――バタン… 開け放った扉の向こう―― この世界で一番空に近い場所、屋上で僕を出迎えたのは青と白だった。 フェンスに手をかけて下界を眺める彼女。その後姿に僕は静かに声をかける。 「ね、外にいると危ないよ。」 「!」 僕に気付いて振り返る彼女。 その視線が僕の手にある忘れ物に釘付けになり、やがて彼女は少し微笑んで口を開いてくれた。 「こんなところにまで何の用ですか、外にいると危ないのはあなたも同じです。」 「そうだね。でも…ここが一番空に近かったから――」 僕は立ち止まると前方に広がる景色を眺める。 学園の敷地が世界の限界…だけどその学園内も、女子寮は消え校舎にもひびが入り、体育館や用務員舎、 いくつかの施設は半分ぐらい消滅しかけていた――彼女が傷つけば世界の維持にも影響が出るのだ。 きっと今まで沙耶と戦い、そのたびにこうして彼女の世界は失われていったのだろう。 「この世界はもう長く持ちませんよ。ほら、白い雪はもうグランドまで浸食し始めている。」 「ひとりで世界を維持してきたんだ。無理もないよ…。ケガだってひどいはずだ。」 世界の果ては白い雪に覆われ、やがてそれは空白となって世界を少しずつ削り取っていく。 この学園が全て雪に埋もれる頃には――もう彼女の行き場所はどこにもなくなる。 「私の事まで心配してくれるのですね。これから私と戦う事になるというのに…」 「戦わないよ。ただ僕はこれを届けに来ただけなんだから。」 首を横に振って答える僕に彼女は背を向ける。 「…本当にお人よしです。私がこの世界を握っている限り、あなたはここを抜け出す事ができないのですよ? 私を倒さなければ、あなたはやがてあの雪に溶かされて精神が消滅することになりますよ? ふふっ」 「それでも…いいよ。僕は救えなかったんだ。だったら君が寂しくならないように最後まで一緒にいるよ。」 「あははっ! 自分の事よりも他人の心配をするなんて本当に優しい人ですね。…本当に…優しい人――」 真っ青な空、遠くで舞い降りる雪―― そんな荒涼とした景色の中に溶け消えそうな程小さな声で彼女は言葉を繰り返す。 「―――」 彼女はゆっくりと空を見上げる。 僕もその視線を追うようにして視界に鮮やかな青を焼き付ける。 青空に残されたのは後悔――巻き戻らない時間、取り返せない結果。 そんな決して埋められない距離を縮めたくて一歩ずつ彼女に歩み寄る。 ――コツ…コツ… 「――なぜ、今になって届けに来てくれたのですか? もうあの子はいないのに…」 「…ごめん。」 ――コツ…コツ… 「――なぜ、もう少しだけ早く、来てくれなかったのですか? 他の子はみんな救われたのに… 」 「…ごめん。」 ――コツ…コツ… 「――なぜ、気付いてあげられなかったのですか? あの子が一番最初に世界を去ったのに…」 「…ごめん。」 ――コツ…コツ…。 「――なぜ…! あの子を選んであげなかったのですか…ッ!? あなたはそんなに優しいのに…ッ」 「――ごめん。」 無くなった距離――僕は後ろから彼女の震える背中を抱きしめる。 すべてが遅すぎる物語の幕開け―― こうして彼女に忘れ物を届ける事で本当の物語は始まるはずだった。 ひとり…たったひとり救わなければならない人が増えただけで、世界はその物語を綴る事を忘れてしまった。 10人だけの物語。10人だけの笑顔。10人だけの世界。11人目には物語も笑顔も世界も無かった。 「かつてこの世界には海があったのですよ。誰も気に留めないですが広く穏やかな海が――」 「うん、知っていた…。」 みんなが協力して世界を創った。 来ヶ谷さんが世界の全体を構築し、クドが月を描き、小毬さんが夜空に星を散りばめた。 そしてこの世界に海と空を描いた人がいた。 