Renegade Busters 第12話「崩れた塔」
 













     「いあああああーっ!!」
     「――ッ」

 ――ダンッ

 渾身の力を両腕に込めて、日本刀で相手の竹刀を押し返す。
 互いの間合いに入ると同時に切り結ぶこと10合弱――
 相引かずに剣戟を繰り返し、鍔を競らせれば地を蹴り離れる。

     「女だというのに何て力だ…!」
     「君は失礼な男だな。バラを誉める時には鋭い棘ではなくまず華麗な花弁か高貴な香りから賞賛すべきだろう。」

 手に添えた刃先を相手に突きつけ、あたりの様子を伺う。

 相手は6人――
 目の前で竹刀を構える宮沢謙吾、その後方で重火器らしきものをこちらに向けている西園美魚。
 遠距離からの攻撃では不利は免れない。だがそれ以上にもどかしい。謙吾少年を倒して一気に制圧せねばならないというのに…!

     「突撃じゃ、ボケーッ!!」
     「ぬぉーッ!(´ー`)」

     「ままま丸いのが横に転がってきますヨ…! うわ、お姉ちゃん逃げるの早――ムギャウ」
     「あの大きな怪物には下手に銃は撃てないわね…直枝!」

 百獣の女王の咆哮、それに連なる千の獣の影――
 ドルジの下敷きになってしまった三枝葉留佳、走りながら襲い掛かる猫の大群を拳銃で撃ちまくる二木佳奈多。

     「落とし穴か…いや、大きな穴を掘るには工数がかかりすぎる上、不確実だ。ならば跳ね返せないものを――」
     「うおおお!?三枝がペタンコになっちまったぞ…!」
     「むはっっ! だーれがペタンコ――ヘギュ」

 そして直枝理樹、井ノ原真人。
 対するこちらは私と鈴君、そして大量の猫、ねこ、ネコ…!

     「フニャーッ!!」
                       「フーッ!!」

 ――パンッ パン!

 飛び掛ろうとするも猫たちは佳奈多君の拳銃に胴体を打ち抜かれ地にボトリと墜落する。
 が、それを飛び越えてさらに多くの猫が爪を立てて襲い掛かる…!

     「二木、伏せてろ…! おらよっ!」
     「ええい!後から後からわらわらと…!数が多すぎるわ!」

 足元から土煙を巻き起こし、角材を派手に振り回して佳奈多君に群がる猫を蹴散らす。
 だが、それ以上の数の猫が地面の黒い影から湧き出し、間もなく一斉に地を蹴って牙を剥く…!

 相手は6人――だがこちらは2人と数百匹。多勢に無勢は明白だ。
 しかし決定力に欠ける。猫がいくらいたところで相手を倒すには力不足。
 この相手だと鈴君が猫を蘇生させるスピードが遅れれば今度は包囲されるのは私たちの方だろう。
 ドルジと共に奮戦する鈴君を眺めながら私は考える。

 ――キンッ! ガンッ!

     「目を逸らすな。フン…!」

 横から叩きつけるような謙吾少年の竹刀の連打…!
 その一撃一撃の重さと衝撃はまるで鉄の柱――

     「――デスマーチ(終わらない夜)・システム、カットオーバー。」
     「…!」

 ――ブン…ブン……カンッ!

 理樹君の声の合図と同時に体を引く謙吾少年。
 柄の太い刃の出っ張った斧――フランキスカ。それを斜めに構えた刀の峰で叩く。
 地面を派手に跳ね回る鉄の塊を避けて、私は空中へと飛び上がる。

     「アジャイル。」

 風を切って飛んでくる3本のボルト――石弓か!
 すぐさま体をひねってギリギリのタイミングで全弾回避する…いや、一本脛を掠ったか…!

     「ネスト。トリガースタート。」

 ――バシュッ!

 私が着地するやいなや中距離から火を噴くマスケット銃…!
 旧式ゆえか…白い硝煙があたりに立ち込め視界を塞がれた――理樹君はどこへ…!?

