Renegade Busters 第6話「月」
 









 ――夜。
 昼間と違って最も警戒せねばならないのがこの時間帯だ。
 太陽が出ているうちは誰も来ないから安全だろうが、夜になれば敵がやってくるかもしれない。
 だからあたしはこうして木の枝に腰掛けて見張りをしているのだ。

     「…クド。異常はないか?」
     「今のところありません。」

 木の下にかすかに白い帽子が縦に動くのを見て私も頷き返した。
 今まではこの中庭という安全地帯は誰にも知られていなかったはずだ。
 だがこれからは違う――あの3人組に知られた以上、あたしたちの場所を襲ってくることも考えなければならない。
 油断は即命取り。仮に死んだ場合、次またこの世界を繰り返せる保障はどこにもないのだ。

     "にゃ〜"

     「…!」

 猫のうちの1匹が警戒を知らせてくる――外敵襲来と。
 あたしはそれに呼応して右手を横に払い合図すると、ぞろぞろと200匹程度の猫が移動を開始する。
 …バカなやつらだ。この中庭にいる限り、あたしの猫は倒しても無限に生まれてくるというのに。

     「鈴さん…」
     「うん。大丈夫だ、すぐにあいつらが始末してくれる。」

 例え3人いても追い返すには200匹もいれば十分だ。
 しかも、1匹1匹がただの猫ではない。常に牙を研ぎ澄ませて獲物を狙うプレデターなのだ。
 それが200もいる。ならば負ける理屈なんてどこにもない。

     「鈴さん…」
     「賢い敵なら5分ぐらいで撤退するだろう。そうでなければ素人だな。」
     「いえ、そうではなくて――」
     「…ん?」

 クドの声色の変化を不審に思って、あたしは視線を下に向ける。
 あれ…守備を命じ周りを守っていた猫たち300匹が異様に静かだ。
 確かにあたしたちの足元に影は見える。だが…

     「ネコさんたちが眠ってしまいました…」

 困惑した青い瞳があたしを見上げる。
 今まで前足をついて座っていた猫たちが皆、横に転がり伸びてしまっていた。
 何度も寝返りを打ち、腹を向けたまま手足をヒクつかせると半開きの口からだらしなくヨダレを垂らしている。

     「これは毒ガスか!? クド!」
     「いえ、ネコさんたちもぐったりしてるだけで、私も平気なのです。人間に有毒なものではないのですが、ただ…」


     「――マタタビだ。」


 声を聞くと同時に素早く枝を飛び降り、クドの横で構えを取る。 
 敵がすぐそこにいる。ダメだ…! 猫たちは全く戦力にならない状況…!

     「そう警戒しなくてもいい。猫たちには邪魔にならないように眠ってもらっただけだ。…それより話がある。」

 土を踏みしめる足音――
 暗闇から姿を現したのは日本刀を手にした女子生徒だった。













Renegade Busters
第6話「月」

















     「君たちは2人でずっと中庭を拠点にがんばっていた。この2人という人数が最大の防御…敵への抑止力に
      なっていたのだろう。」
     「………」
     「最初のうち、君たちは初日に高確率で死亡して3日目の夜を迎えることなく世界を繰り返してきた。
      現実を受け入れるまでに時間がかかったのだろう。だからこそ見つけにくかったのか。」
     「なんだ、何が言いたい?」

 一呼吸おいて女は口を開く。

     「――仲間になれ。この世界を元通りに戻したかったらそれが早道である事を伝えておこう。」

 ぐったりと倒れた猫の大群の中、その言葉にあたしもクドも固まってしまう。
 世界が元に戻る――この世界が元からおかしかったのはあたしもクドも理解していた。
 だから世界が元に戻るというその提案は魅力的に見える。だけど…

     「ここがくちゃくちゃおかしいのは分かる。だが、どうやって世界を元通りにするつもりだ? 襲ってくるヤツらを
      全部倒したら世界が元通りになるとでもいうのか?」
     「そんな単純なものではない。言うなれば今の世界は元あった1つのものがバラバラになったものだ。
      それを1つにまとめれば世界は元通りになるだろうが、まず邪魔している者を排除せねばならない。」
     「…意味が分からないのです。」
     「ああ、君たちは何も知らないはずだ。私たちが知らないところでそれは起こり、原因となって今の状況にまで
      陥ってしまったのだ。それを私たちが元に戻そうとしていると言えば、分かってもらえるかな?」