「もう…この世界に海はありませんけどね。」 「それも…知ってるよ。」 月や星がこの世界から消えたように、元の世界で海は一番最初に消えてしまった。 必ず人の目に入る青空が消えれば気付かない人はいないだろう。 だけど目立たずに世界に横たわる静かな海が消えても誰も気付かなかった。 僕はそっと彼女から体を離し、手に持っていた忘れ物――緑の本を手渡す。 「真人がずっと持っていてくれたんだ…本当に遅くなったけど…」 「大遅刻…です。あの子はこの瞬間をずっと待っていたのですよ。"私" のすべてであるこの本を届けてくれるのを――」 受け取った本を抱きしめるように、ぎゅっと胸の中に包み込む。 無くしてしまった本を一緒に探して、それを見つけて手渡す事でひとつの物語は始まるはずだった。 閉じられたページを再びめくっても、もうこの物語は始まらない。 だとしても――僕はその物語を辿らずにはいられなかった。 「――白鳥は哀しからずや空の青、うみのあをにも染まずただよふ」 「いつか…その和歌の意味について話す時が来ると美魚もあたしも思ってたわ。」 「………」 「あなたが美魚と出会った瞬間、あたしは世界に生れ落ちる事が決まった。あたしたちはふたりでひとり。 この世界で美魚は海に、私は空に自分の居場所を求めた――」 世界から海は消え、空には後悔だけが残った―― 僕が沙耶と行動を共にしている間、西園さんはそれを眺めながら誰にも気付かれず消えてしまったのだ。 どんな気持ちだったのだろうか。ただ待つ事しかできず、遠ざかっていく僕と沙耶の背中を見つめているのは―― 「ふふっ、滑稽よね。助けを求めた人は叫び声に気付かず他の女と懇ろにやってたんだもの。それも最後まで順番を待って この有様なんだから、ホント笑っちゃうよね。それも、もうすぐ雪に覆われてあたしは消える事になるわ。」 「一緒にいようか。残された時間は少ないと思うけど、お喋りぐらいはできるよね。」 「…そうね。あたしもそうして欲しい。」 クルリと振り返ると僕の肩に手をかける。 間近で見た彼女の笑顔は明らかに苦しそうだった―― 舞い降りる雪は積もる事なく、この世界に小さな穴を開けてゆく。それは彼女の存在を蝕む事を意味している。 グランドは全て白い空白に侵食され、雪が僕たちがいる屋上のフェンスにまでかかろうとしていた。 「もし、美魚がまだこの世界に残っていてくれたら…もし、キミがもう少し早く来てくれたら…。 何回も考えてみたけどやっぱりダメね。起こった事はこの世界でもあっても変えられないんだから。」 「…っ」 「だから、あたしが美魚の代わりにキミと新しい物語を続けられるかなって思ったの。ふふっ、この邪魔の入らない新しい 世界で二人っきりの終わらない物語を――」 倒れ掛かるように僕に抱きつく。 …体が熱い。彼女は胸に顔をうずめると小さな声を震わせる。 「たとえばこんな物語――教室で他愛の無いお喋りをしたり、お昼休みに木陰でサンドイッチをつまんだりして、 休日には一緒に海に出かけるの。そして男の子と女の子が段々仲良くなっていくお話…。」 「………」 「本屋に行ってキミにおすすめの本を選んであげたり、公園のベンチで一緒にお昼寝したり、帰り道に夕日を背にして 手をつないで帰ったり……分かれ道には…姿が見えなく…なるまで…手を…振った…り……」 「………」 「ちょっとワクワクしてたかな。あたしにはこの世界で…どんな物語が待ってたのだろ――なんてねっ」 僕の胸を押し返すと、軽くステップを踏むように体を離す。 「あはは! キミが忘れ物を持ってきてくれて、そんな事どーでもよくなっちゃった。だから今の話はなし。絵空事ね。」 手を後ろに組みゆっくりと歩きながら彼女は空を眺める。 