     「フロースルー……ブレイクッ!!」
     「っ!」

 ――ガンッッ…!

     「重い…!」

 白煙の中から三日月形の大きなロシアの斧――バルディッシュが振り下ろされる!
 謙吾少年ほどのスピードはない。だが、あらゆる武器・道具を駆使しての連撃…!
 腕の力を抜いて力の方向のままに日本刀をいなすと、脚に力を込めて思い切り距離をとる。

     「ただ道具を作るしかできないと思っていたが、やるではないか。」
     「ダメだ。脚へのダメージが少なかったか…!」

 息を多少乱しながら私は再び、日本刀に手を添える。
 やはり、相手の一人ひとりの能力は猫とは違う――前衛を張っている謙吾少年を崩さなければ、勝ち目は
 見えてこないことだろう。

 腰を落とし下段に日本刀を構えると、私は息をゆっくりと吸い込む。









Renegade Busters
第12話「崩れた塔」









 女子生徒は日本刀を鞘に納めると半身の姿勢をとる。
 その姿に僕も謙吾も目を離さず、次の一挙に精神を尖らせる。

     「――厭離穢土(えんりえど)。その命、略奪しよう。あの世には何も持って逝かせないぞ。三途の川は自力で渡れ。」

 黒い鞘に収められた白刃が薄闇の中に煌く。
 時の流れすら止まったかのような錯覚を覚える無音空間の中、視界に抜かれゆく刀身を捉える。
 動くことすらままならない。ただその一連の動作を眺めて、再び日本刀が鞘に納められるのを目視するのみ。

     「―――」

 無念無想、明鏡止水――
 闇に描かれた軌跡は音も無く、ただ見る者の心に美しさだけを残して静寂に消えた。
 朔夜の桜花、水面に穿つ滴、夕空に溶ける紅葉――喧騒の残滓すら消えた絶界に僕らは取り残される。


 ――ガシャンッ! ドシャッ!

     「ガああぁっ!?」

 破られる静寂…! 竹刀を地に突き立てて胸の辺りを押さえて傅く謙吾…!
 刹那、遠く離れた校舎の窓ガラスは全て砕け散り、グランドの土ははげしくえぐり返されていた。
 何が起こったのか理解できないが、女子生徒の周りにあるもの全てが何かによって破壊されつくしている…!

     「はあぁぁぁぁっ!!」

 ――ガインッ

 間髪入れず距離を縮めると日本刀の女子生徒は宙を舞い、脳天から体重をかけた一撃を振り下ろす。
 謙吾はそれを竹刀を横に倒し受け流そうとするが、力の入らない体ではそれを全て受け切れはしない…!
 そこまで読みきっていた女子生徒はすぐさま身をかがめて重心の乗った右足を素早く払った。

     「しまった――」
     「――!」

 背を地につけて無防備な体勢になる謙吾。
 マズイ…!このままでは謙吾がやられる――そう思ったと同時に、女子生徒は背後の西園さんへと距離を一気に詰めた…!

     「覚悟したまえ…ッ!」
     「……っ!」

 ――キンッ

 一閃…! 風が通り過ぎたようにしか感じない程に静かであり、そして鋭利な横凪。狙いは砲台の西園さんか!
 が、軌道すら見せず首元を狙いすませた刃筋を、西園さんは無言で日傘を盾に受けきった。
 交差する日本刀と日傘。双眸を交わらせた刹那、同じタイミングで相手を押し返し、両者数メートル離れた地点に着地する。

     「――悪いが消えてもらう。」
     「ここから消えるのはあなたの方ですよ。」

 ――ガンッ!

 我が目を疑う。数メートルはあった距離が一瞬にして縮まり、気付いた瞬間には日本刀を日傘の胴で受けた西園さんが空中に飛ばされていた!
 バッサリと横一線に切り裂かれた制服の胸元。その一撃に西園さんの目が驚愕に見開かれた。
 日傘が無ければ間違いなく体をふたつに斬られていた程の太刀筋…!

