Renegade Busters 第2話「塔」
 












     「行くわよ、せーの…!」

 ――バンッ!

     「おらよっ!!」

 反撃する間をまったく与えない。
 沙耶が部屋のドアを開けると同時に真人が外に転がり出て、目の前にいた男子生徒2人を拳でノックアウトした。
 真人の背後に詰め寄ってきた3人も沙耶の銃撃によって蜂の巣にされ、その場に倒れこむ。
 ドアを開けて約3秒か――撃たれた学生たちは風に巻かれた灰のようにサラサラと跡形も無く消えていった。

     「…よし、もう誰もいないぜ…」
     「いぇーい! 任務完了っ!」

 笑顔で真人とハイタッチする沙耶。

 ――寮の部屋の前で見張っている学園の生徒の始末。
 部屋を出れば学園の生徒たちに見境無く襲われるので、これはほぼ日常業務と化していた。

 夕方、3人で話し合った結果、今度は僕らから喧嘩を売りに行く事になったのだ。
 これまでは身を守るために戦い続けたけど、こんな事をしていてもキリがない。

 剣道着姿の男、日本刀の女子生徒――
 僕の予想が正しければ、写真の中に写っていた人間はそれぞれ "領域" を持っていて学園の生徒はその人を
 排除しようとしている。
 学園の生徒がなぜ襲ってくるのか…おそらくは指揮している誰かがいて、その誰かは僕らを排除したがっているのだ。
 だから、学園の生徒の首魁――"敵" が誰かさえ分かって、それを倒してしまえばいい。
 もし倒した相手が "敵" でなかったとしても、事情を聞きこの世界の情報を得ていく。
 そんな考えから、僕らは写真の中の人を見つけては倒していくという方針になった。

 そのためには学校中を探索しなければならない。ならないのだけど……

     「作戦を確認するわ。真人君は領域の守備。そして私と理樹君とで討って出るわ。
                ――今のところ探索が済んでいるのは男子寮だけ。今回の目的地は女子寮とその周辺ね。」

     「はい沙耶、質問。」
     「何よ?」

 さしあたって一番理不尽に思える事を改めて訊いてみる事にした。

     「…なんで僕は女子の制服を着なきゃいけないのさ?」
     「あなた、男子の格好のままで女子寮に侵入するつもり? 命知らずなのね。」
     「見つかり次第襲ってくる状況なんだから、もう格好なんて関係ないですよねっ!?」
     「似合ってるからいいじゃない。…ほら、ウィッグがずれてるわよ。もう少し女の子らしくなさい!」

 沙耶に栗色の長い髪を梳(くしけず)られる鏡の向こうの直江理樹(♂)。
 もう、いったい誰なのさ? 心の中で言っておくけど僕にそんな趣味は断じて無い。

     「まったく…これは天性のものかしら。髪はツーサイドアップにしてタイトな白リボンでまとめるのが良さそうね。」
     「うわーっ!? 制服だけならまだしも、これじゃ女の子度が飛躍的にアップしてるよ!?」
     「やっぱりフレグランスはオーソドックスにイヴサソローランのベビードールね。」
     「香りがフローラルだよっ!?」
     「う〜ん、私服だったらLizzLisaとかの姫系が似合いそうよね…。理樹君、ちょっと脱いでくれないかしら?」
     「いやいや、これから命がけの攻勢にでるんだから…! ほら、真人も沙耶に何か言ってやってよ!?」


     「………///」
     「なんで無言で頬を染めたりしてるのさっ!?」











Renegade Busters
第2話「塔」










 ――ガシャンッ!

     「10時! 6時! 1時! 3時! 8時!」

 ――パン!パン!パン!パン!パン…ッ!

 窓ガラスを体でぶち破り、女子寮の廊下に転がり込む沙耶。
 ガラスの破片まみれになりながら床を一回転してすぐさま立ち上がると、両手の拳銃が容赦なく火を噴く。
 相変わらず見とれるほどの手際の良さ――効率と芸術性というは案外比例するものなのかもしれない。

     「5人…よし、この調子で奥まで突っ走るわよっ」
     「りょーかい…!」

 二丁拳銃を手に颯爽と廊下を駆けていく沙耶の背中を追う。

 時間は夜明けまでの30分――
 領域の守備を真人ひとりに任せてそこを襲撃者に襲われては危ない。だけど真人ならどんな相手でも30分は
 耐えられる。夜が明けるまでに領域に戻らなければならないのは襲撃者も同じだから、僕らの領域は安全だ。
 だから、僕らが行動するとなるとこの時間帯しかない…!

