とりっく・おあ・とりーと!
 










 クローゼットの奥にひっそりと仕舞われたままのダンボール。
 埃にまみれたそれを引っ張り出して、マジックで書かれた文字を確認する。
 待ちに待ったこの日がようやくやってきたのだ。

     「ついに私が "ふぉーりなー" であることを知らしめるときがきたのですっ」

 夕闇に覆われた女子寮の部屋の中、私はにんまりと笑みを浮かべる。
 興奮に震える手でガムテープを剥がし、ダンボールを開け放つ。
 そして年に一度の出番を今か今かと待ち続けていた衣装を両手で取り出した。

     「黒いマントに黒いとんがり帽子――"うぃっち" なのですっ」

 魔女――別名、魔性の女。
 その称号はまさに私に相応しいであろう蠱惑的な響き。
 亜麻色の髪に青い目の外人さんが今宵、学園を魔法で包み込むのだ。
 いつもの白いマントを脱ぐと黒いマントを体にまとい、さらに黒いとんがり帽子を深くかぶる。

     「わふ〜っ これはもうどこから見ても "うぃっち" そのものなのですっ(>ω<)」

 嬉しくなった私は鏡の前でくるっと一回転。
 ステッキさえあれば、どんな魔法だって使えそうな気がする。
 だって今夜は年に一度の10月最後の不思議なお祭り――何が起きても不思議じゃない。
 私はひとり、そのお祭りの開幕を宣言したのだ。


     「とりっく・おあ・とりーとっ! ハロウィンの始まりなのですっ!」









とりっく・おあ・とりーと!








     「さぁ、みんなからお菓子をもらいにれっつ・ごーなのです!」

 現在夜の7時――女子寮の廊下は静かなままでハロウィンの香りなんて少しもしない。
 おじいさんに聞いた話では日本ではハロウィンを祝う風習はないのだ。
 クリスマスほど浸透もしていなければ、日本ではそれがどういうお祭りか知らない人も多いだろう。
 かといってロシアでもハロウィンを大きく祝う慣わしがあるとも聞いたことがない。
 テヴァではハロウィンを…やっていた気がしたりしなかったり…

     「………あれ、なんで私はハロウィンを祝ってるですか?(゜ω ゜)」

 ふとした疑問が頭に浮かぶが、そんな事を気にしてはハロウィンは楽しめないし製菓会社の社員も務まらない。
 日本ではクリスマスケーキを切った包丁で鏡餅も開くし、大衆行事とはそんなものなのだ。

     「とにかく… とりっく・おあ・とりーと、なのです!」

 廊下の隅にある掃除用具箱から箒を手にすると、元気に手を上げて私は歩いてゆく。
 全然魔女っぽくないホームセンターで売っているような箒だけど、とりあえず気分は出てくるようだ。
 自然と私は自作のハロウィンの歌を口ずさみながらスキップしていた。

     「はろうぃん、はろうぃん、とりっく・おあ・とりーとっ♪――あ、佳奈多さんなのです!」

 風紀委員の腕章をつけた女子生徒を見つけて私は足早に駆け寄る。
 この学園にもハロウィンを――そして魔法の合言葉でお菓子ゲットの予感なのですっ

     「あら、クドリャフカ。マントを黒色のものにしたのね。似合うわよ。」
     「わふー、お褒めに預かり恐悦至極なのですっ」
     「ちゃんと隅々まで掃くのよ。たかが掃除だからって手を抜いたりしちゃ駄目だからね。」
     「はいなのですっ、ちゃんと最後までキレイに掃除をがんばるのです!」
     「それじゃ、また後でね。」

 ――たったった…

 テールアップの髪が遠ざかっているのを眺めながら、私は廊下の隅の埃を掃き集めて――

     「…って、いつのまにか掃除当番されているのですっ(>ω<)」

 箒を握り締めてひとりでツッコミを入れる。
 途中で投げ出すわけにもいかず、結局私は女子寮の美化運動に勤めることになった。

          :
          :


 ――30分後。

     「ふぅ…何とかやり遂げたのです…。」

 塵一つ残さずキレイになった廊下を振り返り、私は充実感を噛み締めていた。
 やはり自分たちの住んでいる場所をキレイにするのは気持ちがいいものだ。

     「いえ!そうではなくて今は、はろうぃん開催中なのです!」

 箒を掃除用具箱に仕舞って再び自分の中のハロウィンメーターを上げていく。
 そっと目を閉じれば実際には見たこともないハロウィンのお祭りの光景が脳裏に浮かんでくるのです。
 顔が彫られた巨大カボチャ、愉快な仮装行列、焚き火を囲んでマイムマイム…