彼女もまた孤独だった。西園さんが独りで海に消えたように、彼女もまた独りで空に消えようとしている。 そう考えた瞬間、僕の心はもう決まっていた――この子をこの世界にひとりだけ放っておけない。 「――この世界に一緒にいよう。」 「…ダメ。」 「どうして…!? 君はこの世界でしか生きられないじゃないか! 僕が出て行ったら世界も君もどうなるのさ…!」 「理樹君は美魚をまだ救ってない…。本当の世界でまだ美魚は苦しんでるはずよ。キミにしか美魚を救えないの。」 「それは君だって同じはずだ。見捨てるなんてできない…!」 「なら、真人君や謙吾君は見捨てられるの? 理樹君を助けるためにここまでしたのに…。」 「それは…」 「それにキミじゃあたしの男としてはまだまだ力不足ね。特に時間も守れないようなダメ男じゃ失格よ、ふふっ。 だから、悪いけど愛の告白はお断りっ!」 ただ明るく笑う彼女が、ものすごく哀しそうに見えた。 何かを言おうとした僕の口は動いてくれない。 これ以上、仲間を見捨てたくないのに…そう何度も心の中で繰り返すだけだった。 「――理樹君、もう行って。世界はまだ切り離していないから、そのまま教室に走って行けば少なくともキミ達は助かる。 それから…美魚はもういないのにあたしに会いに来てくれたの、嬉しかった。美魚と会うにはちょっと遅かったけどね。」 「君は…このまま消えるつもりなの?」 「そ。これでもうキミと会う事もないわね。…あーあ、あたし疲れちゃった…」 フェンスに身体を預けてため息をつく。 雪が屋上の角のフェンスを溶かしていき、青かった空を徐々に白へと塗り替えていく。 この雪に触れれば彼女だけでなく僕らも存在…精神を削り取られる。 彼女の言うとおりだった――僕は現実世界にいる西園さんを救わなければならない。 だったら急がなければ、男子寮にいる真人や謙吾も手遅れになる。 僕は地に突き刺さり固まった足をようやく動かす。 「ねぇ!君の名前はなんて言うの? 恭介も来ヶ谷さんも知らなかったんだ。もう "敵" や "彼女" って呼びたくないよ。」 「あたし? ふふ、もう会わないのに名前聞いてくれるんだ。あたしはね、美鳥。美しい鳥と書いてみどりって読むの。 ――キミにとってはもうひとりの西園さん…ってところかしら? ふふ、はじめまして! そして――」 "さよなら" 細かく動く唇から伝わる振動―― 最後に美鳥は笑ってお別れを言ってくれた…今にも泣きそうなぐらい目に涙を浮かべながら。 堪らず僕はその背中に手を伸ばそうとするが、そこで動きを止める。 もう雪は目の前の世界まで溶かしにかかっているのだ。今から教室に逃げなければ間に合うかどうか分からない。 さよならは言わないよ――そして僕は美鳥に背を向けた。 「セットアップ――」 「…え?」 さよならは言わない――絶対に、絶対に、絶対に。 西園さんを救えなかっただけでなく、美鳥まで救う事ができない物語の結末なんて、僕は決して望まない。 この季節はずれの雪も期待はずれの終わりも全てこの手で分解する。 「ちょっと理樹君…! はやく逃げないとキミまで雪に溶かされる…! 早く避難して!」 「この世界から管理者権限を強奪して美鳥を切り離す。そして新しい世界を構築するよ。だったら美鳥は無事だよね。」 この世界は恭介たちがみんなで作りあげた奇跡。 アーキテクチャ(設計者)、ディベロッパ(開発者)、そしてアドミニストレータ(管理者)。 たった2人のユーザ(使用者)のためにこのシステムは構築されたと恭介は言っていた。 世界も奇跡もすべて人によって作られたんだ。 「人が作ったものなら、この僕に創れないものはない。武器でも、道具でも、たとえそれが世界でも奇跡でも――」 最早、工具は意味を成さないだろう。 