Renegade Busters 第10話「世界」
 









     「わふっ?(・ω・)」

     「どうされました、能美さん?」
     「誰かに呼ばれた気がしたのです。こう悲痛な叫びというか、もっと切羽詰ったものというか…」

 始まりの夜――
 リキの部屋で西園さんと向かい合ってオセロで遊んでいると、一瞬誰かが私に声をかけたような気がしたのだ。
 どこか遠くからか、もっと近い場所なのか…そんな事を考えていると西園さんがパチッと黒石を盤面に打った。

     「気のせいだとは思いますが、誰か助けを求めているのかもしれませんね。」
     「助け…ですか??」

 白石が次々と黒石にひっくり返されてしまう。
 助けを求めている? いったい誰が? 腕立て伏せをする井ノ原さん、目を閉じて壁にもたれかかる宮沢さんを
 見つめながら、私は首をかしげる。

     「さぁ、能美さんの番ですよ。」
     「…ではここに打って一発逆転のふぁんふぁーれなのです!」

 パチッと白石を置くと一気に3枚も黒石を裏返す。
 黒石だらけの中に白石の数が増えて、見た目にもちょっと安心感が出る。
 数が増えれば安心できる――それは人も石も同じだ。

     「…そういえば沙耶さんと葉留佳さん、それにリキも部屋に戻ってきていないのです。」
     「ああ、それなら沙耶のヤツがそろそろ理樹をひっぱって帰ってくる頃じゃねーか?」
     「それにしては時間が遅いな。いつもなら30分もかからないのに――」

 井ノ原さんの言葉に宮沢さんは首を振って、少しいぶかしんだ表情を見せる。
 誰かが助けを求めているかもしれない――西園さんの言葉を頭にリフレインさせて、私は不安に駆られるように
 立ち上がるとドアに向かって歩き出す。

     「クー公、どこいくんだ?」
     「…リキと沙耶さんを探しに行きます。西園さん、勝負は一時おあずけなのです。」
     「わかりました。でしたら私も護衛のためについていった方がいいかもしれませんね。」

 傍らに置いていた重火器のような重々しい機械をよっこらせと両手で持ち上げて西園さんも立ち上がる。
 彼女の武器なのだろうか…華奢な体型に似合わず大きな機械を肩に下げてそのまま軽々と歩き出す。

     「能美、西園。晩御飯までには帰ってこいよ。」
     「はいなのですっ」

 みなさんの言葉を背中に受け止めて私はドアを手で押し開けた。

 自分の部屋ではないのに不思議と落ち着いた感じのある男子寮の部屋。
 そこに人が集まるのが当然であるかのようなアットホーム感に私自身も馴染んでしまっているのか…。
 ドアを閉めると、そんな名残に少しお辞儀をしてから西園さんと暗い廊下を歩き出す。

      「わふー。リキや沙耶さんと一緒に帰ってきたら、また集まってカップ麺を一緒に食べたいのです。」
      「では、さっさと見つけてしまいましょうか。」














Renegade Busters
第10話「世界」








 ――ダンッ

     「クドリャフカ…!」
     「クド…! 助けて…って、沙耶?」

 開け放った校舎のドア――目の前にいたのは沙耶だった。

     「今まで何やってたのさ?」
     「クドリャフカよッ! すぐにクドリャフカを呼んできて!!」
     「それなら僕だってクドに用事があるし――わっ!?」

 言葉を切る前に強く袖口を引っ張られて植え込みの影に引き倒された。
 抗議しようと沙耶に振り向くと、唇に人差し指を当ててしーっとジェスチャーを始める。
 中庭の方向に指をさして親指を下に向け、次に手でピストルの形を作って指で×を作って見せた。

     (…告白したら振られたから相手は地獄に落ちればいい??)