     「はろうぃん、はろうぃん、とりっく・おあ・とりーとっ♪――あ、西園さんなのです!」

 分厚い本を胸に抱えて廊下を静かに歩いている姿を見つけて足早に駆け寄る。
 今度こそ魔法の合言葉でお菓子ゲットの予感なのですっ

     「こんばんわ能美さん。これは……コスプレですね。分かります。」
     「コス…プレ? 仮装? いえす! こすぷれなのですっ」
     「どの作品のキャラでしょうか。私の知っている作品であれば良いのですが…」
     「わふっ!? 作品ですか…?」
     「オリジナルというのも味があっていいでしょう。黒衣に身を包んだ能美さんも新鮮ですね。」
     「わふ…ありがとうなのです――」
     「イベントでデビューされる時は声をかけてください。それでは。」

 ――たったった…

     「って、またハロウィンですらなかったのですっ(>ω<)」

          :
          :

 ――1分後。

     「むむ…っ これは、はろうぃんを理解していそうな人に会いに行くのが一番なのです。」

 過去の失敗から考え抜いた方針だった。
 手を差し出せばハイタッチしてくれるような…「ふぁいとぉぉ!」と言えば「いっぱぁぁつ!」と返してくれる
 ような…そんな阿吽の呼吸でハロウィンを祝ってくれる人が一番なのだ。

     「問題はそんな人が誰なのか…あれ、あそこにいるのは――」

 白いセーターに栗色の髪の女の子を見つけて私は期待に胸を躍らせる。
 そうなのだ。お菓子好きの彼女ならこのイベントを知らないはずはない…!
 これはもう、ものすごく確実に魔法の合言葉でお菓子ゲットの予感なのですっ

     「はろうぃん、はろうぃん、とりっく・おあ・とりーとっ♪――小毬さん、こんばんわなのですっ」
     「わ、クーちゃん。ハロウィンだね! かわいいな〜」
     「わふ〜っ ついにめぐり合えたのです…!」

 喜びのあまり、私は小毬さんの手を取って一緒にスキップする。

     「小毬さん、とりっく・おあ・とりーとっ! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ〜なのです!」
     「は〜い、それじゃクーちゃんにはいっぱいお菓子を上げちゃいます。」

 スカートのポケットからチョコレートを、セーターの下からビスケットを、髪の中からワッフルを――
 次々とどこからともなく取り出したお菓子を腕いっぱいに抱えるぐらい、私はお菓子を大量ゲットしていた!

     「わふっ!? こんなにたくさんもらってもいいのですか…?」
     「うん! 今日はハロウィンだからお菓子の日なのです。食べてっちゃいなよ、ユー!」
     「わふーっ!ありがとうなのですっ(>ω<)」

 きっとハロウィンの天使がいたなら、小毬さんのような笑顔に違いない。
 そんな事を考えながら、私はたくさんのお菓子を抱えて意気揚々と廊下を歩き出すのだった。

          :
          :


     「さて、次のターゲットはリキなのです!」

 腕いっぱいのお菓子と一緒に男子寮の廊下を進んでいく。
 この調子でいろんなところを回っていればベッドが埋もれるぐらいのお菓子を集められるかもしれません。
 そうしたらお菓子のベッドにダイブしてゴロゴロするのですっ。わふーっ。
 そんな想像に内心ワクワクしながら、私はドアをノックしてリキの部屋の中に入った。

     「はろうぃん、はろうぃん、とりっく・おあ・とりーとっ♪――リキ、こんばんわなのですっ」
     「わっ、クド。魔女みたいな格好だね。」
     「おっクー公じゃねーか。面白い帽子かぶってんな。」

 私の仮装に驚いてリキと井ノ原さんが目を丸くしています。
 その表情をみるだけでも魔女に化けた甲斐があったというものです…!