     「空中では避けられまい――お別れだ。」
     「速い…!そんな……ッ!!」

 謙吾も二木さんも動くことができない。
 いや、動いたとしても間に合わない。足を踏み出すよりも、声を発するよりも、凪ごうと脇に構えられた日本刀が西園さんを両断する方が速い。
 脳がそれを理解し、ただスローモーションのように鈍く輝く白刃が西園さんの脇腹に食い込むのを見ているしかない――


 ――タンッ!タンッ!…タンッ!

     「ぐあッ!? 馬鹿な――誰だ…!?」

 銃声と同時に女子生徒の日本刀が手から叩き落される。
 ガクリと膝をついて血が脈打ち溢れる肩を押さえると忌々しげに校舎の屋上へと視線をぶつけた。

     「………」

 脇腹から血を流す西園さんも同じ方向を無言で睨み付ける。
 見れば西園さんの脚にも何かが貫通したのか、真っ赤な血がとめどなく噴出している――これも…銃創だ。
 いったい誰がどこから…僕も二人の視線の行方を追う。


     「――何をしているんだよ。」


 意図せず僕の口から言葉が漏れる――そして儚い期待が崩れていく。
 "敵" の目的は自分以外の人間を世界から排除してしまう事。

 相手の女子生徒だけでなく西園さんも攻撃したのだ。
 誤射などではない。世界最高のスパイで組織でも射撃の成績で右に出るものがいない事を聞かされていた。
 つまりふたりとも狙って殺そうとしたんだ。

     「沙耶…!」

 氷のように冷たい青い瞳で校舎の屋上から僕らを見下ろすその姿に叫ぶ。
 銃を下方に向けて構える姿――初めて沙耶に会ったあの日、屋上で僕を攻撃してきた姿に重なり合う。
 何を言えばいいのか分からない。どうすればこんな現実が変わるのか理解できない。
 混乱する僕の頭では、ただその名前を口にする事しか思いつかなかった。
 そのまま立ち尽くす僕に、沙耶は視線を合わせることも無く身を翻すと闇の中に消えていく。

     「くるがや…!大丈夫か! …ここは撤退だ!おまえたち!」
     「くそっ、逃がすかよっ!…ぶっ!?」

 真人の腕を逃れると顔を蹴飛ばして宙を一回転して走り出す鈴の髪飾りの女子。
 日本刀の女子生徒も刀を拾うと右肩を押さえながら背を向ける。

     「宮沢! まずは猫の子の方を追うわよ…!」
     「分かった!」

 二木さんと謙吾が襲い掛かる猫を倒しながらふたりの後を追うのを僕は呆然と眺めていた。


          :
          :







     「謙吾。ケガはねーか?」
     「ああ、大した怪我はない。それよりも西園が大怪我だ。」

 謙吾はベッドに横たわる西園さんを見やるとため息をつく。

 あの戦闘から30分ぐらい経った後の男子寮の部屋――
 結局、あの女子生徒たちには逃げられてしまい、僕らは部屋に戻るしかなった。
 願い事を叶えてしまう白いセーターの子は見つからなかったが、僕らがこの世界から消えていないところを見ると、
 あの子は女子生徒たちの仲間になったワケでもないのだろうか?

 ――バタン

     「戻ったわ…葉留佳はまだ帰ってきていないのね。」
     「ああ、まだ戻っていない。だが、あいつもそろそろ引き上げてくるだろう。」

 あちこちに引っかき傷をこしらえた二木さんが部屋に戻ってくると床に腰を下ろそうとして再び立ち上がる。
 カップルヌードを引っ張り出してお湯を入れている真人に気付いたようだ。

     「理樹、おまえは味噌味でよかったよな?」
     「ごめん、真人。僕は要らないから。」

 僕の言葉に真人はお湯を注ごうとした味噌味の蓋をテープでとめるとダンボールに引っ込める。

     「二木は何味がいい――って、すでにしょうゆ味確保してやがるぜ。」
     「な、何ぃ? ちょっと待て二木。その唯一1つしかないしょうゆ味は俺のものだぞ…!」
     「うるさいわね。宮沢はこれでも食べておけばいいのよ。はい、宇治抹茶金時味。」