 ――ボカッ

 キッと僕も目を睨んで沙耶は再びジェスチャーを始める。
 指差す方向に見えるのは白いセーターのどこかボーとした女の子がひとり。
 沙耶は手を口の前でパタパタして両手をしたから持ち上げるジェスチャーをして困った顔をして見せる。

     (…実は私の胸が小さいのを言いふらされて困っている?? 何を今更ガッカリおっぱ――)

 ――バキッ

 固めた拳を震わせてニッコリと微笑む沙耶…鼻が痛い。そんな身振りだけで伝わるわけないじゃない…。
 僕は紙とペンを取り出すと沙耶に渡す。

     "あの子が望んだ事がこの世界では実現する"

 望んだことが…実現する??
 紙に書かれた丸っこい字を睨みながら僕は頭の中をクールダウンしてもう一度冷静に読み直す。
 沙耶の言う白いセーターの子を見つめながら考える。それは自分が思ったとおりになるって事を意味してないか…?
 浮かない顔の僕を見て、さらに沙耶が書き加えた。

     "私の拳銃、それから持っている武器をすべて消して見せたわ"

 沙耶の拳銃を消して見せたというのは…………そうか!
 あの時、二木さんの拳銃が消えたのもこの世界から銃が消えたから…なのか?

     "沙耶はあの子と戦っていたんだよね?"
     "そうよ。尤も銃もナイフも武器は全部消されてしまったけどね。"

 どういう事だろう?
 相手は沙耶を敵と認識していたのに武器だけを消して見せた。本当に自分の望みが叶うのに武器だけを消した。
 なぜ、相手そのものを消し去ってしまわなかったのだ?
 茂みから覗くと、例の女の子は空を仰いでひとりでケタケタと笑い声を上げている。

     "よく生き残れたね"
     "それよりもあんなのを倒すにはクドリャフカが必要よ。どこにいるのかしら?"
     "僕もクドを探してたんだよ"

 紙にペンを走らせていると葉留佳さんと二木さんが校舎から姿を現した。
 その視線を追うように沙耶も僕の頭にひじを乗っけて茂みの影から様子を伺う。

     「お姉ちゃん、理樹くんなら男子寮に逃げ帰ったんじゃないのかな?」
     「だったら探し出して首の骨ねじ切ってやるまでよ。」
     「わ、残酷だネ…」

 何をやったのよ、と目で問いかける沙耶に僕は首を横に振って答える。
 ここで相手を取り押さえていたとか正直に答えれば地獄を見るのは間違いない。よって黙っておくのが得策――

     「私を お嫁にいけない身体にした 報いよ。当然の復讐といってもいいわ。」

     「………(汗)」
     「………(笑)」

 瞬時に首にかかる力強い手。うぅ、二木さん…あなたの望みどおりになりそうです。

     「それに直枝はまだ近くに潜んでいるはずよ。そんなに時間は経っていないしこのあたりを探すわ。」
     「仕方ないですネ。それじゃ、さっさと理樹くんを見つけて――あれ?」

 う…無駄に鋭い。そして唐突に僕らのいる植え込みの前で止まる足音。
 まずい…見つかったか? 息を潜めてじっとしていると土を蹴って走り出す音が聞こえる…!

     「葉留佳…!」
     「分かってる…! ロケット花火――点火!」

 なんだ? 様子がおかしい…! 僕と沙耶は茂みから完全に顔を出して辺りを窺う。
 どこから取り出したのか、葉留佳さんは大きなロケット花火にライターで火をつけるとそれを横になぎ払った!
 高い笛の音のような不気味な音を立てながら大きな曲線を描いて地面に着弾し爆発を巻き起こす…!

     「沙耶!」
     「援護するわよ…!」

 最後に一際大きな爆発が地面の土を派手に舞い上げる。
 ダメだ。沙耶の話が本当ならそんな攻撃では――

     「あははははははははははははははっ! 1…2…3…ねぇ、どうしたらみんな優しくなれると思いますか?」

     「…!? 全然効いてないじゃん!?」
     「葉留佳さん、多分その子に攻撃は通用しない…!」
     「その子は自分の願った事を実現することができるわ。とにかく相手から距離をとって!」

 茂みから飛び出し、工具を手に僕は葉留佳さんの隣で相手の攻撃に備える。

     「あなたは…いえ、それよりも直枝っ!」
     「わ!? と、とにかく今は目の前の相手を何とかするのが先決じゃないっ!?」
     「む…そうね。拷問はそのあとでも可能だものね。」
     「ええ、そのとおりよ。その時は一緒に理樹君をいたぶりましょう。」

