Renegade Busters 第11話「落ちた星」
 









 もう夜中の3時を過ぎた頃だろうか――
 いつものループの始まりと同じように、僕は校舎の前に立っていた。

     「………」

 今まで何度もこの世界を繰り返してきたけど、未だかつてここ以外の場所から始まった事はない。
 この世界でそう決められているのだろうか。
 あるいは、ある時点から僕らが動けないだけなのかもしれない。

 ――死んでも次のループには生き返っている繰り返しの世界。
 僕らがいるのは壊れてバラバラになった世界。
 世界は壊れてしまったというのに…何のために僕たちはここにいるのだろう?

     「そうだね……ノートを取りに行くんだっけ。」

 鍵のかかっていないドアを見つけるとそのまま校舎に侵入する。
 真人に貸したノートを返してもらおうとしたら、よりによって自分の机の中に絶賛放置中。
 おかげで僕はこんな夜中に教室へノートをとりに行かなければならなかった。

 ――世界が始まるとなぜかいつもその記憶とノートを取りにかなければ、という意志が強く働く。
 誰かが僕に呼びかけているのかもしれない…おまえの忘れ物を思い出せと。

 窓にはいつもの青白い月もまばらに見つけられた星も無い――世界から月も星も消えてしまったのだろうか。
 昼間のいつも見ている学校とはまったく違う風景が広がっていた。
 僕は真っ暗な廊下を火災報知機の赤い非常灯を頼りに進んでいく。

 ――コツ…コツ… コツ…コツ………。

     「――直枝。どこに行くの?」

 唐突に僕を呼び止める声――抑揚を感じさせない声のトーンからは相手の感情までは計れない。
 だけど何を言いたいか分かっているから、僕は振り返らずに答える。

     「…ノートを取りに教室へ。」
     「それよりも大事なことがあるはずよ。あなただって分かっているでしょ?」
     「……うん。そうだね。」
     「男子寮の部屋に行くわよ。みんなそこで待っているはずだから。」

 そのまま僕を置き去りにして歩いていく二木さん。
 足音が消え、さびた鉄の扉が軋む音も闇に溶ける。

 ――おそらく部屋に帰っても沙耶はいないだろう。

 あの時…僕らが終わりを迎える瞬間、僕も葉留佳さんも二木さんも身体が光の粒子となって千切れていき、完全に消え去った。
 たんぽぽの綿が風にそよぐように、指先から腕へと身体はゆっくりと失われていったのだ――沙耶だけを除いて。
 あの白いセーターの子はこの世界から "人間" を消し去った。
 そのとき消えなかったとしたらそれは人間でないものか、この世界の枠外にいる人間、さもなければこの世界のルールを司る者――

     「沙耶は――"敵" なんかじゃないよね…?」

 力なく呟いた声が廊下の白い壁に吸い込まれていく。
 暗闇はそれに答えてくれなかった。















Renegade Busters
第11話「落ちた星」












     「問題は朱鷺戸さんがこの世界では普通の存在じゃなかったって事。あの子の "願い" で消えなかったとしたら、
      彼女があなたたちの言う "敵" という可能性も少なくはないのよ。」
     「………」

 男子寮の部屋――
 二木さんの言葉にその場にいた一同が口を閉ざしてしまう。
 腕を組んだまま固まる謙吾、首をひねる葉留佳さん、うつむいたままの西園さん。
 真人の隣で僕もただ黙って話を聞いていた。

     「もちろん、朱鷺戸さんに何か特別な事情があって消えなかった事も考えられる。だけど、"敵" がこの写真の
      中の10人以外だとしたら――」
     「………」
     「そういえばお姉ちゃんもその写真にはいないんじゃ――」

 ――ポコッ

     「アイタっ」
     「さりげなく私が気にしていた事を言わないでくれる?」
     「三枝。おまえは目の前で二木が理樹たちと一緒に消えたのを確認したのだろう。」
     「やはー、そうでしたネ。(><)」

 ………。

 謙吾の言葉に頭をかく葉留佳さん。
 "敵" とはこの世界で学園の生徒たちを操ることができる人間、そして日中に青空の下に出てきた人を消滅させる事ができる人間。
 ゆえに白いセーターの子の願いで消えなかったのなら、世界のルールの枠外にいる人間――すなわち世界の支配者という事になる。

