もう夜中の3時を過ぎた頃だろうか―― いつものループの始まりと同じように、僕は校舎の前に立っていた。 「………」 今まで何度もこの世界を繰り返してきたけど、未だかつてここ以外の場所から始まった事はない。 この世界でそう決められているのだろうか。 あるいは、ある時点から僕らが動けないだけなのかもしれない。 ――死んでも次のループには生き返っている繰り返しの世界。 僕らがいるのは壊れてバラバラになった世界。 何のために僕たちはここにいるのだろう? 「さてと…教室にノートを取りに行かないと…」 鍵のかかっていないドアを見つけるとそのまま校舎に侵入する。 真人に貸したノートを返してもらおうとしたら、よりによって自分の机の中に絶賛放置中。 おかげで僕はこんな夜中に教室へノートをとりに行かなければならなかった。 ――世界が始まるとなぜかいつもその記憶とノートを取りにかなければ、という意志が強く働く。 誰かが僕に呼びかけているのかもしれない。 窓にはぼんやりと浮かぶ青白い月。 昼間のいつも見ている学校とはまったく違う風景が広がっていた。 僕は真っ暗な廊下を火災報知機の赤い非常灯を頼りに進んでいく。 ――コツ…コツ… コツ…コツ………。 「……………………はは、はははっ!言っておくけど…もう僕は簡単にやられたりしないよ。」 人間に限らず動物は学習する。生存競争に生き残るにはそれが必須なのだ。 ここで今までの失敗を振り返る―― やってくるのは女の子の諜報員だ。出会えば間違いなく戦闘になる。 僕はその子を武装解除するのに手間取って、そこに沙耶がやってきて勘違いで僕を銃で撃ちまくる。 それはもう、死ぬ寸前まで撃ちまくられるのだ。 泣こうが叫ぼうが関係ない…尤も泣く事も叫ぶ事もできず地獄の狭間でのた打ち回るしかないのだが。 その記憶が再起させられてぶるっと小さく身震いする。 ――ならどうすれば撃たれずに済む? 武装解除に手間取らなければいい。 すなわち、相手を一度裸にしてから武器を取り上げれば、ものの数秒で仕事は完了する。 もう回りくどいお行儀のいいやり方はやめだ。 「女子の制服の構造は隅から隅まで理解している。」 ――目を閉じて頭の中で想像する。 綿密な計画を立てミスしなければ、この局面は乗り越えられる。 3時6分10秒…方向転換して女の子の不意をつく。 3時6分12秒…あわてて女の子が拳銃を取り出そうとする。 3時6分14秒…完全に女の子を分解の射程圏内に捉える。 …そして全部脱がすのに1.5秒とかけはしない。 3時6分15秒…首筋から胸のラインを辿り、流れるように上着とブラウスのボタンをすべて外していく。 3時6分15.5秒…同時に片方の手でリボンを引き抜き、手を腰に回してスカートのホックを外す。 3時6分16秒…相手の手に手を重ね合わせて腕を横へ伸ばし、素早く袖を抜くと力強く服を襟から上に引っ張る。 3時6分17秒…女の子が悲鳴をあげる前に口を塞いで床に押し倒す。 ――そして武装解除。 「うん、シミュレーション完了。…これならイケる。繰り返される悲劇は今夜で最後。 ――ミッションスタートだ…!」 目をカッと見開くと僕は逆方向へと足を踏みしめる…! この時間なら、女の子はすぐ後ろで様子を窺っているはずだ。 「3時6分10秒…方向転換して女の子の不意をつくッ!」 「…えっ!?」 廊下の角をものすごい勢いで曲がる! 予想通り、驚いた表情の女の子が目の前にいた! 出だしは好調。よし、ここから――! ――タンッ! 「3時6分11秒…理樹君、安らかに眠る――ええ、ミッションコンプリートよ。」 カラン、と乾いた音を立てて床に落ちる薬莢―― な、なぜ…… 麻酔弾を食らって薄れ行く意識の中、僕はニッコリと微笑む沙耶の表情を視界の上部にかすかに捉えた。 