 空恐ろしい約束が聞こえた気がするが、今は目の前の相手に集中しよう。
 横では武器を失っている二木さんと沙耶は素手のまま半身で拳を固めて体勢をとっている。

     「相手は何者デスカ? 直撃の寸前に急に弾道が変わって無傷じゃん!」
     「あの子は自分の願いどおりに世界を変えることができるわ。まずは相手の能力の限界を調べるのが先ね。
      ――と、自己紹介が遅れたわね。朱鷺戸沙耶よ、よろしくね。」
     「二木佳奈多。こちらこそよろしく。」
     「理樹くんの友達? 佳奈多の妹の三枝葉留佳ですヨ。呼ぶときははるちんで!(><)」
     「それじゃ佳奈多と葉留佳。何か武器は持っているかしら? さっきのロケット花火は消えていないみたいだけど…」
     「…! 僕の工具も消えてはいない。ということは、花火も工具も武器じゃないという事か。」

 工具と材料さえあれば僕は戦えるし、葉留佳さんもイタズラ道具さえ揃えば相手と渡り合える。
 武器らしい武器は消えてしまった――となれば、これならどうだろう?

     「――セットアップ。材木、ガラス片、ゴールネットの切れ端、ネジ、窓枠。」

 ――キュイン…ガタ、ゴン…ゴトン……………………シューン…

     「複合弓、カットオーバー……ってあれ??」
     「あら、消えたわね。」
     「やっぱり武器はこの世界に存在できないようになっているのかしら?」

 作成したばかりの複合弓は実像を薄めていきそのまま空間に溶け込むようにして視界からフェードアウトしてしまった。
 だけど武器として使えるハンマーやピックなんかの工具はしっかりと存在している。

     「もっぱら武器として使用されるものはダメって事ね。」
     「ロケット花火は遊び道具ですから大丈夫ですヨ。」

     「そうか! なら私たちも武器っぽくないもので戦えばいいのね!」


          :
          :



     「それじゃみんな、行くよ…!」
     「おーっ(><)/」

 ――ボカッ

     「あいたっ!? 何するのさ、ふたりとも…」
     「…理樹君。どうして私はヤカンを手にあんな強敵に立ち向かわなければいけないのよ!?」
     「朱鷺戸さんはまだマシよ。直枝、何で私は便所ブラシを握り締めて戦わなければならないのかしら? ///」
     「それなら武器っぽくないっていうか…うん! そんなに変じゃないから大丈夫だよ。誰も笑ったりしないって!」

     「あははははははははははははははっ!!」

 ――ボカッ ゴインッ!

     「そこの人、めちゃくちゃいいタイミングで笑わないでくれますかっ!?」

     「笑った! あの子私がヤカン振り回してるの見て笑ったわよ! ええ、武器が無いからってヤカンを振り回している世界最高の
      諜報員なんて聞いて呆れるわ。まるでカップ麺にいれるお湯の量が足りなくて癇癪起こしてるお馬鹿さんに見えるでしょ?
      ねぇ笑えるでしょ、笑えばいいわ、笑いなさいよ! あーはっははっはっは!」

     「そんなに便所ブラシを振り回す風紀委員が珍しいかしら? きっとこうしていればあなたの望みどおり、私は学園で一番便所
      ブラシが似合う風紀委員と噂される事でしょうね。学内の選挙ポスターでは笑顔でクールな私と便所ブラシのコラボレーション
      が写っている事でしょうね。キャッチフレーズは "汚れ仕事、やります" かしら? 最低ね…本当に最低…!この…!」

 便所ブラシを膝でバキッと二つに折ると、二木さんは真直線に白いセーターの子へと走り寄る…!
 ああ、せっかく丹精こめて作成した便所ブラシがお陀仏だ。

     「ぶっ潰す…!」

 ヤカンを地面に叩きつけ右足でゴシャッと踏み潰すと、沙耶は颯爽と音を立てずに走りだす…!
 ああ、黄金色に輝くまで磨き上げた艶々のヤカンが台無しだ。

     「理樹くん。私たちも後ろから囲むのですヨ!」
     「了解…!」

 白いセーターの子を取り囲むように僕らは4人で周囲を固める。
 さぁ、どうする? 退路を断てばキミは戦うしかない。相手の武器を消すことができたとしても他の物まで消せるのか――
 キミはおそらく、人間そのものをこの世界から消すことはできないはずだ。
 それに抽象的な願い事も叶わないだろう。だからこそ目の前の敵の武器だけを消したのだ。