     「それにしても世界から武器と呼ばれるもの、それに人間を全て消す事ができるなんて…めちゃくちゃね。
      あの能力の範囲に限界はなかったのかしら?」
     「俺の竹刀も急に消えたのを覚えている。それに俺自身も消えていくのが分かった。不思議だったがそういうわけだったのか…。」
     「ふ。このオレの筋肉まで消せるなんて…大したヤツじゃねーか。理樹だってこの筋肉は分解できないよな?」
     「…しないし、やらない。」

 真人の相手をするのも疲れて僕は目を閉じてベッドの柱に身体を預ける。
 二木さんの話を聞いていると僕の中に不安が募っていくばかりだった。

     "ただ――もしも沙耶が "敵" だったらおまえはあいつを倒す覚悟があるのか?
                  そして理樹。おまえは沙耶と別れてまでこの世界を元通りにする決心があるのか?"

 いつか謙吾が言った言葉を頭の中にリフレインさせる。
 僕は沙耶と敵対してまで本当に世界を元通りにしたいのだろうか?
 そして世界が元通りになったら、それは僕が本当に望んだ形なのだろうか?

     「朱鷺戸さんが "敵" かどうかは分かりません。ですが彼女を見つけなければ先には進めないのも確かです。」
     「西園の言うとおりだ。沙耶を探し出して話を聞くしかない。それでいいな、理樹。」

 何度自問自答しても、この時点で答えが出ないなんて分かっている。
 会わなければ始まらない。会えば後戻りできない。
 そのどちらも今の僕には選べないのだから、みんなの判断に心を委ねる事にした。

     「…うん、謙吾。僕もそう思うよ。」
     「決まりね。ところで――」

 二木さんが立ち上がって他の5人全員の顔を見回した後、口を開いた。

     「クドリャフカはどこにいるの?」


          :
          :







 猫だらけの放送室――

     「小毬君の能力だった…だと?」
     「と、ヒトラーが言っている。そうだな?」

 赤毛のトラ模様の猫が放送室に響くぐらい大きくにゃーっと鳴く。
 他にも鈴君を中心に絨毯の上を何匹もの猫が丸く囲んで大合唱をしていた。

     「いったい、どういう願いをしたというのだ…」
     「ちょっと待ってくれ……にゃんにゃんにゃー?」
     「うにゃー」
     「うにゃにゃにゃ!?――それは本当かっ!?」

 猫の前にしゃがむと頭に両手を添えてワケのわからない猫言葉を発する鈴君。
 どうやって猫と会話が成立しているのか非常に気になるが…。
 しばらくして鈴君は何か浮かない顔のまま私に振り返る。

     「――願いが叶うことを願った…そうだ。」
     「……はぁ?」
     「小毬ちゃんがお願い事をするとそれが叶ってしまうらしい。」

 危うく手に持ったワンカップ王関を零してしまいそうになる。
 お願い事をするとそれが叶ってしまう――その言葉の額面どおりの能力なら小毬君はすでに神という事になる。
 それこそこの世界で "彼女" と同等かそれ以上の力を持った存在だ。

     「最後に小毬ちゃんは、この世界の人間を全て消し去ってしまったらしいぞ。なるほど、だから
      あたしたちも1日目の夜にいきなり消滅してしまったのだな。猫たちが残ったのは幸いだった。」

     「うにゃん!」

 それを聞いたとき、私は一瞬ぞっするような悪寒に襲われた。
 なぜなら、私たちが消えた後にはその人間を象徴するものが残され、それを奪われるとその人間の領域に取り込まれて
 しまうからだ。誰もいない世界に "彼女" がひとりだけ残っていたらどうなったことだろう。
 おそらく生き残ったのは小毬君と "彼女" だけ。そして、小毬君はそのシステムに気づいていなかった。

     「うにゃん、うにゃにゃーん? …なるほど。」
     「にゃおー!」
     「うなーにゃにゃん、にゃん? …そうだったのか。」
     「にゃにゃにゃん、なー!」

 …猫語を完璧にマスターしているのか、鈴君は…。

     「小毬ちゃんと戦っていて相手は全部で4人いたらしいぞ。」
     「鈴君。その状況を猫から詳しく訊いてみてくれないか?」
     「質問がいっぱいあるなら直接猫に訊いてみればいいぞ。あたしが翻訳する。」

 さらりととんでもなく難解な事を言ってのける。
 猫と会話する――というとやはり鈴君が猫にやって見せているように頭に両手で耳の形を作って "猫語" で話す…。
 頭に両手で耳の形…にゃんにゃんの猫語…。この私が…?