     「リキ、井ノ原さん。今日は、はろうぃんのお祭りなのです。」
     「そっか…。そういえば今日って10月31日だよね。」
     「はいなのですっ、お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ〜なのです!」
     「ははっ、それじゃちょっと待ってね、確かカップめんと一緒にスナック菓子のストックが――」

 部屋の奥へお菓子を探しにいくリキ。
 その様子を見ていた井ノ原さんがそっと私に尋ねてくる。

     「――おい、クー公。ハロウィンって何だよ? なんで理樹からお菓子がもらえるんだよ?」
     「はろうぃんは一年に一度のお祭りなのです。とりっく・おあ・とりーと! と言えばお菓子を
      くれる慣わしなのです。」
     「へー。そんな祭りがあったんだな、理樹はそれ知ってたのか。」
     「うん…日本じゃあんまりやらないみたいだけど、どんなお祭りか大体はね。はい、クド。」
     「わふっ! ありがとうなのですっ」

 リキからポテトチョップスをもらい思わず笑顔がはじける。
 ポテトチョップスは好きですが、それ以上にリキの手からもらったというのが私にとって最高のプレゼント…!
 はろうぃん、ばんざい…なのです!


     「そうだったのかよ――なぁ、クド公。そのハロウィンってヤツ…オレも参加して菓子もらえるんだよな?・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     「――っ!!( ̄△ ̄)」
     「〜〜っ!!( ̄△ ̄)」

     「へっ、そうらしいな。よし、クー公。トリック・オア・トリートだぜ! さぁ、オレにも菓子をくれよ!」
     「わわわわわふ〜〜〜っ!?」

          :
          :



 ――5分後。

     「うぅ…これでは逆はろうぃんなのです…」

 勢いよく寮の部屋を飛び出して、菓子を集めまくるぞー!と走り出す井ノ原さんを慌てて追っていくリキ。
 小さくなっていくふたりの後姿を見送り、手元のお菓子の数を確認する。

     「わふ…っ 小毬さんからもらった大量のお菓子が、"まっするえくささいざー" に変わってしまったのです。」

 私の手には死守したポテトチョップスとまっするえくささいざー。
 悲しくなんかないのです…。ちょっと目に埃が入っただけなのです…っ。
 はろうぃんはみなさんで楽しむお祭りなのですから――

     「クド公見っけ。やはーハロウィンやってるって聞いて、はるちんも参加したくなったのですヨ!」
     「無論、私も参加するぞ。」
     「あ、三枝さん、来ヶ谷さん――」
     「それじゃ早速、トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうゾ!」
     「わふ〜〜っ!?」

 お菓子あげても絶対にイタズラもする人が何言ってやがるですかっ!

     「さてさて、かわいい君に免じてお菓子をあげてもいいところだが――トリック・オア・トリートだ。
      ふふふ…お菓子くれなきゃイタズラするぞ…ふふふっ」
     「わ、わふ〜〜っ!?」

 間違いなくお菓子よりもイタズラ目的の人までやってきたのですっ!

 手をワキワキさせながら近づいてくるふたりに私はジリジリ後ずさる――これはいったい…?
 日本の大衆文化には馴染みがないはずの、はろうぃんなのに…。
 これはいつの間にか私の知らないところで、はろうぃんが進行しているようです!
 それに気づいたとき、はろうぃんはただ楽しいだけのお祭りじゃなく、壮絶なお菓子争奪戦に変わっていたのです。

     「わふーーーーーーーーっ はろうぃんのばかやろう〜なのです〜〜〜〜〜」
     「あ!クド公が逃げた…!」
     「ああぁ、待ちたまえクドリャフカ君!」

          :
          :

     「はぁ…っ はぁ…っ」

 見るものすべて疑心暗鬼。
 襲い来る三枝さんを避け、息の荒い来ヶ谷さんから身を隠し、通りすがりの宮沢さんの顔を踏みつけひたすら逃げ回る…。
 今私が胸に抱えているポテトチョップスを狙って、何時敵が現れるか分からない状態なのです。
 その上、お菓子をくれそうな人を見つけて、とりっく・おあ・とりーと、していかなければなりません。

     「わふ…はろうぃんとは過酷な戦争だったのですね…」

 はろうぃんを知っている人はお菓子を狩る側になるし、知らない人はお菓子を用意していない。
 まさにこれは生存競争――はろうぃんのお化けさんたちは敗者の亡霊にちがいないのです…。
 そんな考え事をしていると、突然私の肩に手が置かれた。

     「よ、能美じゃないか。三枝と来ヶ谷がお前を探してたぞ。」
     「わふっ!? 恭介さん…!」
     「かわいいじゃないか。ハロウィンに相応しい魔女だと思うぜ。」
     「あ、ありがとうなのですっ。あ…!恭介さんはその…私にとりっく・おあ・とりーと、するのですか…?」
     「トリック・オア・トリート?…ああ、お菓子あげるからイタズラさせろ――」