 倒れて砂のように崩れ消えていく女子生徒を尻目に全速力で走る――時間との戦いなのだ。
 だが最初の派手なガラスを割る音のせいか、次から次へとドアからは武器を手にした女子生徒が群がってきた…!

     「理樹君、モテモテね…!」
     「嬉しくないけど沙耶のおかげでねっ!」

 ――ギュルッ…コト ドゴッ! バリンッ!

 片手にに持った工具をフル稼働させ、走りながらドアや照明器具を分解して敵の足止めをする。
 一方で接近戦に持ち込んできた敵は、もう片方の手に持ったガムテープで瞬時に手足を縛り上げる。
 前方を沙耶が開拓して、側面を僕が守る――僕らは砕氷船のように敵の群れを割り、勢い良く突っ込んでいく…!

     「こンの…!狭い空間に数が多すぎる…! 理樹君、盾かフィルター作れる?」
     「6秒くれたら問題ない…ッ」

 通常弾から弾性ゴム弾をマガジンに詰め替える沙耶を見て即答する。
 何をするのか理解した…その弾丸が防げる程度の強度が必要なのだ。
 材料はドアが大量にある。これを使えば硬さも大きさも十二分な成果物が期待できるだろう。
 ガムテープを手放し、すぐさま工具を手に工程を開始する。

 ――カチッ ガリッ…ゴトン!

     「完成…沙耶!」
     「この四角い箱の中ならさぞかし効果的でしょうね――」

 僕の合図と同時に沙耶が拳銃を壁へと向ける…!

 ――パンッ!パンッ!パンッ!

 ゴム弾が3発…!
 沙耶はすぐさま廊下の隅で盾を構える僕の後ろに滑り込む。

 ――跳弾。
 弾性ゴムゆえに致死性は低いがコンクリの壁にぶつかれば勢いを殺さずに跳ね返る。
 この狭いコンクリの箱に暴れまくるゴム弾を数発放てばどうなるか…

     「キャーッ!?」
                      「うぐっ!」
            「んあッ!?」

 次々と女子生徒の悲鳴が上がり、女子寮の廊下は阿鼻叫喚の死界と化す。
 蛍光灯は弾け、ドアはへこみ、立っている者は例外なく弾丸の餌食となる。
 盾の中で防御体勢を取る事、12秒――

 ……ガランッ

     「敵は全滅…っと。」
     「なるほど、これは効率的だね。」

 閉鎖された空間での跳弾による殲滅(せんめつ)。
 盾を地面に捨て、開けた視界の先には倒れた女子生徒しか見当たらない。
 それもやがて灰になって消えていく事だろう。

     「これで1階フロアは全部制圧したわね。」
     「うん。これだけ学園の生徒が集まっていたって事は、案外 "領域" というのも2階あたりにある
      のかもしれないね。2階に上がるのは今度は慎重に行こうよ。」
     「残り時間は20分…。そうね、ならそこの階段から上にあがるというのは却下かしら?」

 廊下の突き当たりに見える階段を指差す。

     「うん。できれば相手が考えつかないような侵入経路――」

 この女子寮から上に通じる道を探す。
 天井に目を這わせるも正方形の蓋の形をした通気孔ぐらいしか見つからない。
 沙耶も同じものを見ていたのだろう。

     「やっぱりこの通気孔…かしら?」
     「これぐらいしかないしね。調べてみるわ…理樹君、台になってくれるかしら。」

 言われるまま僕は床に手をつく。
 その上を沙耶が靴を脱いで乗っかると、天井の通気孔らしき部分を調べている。

     「よいしょ…っと――!」
     「……………………どうしたのさ?」

 途中で作業する音が止まり、そのまま静止した沙耶に声をかける。

     「――トラップよ。これはTNT火薬ね。」
     「…え?」

 聞きなれない物騒な単語に反応が若干遅れる。
 通気孔にはすでにトラップが仕掛けられており、しかもかなりの破壊力を持った罠というのだ。
 沙耶は僕の背中から飛び降りると、腕を組んでため息をつく。