 私たち…?
 この女子生徒以外にも誰か仲間がいる事を意味する言い回し。おそらくは私たちと同じように仲間がいるのだ。
 あたしはクドを手招きして小声で相談を始める。

     (どうするクド、なんか知らんがあの女についていくと世界が元に戻るらしいぞ。)
     (わふ〜っ!? ダメなのですっ、きっとそれは宗教勧誘のセオリーに違いないのですよっ)
     「………」
     (やっぱりそう思うか。あたしもあの女は絶対コワイ奴だと思っていたんだ。)
     (そうです!なぜか分かりませんが、捕まったら人に言えないことをいっぱいされそうな予感なのですっ)
     「………」
     (抱きつかれて頬擦りされたりしそうな…いや、もっとくちゃくちゃヒドイ事になりそうだ。)
     (あわわわ…)

     「………よし。」
     「………はい。」

     「…というわけで悪いが断る。」

     「丸聞こえだぞ、君たち…。くっ、日ごろの行いが悪かったのか――
                   ならば力尽くでこのかわいい子を2人を連れ去るしかないのか…いや、それもまたよし!

     「鈴さん…! 敵が手をワキワキさせながら迫ってくるのですっ!」
     「迎撃だっ、捕まれば命以上のものを失う…!」


          :
          :







     「どう、真人?」
     「いや…こいつら全部伸びちまってるわ。ほれ、手に持っても動きやしねぇ。」

 首根っこを掴まれて真人の手を支点にぶら〜んと左右に振り子のように揺れるトラ猫。
 謙吾が抱き上げた黒猫も柔らかそうなおなかを向けたまま、ぐねぐねとして起き上がれないでいる。

     「中庭を守っている2人に異常事態が起こったのだろう。猫たちを無力化したのもおそらくは襲撃者だな。」
     「それにしてもこの数…いったい何匹いるんだろう。」
     「ま、手間が省けたって事でいいんじゃねーのか?」
     「うう…せっかくのオレの必殺技が……KENGOスラッシュと名前までつけていたのに…」
     「きっといつか役に立つ日が来るよ…宴会でね。よっこらせ…」

 僕も抱いていた白い猫を地面に下ろすと立ち上がる。
 鈴の髪飾りの女の子に白いマントの子――襲撃者にとって猫たちがいなければ随分と戦いやすくなったはず。
 むしろこの猫たちが主力となって相手を追い詰め止めを刺すという戦術だったのだ。
 猫がいない事は襲撃者にとって最も有利な条件に見えるだろう。

     「ならば猫を眠らせた後に狙うのは当然…」

 ――ドサッ

     「…! 理樹、あっちだ!」
     「やっぱり戦ってる途中かよ…ッ」

 走り出す謙吾の背中を僕と真人が追う。
 何かが落ちる音の聞こえてきた方向だ。まだそこで戦闘中なのだろうか、なら間に合うかもしれない――

     「ねぇ謙吾、まだ生きてるかな?」
     「猫たちが伸びてから5分ほどしか経過していないはず。この早さならあるいは――」

 しかし、はたと謙吾の言葉と足が止まった。

     「遅かったか…」

 そのつぶやきが空しく宙に消える。そして僕らは立ち尽くす。
 草むらに横たわる2人の体。それも光の粒子となってサラサラと消えていくところだった。
 きっとなすすべなく一方的に排除された事だろう。

     「………」

 そうなのだ。鈴の髪飾りの女の子の武器である大量の猫が機能しなくなったとなれば、襲撃者はこれを好機と見る。
 だから何の懸念も持たずに戦闘に突入する。
 もう片方の子がどんな能力を持っているかも知らずに――