 手早くお湯を注ぐと割り箸を乗せて、だんっと謙吾の前にカップ麺を置く二木さん。
 ラーメンなのになぜか甘い香りが漂ってくるそれに、謙吾の顔が完璧にひきつる。

     「あ、ああ…俺の青春が抹茶色に……」
     「良かったわね。青春には甘い思い出も必要よ……ごちそうさま。やっぱりしょうゆに限るわね。」
     「早っ!?」

 空になったカップをゴミ箱に放り込むと、二木さんはベッドで寝ている西園さんの顔を覗き込んで謙吾と同じようにため息をついた。

     「撃たれたのは右脚と…それから左腕も掠っている。で脇腹に刀傷も…。」
     「世界を繰り返せば元通り、元気になるだろうが…今回のこの世界では西園は動けないだろう。」
     「あの日本刀を振り回す物騒な女も腕を撃ち抜かれているわ。今回の残りの時間はお互い防御しかないわね。」
     「いや、二木。拳銃をぶっ放すオメーも十分物騒だろうが…。」
     「私は風紀委員だからいいのよ。ところで…校則違反のセーターの子はあの場にいなかったわ。どういう事なのよ、直枝?」
     「…だったら多分、この世界にはいないのだと思う。」

 顔を上げずに二木さんに答える。
 僕があの日本刀の女子生徒か、白いセーターの子の立場だったら、世界の開始と同時に僕らを消していたはずだ。
 それをしなかったのはできなかったから――あの白いセーターの子はすでにこの世界にはいないんだ。

     「この世界にいない、か。ならよ、あいつはドコにいっちまったんだ?」
     「なんとなくだけど…こことは違う元の世界に帰った気がするんだ。」

 その言葉に真人も謙吾も息を呑んだ。
 本当のところはこの世界が何なのかも全然分からない。だけど、ここがリアルじゃない事だけは分かる。
 だとしたらリアルな方の世界だってどこかにあるはずなのだ。
 ――元々、僕らがみんなで分け隔てなく笑い合っていたような世界が。

     「とにかく…白いセーターの子が消えたのなら攻撃を急ぐ必要は無いと思う。」
     「現状では直枝の言うとおりね。ただそれよりも――」

 不意に言葉を止める二木さん。

     「敵対している女子生徒だけでなく西園さんも撃たれた。これで "敵" が誰かはハッキリしたわ。」
     「…そうだな。」
     「………」

 沈痛な面持ちで頷く謙吾、黙ったままの真人――
 二木さんの言葉にそれ以上の言葉を続ける者はいなかった。
 事実が分かったならこれからやる事は決まっている。

     「…一刻も早く朱鷺戸さんを探し出しましょう。」
     「西園さん…」

 ベッドから体を起こすと、西園さんはゆっくりと立ち上がろうとする。
 手をつこうとして少しよろける西園さんを真人が慌てて両手で支えた。

     「無理すんな、ケガは大丈夫かよ?」
     「それほど問題ありません。直撃したのも脚だけですから消えずに済みましたしすぐに治ります…直枝さん。」
     「………分かってるさ。」

 手の中にあるスパナを強く握り締める。
 誰かが言わなければ始まらないし、前に進むことができない。
 その言葉は何よりも僕が言わなければみんなの決心もひとつにまとまらないに違いないだろうから――
 ――僕は決別する。


     「沙耶を見つけ出して…倒そう。」


          :
          :