     「この上は誰かの領域という事で間違いなさそうね。」
     「その人がここに罠を仕掛けたのか…。それにしても通気孔に仕掛けるなんて――」

 そもそも2階に上がるには普通は階段を使用するはずだ。
 なのに通気孔には強力な罠が仕掛けられていた――これは何を意味するのか。

     「――ここの領域を守る人も、襲撃者から身を守るためにトラップを仕掛けたのかもしれないね。」

 ここを攻めた人間は階段からまともに上がって撃退され、通気孔から侵入を試みたのだろう。
 おそらくはこの世界で何度も殺され、経験を重ねるうちに学習した。
 僕と真人と沙耶が襲ってくる人間を撃退しているように、この領域の主もまた罠と言う形で
 生きながらえてきたと思われる。

     「まいったね。2階への階段、天井の通気孔…他に侵入経路はどこかな。」
     「探している時間なんてないわ。もう20分足らずしか残ってないのにこれ以上無駄にはできない。」
     「…だね。仕方ない、ふたりで慎重に階段を上がっていくしか――」
     「  強  行  突  破  よ  。」

 フフンと鼻を鳴らして手をワキワキさせる沙耶に、今度は僕がため息をつく。
 この人には慎重か大胆かの二者択一しかないのだ。決して大胆かつ慎重になんて理想はありえない。

     「おうりゃぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 あっと言う間もない。中途半端にあがった僕の手が宙で止まる。
 沙耶は僕の盾を拾い上げると拳銃を手に猛然と階段を駆け上がっていく…!
 予知能力なんて持っていないけど僕にはなぜか分かる――驚異の成功率0%だ。

     「前方からの射撃に対しては鉄壁の防御!駆ける2本の足は韋駄天のごとく!
                          硬くて速くて美しい事…これだけ揃えば負けは無いのよ…ッ!!」

 ――ズルッ ビターンッ

     「むぎゃっ!?」

 盛大に顔面から転んだ…!
 見れば縄跳びが階段の上20cmあたりにピンと張られていた。これは迷彩してるとかそんな罠じゃなくて、
 本当に小学生がいたずらで使うような代物。
 その縄跳びに片足を引っ掛けてうつ伏せに倒れて盾を放り出し、階段に張り付いている姿はまさに哀れ。
 雨にぬれて電柱にピッタリ張り付いた選挙ポスターを連想させる。

     「沙耶、大丈夫…? 痛くない?」
     「ぅ…!うぅ…! 理樹君…鼻打った…! 鼻打ったよ…! うぐ…っ」

 涙目で鼻を両手で抑えながらヨロヨロと立ち上がる。
 しばらくして痛みが治まったのか、拳銃を手に地団駄を踏みまくる。

     「この…! こんな子供だましなトラップなんて…コケにしてくれちゃって…っ!」
     「いやいや、しっかりそのトラップに引っかかった後で強がられても…」
     「なによ?子供だましなトラップに引っかかるなんて、あなたにはお似合いとでもいいたいワケ?
      ええ、そうよね。滑稽よね、笑えるよね、笑いたいんでしょ!?笑えばいいじゃない!」

     「あーっはっはっは!」
     「あーっはっはっは!」

 ――ゴンッ

     「…うぅ…痛いよ…。笑えばいいじゃないって言ったのに…」
     「やっぱり同じポーズで目の前で笑われるとムカついたのよ。」

 ものすごく理不尽な一撃を頭にもらって僕は床にうずくまる。
 沙耶は縄跳びを引っつかむとそれを忌々しげに床に叩きつけた。

     「ふんっ もう絶対こんなトラップになんか、かかってあげないんだから…! ホントだからねっ!」
     「うわ…沙耶ッ! 今度は上だッ!」
     「――ッ!?」

 階段の上から椅子が落ちてきた…!
 縄跳びを引っこ抜くと次は椅子が落ちてくるなんて――
 僕は階段の手前の廊下に身を隠す。

 ――ドンッ! バタン!