     「あははははっ! 4、5、6…小毬ちゃんは少し悲しいのです。どうして人は争いを避けられないのでしょうか?
      ケンカを始める人がいるから? 悪いことを考える人がいるから? 不注意で事故を起こす人がいるから?
      ――きっと自分と悪い人は完全に別の人と考えているから、人を不幸にしてしまうのです。」

     「地面に組み伏せてその後、捕縛すればいい――GO!」
     「……!」

     「7、8、9……小毬ちゃんはみんなに幸せになってほしいのです。みんなって? 私? 友達? 知らない人?
      世界中の人? ネコさん? 犬さん? 動物さん? 植物さん? あはははははははっ!」

 ――タンッ……ドスッ!

 沙耶の拳を避けたところを二木さんが腕をつかみ、そのまま地面に叩きつけた。
 あまりにも呆気なく、白いセーターの子は組み伏せられていた。

     「降伏しなさい。さすがに4人も相手にするとキツイでしょ?」
     「佳奈多、はやくその子の目と口を塞いで拘束して…! 何か願われると厄介な事に――」



     「――お願い事ひとつ。 この世界から人間なんていなくなればいい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



 ――! そんな無茶な願いが聞き入れられるわけがない。
 第一そんなことしたらキミだって無事では済まないはずだ。
 この世界から人間というカテゴリーに属するものが消えるなんて願い…正当性も合理性も感じられないね。
 それだけ抽象的にして無茶な願望というもの――そんなものが叶うべくもない。
 そうさ。人間を言葉ひとつで消せてたまるかって…!

 ――だから、そんな簡単に人を消せるなんてありえないよ! ありえないじゃないか…ッ!!

     「………………はは…はははっ! 馬鹿な、そんな馬鹿な…!!」
     「ちょっと理樹君…! あなた…!」
     「……う、そ…? お姉ちゃん! 私もお姉ちゃんも理樹くんも…!」
     「ふざ…けないでよ――」


     「――ゼロ。そして誰も…いなくなっちゃいました。」



          :
          :









































     「にゃー」
                                「ふにゃー」


 静寂の中に弱弱しい声が溶け消える――
 主を失った猫がそこかしこを歩き回ってその姿を求めさまよっていた。

 校舎、中庭、植え込み、樹木、渡り廊下、暗い空、ぼんやりとした月。

 この世界から人間が消えた――それは猫たちの主も人間でこの世界から消えたことを意味する。
 鈴の髪飾りの子だけではない。理樹くんも葉留佳も佳奈多も目の前で消えた。そしてあの白いセーターの子も例外ではない。
 この様子だとクドリャフカや謙吾君、真人君、西園さん、それに日本刀の女子生徒もこの世界から消えているはずだった。
 消えていない自分の身体を確かめるように握り締めていた手をゆっくりと開いていく。

     「…本当に誰もいない世界。これはこれで寂しいわ。邪魔者は一気に消えたというのに…」

 まだ1日目の夜だというのに――
 この世界は3日間を何度も繰り返しているが、必ず3日経たなければループは発生しない仕組みになっている。
 つまり私はあと3日、みんなのいないこの世界で過ごさなければならないのだ。

     「退屈ね。遊び相手が猫だけというのも飽きてしまいそう――全員排除するというのも早計かしら?」

 だけど本当にあの子の願ったとおり、みんなが消えてしまうなんて…。
 尤もあの子自身が消えてしまっては、その願いにあまり意味があるとも思えない。
 ただその能力はとてつもなく強力だ。