ドライバーとハンマーを手放すと僕は両手を広げて世界と対峙する。 ユーザはこの僕だ。故障なら直せ、仕様変更なら受け入れろ。僕のために作られたシステムならこの僕に従え。 目の前に広がるのは虚無の空白と穴の開いた青空、そして雪。ははは…これはきっと骨が折れるよ。 「ライトワンス・エニウェア・システム…コンパイラ、スタート。」 「そんな事…できるわけないじゃない…! あたしはいいからさっさと逃げて! 理樹君、気でも狂ったの?」 狂ってるのは世界の方だ。 静かに目を閉じると意識を瞼の裏に焼きついた青空と重ねる。 流れ込む世界の構成因子、重なり畳まれ続ける構造設計、膨大なデータに僕の脳と精神は圧迫される。 分岐の樹は空を突き抜け、吐き出される例外は地を埋め尽くす。 理解し分解し作り上げる――この世界をリバースエンジニアリングの過程にかける。 人の辿った足跡を、産業の牽引車の轍を、不可逆の時間概念を逆さにネジ巻く。 この世で唯一確実なものは光の速さであり、重力、質量をはじめその他の存在は相対的に生み出されたに過ぎない。 世界の1秒をリアルタイムでシミュレートするには、その全てを1秒以内で処理を終えねばならない。 だが情報伝達速度の限界が光速である世界でそんな事は物理的に不可能。ならば時間という概念をシミュレートすればいい…! 「インポート・ワールド・system!…010001001011100000101011111110101011111101…がぁッ!! エクセプション…! del root…0101111110101000101011110111………public static void main…痛ッ!」 降りかかった雪に肩を焼かれる。 ドットの波に溺れかかった意識を引っ張り上げ "時間" を直視し続ける。 世界のフローをひとつひとつ辿り、単体テスト、結合テストを際限なく繰り返すのだ。 あらゆるシミュレーションを網羅し、テストシナリオを完全に潰し世界の構成要素を片っ端から安定させていく。 そして再利用できるモジュールをカプセル化し、オブジェクト指向によりステップ・工数を圧縮…! 「雪が…とまった? いえ、世界の時間がとまった?」 「――カット。シーケンス・キル。function…create……!」 たった一つの自然法則を壊すのにこの工数。 ――だけど、世界を創るのにそんな難しい処理はいらない。必要なのはたった一言だ。 「――System…out…println……………………"Hello World"(ハローワールド)」 : : 「無茶もいいところよ…。時間をとめて世界を作ってしまうなんて――」 倒れた理樹君の体を両腕に抱えながらあたしは呟く。 手をだらりと下げたまま、静かな寝息を立てている理樹君の顔を観察する。 ――あたしがいた世界は雪も空白もない元通りの学園に戻っていた。 青空には太陽が高く上り、この屋上からは学園の生徒たちの姿を見つける事ができる。 何の変哲も無い平和な風景――美魚が元いた世界にそっくりな世界。 きっと美魚が望んでいたのはこんなシーンだったのかな。 理樹君の頭をゆっくりとあたしの膝の上におろし、頬を指で撫でる。 今、目を覚ましたらその瞳にあたしのはにかんだような笑顔が映っていて、慌てて起き出したりするかな? 「…ふふっ、いつまでも寝てる理樹君が悪いんだから――」 そっと身を屈めて顔を近づける。…さて、絵本の物語の続きよ。 ――男の子は大遅刻をして森に戻ってきました。 そこで湖に沈んで息をしなくなった子は男の子によって救い上げられたのです。 冷たい体を両腕で抱きしめて、その子が目覚めるように祈りました。 