     「り、鈴君…。」
     「大丈夫だ。猫たちには普通に話せば通じるぞ。」

 くっ、こちらの気恥ずかしさも全く気に留めずに…!
 顔から火が出そうなのを我慢して、床にしゃがむと頭に両手を添えて笑顔で猫の鳴きマネをする。

     「にゃ…にゃんにゃん? ///」
     「………」
     「にゃーにゃーにゃー? ///」
     「………」

 猫は全く反応を見せず黙ったまま私を見つめている。
 しかも珍獣でも見物しているように、集団でかなり不思議そうにしているのだ。

     「な、なぜ黙っているのだ…! ならば、にゃにゃにゃにゃーん♪ ///」
     「………」

 私の思い切った捨て身のアクションにも微動だにしない猫の群れ。
 頼むからその…無表情に私をつぶらな瞳で見つめないでほしい。
 まさか、まだアクションが足りないのか…!? だったら床を転がり腹を向けて服従と甘えの姿勢で――!

     「にゃにゃにゃっ! うにゃにゃにゃ! ///」

     「…くるがや。」
     「だ、黙っていてくれ! 私は今ものすごく必死なんだ…っ」
     「いや、普通に人間の言葉で喋れば猫には通じるから。」
     「………(∵)」


          :
          :


     「…おほん。色々訊けたおかげで状況はかなり把握できた。」
     「あ、背中に猫の毛が…」
     「ええい! いい! いいのだ!私にかまうな! ///」

 背中に手を伸ばそうとする鈴君から逃げ出して放送室を一周してまた元の位置に帰ってくる。
 まったく…私は何をやっていたというのだ。
 と、黒い猫がドアの隙間から身を捩じらせて入ってくる。

     「お、マッカートニー。周りの様子はどうだ?」
     「うにゃー」
     「そうか、誰も攻めてくる様子はないか。」
     「…鈴君。猫語とあの恥ずかしい身振りはどうしたのだ?」
     「ああ、あれな。飽きたからやめた。」
     「………」

 マッカートニーを床から抱きかかえると膝に乗せて毛づくろいを始める鈴君。
 く…くそっ。なんだ、このやり場のない怒りは。
 気持ちを落ち着けるためにワンカップ王関を手にとって喉に流し込む。

     「小毬ちゃんはすごいな。そんな力を持っているとは知らなかったぞ。」
     「そうだな…。敵ならば怖いが、味方になれば "彼女" を消せないにしても、かなりの力になるだろう。」
     「よし、なら探し出して小毬ちゃんを仲間にする作戦だな?」
     「賛成だ。自分以外の人間を消せるなら小毬君がいるだけで "彼女" 以外はみんな私たちの仲間にできるぞ。」

     「にゃーっ」

     「…何っ!? あの時、小毬ちゃんも自分の願いで一緒に消えたっ!?」
     「げほっ!?」

 傾けていたワンカップ王関を派手に机の上にぶちまけた。
 …いったい何がしたかったのだ小毬君は。全ての人間を消して自分まで消滅してしまうとは、うっかりさんにも程がある…!
 自爆では全く意味が無いでは――

     「!!…ちょっと待て。なぜ私たちは世界から退場せずにここに存在する??」
     「んにゃっ!? なんだいきなり?」
     「小毬君も含めて世界から全ての人間が消えたのなら、この世界で亡霊として生きる "彼女" しか残らない。
      そして "彼女" の目的はなんだ? この世界から人間を排除するか、無抵抗にしてしまう事だ!」

 人間が消えた時点で "彼女" は相手を象徴するものを回収なり破壊するなりして世界を完全に支配する事ができたはずだ。
 小毬君も消えて "彼女" 以外誰もいなかったのだからそれは容易いはず…。ならばなぜ私たちは今ここにいる…!?