     「次は…誰なのですか?」


 土汚れ1つない白いマントが夜風にゆったりとなびく。
 猫たちが倒れた闇の中、その白い容貌が幻想的にぼんやりと浮かび上がる。
 だが振り返った青い眼にはおおよそ感情というものが込められている気がしない。
 唇に指を添えて少し哂ったような女の子の表情にゾクリと背中が寒くなる。

     (ああ、何てことだろう…)

 月下美人――
 圧倒的な敵を眼前に、僕は全く的外れな事を心の中で呟いていた。
 だが柔らかな月明かりに佇むその儚げな姿に一瞬、目も心も奪われていた。
 倒れ朽ち行く二人の影、無数に連なる獣の躯――
 今宵、闇夜を陽光が満たすまで、彼女は舞台の華と在り続ける。

     「残念ながら鈴さんを救えませんでした…。私が前に出て戦わなかったからですね。」
     「………」

 おそらく先に日本刀の女子生徒が鈴の髪飾りの女の子を一瞬で倒したのだろう。
 謙吾に深手を負わせる程の強さなら造作もない事。
 だけどその後、白いマントの子に標的を定めた瞬間、勝負は決せられたに違いない。

 ――何も知らなければまず勝てる相手じゃないのだ。

     「理樹。この子が真人の話していた子なのか?」
     「今度は3人ですか…。小柄な人に大きな人が2人。特に武器を持っている人は危ないのです。」

     「………ッ!! 謙吾…!! 相手の目を見ないで…!!」

 ――バタッ…

 僕の叫びは届かなかった。
 振り返ったときにはその大きく頼もしい体は、力なく地面に膝から崩れ落ちていたのだ。

     「おい…! 謙吾――」
     「隠れるよ、真人!」

 真人の太い腕を引っ張ると、急いで背の高い草むらの中に身を投じる。
 不用意に相手に姿を見られてはいけない…相手は直接手を下すことなく敵を倒す事ができる。
 それは真人も経験済みだ。

     「まずはひとり…出てきてください。かくれんぼの鬼はいつだって寂しいのです。」

 草の隙間から白い姿を目視する。
 目さえあってなければこちらはダメージを受けないと考えていたが、その辺りに確証をもてない。
 だがこのまま隠れていても何も始まらないだろう。樹木を背にしてゆっくりと立ち上がる。ここなら目は合わない。

     「――元々戦うつもりじゃなったけど一応尋ねておくよ。僕らの仲間になってくれないかな?」

 声を上げたのだ。僕の居場所が判明して、白いマントがくるりと翻るのが気配で分かる。
 足音に耳を澄ます事数秒――しばらくして予想通りと予想外の返事が返ってくる。

     「お断りなのです。そして、そのお誘いも本日2回目なのですよ。」
     「2回目…?」
     「今しがた消えていただいた女生徒さんです。世界を元に戻すために仲間になれと誘われました。」

 この言葉もさらに意外の事だった。
 という事は日本刀の女子生徒も僕らと目的の上では同じ行動原理だった事になる。
 この世界が異常だと分かっていて、それを矯正しようと奔走している。
 仮に彼女が沙耶と同レベル(低レベル)で物事を考えているとしたなら、全員ぶっ倒す事で世界は元通りになると
 考えているだろう。

     「…君を誘った人はこの世界にいる全員を倒せば世界は元に戻ると言ってた?」
     「いいえ。ただ、世界はバラバラになった状態でそれを元にに戻すのを邪魔している人がいると言ってたのです。」

 さすがに沙耶と同じではなかったか。でも、世界がバラバラ…世界が元通りになるのを望んでいない人…?
 ちょっと待ってよ。それじゃ何で日本刀の女子生徒は僕らを襲わなければならないんだ?