「そしてこれが目覚めのおまじない…」 鼻先を彼の吐息にくすぐられながら、あたしは唇を軽く重ねる。 ――チュッ 「あーっ!あーーっ!!あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ものの見事に雰囲気を台無しにしてくれる大声だった。 ずーっと後をつけてきた割に何もしなかったのだから、文句を言われる筋合いはない。 あたしは息を吸い込んで、背後からドタドタと近づいてくる人影に話しかける。 「ふふっ、とりあえずキスしちゃった "私" のリードかしら?」 「バカ言ってんじゃないの! 今のあれは不意打ちだからノーカウントよ、ノーカウントっ!」 乱暴女が顔を真っ赤にして足を踏み鳴らしながらまくし立てる。 「素直じゃないわね、朱鷺戸沙耶。不意打ちだろうがなんだろうが、彼とあたしがキスしたのは純然たる事実。 あなたにも不意打ちの機会がいくらでもあったのだから、それをしなかったあなたの負け。分かる?」 「うがーーーーーーっ!! 分かってたまるかーっ!! 大体私は理樹君なんて――」 「理樹君なんて?」 ちょっとニヤけながら顔を覗き込んでやる。 遠慮なしに人は撃てるくせにこういうところはウブなんだから、かわいいものね。 「それは…そうよ! 私と理樹君はパートナーよ! 生まれた日は違えど死ぬ日は一緒、戦場では背中を預けて 学食では片方が席を取り片方が食券を買いにいく。だ、だから最初にキスしたりするのも…う…うぎゃーーーっ!!」 ほら言えない。だから "私" にもチャンスがあるんだけどね。 「どうするのかしら? またいつものように続きをやる?」 「…いえ、理樹君はあなたを倒す事を望まなかったわ。それにもう管理者権限は理樹君に移ってる。無意味よ。」 「そう。ならあなたはどうするの? 棗恭介たちはじきにあなたを排除しに動き出すわよ。」 「…さぁね、どうしようか?」 「どうしようかって、まったく…」 朱鷺戸沙耶は踵を返すとフェンス越しに景色に見入る。 「綺麗な海ね。こんなに学園の近くにあるなんて気付かなかった…。」 視界いっぱいに広がる浅葱色。 浜辺から遠くなるにつれて青を取り戻し、やがてそれは水平線を境に海の青を天に映し出していた。 遠く望めば海も空も同じ "あを" に融け合ってゆく―― 「――白鳥は哀しからずや空の青、うみのあをにも染まずただよふ」 「…なにそれ?」 「あんたには多分、一生理解できない事よ。」 「あっそ。」 もし、理樹君が先に美魚の手をとっていればあの海に行っただろうか。 写真の川が思い出の場所になっているように、あの海も美魚の思い出の1ページになってくれただろうか。 あたしは手の中にある本を見つめながら、ふっとため息をつく。 「何よ、ため息なんてついちゃって。」 「…海で食べる焼き鳥は最っ高に美味しいって話よ。」 「あ、それいいわね。海でバーベキューなんて楽しそうでいいじゃないの。泳いだり、砂浜でお城作ったりして おなかがすいたころにみんなで肉を焼くのね。」 「そうね。海なら騒いでも迷惑にならないでしょうし、あなたみたいなのが何かやらかしても問題ないわね。」 「泳げそうにない誰かさんでも、バーベキューだったらさぞや楽しい時間をすごせそうね、ふふっ」 「…あははっ」 あたしの隣に腰を下ろす朱鷺戸沙耶。 ほんの少し順番が違っていたら…運命の歯車がズレていてくれたら、この子とは結構いい友達になれたかもしれない。 絶対に叶わない夢を話してひとしきり笑った後、朱鷺戸沙耶はぽつりと呟く。 「…ねぇ、死んだらどうなるんだろ?」 「…知らない。天国に行くのか、地獄に行くのか。そもそも死後の世界ってあるのかしら?」 「三途の川とか見たって人もいるぐらいだし…渡し賃に6文いるんだっけ? 