     「違う。猫たちは朱鷺戸沙耶も消えずに世界に残ったと言っているぞ。」

 ――!
 そうか…あの子は元々この世界で予定されていた存在ではない。
 飽くまで迷い込んできた客であってメンバーとは何の絆もない。相互の絆を前提に世界が成り立つシステムであるなら
 この世界のルールが一部通用しなくてもおかしくはない…か。

     「残ったのはあの子と "彼女" だけ――」

 あの子…朱鷺戸沙耶は前の世界で "彼女" とふたりきりになった。
 そして私たちはまたこの世界を繰り返すことができている。
 それが意味するところは、あの子は "彼女" に負けなかったという事実。
 だが状況を聞く限り、あの子はもう少年たちとは一緒にいるワケがないだろう。

 消えなかったところを見られたのだ。あの子が何と言おうと仲間は信じないはず。
 そうなれば、この世界の支配者――理樹君たちが言うところの "敵" として処断されるのは目に見えている。
 いや、それよりも――

     「時間が無い! 小毬君を探し出すんだッ! 小毬君が理樹君たちの仲間になれば私たちは消される…!
      消されれば理樹君たちの仲間になり記憶も全て失われる…! 私たちの目的が達成できないぞ!」
     「っ!? それはまずい…! ゴルビー! エリちん! ぷぅちん!」

 鈴君の声に反応した3匹が放送室のドアの隙間からするりと外へ出て行く。
 だがこのタイミングでは遅いだろう。すでに小毬君のこの世界での帰属は前の世界で決まってしまっているのだから。
 朱鷺戸沙耶と "彼女"――前の世界でどちらが小毬君を回収したのだろうか。

 あの子が回収したなら、小毬君は理樹君たちの陣営にいる事になる。
 "彼女" が回収したなら…小毬君はもうこの世界にはいない。"彼女" は邪魔になる人間を排除する。
 元々領域を持っていた人間だと "彼女" は学園の生徒と同じようにそれを操るのは難しい。
 だから放り出すしかない。…文字通り、この世界から放り出すのだ。

     「猫たちを総動員してくれ。夜がきたら私たちも探しに行く…!」



          :
          :






 まだ夜にはなってくれない。
 床に転がっていびきを立てる真人と壁にもたれて目を閉じている謙吾。
 下段ベッドには葉留佳さんと二木さんが寄り添うようにして眠り、上段ベッドでは西園さんが静かに寝息を立てていた。
 その景色に足りないものが、ひどく僕を焦らせる。

     「昼が…長すぎるよ。」

 夜になれば探しに出られるというのに。
 ちゃぶ台の上からそっと写真を手にとってその表面を指でなぞる。
 この中の10人も最初はもっと少ない人数だったのだろう。それが何かの縁で人が増えていって、輪はどんどん大きくなった。
 今は違う――大きな輪はバラバラになってどんどん小さくなっていく。

     「――その写真の背景は川原ですね。」

 いつの間にか目を覚ました西園さんが上段ベッドから手元の写真を覗き込んでいた。

     「場所は…学園の外だね。この中のみんなで遊びに行った帰りなのかな?」
     「分かりません。ですが今のこの世界には学園の外というものはありませんね。」
     「はは、確かにそうだね。でも学園の外の世界があれば行ってみたいと思うよ。」

 西園さんは上段ベッドから降りてくると僕の隣に腰を下ろす。
 ここでは学園の外というものは存在しないのだ。この世界の範囲は学園の敷地であり限界は校門だ。
 そこから望める景色は白一色のみ。世界自体がそこで途切れて "無い" のだ。

     「もし世界が平和になって学園の外に遊びに行くとしたら、直枝さんはどこに行きたいですか?」
     「ううん…そうだね。まずはこの写真の川原かな? きっとここは思い出の場所になっているだろうし…」
     「他にはありませんか?」
     「あ、川があるなら下っていけば海に出るよね。だったら海に行きたいかな。」
     「ええ、そうですね。直枝さんは海…ですか。ふふっ」

 僕の言葉の何が嬉しかったのか――西園さんは相好を崩して楽しそうに笑った。
 海か。気の置けない仲間10人と海に遊びに行くのならきっと面白い事がいっぱいに違いない。
 例えばレンタカーのワンボックスに乗ってみんなで旅行に出かけたり――それだけで楽しそうだ。
 そこに元気な女の子がもうひとり加わったら、どんな事が起こるだろう?