第7話「審判」 「…なぁ、理樹。なんでおめぇはいつも世界が始まるとボロボロなんだよ?」 「それは僕が知りたいよ…。うぅ…体中が痛い…」 呆れたような不思議そうな顔をする真人。 軋む体とボーとする頭を叩き起こして、僕はなんとか意識をしっかりしようと首を振る。 まだ体からは麻酔が抜け切らないのだ。 「沙耶は容赦がないからな。」 「違うわよ謙吾君。天・罰・よ。 理樹君はむしろそれぐらいで済んだ事を感謝しなさい。」 「うぅ…この世には神も仏もいないんだね。」 「神も仏もいるのはあの世よ。そのかわりこの世界には私がいるからそれで十分よ。」 あなたが世界の主ですか、そうですか…。 「クドも何とか言ってやってよ。」 「わふっ!? リキ、相手は沙耶さんなのです。ここはもう諦めて下さいです…。」 なんてこった、最初からクドまで沙耶に逆らえないんだね。 沙耶はクドを後ろから抱きかかえると頭の上にあごを乗せてニコニコしている。 「でもカワイイわね〜♪ 寝るときはベッドで抱いたまま寝たいわ。あ、こら!逃げようとするな! もっと、私にわふわふさせなさいよっ」 「わふ〜〜〜っ(>ω<)」 「あ〜〜〜〜も〜〜〜〜この子、かわいすぎっ、きゃ〜〜〜〜」 クドを両腕に抱いたままゴロゴロと床を転がる沙耶。 助けを求めるクドに真人も謙吾も無言で首を横に振って答える。 ――やはりこの世界が始まると同時に僕たちはクドの事を思い出せるようになっていた。 沙耶の言ったとおり、相手を自分たちの領域に取り込む事によってお互いを共有できるようになる。 バラバラだったものが再び、ひとつに合わさったからだ。 僕、真人、沙耶、謙吾、クド―― 「――これで僕らは5人になったのか。」 ふと呟く―― その言葉にみんなが顔を上げて僕に視線を集める。 「…5人か、俺と理樹のこの部屋もこんだけ集まれば狭く感じるよな。寝る場所とかどーするよ?」 「真人君と謙吾君は床ね。私はクドリャフカ抱いて理樹君のベッドで一緒に寝るんだー♪」 「目がぁ〜目が回るのです〜〜〜っ」 「いやいや、部屋のキャパシティも問題だけど――写真の中に写っているのは全部で10人。 つまり、当初の方針通り全員倒していくとして僕らの勢力は半数近くまで達した事になるんだ。」 「む。言われてみればそういう事になるな。」 バラバラになった世界――そしておそらくそれはこの写真の中の10人分。 残っているのは猫を連れた鈴の髪飾りの女の子、日本刀の女子生徒、ビー玉の子。それからまだ見た事がないけど… 白いセーターの子、日傘をさした子、あと男子生徒が一人だ。 「ところでクド、前の世界で一緒にいた猫を連れた子はなんていうの? "リン" と呼んでいたと思うけど?」 「はい、猫さんをいっぱい連れていたのは………………………………わふ? あれ???」 首をかしげながら浮かない顔をするクド。 「…なぜか思い出せないのです。おかしいです、一緒にいていつも名前で呼んでいたのを覚えているのですが…」 「なるほど、そういう事か。理樹――」 「うん。こっちの領域にクドを取り込んだ事であの子の領域とは切り離されたってことだと思う。 多分、あの子も今はクドの事を思い出せないはずだよ。」 領域が切れた途端、記憶にもそれは影響を及ぼす。 当然そんな事は現実世界では起こりえないし、ここが本当の現実世界だなんて僕も思っていない。 だとしたら、元々の世界もそれぞれの領域が手をつなぐ事で1つの世界を作り上げてきた事になるだろう。 ――バラバラになる前に、世界はこの10人の領域が手をつなぐ事で成り立っていたのか。 「5人だから、これからは戦術の幅も広がるわね。