 階段を跳ねるように転がってくる重そうな椅子。
 沙耶は振り返ると同時に腰を落として何とか転がってくる椅子をやり過ごした。

     「よし、大丈夫だよ。」
     「…トラップだらけじゃないの! こんなところ強行突破しようなんてバカもいいところだわ。
      まるで地雷原を裸足で駆け抜けろって言ってるようなもんじゃない…!」
     「いやいやいやいや、それ最初に言い出して行動したの沙耶だし。」
     「何ですってッ!?」
     「――って、沙耶!後ろ!」
     「へ?」

 ――ゴン

     「きゅ〜〜〜〜っ」
     「百科事典!?…うわあぁぁ! 沙耶がやられたっ!?」

 床に転がったそれを見て思わず叫ぶ。
 背後から飛んできた百科事典が沙耶の後頭部に命中――そのまま倒れて気を失ってしまったようだ。
 間違いない。この上階を領域とする人間の仕業なのだ。
 僕は沙耶の倒れているところから飛びのくと、ポケットに手を突っ込み工具を指の間に挟み構える。

     「――だれ? そろそろ姿を現してよ。」


     「二人組みで襲ってくるなんて今までなかった。これが初めてのパターン…。
                          ――でも、ひとりは隙だらけだったからまだやりやすい方だね。」


 僕の問いかけに女の子の声が応える。
 階段を下りてくる足音と共に暗闇からその姿を徐々にはっきりとさせていく。
 学園女子の制服、サイドでまとめた長い髪、ゼブラ模様のニーハイ、そして深い青色をした瞳――
 …間違いない。あの集合写真で僕の上に映っていた女の子だ。

     「きみがこの "領域" の主かな?」
     「領域? …うん、そだね。私の安全地帯はこの上の階だもの。近づくものは容赦しないのですヨ。」

 言いながらその女の子は不敵な笑みを浮かべる。
 この女子寮を根城にこれまで何度も敵を撃退してきたのだろう。
 その余裕に満ちた表情を一目見て、僕は彼女から自信を感じ取った。

     「それじゃまずは話し合わない? ここがどんな世界で僕らは何でここにいるのか知りたいでしょ?
      お互いが知っている事を言い合って協力すれば早いんじゃないかと思うけどどうかな?」

 僕の言葉に一瞬虚を突かれたような顔になる。そして少し柔らかい笑顔で口を開いた。

     「うん、優しい言葉だネ。他の学園の生徒みたいに話し合いとか言わずに襲ってこないもんね。」
     「それじゃ――」
     「"優しい言葉に銃を添えれば、優しい言葉だけの時よりも多くの利益を得られる"――シカゴの暗黒街のボスの言葉だね。」

 そういってまた不敵な笑みを取り戻した。
 …そりゃ確かに僕らからいきなり攻撃を仕掛けておいて和平への道を探ろうなんて馬鹿にしてる。
 形式的なものだけどもう一度訊いておく。

     「どうあっても戦わないとダメって事?」
     「それを選んだのはキミたちなんだから。夜明けまであと10分ぐらいだけど――私には逃がすつもりなんてないから…!

 彼女の指から何かが弾かれた…!

 ――カシャン! パリンッ

     「ビー玉っ?」

 顔を防いだ工具に衝突して砕けたのは小さなガラス球…!
 その破片のいくつかが僕の頬を掠めて朱色の線をつけていく。
 単体のダメージはそれほど大きくない。だけど、千切れたガラスの破片は無数の散弾となって襲い掛かってくる!

     「あはははっ! 女の子なのにかわいい顔が台無しになるよッ!」
     「ち、違う――」

 スカートを翻し、ものすごいスピードで飛んでくるビー玉の弾丸を何とか防ぐ。
 このままでは防戦一方だ。材料を探して何かを作り上げて対抗しないと…。
 分解したドアにさっき転がってきた椅子、それから細々したものもいくつか散らかっている――よし、いける。

     「セットアップ――」

 両手をバッと広げて目の前の資材を目視する。
 材料の種類、特性、量を把握して、頭の中に製品の完成図を思い描く。
 工程を精査し、ファンクションポイントの最短解をはじき出し、そのための作業を今ここに開始する。

 ――ガチン! ボコッ キュルル…ゴトン!