死後の世界って貨幣経済が発展してるのかしら?」 「夢が無い話するわね。もっとも死後の世界に夢を語っても仕方ないけど…」 「ん? 死んだら天国と極楽とどっちにいくのかしら? そもそも天国と極楽の違いってなによ?」 「さあ? 日本人は極楽で、外国人は天国に行くんじゃないの?」 「じゃあ、ハーフの人はどうなるのよ?」 「………」 「………」 お互い他愛ない会話を繰り返す。 少し長い沈黙が場に横たわり、しばらくしてあたしは口を開く。 「…で、あんた、これからどうするのよ?」 「あたし? そうね、本当ならあの世界と一緒に消えておしまいだったのだけど―― 気分的にはもう少し理樹君をいじり倒して遊んでいたいわ。まだ、キスまでしかしてないし…ね?」 「な・に・が、ね?よ! 誰がそんな事させるもんですかっ!!」 「あらやだ、奥さん。ちょっと手料理をご馳走して膝枕でもしてあげようかな、と思ってましたのに。」 「あ〜〜も〜〜この女ムカツクーっ」 ――あたしはもうここには残らない方がいいだろう。 理樹君が創ったこの世界…リトルバスターズのメンバーの誰かがここで維持していないと消滅してしまう。 みんなが世界を去ればあたしが死ぬと知った理樹君が、この世界に残ると言い出すのは想像に難くない。 …だけど、それじゃダメね。今度こそ現実で本当に美魚を救ってもらわなくちゃいけないのだから。 「――あなたとは色々あったけど楽しかったわ。」 「…そうね。結局、勝負はつかずじまいだったけど、楽しかったって事にしておくわ。」 「どちらかと言えば、あたしの優勢かしら…? ふふっ、初めてのキスは唾液の味〜。」 「なんの話よっ!? っていうか、それ当たり前の話じゃないの!」 「個人的にはマーマレード味とか言っちゃってる方がイタイと思うわけよ。これであなたが万に一つ、 理樹君とキスする事があったとしても、初めてのキスはあたしの唾液の味って事になるわね。」 「ならない!なるか!なってたまるかっ! 初めてのキスの味は柑橘系と相場が決まってるの!」 ムキになって顔を赤くする様子にあたしはため息をつきながら笑う――がんばれ、理樹君。それと… 「ふふっ、それじゃ勝負はお預けね。せいぜいレモンキャンディーでも舐めて待ってるといいわ。」 : : 「……行っちゃったか…バカ。」 横を向くと彼女はもういなかった。 頭をコンクリに乗せて少し寝苦しそうな顔の理樹君。その頭を両手で掬うと膝の上に乗せ髪をなでおろす。 少し強い風が私の長い髪をさらう。 その風が吹いた方向の空を見上げると白い鳥が遠くに羽ばたいていた。 「何よ…この世界を手中にするとか言ってたのに、みんなを残して行ってしまうなんて――」 白い鳥の行く先を眺めながら私は呟く。 現実世界にもこの世界にも行き場なんてないのに、あの白い鳥は哀しくないのだろうか。 「って人の事を言ってる場合じゃないわね。よっこらせ…」 屋上に続く階段から人影が姿を現す――私は乙女にあるまじき気だるげな台詞をはいて立ち上がる。 拍子に理樹君の頭がコンクリに墜落するけどそれは気にしない。 ――武装は拳銃にプラスチック爆弾、そしてナイフ。弾丸のストックはそれなり…といったところか。 誰が相手でも簡単にやられたりはしない。あの白い鳥みたいに自分の行き先は自分で決めたいのだから。 (…キスはお別れの時までとっておきましょうか。理樹君。) 私は拳銃を抜くと敵に狙いを定めて瞬時にトリガーを引いた。 【次の話へ】 あとがき さらに理樹があり得なくなっておりますw きっと次は空を飛びますw 1回分(20KBから30KB)書くのにおよそ3時間から5時間。どうしても長くなり今回は300KB近く書き直しまくったので大変でした…。 海鳴り |