     「――ねぇ、そろそろ無視するのもやめてほしいのだけど?」
     「あなたが勝手に喋っていただけでしょ? 最初から私に答える義務なんてないわ。」

 さっきからベラベラ口を開いているヤツに振り返って、その姿を睨み付けてやる。
 人間はここにはいない――だけどこの世界の法則を掌握する "神" ならば消滅せずに生きている事だろう。

     「はじめまして…ではないわね。」
     「――あなたが "敵" ね。ずっと探したわ。でもずいぶんと普段とは喋り方が違うのね?」

 女子生徒――目の前にいるコイツが "敵" だ。
 私も知っているその姿。くすりと笑った顔に苛立ちを覚えてしまう。コイツが私から世界を取り上げたのだ。

     「"敵" というのは飽くまであなたにとっての敵よね? 他の人が想像する "敵" とは別物。あなたは存在からして
      この世界にとってはイレギュラーなのよ。この世界の領域にいないからこそ神北小毬の命令にも抵抗できた。」
     「そういうあなたは何故ここに存在しているのかしら? この世界に人間はいないはずよ?」
     「その理屈ならあなたも人間じゃないわ――ただ、お互い似たもの同士なのよ。この世界にしか居場所がないし、
      あなただってこの世界を支配して生きていたいと望んでいるのだから。」

 "敵" は近くにあった木にもたれかかりながら挑発的な視線を投げかけてくる。
 ケンカ腰なのは仕方がない。お互い相容れない事情があってそれがともに譲れないだけ――

     「…あなたに何があったかは私の知るところじゃないわ。」
     「ええ、私もあなたになにがあったかなんて興味はないのです。」
     「だけどどんな事情があっても邪魔するのなら容赦はしない。大人しくこの世界を私に返しなさい。」
     「もちろん嫌です。あなたが力ずくでこの世界を奪い取ったように私もあなたの間隙をついて世界を奪ったまで。
      機会こそ違えどあなたに非難される筋合いなんてないはずよ。それにあなたは世界をうまく管理できていなかった。
      その結果、私に奪われただけなのだから責めるべきはご自分の責だと思いますよ。」

 その言葉に唇を強く噛み締める。
 私ではこの世界を管理するのに力量不足だった――目の前のこの女子生徒に世界を奪われたのだから否定できるはずもない。

     「あなたはかつてこの世界の神だった。でも今は私がこの世界の神よ。かく言う私もご覧のとおり世界を管理
      しきれているとは言えないですね。あなたが倒してしまった前任者が一番世界をうまく管理できていたわ。
      ――わざわざ倒してしまったのはミスだったかもしれませんね。ふふっ」

 私は闇の執行部部長――時風をこの手で葬った。
 彼は同時に棗恭介というこの世界の管理者でもあった。ゆえに彼を倒した私は期せずしてこの世界そのものを手に入れる事が
 できたのだ。私が望んだ永遠の青春が手に入った…だがそれも一時の事だった。

     「神といえども万能ではない。人間が神を観念する以上どこかに綻びが出てくるのは当然よね。
                    果たして人間とは神が創った失敗作だったのか、神とは人間が創った失敗作だったのか――」

     「…そうね。最初からうまくいきっこないものだったのよ。お互い――」

 "諜報活動を始めよう" ――私の一言で始まった新たな学園生活はまもなく頓挫することになった。
 …反乱が起きたのだ。棗恭介のように管理が行き届かない隙だらけの世界だ。
 この世界の乗っ取りを考える人間がいればそれに抵抗できるほど管理統制は強くなかった。
 世界は私という存在を拒絶した。反乱者に呼応して世界は脆くも私の手の中から零れ落ちたのだ。

     「あなたが外部からこの世界に入り込んだ人間だったのも私には有利だったわ。少なくとも "私" にはリトルバスターズ
      のメンバーだったという絆があったのだから、世界を奪うこと自体はそう難しくなかった。」
     「だったらなぜ他のメンバーまで排除しようとしているのよ?」
     「この世界が何のためにあるのか…知っているでしょ? 少なくとも私やあなたのためにあるわけじゃない。
      他のメンバーも私には協力的じゃないからこそ、排除して私は新世界の神になるしかなかったのよ。」
     「…他のメンバーはあなたに協力的じゃない…??」