     「…それではそろそろよろしいですか? 天国に送って差し上げるのですっ」
     「いや、最後にひとつ――この世界では自分の願った事が実現しているらしいんだ。力を願った者もいれば
      器用さを願った者もいる。――君はいったい、この世界で何を願ったの?」

     「私が願った事…? ふふ、そうですね。特別に教えてあげるのです。私が願ったのは――
      かっこいい女性になる事なのです! 見ただけで男を脳死にするようなすごい女性ですっ!(>ω<)」

     ( そ れ を 言 う な ら 悩 殺 だ ! )

 僕と真人は口を開けたまま同じタイミングで心の中で突っ込んでいた!
 いやいや、ちょっと待ってよ! という事はこの子の正確な能力っていうのは――

     「相手を見るだけで脳死にする能力なのです。ただし、相手と目を合わせて念じなければ力は発揮できませんが。」
     「…それはまた厄介な能力だね。」

 厄介どころではない。脳死とはほとんど即死だ。
 単純に目を合わせなければ問題ないのだろうが、戦闘の最中であれば意図せず目を合わせてしまう事が往々にしてある。
 それが激しいバトルの中だとすれば即死の可能性だって高まるだろう。

     (理樹。)
     (まずは彼女と距離をとって、隙を見て背後から捕まえる。 目を合わせずに捕縛すればいいんだ。)

 互いに右手の親指を上げて笑いあう。

     「ミッションスタートだ!」

 同時に逆方向に走り出す僕と真人。
 僕らは女の子の周りを円を描くように走り続ける。このバトル、どちらかが隙を作って片方が相手を捕まえるのが得策!
 校庭で仲間と遊ぶ子供の気持ちでも、宮廷で美女と戯れ奢侈(しゃし)に溺れる王の心境でもない。
 本物の鬼を相手に繰り広げられる命がけの鬼ごっこ――

     「そう簡単には逃がさないのです!」

 一歩遅れてかわいらしい鬼が走り出すのを見て、僕らは力の限り加速する――

          :
          :

     「セットアップ――」

 息を切らしながら木の陰に身を隠す。
 手にしたのは糸鋸やハンマーなどの重工具…準備はしてある。
 この中庭には自然物以外の材料がほとんど見当たらない。だから、道具使いとしての能力を生かすには自然物から
 材料を切り出すフェーズから始めなければならないのだ。

     「予定工数をすべて踏むと5分近く…長い。これじゃリスケ確実だ。」

 僕の作業工程は材料の採取は含まれていない。
 だが1度材料としてバラした材木は次からは汎用性の広い材料として利用できるのだ。
 自然物から人工物へ――この手で進化の車輪を回し始める。

 ――ガッ! ザッザッザ…コト

     「理樹…! 何を作るか分からんが急げ!」
     「分かった、時間稼ぎをお願い…!」

 材木の強度・特性を確認し、プランの必要条件に当てはめる。
 素材による製品の特徴をそれぞれ目的に対して評価・再生・再検証――
 その芸術的な過程で樹木は材木へと形を変え、素材は完成品へと変化する。

     「CheckPoint Clear…プロトタイプシステム――カットオーバー。」

 比較的基礎的、そして原始的な罠――トラバサミを完成させる。
 予想完成像の実現率は85%――ミドルクオリティだ。

     「規格化、マニュファクチュアリング。アサイン・オール・リソース――」

 プロトタイプの成功例を工程ごとに脳内空間でマニュアル化、独自規格で量産された部品を組み合わせて
 大量生産方式へとファーマットをシフトさせていく。
 頭のリソースをすべて手先に集中させ、製品の完成度を担保する。

     「一本の木から80個のトラバサミか――システムを移管する。」

 中庭のあちこちにばら撒かれるトラバサミ――
 この罠は足で踏むとがっちりと挟み込んで動けないようにしてしまうタイプだ。
 材質が木なのでそれほど強度は高くない。

     「へっ、そう簡単にオレがやられて――うぎゃぁぁぁっ!?」

 真人ぐらいの体重で踏めばすぐ壊れる。
 だけどあの子が踏んだぐらいでは壊れずに足を捕まえたままにしてしまうだろう。
 あとはあの子が捕まるのも時間の問題――

     「ぎょえ!?」
     「………」
     「痛ぇーーーーーっ!?」
     「………」
     「うおあああっ!?」
     「………」
     「なんじゃこりゃーーーーーっ!?」

     「何で真人しか罠にかからないのさ!?」

 見れば真人が直線的に逃げているのに、女の子の方は軽快な足取りで跳ねるように走っている。
 く…っ システムのフロースルー率、脅威の0%…!
 オブジェクトに対するツールの洗い出しを間違ってしまったのだろうか。

