしっと指差した。

     「そのメガネは我々、科学部が開発したモノだ。それをかけると普段抑圧されていた心の影とでも言うべき部分――
      "もう一人の自分" が表に出て来るものだ。」

     「またやっかいなものを…」
     「ろくな事しないな。」
     「だからずっと脇役のままなのですっ」

     「いや、だがしかし…それは飽くまで試作段階のプロトタイプ。
      被験者に多重人格などの適性がなければ決してまともに機能するような代物ではないのだが…」

 そこまで言ってマッド鈴木は腕を組んで唸りだした。

     「――そういう事でしたら納得できる部分があります。」
     「え、どういう事さ?」

 静かに答える西園さんに僕は反射的に聞き返す。

     「私は幼い頃、1つの身体に2つの心が宿っていました。ひとりは私――美魚。そしてもうひとり私とは異なる人格
      である美鳥という子がいたのです。」

 その口からつむぎだされたのはあまりに唐突な告白――
 それは西園さんは昔、多重人格だったという事を意味している。
 普段の西園さんが美魚なら、メガネをかけた時に現れた攻撃的な人格は "美鳥" なのだろうか。

     「…おそらく、メガネをかけると私の中の "美鳥" が表に出てきていたのでしょう。あの子は言いたい事は何でも
      ストレートに口にする自分に素直な子でしたから――」

     「みおとは違う "みどり" なのか…」
     「わぁ〜〜〜、それじゃ怖い方のみおちゃんはみどりちゃんだったんだぁ〜」

 鈴も小毬さんも感心したような信じられないような表情で僕の持っているメガネを見つめている。
 同じく僕だってにわかには信じがたい話だったけど、それが正しい事はすでに実証済み。

 それはもうひとりの西園さんと言っていい存在――

     「これが本物の西園君のメガネだ。さぁ、直枝君。そのメガネを渡してくれ。」
     「あ、うん。」

 思考を中断して促されるままメガネを差し出す。
 とにもかくにも、このコイツが回収されればもう問題が起こる事はないはずだ。
 そう、これで一件落着。僕はマッド鈴木にメガネを手渡し――

     「…えい」

 ――ボカ


     「んごっ!?」
     「ええぇーーーーーっ!?」

 西園さんはいきなり日傘でマッド鈴木を殴り倒してしまった!
 僕の足元にドサッとマッド鈴木が倒れこんだまま動かなくなった!

     「な、何やってるのさ!」
     「もうひとりの私をさらけ出すメガネ…。こんな変態趣味的なモノを開発していた科学部にはお仕置きです。」
     「いやいや、だからっていきなり日傘で殴り倒すなんて…」
     「第一、なぜ科学部の人が私のメガネを持っているのですか。歪んだ愛や邪な想いを感ぜずにはいられません。」
     「確かにそれは疑わしいけど…」


     「それに…このメガネをかけている間、あの子――美鳥はこの世界で生きていけるのですね。
      私にとって一番最初にできたお友達。あの頃、私はいつもあの子とおしゃべりするのが楽しかった…」


 そう呟きながら西園さんは床に落ちたメガネを1つ拾い上げて、そっと両手に包み込んだ。

 美鳥――
 それは西園さんにとって半身とも言える存在で、遠い昔に失ってしまった友達。
 僕は幼い頃に両親を失った。だけど恭介に手を引かれたあの日から、こうして楽しくて騒がしくてたまらない日常を
 過ごしてこれた。それは僕の周りに友達がいてくれたから…。
 でも幼い頃に美鳥を永遠に失ってしまった西園さんは、僕らと出会うまでどんな事を思いながら生きてきたのだろう――

     「メガネ…装着。」
     「………」

 そんな事を考えていた僕は、西園さんが再びメガネをかけるのを黙って見ているしかなかった。





BGM:「勇壮なる闘い」
 隠れヒロイン
 直枝理樹

VS

 美鳥の日々
 西園美魚




     「ええーーーーっ!?( ̄□ ̄)」

     「直枝理樹――あなた、ちょっとエクスタシーだからって調子こいてると ぶ ち の め す わ よ ?
      ひょっとして全員無事に助かるために、僕はイヤだけど仕方な〜く女の子全員頂いちゃいましたとか言うワケ?
      人畜無害そうな面しておいて、同じ時間軸で八またとかふざけないで、このヘタレ主人公!」

 西園さんの攻撃!
 僕は120のダメージを受けた!