     「――改良盾、そして投げ槍を完成。」
     「………え、何? 盾…!? えぇっ!? 何それ!?」

 ドアを整形し表面を鉄板で強化した盾。椅子の足、窓のアルミ枠から作り上げた投げ槍――
 僕の作業を初めて目にした人間は大抵驚くだろう。
 盾を構えて女の子に向かって僕は突撃していく…!

     「………ッ!!」

 ――カシャン! ガシャッ! カシャン!

 盾にいくつものビー玉がぶつかって千のガラス片となって降りかかるが問題ない。
 これならイケる…! 女の子の眼前でサイドにステップを踏むと横から手製の投げやりをぶつける…!

     「少し痛いけどごめん…!」
     「………フフン。」

 ――ガンッ

     「うがっ!?」

 視界が横にぶれ、血が体の横へと偏る――ふっとんだのは僕の方だった。
 横から重い衝撃を食らって、そのまま反対側の壁にイヤというほど叩きつけられる。

     「ガッ!!――んぐ…これは…!」

 ズルズルと壁から崩れ落ちながら目にしたもの――またトラップだ。
 壁から小型のコンテナボックスが飛び出してくる仕掛け。
 竹とロープをねじってその反動力を利用した見事な罠だった。

     「――この女子寮は私の塔。ここに足を踏み入れた時点で無数のトラップの餌食になるしかないの。
                …もう夜明けまで5分ちょっとしかないけど、それまでにここを抜け出せなければキミは死ぬしかないね。」

 コツコツと足音を響かせて近寄ってくる女の子。
 その手の指には色とりどりのビー玉が蛍光灯の光を反射して輝いていた。

 この女子寮は罠とガラスの塔――
 廊下の壁、階段、天井…いたるところにこの女の子が設置したトラップが散在しているのだ。
 それらは口を大きく開けて獲物を待つ深海魚のように僕を全方位から狙っている――女の子の深い海色の瞳が怪しく光る。

     「…くッ!」

 素早く立ち上がると工具を手に反対方向へと走り出す…!
 相手の戦闘力が高いわけではないが、もはや時間が無い。この女の子を倒すには女子寮のトラップを解体したり、
 それなりの時間が必要になる。沙耶も倒されてしまった。ここはひとまず撤退するしかない…!

     「――そこで正面から転ぶ。」
     「うわぁぁっ!?」

 ――ビターンッ

 背後で女の子の声が聞こえたと思ったら、急に足が動かなくなって前のめりになって廊下に倒れこんていた。
 慌てて立ち上がろうとして足を見る――

     「瞬間接着剤みたいなので靴が張り付いてる…!」
     「逃がさないって言ったでしょ?」

 次の瞬間には女の子の手から無数のビー玉が抜き放たれる…!
 靴を脱ぎ捨て起き上がり、ビー玉を盾で防御しようとするがひとつも命中せずに僕の頭上を飛んでいく。

     「!」

 ――グシャ! ガシャッ! カシャン!

 それらは全部、天井に衝突してガラス片となり廊下全面を埋め尽くしていく。
 空から宝石のかけらが降ってくるように、それらは地面に降り積もる。

     「そこから先は通行止め――靴無しじゃガラスの道はそうそう歩けないよね。」
     「………!」

 正面にはビー玉を構えた女の子、後方には不気味に輝くガラスの破片に満たされた道――
 ビー玉のガラス片によって後方の退路は断たれたのか…!
 残るは正面突破――真人や沙耶みたいに肉弾戦が得意じゃないけど、この女の子ひとりならなんとか…!
 再度、僕は武器を手に女の子に突撃していく!

     「食らえ…ッ!」
     「ヤですヨ。」

 盾を振り回し投げ槍を突き出す…!
 やはり女の子は直接的な格闘は避けて後方へとステップバックするだけだ。
 だが、これをそのまま追撃しては相手の思う壺なのだ。

     「悪いけどこの罠は解体させてもらうよ。」

 ――ガチ…キュル…ゴン、ガランッ!