     「ははっ、最高に楽しそうじゃないか…!」
     「直枝さん」
     「ん? どうしたの?」
     「かつてこの世界には海があったのですよ。誰も気に留めないですが広く穏やかな海が――」
     「本当の世界には学園の近くに海があったのか。」
     「もう…この世界に海はありませんけどね。」
     「残念だね。学園の外にも世界があればよかったのだけど…」

 そういえば学園の外に出るとどうなるのだろう…?
 世界の最果て? いや、世界の限界なのか?
 中世の世界地図のように滝が流れ落ちて下に怪物が待ち構えているのだろうか?
 それとも水槽の熱帯魚のように見えない壁に阻まれて景色の向こうに届かないだけなのだろうか?

     「ねぇ西園さん。この世界の外に出るとどうなるのかな?」
     「死にます。」
     「ぶっ!?」
     「嘘です。壁があっていけませんでした。私と三枝さんは1度この世界から逃げ出そうとしたのですが、白い世界の奥には
      見えない壁があって押しても引いても外に行くことはできませんでした。」
     「そ、そう…。」

 西園さんのよく分からない冗談に振り回されそうになる。
 やはりこの世界の限界は学園の中だけという事か…。だったら沙耶もまだ学園のどこかにいるはずだ。

 沙耶だったらどこに身を隠すだろう。
 そう簡単に探せない場所で、相手の接近を察知できる場所、そして僕らの様子を窺える場所――
 あれでも世界最高のスパイなんだからきっとうまく身を隠しているに違いない。
 だけど沙耶を探すとしたらどうやって見つければいいのだろうか――

     「――朱鷺戸さんの事を考えているのですね。」
     「…うん。この学園のどこかにいるはずだよ。沙耶だったらどこに身を隠しているのだろうって――」
     「能美さんの事も思い出してあげてくださいね。」
     「え、そんな…」
     「ちょっと意地悪を言ってみただけです。はい、直枝さんは能美さんの事を忘れたりしませんでした。」

 静かに笑う西園さんの横顔に少しだけ罪悪感が芽生えた。
 指摘されて初めて気づく。クドも行方不明なのに僕ときたら沙耶の事ばかり考えていた…。
 でも…さっきから何なんだろう。この感覚は――そんな僕の様子を窺ってか、西園さんは優しい声で話し始める。

     「今の直枝さんは精神的に余裕がないだけです。少し一休みして、おいしいものを食べて、それからもう一度
      考えたらいいのですよ。」
     「…ありがとう。たまには味噌味以外のカップルヌードも食べてみるよ。」
     「私の言った意味があまり伝わっていません。ですが…なぜ能美さんは行方不明なのでしょうか?」
     「分からない。この世界が始まってから誰もクドを見ていないらしいんだ。」

 舌足らずな英語を嬉しそうに喋るクドの笑顔が頭に浮かぶ。
 子犬みたいにみんなの後をちょこちょことついていく姿、わふーと謎の言葉を口に出して目を丸くして驚く顔。
 ベッドで沙耶と一緒に眠っていた姿――思い返すとやはり寂しくなる。

     「他の方の領域に取り込まれたか、はたまた世界を去ってしまったか…これから調べないと。」
     「どこかで無事でいてくれたらいいよ。敵に回すと非常に厄介だけどね。」
     「はい。でも能美さんですからね。見つけたら捕獲して首輪でもつけておきましょう。」
     「だね。ネームプレートに電話番号を忘れずに書いておくよ。ははっ」

 顔を見合わせて一緒に笑う。
 それだけで少しは心に立ち込めた暗雲が薄れたような気がした。
 規格外の能力を持つクドなら、今もこの世界のどこかで生き残っているに違いない。
 西園さんと話すうちにいつしか僕はポジティブに考えられるようになっていた。