 ――バタッ…

 肩を押さえたまま放送室の絨毯の上に倒れこむ。
 この世界を何度も繰り返してきたが、ここまでのケガは珍しい。

     「しっかりしろ、今傷の手当をする。」

 傷口に押し当てていたハンカチを新しい包帯に取り替えると、力を込めて傷口を縛る。

     「り、鈴君。ちょっと痛いぞ…」
     「我慢しろ。女の子だろ。ほら、ドルジがクッションの代わりになってくれるぞ。」

 ぼふっとふかふかの暖かい毛玉に私の体が沈み込む。
 ぐねぐねした触感に加えて、生の毛触りが際限なく私の心を癒してくれる。

     「ふふ、気に入ったな。あいつらもケガ人が多い。あとは "彼女" か朱鷺戸沙耶にさえ気をつけていればいいな。」

 朱鷺戸沙耶――
 やはり私を狙っての事だろう。私があの子をこの世界から追い出そうとするのと同じように、あの子もまた
 私をこの世界から追いやろうとしている。
 できることならこの世界に留まらせてやりたいが、それではこの世界を維持していくことは不可能なのだ。
 可能かどうかすら分からない、いやほとんど不可能だろうが、世界を元に戻して "彼女" を救いたい。
 それにせめてふたりが現実と向き合っても生きていくことができる程度に強くなるまでは――

     「…ふふっ」
     「? なにを笑っているのだ?」
     「いや、鈴君はもうとっくに強くなっているじゃないか、と思ってな。」

 頭の上にハテナマークをいっぱい並べる鈴君を見ながらまた吹き出してしまう。
 初めて会ったときとはまるで別人になったと思えるぐらい成長しているじゃないか。

     「う〜ん、意味が分からんぞ。」
     「悩むことでもない。私たちのもう一人の仲間はバカだという話だよ。」
     「ああ、それなら分かる。あいつはバカだからな。」

 話の内容は符合せずして結論だけはきっちりと一致する。
 どうにもそれがみんなの共通見解らしかった。

     「――"彼女" が誰か気付いていなければ、またひとり消える。」

 鈴君がポケットから取り出したのは小さな黄色の星。
 それはかつて小毬君が好んで髪につけていたもの――校門の近くに落ちていたものを猫が拾ってきたのだ。
 この落ちた星は小毬君がもうこの世界にはいない事の証拠…。

 あの子ではなく、"彼女" に取り込まれたのだろう。
 この世界の支配者とはいえ、このいくつもの領域と管理者が持つ世界がない交ぜになったこの世界では、
 学園の生徒とは違って、領域を備えた人間を好きに操るのは難しい――"彼女" は取り込んだものを排除するしかない。
 あの子がもしこの星を手に入れていたら、"彼女" といえども確かに消えるかもしれない。
 だが、そうなると再びあの子が支配する不安定で奇妙な世界に戻るだけだ…どちらにしてもダメなのだ。

 ――私たちは "彼女" も朱鷺戸沙耶もこの世界から追放する。

     「こまりちゃんは残念だった………だが、りきたちはまだ朱鷺戸沙耶を追っているぞ。」
     「ああ、そうだな。このままでは遅かれ早かれ世界は崩壊する。私たちで "彼女" を倒すには障害が多すぎる。
      それこそ不意打ちのようにしなければ不可能だ。」
     「…っ! それまでに他の誰かが気付く可能性も無いか?」
     「ないわけではない。だがしかし――」

 窓の隙間から明るくなっていく空を眺める。
 この空が "彼女" の領域――理樹君が男子寮の部屋を拠点にするように、そして私が放送室を隠れ家にするように、
 薄紫色に染まりゆく空が彼女の領域だった。

 …彼女の後悔の全ては、この空にあるのだから。

     「…日が昇る。鈴君も休んだ方がいい。」
     「そうだな。よし、あたしもドルジと一緒に眠ろう。」

 横に並んで丸くなる鈴君の髪を撫でながら、私も静かに目を閉じた。


          :
          :








 柔らかな陽光がカーテン越しに差し込んでくる。
 ベッドから上体を起こして机の上の時計を確認するとやはり時刻は昼下がりになっていた。

     (もうダメか…)