 実に完成度の高い迷彩…! まるで壁と見分けがつかない。
 竹とロープをねじった罠を発見して、構造の基点に工具を入れバラバラに分解する。
 僕の手によって材料がちぎれて床に散っていった。

     「さすがに同じ罠は2回食らわないか…」

 舌打ちしながら背を向けて逃げ出す女の子。
 振り向きざまに放たれるビー玉を盾で防御しながら僕も追撃しようとするが、床に落ちたガラス片のせいで
 素早くは移動できない。
 機動力を殺し罠で食う――これが女の子の勝利の方程式なのだろう。

 …しまった。相手が武器にビー玉を使用するなら靴はどうあても必須品…!
 だったら道具使いがやる事は1つしかない。

     「椅子のクッション、竹、ロープ、電気コード――よし、これなら…」

 ――ザクッ…トントンッ…ゴン、ギュッ!

 形はかなり歪だが、これならガラス片を踏んでも怪我することはない。
 ――手製の靴の完成だ。

     「靴まで一瞬で作ることができるなんて…!」
     「これで不利だった条件も元通りだ。ここは撤退だね――」

 時間さえあればこの子には勝てる。だけど時間が無い――もうあと2分少々。
 僕は盾を背負って最初に侵入した地点へと踵を返す。


     「――ダメ。ここでキミは吊るされる。」


 ――バィンッ

     「うわああぁぁぁぁぁっ!?」

 ぐんっと後ろに引っ張られる両腕、まったく動かなくなった両足――
 足を反対方向に進めた刹那、僕は両手両足をロープで縛られてしまった…!
 手首を抑えられ、足も動かすことができない…!

     「翼をもがれたハヤブサ、歌を奪われたカナリア、海を懐かしむ陸のペンギン、そして腕を動かせない道具使いさん――」
     「く…ッ!」

 手から工具がカランと床に音を立てて落ちる。
 何を失敗した? 敵を知らなかったから失敗したのか? 沙耶が先にやられたときに撤退すべきだったか?
 手足をロープで縛られたまま窓際まで女の子に引きずられていく。

     「――もうすぐ日が昇るよ。ほら、空が明るいのが分かるよね? 青空の下にいたら死ぬの、知ってるよね?」
     「そうだね…。今回は僕らの負け…潔く果てるとするよ。」

 この世界が終わりを迎えるまであと24時間はあるはずだ。
 だけど、僕と沙耶はここで退場してしまう。"領域" の守備は真人ひとりだけしかいない――

     (ごめん、真人。何とかがんばってね…)

 心の中で呟く――領域を敵に奪われては次の世界で復活できないかもしれない。
 だからあとはもう、真人にがんばってもらうしかないのだ。

 この世界では僕は今回ここまでだ。
 もう何度も繰り返してきたループの世界…次の世界の始まりまでしばらく休ませてもらう事になる。
 真人が敗北したら次はないかもしれないけど…。この次はもっとうまくやれる。

 女の子が近づいて僕の耳元で低い声で囁く。


     「  さ  よ  な  ら  」


 僕から遠ざかっていく足音。青空の絶望的な明るさに目を細める。
 その女の子の言葉を最後に僕は朝の日差しに体を焼かれていった。










【次の話へ】


 あとがき

 ヒロインのファッションイメージ。

 小毬 → ピンクハウス。ロリータは似合いそうでもゴスロリテイストは似合わなそう…。
 鈴 → ガーリッシュ+コンサバ? とにかく普通な感じ。
 葉留佳 → 裏原系とかパンクとか…。派手なら何でもよしっぽい。でも抑え気味のフェミカジ系がいいと思う。
 佳奈多 → フェミニン系。CanCamとかJJの雰囲気が似合いそう。
 美魚 → コンサバ。地味なお嬢様系。
 クド → ゴスロリ着て欲しい…。
 来ヶ谷 → お姉系。モノトーンでまとめたキャリア系が似合いそう。
 佐々美 → 小悪魔ageha。
 沙耶 → 意外にフェミニン系の淡色のワンピとか着てそう。
 理樹 → 姫系。LizlisaとかPinkyGirlsっぽいの。


 海鳴り



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