 ――ドゴッ

     「大丈夫かっ、クド! このロリコン変態兄貴にお菓子でつられなかったか!?」
     「つられませんでしたっ(≧ω≦)」

 見事なとび蹴りが決まり縦回転しながら廊下を転がっていく恭介さんを尻目に、鈴さんが私を心配してくれる。

     「理樹から話は聞いた。それからあの馬鹿からこれを取り返してきた。」
     「わ、わふ〜っ!?これは…まっするえくささいざーと交換になった小毬さんのお菓子――」
     「なぜか周りではお菓子の奪い合いになっているらしいぞ。おかげでこまりちゃんは大人気だ。
      ダンボール5箱分のお菓子が小毬ちゃんから搾取されたらしい。」

 そんな量をどこに隠していたのだろう…。

     「まぁ、小毬からは無限のお菓子が沸いてくるだろうが、今回はルールのない奪い合いだからな。
      そもそもアイツらはハロウィンを勘違いしている。だからちょっとした緊急措置をとらせてもらうぜ。」

 何事もなかったかのように携帯電話を手に立ち上がる恭介さん。
 メールを打っているのだろう。恭介さんが携帯電話のパタンと閉じると同時に私にもメールの着信音が聞こえる。
 鈴さんと同じように私も携帯電話を取り出してメールを開いてみた。


     『ハロウィン中止のお知らせ。』


          :
          :





     「そんなわけで不毛なお菓子の奪い合いは終了して、俺たちのハロウィン――ネオハロウィンを開催する。」

 リトルバスターズが揃うと、学園スクレボの時風のマスクをつけた恭介さんが紙コップを手に掲げる。
 ポテトチョップス、海老煎餅、かぼちゃのタルトにパンプキンケーキ――
 ペットボトルの炭酸飲料、並んだ紙コップ、そしてなぜか本物のカボチャ。
 数刻もしないうちにテーブルには大量のお菓子が並んでいた。

     「手作りとはいかないが、ケーキぐらいならすぐに買いに行くことができる。
      あとのお菓子はほとんど小毬君の私財から投じられている。」
     「みんな、遠慮しないで味わってね〜」

 来ヶ谷さんの説明を聞きながら、私も鈴さんも目を丸くしてご馳走を眺めていた。

     「これはすごいね。来ヶ谷さんがこのケーキ買ってきたの?」
     「私と西園君で買いに出かけたのだよ。無論、代金はあとで徴収させていただくぞ。」

 リキも宮沢さんもその豪勢さにため息をつくしかないようだ。
 バランスを考えてだろうか、見るからに甘そうなケーキではなくこんなに大量のお菓子に埋もれながらも
 決して見る者の食欲を損なわせない選択はさすがだった。

     「タルトもらいーっ」
     「こら三枝!オレもそれ狙ってんだよ…!」
     「真人、タルトは西園が切り分けるからそれまで待て。」

 恭介さんが乾杯の音頭を取る前に "はろうぃん" はヒートアップしていた。
 一切れのタルトをめぐって奪い合いを始める井ノ原さん、宮沢さん、三枝さん。
 それを止めようとするリキと完全に無視してケーキに食べている鈴さん。
 喧騒を横目にのほほんとお菓子を口にする小毬さん、西園さん、来ヶ谷さん。
 そんな皆さんの笑顔を見て私は思うのです。

     「はろうぃんはイタズラじゃなくて、みなさんでこうしてお菓子を囲むのが一番なのですっ(>ω<)」

     「――あ、そうそう。おまえら、これ食ったら始めるぞ。」
     「へ?」

     「ひとり5個ずつ飴玉を持ってそいつをバトルで奪い合うのさ。報酬はトリック・オア・トリートだからな…
      飴玉が尽きたヤツにはイタズラで代替する事を許可するぜ。」

     「ふふふ…やはりな。それでこそ恭介氏だ。」
     「そうこなくては面白くないのですヨ。」
     「へっ、言っておくがお前らの飴玉は全部オレの血となり肉となるんだぜ?」
     「うふふ…恭介さんに宮沢さんを好きにできるというわけですね。悪くないです。」
     「ああ、馬鹿やってこそリトルバスターズだな。はっはっは!」

     「わわわわわふ〜〜っ!?」

 そこかしこから湧き上がる不適切な…いや、不敵な笑みに私は再び戦慄するのだった。







 【終わり】


 あとがき

 特に変な展開もありませんw
 ハロウィンのクドをいっぱいお見かけしたので書きたくなってしまいました。

 海鳴り



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