というよりもクドリャフカひとりいれば、ほとんどの相手は倒せそうよ。 ――さてと…塩味のカップルヌードはどこかしら…」 「クドの能力を知らない人間相手ならね。日本刀の女子生徒は対策を講じてくるだろうし、過信は禁物だよ。」 ダンボールの中をごそごそと漁る沙耶につられて真人もカップ麺を取りに立ち上がった。 その様子を見ていた謙吾がふと思いついたようにクドに尋ねる。 「能美。おまえの能力に限界はないのか? 例えば1日に何回まで相手を倒せるとかは? …ちなみにKENGOスラッシュは1日1回までだ。」 「いえ、特にはないのです。目が合って念じればそれだけで、おそらく何人でも倒せます。 あ、でも視界に写る相手がクリアでなければダメです。目が合わないとダメですので後ろからは倒せません。」 「ということは基本、クドも相手に自分の姿をさらさなければならないのか。…あ、沙耶、味噌味でお願い。」 例えば望遠鏡で相手の姿を見て遠隔で倒す事はできない。 それが出来れば高いところに陣取るだけで最強となれただろうに。 「オレの筋肉にはこの豚骨しょうが味が必要だぜ…。クー公はどれがいいんだ?」 「へ? カップ麺…ですか?」 「この部屋では世界が始まるとまずカップルヌードをみんなで食べる慣わしなのよ。たまに敵が襲撃してきて 食べ損ねちゃう事もあるけどね。クドリャフカはどの味かしら。大抵は揃ってるわよ?」 「でしたら……この和風ホタテ味がいいのです。わふ〜」 なんだか嬉しそうにカップ麺を頭の上に抱えてポットのある部屋の隅へ歩いていくクド。 謙吾を見ると、しょうゆ味を手にとってカップの蓋を剥がしているところだった。 「で、次は誰を攻めるか考えているのよね、理樹君は。…はい、味噌味。熱いから気をつけて。」 「うん、ありがと。まず日本刀の女子生徒、猫の子は対象から除外しておくよ。クドの能力を最大限に生かしたい し、それならまだクドを知らない相手を狙うのがやりやすい。」 「どうやら私が主役なのですっ」 沙耶から受け取ったカップルヌードをダンボールのちゃぶ台の上に乗せると腕を組む。 まだクドを知らない相手となるとビー玉の子か―― いや、他の人の領域を探しに行くというのも考えられる。ただ当てがないからこれは運任せの要素が強い。 「そういえば前の世界で消えてしまった鈴の髪飾りの子はどうなったんだろ? 日本刀の女子生徒に倒されても そのあとクドにやられたらどういう事になるのかな?」 「う〜ん…相手を倒しただけじゃ領域に取り込まれることはないんじゃないかしら? でも謙吾君を倒した時には 領域は破壊したけど身柄を確保したわけじゃない。一方、クドリャフカの場合は身柄だけを確保した…。」 「あ――そういえば謙吾が沙耶に倒された後、一応謙吾の持っていた竹刀を拾ったんだ。もしそれが直接の原因 だとしたら、相手を倒して残した物を回収すればいいのかもしれない――」 「なるほどな。理樹の言うとおりだとしたら倒した相手の形見みたいなのを拾えばいいのか。…という事は、 もしかすると猫を連れた女子は日本刀の女の仲間になっている可能性があるのか。」 謙吾の言うとおりだ。 もし日本刀の女子生徒が鈴の髪飾りの子を倒した後、何かを回収していたなら仲間になっているはずだ。 そうでなければ今もまだ、あの中庭にひとりでいる事だろう。 「クドリャフカをとられなかったのは幸いね。こんな反則すれすれの能力持った人なんて他にいないわよ。 それに…こ〜んな可愛らしい子だって他にいないもの♪ ほらほら、お姉さんの膝の上にきなさい。」 「わふ〜〜〜っ!? 私はここよりも日本刀の女生徒さんのところの方が幸せだったかもしれませんっ!?」 : : 「ふかーーーーーーーっ!! 触るなぁぁああ!?」 「ふふふ…無駄だ、鈴君。ここには誰も来ないのだから大人しくお姉さんに抱っこされているといい。」 「ふにゃーーーーーーーー!?」 「ああ…イイ! こんな美少女と二人きりで、しっぽりムフフな展開を繰り広げられるのだぞ。正直辛抱たまらん…!」 「にぃぃああーっ!? 触るな、くるがやーーーっ!!」 「よいではないか、よいではないか…!」 狭い放送室の中を身をよじって逃げようとする鈴君を捕まえて、抱きしめまくる。 細身で柔らかい体、さらさらの長い髪―― 「はっはっは。捕まえたぞ。さぁ、この腕と胸に抱かれて優しく眠るといい。」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 「そうだ、この抱き心地…! 私が長年求め続けていたものはこれなんだよ、鈴君。」 「〜〜〜〜〜〜〜ぷはっ! うにゃーーーーーはーーなーーせーーーっ」 非力に暴れる鈴君を腕に力を入れて抱き寄せる。 ああ、やっぱり小さい子はいい…! この猫の肉球を髣髴とさせる柔らかなほっぺ…。 「ああ、鈴君。お姉さんは…お姉さんはもう…ッ!」 「ふにゃあああああぁぁぁぁぁ!!?」 : ――2時間後。 「ははははは。軽い冗談ではないか、許したまえ。」 「うぅ…嘘だ。絶対、冗談じゃなかったぞ…」 放送室の片隅で肩を抱いて泣きそうな顔で震えている鈴君を見て、少々心に罪悪感が残る。 だがそれもこれも、かわいい君が悪いという事だ。うむ。 「これでも私は寂しかったのだよ。こうして鈴君がいてくれるのは実に嬉しい。」 「………くるがや。」 「うん?」 「聞きたい事はいっぱいあるが…何であたしはくるがやの事を忘れていたんだ? ――変だが…また最初から始まった時には、自然にくるがやを思い出すことができた。」 部屋の隅から立ち上がると、少し不安そうな表情で鈴君が訊ねる。 無理もない、空元気を出してもそれには限界がある。いろいろな事があり怖かっただろう。 ――むしろ、よくここまでがんばった。 「きみが思い出せたのは私だけだが、他にも8人思い出さなければならない人がいる。」 「…! そんなにいるのか?」 かつてはそれが普通だったというのに――ならば、これからは一緒に戦って取り戻そう。 私はパイプ椅子に腰掛けて口を開く。 「さて…どこから話せばいいのか――記憶がなぜ戻ったのか、どうして生徒たちが襲ってくるのか、 なぜ3日で世界は終わりを迎えて繰り返すのか、…そしてこの世界が何なのか。」 : : 「ごちそうさま」 沙耶が手を合わせて空のカップをダンボールのちゃぶ台の上に置く。 それに数秒遅れて真人がカップの中身を全部空ける。 「毎回同じ味を食べてるのに不思議と飽きが来ないね。」 「だが、こんなものばかり食べていては体が弱くなってしまうぞ。」 「ならカツつまもうぜ、カツ。」 「あればね…ごちそうさま。」 手を合わせて箸をおく。 食堂辺りを探索してみればカツでなくても他の食べ物が見つかるかもしれない。 この世界で意味があるか分からないけど、ちょっとは食生活を豊かにしようという気にもなる。 「ふー、ごちそうさまなのです。」 「…うん? ごちそうさまか? ごちそうさまなのか、能美?」 「わふ?(・ω・)」 最後にクドがカップをちゃぶ台に置いた時…謙吾がみんなの顔を覗き込むように微笑み始める。 瞬時にサッと謙吾から目をそらす真人と沙耶。ちなみに僕はさっきから下を向きっぱなしである。 「…さぁて、みんな飯を食って腹ごしらえは済んだわけだ。こんな時みんなが何をしたいか… この俺はよーく分かっているつもりだ。」 「寝る。」 「休む。」 「な? 