     「学園内ですから意外に隠れている場所は限られてくるはずです。手分けして探せばすぐにみつかるでしょう。
      ですが…朱鷺戸さんが私たちから距離をおきたいと考えているのなら捜索は困難です。」
     「………」
     「かくれんぼで鬼から逃げる人のように鬼を見張りながら隠れる位置を変えていけばいいのですから、夜になって
      探しに出かけても、こちらを監視しながら身を隠し続けるでしょう。」
     「沙耶は世界最高クラスのスパイだよ。見つからないかもしれないけど、探さないわけにも行かない。」
     「はい。その心意気です。それに朱鷺戸さんが "敵" と決まったわけじゃありませんから。例えば私たちの知らない
      他の誰かが "敵" なのかもしれませんしね。」

 そのとおりだ。
 沙耶が "敵" じゃないと仮定した場合の事も考えなければならない。
 僕らが全く知らない人――例えば写真の真ん中で陽気に笑っている男子生徒が "敵" かもしれないし、僕らの仲間以外の可能性もある。

     「"敵" じゃないなら前の世界で消えたはずだから、葉留佳さんに二木さん、さっきの話で謙吾と真人も除外されるね。」
     「直枝さんも違います。それから自己申告ですが私も違います。日本刀を持った人、猫を引き連れた人は分かりませんね。
      前の世界での消滅が確認できませんから不明です。」
     「だとしたら、日本刀の女子生徒か猫の子が "敵" …? いや、写真の真ん中にいる男子生徒の可能性だって――」
     「直枝さん――それから能美さんも前の世界での消滅が確認できていません。」
     「…そうか。」

 一緒にいなければ消滅を確認できないのだから、こういう事もあるのだろう。
 僕は再び手元にある写真に視線を落とした。あとは誰に可能性が――

     「ねぇ、白いセーターの子は今どこにいるのかな?」
     「…消えたのか、誰かの領域に引きずり込まれたのか…分かりませんね。」

 ………。

     「そうだったね。この白いセーターの子を探し出して仲間につけることができれば、問題はほとんど解決するよ。
      なんせ願い事が全て叶うなら攻撃してくる相手だって…………ッ! 忘れていた…!!」

     「直枝さん?」

 思わずその場で立ち上がる。
 どのぐらい時間がたった? 夜中の3時に世界が始まり、夜明けまで3時間ほど…!
 いや…! まだ無事だ。無事なんだ…。それよりも相手に先手を打たれているのはマズイ…!
 下手すれば、気づいた瞬間に世界は終わっている…!

     「みんなを…起こさないと…!」


          :
          :







     「猫は夜目が効く。周囲の警戒はあたしたちよりも猫の方でなんとかしてくれる。」
     「分かった。ならお姉さんも座らせてもらおうか…。」

 日も沈み完全に空は暗くなっていた。
 ドルジと呼ばれた身の丈以上もある大きな丸い猫に乗っかり、鈴君は猫たちに指示を出している。
 グランドの真ん中にいるのは私と鈴君、そして大量の猫たち。なるほど…ここなら奇襲を察知しやすい。

     「…遅かったな。もう会えないのか。」
     「この世界では無理だろう。すでにこの世界を去った証拠だ、それは…。」

 鈴君は手に握り締めたそれを無言で制服のポケットに仕舞い込む。
 脅威がひとり減ったのは同時に、本当の仲間がひとり姿を消した事も意味する。
 またひとり――消えてしまったのだ。私はドルジにもたれかかりため息をつくしかなかった。

 ――モフモフ…ぽんぽん

     「………」

 ――モフモフ…ぽんぽん

     「………///」
     「くるがや、どうした? ドルジのおなかが気に入ったか?」
     「う…なんともいえないこの弾力とモフモフ感。抱きついた時の圧倒的安心感はいったい何なんだ?」
     「良かったな、ドルジ。くるがやはお前のことを誉めているぞ。」
     「うな〜〜〜〜」

 こうしているとまるで私が動物大好きっ子に見えて恥ず inserted by FC2 system