 それはおかしい。
 だって理樹君はリトルバスターズのメンバーの心を救うことがあの世界で予定されていた。
 だからそのメンバーのひとりである彼女の願いを無碍(むげ)にするはずはない。
 理樹君があきらめない限り、世界の維持、ループの回数が許す限りそんな事は――

 そこまで考えて私は息を飲み込む。

     「――あなた、まさか…」
     「退場したわ・・・・・。」

 無感情、無機質、無抑揚な声に私は呆然と立ち尽くす。
 数の計算の上でひとりだけ…たったひとりだけ理樹君が救えなかった人がいたはずだ。
 9人の仲間の心を救うことが予定されていた世界――船の定員は9名なのにそこへ新しくもうひとり現れた。
 この子は…間に合わなかったのだ。押し出され、船から深い海へと落ちたのだ。

 あの白いセーターの子が数字を数えていたように、9の次は……ゼロだった。
 そして9を数えたのは私自身――

     「だったら今ここにいるあなたは何者なのよ…!」

 ――タンッ!

 私の投げた理樹君のドライバーが彼女のすぐ後ろの樹木に突き刺さる。
 ふざけてる…! 私のせいだとでも言うワケ!? 私がこの世界に迷い込んだからその代わりあなたが犠牲になった?
 それこそ自分の心を救えなかったあなたの自己責任…! そう…よ…私がいたからって……

     「"私" も彼の行動によって救われるはずだったわ。」
     「………」
     「他の子に手を差し伸べるのを見ながら、心から笑顔を取り戻すのをただ傍らで見ていた。」
     「………」
     「"私" は手を伸ばして待った。彼も手を伸ばした。だけど彼の手をつかんだのはあなただった。」
     「………」
     「率直に言ってあなたは邪魔よ。私はこの世界で生きていたいだけ。」
     「………」
     「あなたさえいなければ "私" は退場せずにいられたのだから、あなたが邪魔なの。分かるでしょ?」
     「………」
     「できれば直枝理樹も置いていって欲しいわ。彼とのハッピーエンドが "私" の望みだったのですから。」

     「………嫌よ」
     「…は?」

     「だぁれがあんたみたいなヘナチョコに理樹君をくれてやるものですかっ!
               私のものは私のもの。この世界も私のもの。理樹君だって私のものよっ!!」


 無性に腹が立ち、気づいたときには暗い感情は反転していた。
 だから私は思いっきり言ってやる…!
 理樹君も時間も青春も何一つ手放せない。それがあなたから奪ったものだとしても私は絶対に手放さない…!

     「あなた、なんて事を――」
     「それが何だっていうのよ! 手が届かないなら立ち上がって追いかければよかったのよ!追いつけなかったなら
      力の限り叫べばよかったのよ! それをしなかったあなたにそれこそとやかく言われる筋合いなんてないわ…っ!」
     「……っ!」

 かつてこの世界の神だった者と、今この世界の神である者――
 お互い真正面から双眸を見返して口を開く。

     「私がこの世界にいる限り、好き勝手にはさせないわ。」
     「私がこの世界にいる限り、好き勝手にはさせないわ。」

 言葉を重ねて口の端を吊り上げると、彼女はそのまま反対方向へと歩き出した。
 が数歩、歩いたところで彼女は立ち止まる。

     「もう、夜明けですね。この夜と朝の境界――60ノーティカルマイルの空の青。きれいだと思いません?
      空の主役は星でも月でも太陽でもない。澄み切った蒼穹そのものの美しさを忘れているとは悲しいですね。
      ふふっ、青空の下に出て頂ければ遠慮なくその身体、焼き尽くしてあげますよ?」

     「はっ!ご冗談を。できるものならやってみろっての!」

 私も彼女を無視して男子寮の方向へと歩き出す。
 今あの領域を守る事ができるのは私しかいないのだ。理樹君や真人君たちの場所は私が守る。
 そして私の居場所は私が守るのだ。

     「ええ、これからが私のミッションスタートね――理樹君。」

 ひとり私は寂しく呟いて中庭を後にした。








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 あとがき

 とりあえず我が家にもクドが欲しくなった…!

 海鳴り



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