今日は何して遊ぼうかぁー? 当然オールナイトで騒ぎまくるのだろ?だろ??」 「クドリャフカ〜、髪を梳かしてあげるからこっちおいで〜」 「理樹、食後の筋トレは必須だな!」 「なに…? 全力カルタがやりたいだって…?」 全力で言ってない。 「いきなりそんな事言われても――そんな風に言いたげだな、沙耶、真人。」 「よく分かってるじゃない。」 「ああ、まったくだぜ。大体、カルタなんてここに…」 「大丈夫だ。 カルタならちゃーんとここにあるぞ! はははっ、よかったな真人!」 「………」 「………」 今、沙耶と真人がものすごく脱力したよ…! 二人の様子を他所に、傍ではテンションについていけないクドが餌食になったようだ。 「能美、全力カルタだ。ルールはきわめて簡単、持てる力のをすべて使いカルタをする。 そしてとった札で単語を1つ作った人の勝ちだ。どうだ? なんだか面白そうだろ?」 「わふ〜、持てる力のすべてを使ったカルタ――いっつ・ワンだほー、なのですっ」 謙吾によって手早く床に並べられる札。 その様子をクドだけがわくわくしながら眺めているようだ。 「沙耶、札を読み上げてくれ。」 「う…仕方ないわね。それじゃ準備はいいかしら?」 「俺は万全だ、竹刀も磨いてあるし精神も研ぎ澄まされているぞ――全力でかかってこい能美。」 「はい宮沢さん! 手加減なしなのです。私も 「読むわ………"注意一秒、怪我一生"」 「ふははは! その札の場所はすでに――」 「――――」 ――バタッ : : 「朝だ――」 合わせた遮光カーテンの隙間から薄っすらと朝日が覗いている。 僕はベッドの柱にもたれながらカーテンの間の青空を眺める。 日光に当たれば死ぬわけではない。この青空の下に出ると死んでしまうのだ。 音を立てないように立ち上がると、床に転がっていびきをかく真人に毛布を掛けてあげる。 「……う〜ん…」 「沙耶さん……もう…食べられません………Zzz」 後ろのベッドではクドを抱いたまま沙耶が静かな寝息を立てている。 まるで仲の良い姉妹のように、クドは体を沙耶にぴったりとくっつけてねむっている。 そういえば犬も寝るときは人に体をくっつけて眠るのだったね―― 不意にそんな事を考えながら二人の寝顔を見て微笑んでしまう。 「……う……ん? あれ、全力カルタは――」 「あ、謙吾起きた? カルタは謙吾の負けだね。クドがその気になれば脳自体を殺されていたよ。」 「う…あ、あぁぁぁ〜〜〜俺は…負けてしまったのか…」 いきなり起きたと思えばすぐに落ち込む謙吾。 まぁクドが手加減して意識だけを奪ったのは幸いだ。 謙吾が倒れたときは僕も沙耶も真人もさすがに固まってしまったけど… 「そりゃクドが持てる能力をすべて使えばそうなるよね。あと、もう朝だから謙吾も眠っていていいよ。 この時間は襲撃なんてこないのだから。」 「理樹、おまえこそ眠っていないんじゃないのか?」 「まぁ、僕は昼夜逆転の生活に慣れていたからね――」 謙吾も僕の視線を辿ってカーテンの隙間から覗く青空を覗き込む。 「しかし…外に出ると俺たちは体が消滅してしまう、なぜだろうな?」 さっきまで僕が考えていた疑問を謙吾が口にする。 カップ麺を食べる時にポケットに入れたまま忘れていた写真を取り出すと、それを謙吾に手渡した。 「この写真は――」 「僕らは最初、みんな同じ世界を共有していたんだ。だけど誰かがそれをバラバラにしてしまって今の状態になった。 その誰か――"敵" は昼だけでなく夜も、僕らが外に出れば消滅するように世界を作って完全に隔離したかったの かもしれない。だけど、それは不完全だった。」 「………」 「"敵" は恐れたんだ。ぼくらがこうしてまた、ひとつになってしまう事を。