     「わ、わけが分からないよっ!?」
     「ええ、そうよね。あたしだってワケがわからないわよ。なんでこんなしょぼい男に女の子が惹かれているって
      設定なのかも、あなたの性別が男だって事も。あなたの見せ場なんて、女装してる時ぐらいじゃないかしら?」

 西園さんの攻撃!
 僕は180のダメージを受けた!

     「ぼ、僕に女装の趣味なんてないってば!」
     「あら、趣味じゃなければ本業かしら? いいわね、中性的な顔立ちの男の娘は。ヒーローもヒロインも思いのまま、
      ってワケね。全ルートクリア後に隠しヒロインとして登場ってところかしら?…ふふっ、楽しみね。相手は誰かしら?
       恭介くん? 謙吾くん? 筋肉? くんずほぐれつ男祭りかしら?」

 西園さんの攻撃!
 僕は140のダメージを受けた!

     「ま…まずい。すでに精神的ヒットポイントがギリギリだよ…」
     「――困っているようだな、理樹。」
     「え、その声は――謙吾っ!」

 なんと謙吾が助太刀に現れた!


BGM:「勇壮なる闘い」
 ホモ疑惑
 宮沢謙吾

VS

 最凶腐女子
 西園美魚




     「西園――これまでの数々の狼藉、もはや見過ごすわけにはいかんな。」
     「あら、強気攻めかしら? ずいぶんモテてるのに彼女を作らないから、実はホモなんじゃないかって噂よ?」
     「ぐは…ッ」

 西園さんの攻撃!
 謙吾は280のダメージを受けた。

     「ふっ、俺は他人にどう言われようが、そのあり方が揺らぐ事などありえない。どこからでもかかってくるがいい。」
     「や〜だ、今度は誘い受け? そういえば、その気がある人に見えるから制服を着ないで剣道着を着ているのだっけ?
      それって他人にそう見られるのがイヤだからライフスタイル変えてるだけじゃないかしら?」
     「ぬぬ…」

 西園さんの攻撃!
 謙吾は70のダメージを受けた。

     「ええ、何も言わなくていいわよ。あなたは女なんかに興味はないし、かといって最近は剣の道にも入れ込めない。
      振るった竹刀の先に思い浮かび掻き消えていくのはひとりだけ――理樹君よね? 否定できるかしら?」
     「……っ!そ、それは…!」
     「あなたは素直だから自分の気持ちに嘘はつけないものね。どう、何か言ってごらんなさい?」
     「………」

     「ええ〜〜〜〜っ!? 否定してよねっ!?」

 西園さんの攻撃!
 謙吾は65535のダメージを受けた。
 ついでに僕も100のダメージを受けた!

     「…ぐっ! すまない理樹…! 俺では西園に勝てないようだ。」
     「け、謙吾!? お願いだからそんな事で65535ダメージも受けないでよ!?逆に僕がショックだよ!」
     「それでも俺はおまえが………ガク」

 K.O. ――宮沢謙吾は力尽きた!

     「ふふっ」


     「け、謙吾までやられちゃうなんて――!」

 野次馬達もたちまちざわめき始めた。
 あの学園最強の宮沢がやられただと? いったい覚醒した西園はどこまでやれるんだ!
 そんな絶望にも似た雰囲気が僕らのバトルを包み込んでいく――


     「――は!やるじゃねーか西園。見直したぜ!イーーーヤッホーーーゥ!!


     「その声は…恭介!」

 どこからともなく響き渡る声に、皆が驚いたように顔を上げる。
 あの男が来る!――完全無欠のリトルバスターズのリーダーがやってくる…!
 重苦しい雰囲気は一転、期待に野次馬達も急に色めき立ち始めた。

 相手はかつてない程の強敵――
 それでも…それでも恭介なら必ずやってくれると。

     「どうやらギャラリーは英雄を求めているらしいな。ああ、分かってるぜ。心配するな。
                  決しておまえらの期待を裏切ったりはしないさ。それどころか最高のプレゼントをくれてやるぜぃ!」

 ――ガシャンッ!