     「いや、そもそもこんな高度な罠なんて必要ないんじゃないかな?」
     「えぇーっ」

 材木を組み合わせてシャベルを作り出す。
 後はこのあたりに穴を掘って蓋をして土をかぶせる…これでよし。

     「真人! ここを飛び越えて! 相手を落とし穴にはめるんだ!」
     「おお、任せとけ…そら…っ」

 ――ズボッ

     「なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜〜っ!?」
     「………orz」

 僕が罠を作って真人がそれにはまる。…ああ、なんて洗練された漫才コンビなんだろう。
 それでも真人は穴から飛び出すと再び女の子から逃げ回る。

     (いやいや、ちょっと待って。 相手は罠を設置しなければ勝てない相手なのだろうか?)

 確かに目で人を殺せるのはとんでもない。
 だけどそれ以外の運動神経や戦闘能力というのはどうなんだろう?
 今まで超人的な運動神経を相手にしてきただけに、最初からその前提で動いていたけど――

     「理樹ーっ とりあえずオレは逃げ続ける事しかできねーぞ!?」
     「わふーっ とっとと捕まりやがれ…なのですっ」
     「うおおぉぉぉっ!! 筋肉がうなる…! 筋肉がうなりをあげる…!!」
     「わふっ!?」

 ――ズテン (←頭から地面に突っ込んだ)

     「うおおおぉぉぉぉぉ!? こいつは筋肉革命だぁぁぁ!!」
     「待ち…やがれなの――わふっ!?」

 ――ベチン (←顔から地面に激突した)

 めちゃくちゃ普通の人間じゃん!?
 いや、何もないところで転ぶ事ができるのはある意味才能に恵まれているとも言える。

     「ええぃ、とにかく目さえ合わせなければいいんだっ――セットアップ!」

 蔓をより合わせて3秒でロープを完成させる。
 一応、必要かどうかもわからないけど相手を転ばせるための罠を張ろう。
 木と木の間に僕は手製のロープをピンと張っておく。

     「…よし、真人! こっちに走ってきて!」
     「よしきた…!」

 急に向きを変えて僕の方向に走り出す真人。

     「わふっ!? 今度は…そっち…ですか…っ!」
     「真人、ここはジャンプして!」
     「あいよっ!」

 真人が一足先にロープを飛んで乗り越える。
 その後ろを息を切らしながら女の子が必死に追いかけてくる。
 そのまま…あと10mで罠に来る…あと5m……3m……

     「わふっ!?」

 ――ベタン

 だからなぜ、ロープに引っかかる前に転ぶんだ。

     「うぅ…なんだか無駄な事をした気がする。真人、後ろから取り押さえて!」
     「! 分かった!」
     「わ…! 何をするですか!?」

 ジタバタと暴れる手足を押さえて真人が女の子を地面に組み伏せる。

     「目さえ合わせなければいいのならこれでよし…!」
     「わふ〜〜〜〜っ 何も見えないのです…!?」

 真人の赤いバンダナを素早く女の子の目に巻きつけて縛る…!
 そのまま手足もロープで完全に縛り上げてしまう。

     「わふ〜〜〜〜っ 手も足も出ないダルマさんなのです〜〜〜〜〜」

     「…とりあえず、これで大丈夫だよね? 」
     「ああ、分からんが勝ったんじゃないか?」

 こうして僕らは白いマントの女の子の捕獲に成功した。

          :
          :






 ――ガチャ

     「あ、お帰り。どう?無事に――ブッ!?
     「どうしたの。沙耶? 盛大にコケたりして?」

 部屋のドアを開けるや否や、顔面を床に打ち付ける沙耶。

     「ちょっと、ちょっと! あんたたち、幼女を攫って何をしようというの!?」
     「いやいや、何もしないってっ」
     「おでんの種を持って帰ったなんて言い訳はなしよ!?」
     「オレもそこまで寝ぼけてねーよっ」