だから学園の生徒を使って僕らの 邪魔をしようとしている。その10人以外の僕らの知らない誰かが世界を狂わせたに違いないよ。」 沙耶に蹴飛ばされた布団をそっと二人の肩まで掛け直してあげる。 すると、そこまでだまって話を聞いていた謙吾がゆっくりと話し出す。 「理樹――この世界は元々写真の中の10人が手をつなぐ事によって成り立っていると言ったな。 そして、この10人以外の誰かによって、世界が今の形にされたとも。」 「そう思っているよ。それがきっと僕らの "敵" なんだ。」 「確かにこの写真の世界が元の世界だとしたら、この10人はみな仲が良かったのだろう。現に俺も真人も能美も みんな記憶を取り戻す事ができている。このまま続ければいずれみんなの記憶は戻る。」 「その為に僕らは戦っているからね。」 「――いいのか?」 「え?」 唐突な問いかけ。 瞬時にはその言葉が意味するところが理解できなかった。だから僕は謙吾に訊き返すしかなかった。 「いいも何も…僕らは世界を元通りにする為に戦っているんだ。へんな事言わないでよ。」 「――世界はこの写真の10人で作り上げた。」 「僕はそう考えてるよ。」 「そして "敵" はこの10人以外の誰かだ。」 「何が言いたいのさ?」 「なぁ理樹――朱鷺戸沙耶とは、いったい誰だ?」 : : 「――彼女が企んでいるのは、この世界から他の人間を排除して世界を独占する事だ。」 「なんだ、それは? あれか、世界征服か?」 目をまん丸にする鈴君。 「他の人間を排除する…というのは語弊があるかもしれないが、要は彼女は自分が生きていける世界が 欲しかったのだ。彼女はこの世界でしか存在し得ないのだからな。」 「…? 誰もいなくなった世界でたったひとりで生きていこうというのか?」 「そうではない。ただ誰かがいたとしても、彼女の支配している世界に干渉できないようにしたいのだ。」 もし彼女の願望どおり、誰も世界に干渉できないようになればそれはどんな世界か想像がつかない。 そもそも、ここでそんな世界が成り立つのかすら不思議なのだ。 「よく分からんが…くるがや。まずこの世界は夢の中みたいなモンだな?」 「そうだな。元々は特定の目的で作られた世界――としか言えないがな。だがこんな変な世界になったのは ある "事件" が原因なのだよ。」 「事件?」 「誰も想像しなかった事だ。私ですらそれが起こった事に気づいていなかったさ…。」 あの子を放って置いたのがまずかったのだ。 過信か油断か――少なくとも責任の一端はそれを知っていた私にもあるのだろうが…。 私はポケットから1枚の写真を手に取り、鈴君にそれを渡す。 「…あたしが写っている。くるがやもいるな。」 「それは以前の世界で撮影したものだ。不思議だろう、敵対しているはずの人間までもみんな笑顔でそこにいる。」 「分かったぞ、ここにいる他のヤツらを倒せばみんなの記憶が戻ってハッピーエンドだな?」 「倒しただけではダメなのだが…まずは倒さなければならないだろう、そうだな…うむ。」 なんとしても彼女を倒さなければならない。 そのためには仲間も必要だ。仲間を得るためには戦って倒す必要がある。 お互いの世界が重なり合えば記憶だって戻るのだ。 「そんな訳でお姉さんと一緒にがんばろうじゃないか。」 「あたしとくるがやを除くと…残りは8人だな、よし。」 「いや、違う。私たちにはもうひとり仲間がいるぞ。」 「何っ? そうなのか?」 「かつて君もよく知っていた人物だ。それから鈴君…」 「ん?」 「――その写真の中の一人はすでにいないんだよ。」 【次の話へ】 あとがき 関係ないですが、リトバスキャラの誕生日ってほとんど知らないです…。 海鳴り |