 恭介は派手に窓ガラスを蹴破って僕らの前に颯爽と登場した!




BGM:「Mission possible 〜but difficult task〜」
 永遠の(21)
 棗恭介

VS

 良識ある一般女子
 西園美魚




     「少しはじけすぎたな西園。おまえの実力は認めるが今回は見逃すわけには――」

     「ロリコン。」

     「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 西園さんの攻撃!
 恭介は2147483647のダメージを受けた。

     「理樹、鈴。おまえたちは強く生きろ………ガク」
     「いやいやいや、何しに来たのさ!?」

 K.O. ――棗恭介は力尽きた!



          :
          :




     「あわわわわ…」
     「ふふ…怖がらなくていいわ、直枝理樹。でも今のあなたはとっても魅力的よ。」

 傍らには無残な姿で転がる謙吾と恭介。
 遠くではクドと鈴と小毬さんが震えながら様子を見守っている。
 僕は蛇に睨まれたカエルのようにただ震えて処遇を待つ身でしかなかった。

     「イヴの追放されたエデンにも愛は再び生まれた――」
     「ひ…っ」

 西園さんの白い指が、つーっと僕のあごの輪郭を撫でて唇まで到達する。
 そしておもむろに立ち上がると僕を上から見下ろす。

     「ぼ、僕はいったいどうなるのさ…!?」
     「それを知る頃にはこのゲームのタイトルが微妙に変わっているわ。そう――」



          リトルバスターズ!BL(ボーイズラブ)



     「リトルバスターズにも禁断の愛が花開いたのよ…!」
     「花開いても実は実らないよねっ!?」
     「直枝×棗…! これは王道ね…!」
     「確かに正規エンドだよっ!?」
     「少し違う角度から攻めて、直枝×宮沢も捨てがたいわ…!」
     「1つ前の作品の宮沢(♀)だったら歓迎するよっ!?」
     「いっそぐちゃぐちゃに、直枝×棗×宮沢なんて…ああっ!」
     「なに、その天国っ!?」
     「ふふっ!さぁ、今すぐそこで寝ている恭介君の上着を脱がして――」
     「ひぃぃぃ〜!!?」

 ダメだ。すでに西園さんは目が燦燦と輝いて手におえない状態だ。
 助けを、助けを求めないと――僕は傍に倒れていたマッド鈴木にすがりつく。


     「ねぇ!起きてよっ!メガネを作った張本人なんだからなんとかしてよねっ!?」
     「いたたた…。何か頭にとんでもない衝撃が加わったような――ん?これはいったい…」


 西園さんに殴り倒されていたマッド鈴木がフラフラと立ち上がった。
 そして、メガネのズレを指で直しながら僕と西園さんに交互に視線を送る。

     「…直枝君。西園君は何をやっているのだ?」
     「何をやっているって…見てのとおり、あのメガネをまた西園さんがかけちゃったんだよ!
      だから、今こうして凶暴な方の西園さんになって――」



     「いや…。今、西園君がかけているメガネは普通のメガネだ。科学部が開発したメガネはこっち。↓」


     「「えっ!?」」

 僕と西園さんの声が重なり合う。
 科学部の開発したメガネが今、マッド鈴木が持っているヤツで、そしたら今西園さんがかけているメガネは――
 僕だけでなく鈴やクド、小毬さんたちの視線も徐々に西園さんに集まっていく。

     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………(゚ω゚)」


     「あの〜、西園さん?」


     「――はっ! 私は今までいったい何を…!」
     「………」
     「………」
     「………」
     「…実は普段の私にももう1つの人格がありました。名前は美猫と言って、あの子は言いたい事は何でも言ってしまう子で…」
     「………」
     「………」
     「………」
     「きっと、その人格が何かの拍子に表に出てしまって……あれれ?」


 ………………。


     「………てへっ」






 【終わり】


 あとがき

 佳奈多のあの1枚絵はどうみても(略

 海鳴り



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