     「わふ〜〜っ 男二人に密室に連れ込まれて私はどうなってしまうですか〜〜〜〜!?」

     「………」
     「オーケー。落ち着こう沙耶。まずは深呼吸――」
     「そ、そうだぜ? 別にこの硬くなった筋肉でどうかしようって話じゃない。」

 と、ため息をついて沙耶は拳銃を下ろす。

     「――この子、"見ただけで相手を倒せる子" ね。目隠ししてるってコトはやっぱり見られるとダメなの?」
     「目が合うと脳死にさせられるんだ。だから目隠しだけは解かない方が賢明だね。」
     「脳死か…。いったいこの子は世界に何を願ったのやら…。」

 拳銃をホルスターに仕舞うと女の子を観察し始める。

     「ふふっ、キレイで柔らかい肌ね。それにお人形さんみたいでとっても可愛い…」
     「わ、わ、わふ〜っ ///」

 沙耶は女の子のほっぺたを指でツンツンと突きまくって笑顔になる。

     「 ム カ つ く わ 」
     「わふー!?」

 ぐりぐりと指を押し当てられ泣きそうな声をあげる女の子。

     「いやいや沙耶、捕虜の扱いはもっと優しく――」
     「冗談よ。とりあえず名前が分からないとなんて呼べばいいのか――あなた、名前は?」
     「あなたたちに呼ばせるような名前などないのですっ」

 ――ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり〜

     「わわわふっ…クドリャフカですっ! 能美クドリャフカっ!」
     「クドリャフカ…と。お姉さん、素直な子は大好きよ?」
     「うぅ…これは "とーちゃー" なのです…」

 僕は写真と目の前の女の子を見比べながら首をひねる。
 クドリャフカ…やはり名前を聞いてもピンとこないのだ。

     「おい沙耶、こいつの処遇はどうすんだよ?」
     「おそらくだけど――このまま部屋に縛っておいて3日目の夜を迎えれば、謙吾君と同じようになる
      と思うのよ。自分の領域に相手を取り込んでしまうわけ――そういえば謙吾君はどうしたの?」
     「真っ先にやられたぜ。なんだかんだ言ってもこいつはかなり危険ってこった。」
     「まぁ、目を合わせるだけで相手を殺せるなんて、半分反則よね…」

 自分の領域に相手を取り込めば記憶が戻る…
 元々あった世界がバラバラになっている…
 ――なるほど。なんとなくだけどこの世界の構造が読めてきた気がする。

     「どうしたんだ理樹、難しい顔しやがって?」
     「――僕らのいる領域は僕らの世界で、他の人が持っている領域はその人の世界なんだ。だから世界が重なり合えば、
      2つのバラバラになった世界は1つの元通りになる。記憶が戻るのはそういう事だよ。」
     「! だったら他の人全部ぶっ殺せば世界は元通りって話ね?」
     「そういうわけでもないらしい。聞いた話だとバラバラになった世界を元通りにするのを邪魔しようと
      している人がいて、その人を日本刀の女子生徒が追いかけているらしいんだ。」

 単純に全部の領域を重ね合わせても世界は元に戻らない。
 世界を元に戻すためにはもっと "決定的な何か" があるのだろうか?

     「仕組みはよく分からないけど…私たちが探していた "敵" と同じってことじゃないの?」

 "敵" ――
 学園の生徒を統率して僕たちを攻撃してくる誰か。
 日本刀の女子生徒が追っているのも同じ敵なのだろうか。
 "世界を元に戻そうとする側" と "それを邪魔しようとする側" …なんとなくそんな構図が浮かび上がってくるのだけど…

 ――そもそも誰が何の目的で邪魔しなければならないのだろう?

     「わふ〜っ 私は殺されてしまうのですね…。簀巻きにされて足をコンクリで固められて大阪湾に投げ込まれるのです…」
     「そんな事しないわよ、命の保障はとりあえずしておきましょ。だけど――」
     「わふ?」
     「3日目の夜まであなたには私の "玩具" になってもらう事になるわ。ふふっ、うふふふ…」

     「わわわわわふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!??」

 女の子の冥福を心の中で祈りながら、僕は眺めていた写真をテーブルに戻した。











【次の話へ】


 あとがき

 大人になったクドほど想像しにくいものはないと思う。

 海鳴り



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