 ゆっくりと胸に溜まった息を吐き出す。
 時間の経過とともに体の中に広がる喪失感は大きな形を成していく。
 やがてそれは私の心の中で確信となって現実を理解させられた。
 私はダンボールの中にあるカップ麺を1つ1つ調べて味噌味を見つける。

     (…たまには味噌味もいいかもしれないわね。)

 手に持ったそれを再びダンボールの中に戻す。
 そして寝息を立てる仲間たちの寝顔をひととおり見回して、私は静かに部屋をあとにした。

     (…学園の生徒はもういない。"敵" は自ら私たちを消しにかかってきた…。)

 部屋の外には誰もいない。
 朱鷺戸沙耶が "敵" だとあの場ではみんなの見解が一致して、直枝理樹もそれを認めた。
 日が落ちれば、朱鷺戸沙耶の探索が始まることだろう。
 そのためにも今はみんなゆっくりと休んでおかなければならない。
 私は男子寮の廊下を一歩一歩、踏みしめるように歩いていく。

     「………」

 前の世界で何が起こったのか。
 "願い" によってこの世界から人間が消えた。それは願った人間自身も例外ではなかった。
 その後、世界に残ったのはこの世界の支配者――"敵" だけのはずだ。
 …だけどその考えには大きな穴がある。

 "敵" だけしか残っていないのなら、とっくに私たちはこの世界から放り出されているからだ。
 だというのに、私たちはいつもどおり世界を繰り返すことができている。
 つまり…前の世界では最低2人の人間が残っていたのだ。
 そしてそれは "敵" とそれに敵対する人間――


     「こんな昼間にどこにいくのかしら?」
     「…どこだっていいでしょ? あなたには関係ない事よ。」


 足を止めて声のした方向に向き直る。
 昼間なのにどこかに行くのが変な世界…考えてみると奇妙な話だった。
 まさかとは思っていたけど…気付いていたのね。さて、私の武装は拳銃にサバイバルナイフ――どうしようもないわね。

     「そうね。放っておけばあなたは次の世界を生きることはできないのだから、いちいち手を出すことも無いわね。」

 葉留佳は帰ってこなかった。
 あの物騒な女子生徒たちにやられたなら次の世界を生きることもできるだろう。
 だが違うのだ。私の胸に感じる喪失感は――葉留佳がすでにこの世界にいないというものだ。
 葉留佳がこの世界にいてこそ、私はここに自我を持って存在できる。

     「おっしゃるとおり、私はあと1日でこの世界から永遠に追放よ。で、何の用?」
     「二木佳奈多――あなたはいつから気付いていたの?」
     「直枝の仲間になったときには自信はあったけど確信は無かった。でも葉留佳が消えて確信を得たわ。」
     「流石にそうね…。数の引き算の問題だもの。でもね、"敵" は朱鷺戸沙耶じゃなきゃいけないの。私の存在は決して
      他の人にばれてはいけないのよ。分かる?」
     「朱鷺戸さんは "敵" が誰かを知っている。彼女の言葉が信じられないうちはいい。だけど他の人があなたを "敵"
      だと指摘するとまずい――」
     「ええ、そのとおりよ。だからあなたには一刻も早くここから消えてもらいたいの。」

 どこまでも冷酷な視線。だがその奥に言い知れぬ哀しみを感じるのは気のせいだろうか。
 この世界の支配者相手に抵抗は無意味だろう。だとしたらもう――あとは直枝が事実に気付いてくれるのを祈るしかない。
 私ひとりでは勝てないけど、他の人間が力を合わせれば世界を敵に回しても勝てない道理は無い。

     「覚悟はできているわ、好きにしてちょうだい。まったく…無意味な戦いを続けるは、直枝にはヘンな事いっぱいされるわ、
      私のこの世界での人生は最低ね、最低…。ところで――」
     「何かしら?」

     「あなた…誰なのよ?」









 【次の話へ】


 あとがき

 そろそろ山場に入ります。きっとこの理樹はSEなんかじゃありません。

 海鳴り



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