Renegade Busters 第15話「恋人」
 











     「よう、元気にしてたか?」
     「死ね。」


 ――タンッ!タンッ!タンッ!タンッ! カランッ…コンコン…コン………
                                  …ドゴォォォォォォォォォォン!!

 挨拶など必要ないだろう。
 いや、強いて言えばこの銃弾とプラスチック爆弾が相手への挨拶といったところか。
 だとしたら当然、挨拶をもって相手を倒す事など無理な話だった。

     「…やれやれ。歓迎されていないらしいな。」
     「あら、歓迎しているわ。私の鉛玉のクラッカーはお気に召さなかったのかしら?」
     「誰にも習わなかったらしいな。クラッカーは人に向けて撃ってはいけない。覚えておくといい。」

 風に浚われる土煙。屋上に通じるドアに残る数発の弾痕。
 事も無げに私の狙い済ませた銃撃も、コンクリの床をえぐった爆発も半身を翻して避けた男は笑う。
 あの時は機銃掃射でなんとか倒せたのだ。拳銃程度の火力では流石に難しいだろう。

     「説得力が無いわね、時風…いえ、棗恭介と呼んだほうがいいかしら?」
     「どちらでもいいさ。…で、用件はわかっているだろ?」
     「………」
     「ここに残られては色々と面倒な事になる。こうして世界の管理者権限も理樹に移ったが、おまえがいては
      いつまた世界の安定が崩れるか分からない。俺の計画のためにも早々に去って貰わないとな。」

 ――タンッ!タンッ!タンッ!

     「おっと…!」
     「お・こ・と・わ・り・よ! ここから去るかどうかはともかく、あなたの思惑通りになるのだけはイヤ!」
     「もう少し素直だったらかわいいのに勿体無いぜ――!」
     「!」

 10m先でタンッと軽快に脚を揺らしたのが分かった瞬間、棗恭介の回し蹴りが眼前に現れる…!
 視覚情報から脊髄反射…瞬時に頭を後ろに引いてそれを避ける。が、かわしたと思った体の中心に沈み込む衝撃に私は呼吸を殺され跪く。
 視線を下げると鳩尾に肘が入っている。続いて繰り出される回し蹴りを避ける事もできず、ガードした腕ごと吹っ飛ばされた。

 ――ガシャンッ!

     「げは…ッ!!」

 身体の前面に偏る血液。
 屋上のフェンスに背中を叩きつけられ、ようやく呼吸を取り戻す。
 相手が速くていつ攻撃を受けたか分からない…!私は腹を右手で押さえながら、口から不規則に息を漏らす。

     「諦めろ。この世界の物理法則を作り上げたのはこの俺だ。たとえ理樹がこの世界を再構築したとしても、俺たち相互の
      影響力は払拭される事はない――来ヶ谷、鈴。行くぞ!」
     「…気は進まないが、仕事は済ませてしまおう。」
     「……ごめん。」

 そこで初めて気付く。
 日本刀を持った女子生徒、猫を引き連れた子も離れた位置に立ち、私の様子を伺っていたのだ。
 相手は3人。棗恭介だけでも大変だというのに…これじゃまともにぶつかって勝つなんて――

     「ロクな武器も無い。体力もそれほど残っていない。それにおまえにはもう仲間もいないだろう…遅いぞお前ら。」
     「…なっ!? 真人君! 謙吾君! 」

 ドアの向こうから姿を現すふたつの大きな影。
 真人君は拳を固めて、謙吾君は竹刀を握り締めて無表情に私を見つめる。
 きっと記憶が全部戻ったのだろう。だったら私の味方をする義理なんてない。ただ理樹君たちを何とかしてこの世界から立派に
 送り出すことしか考えないはずだ。
 少し哀しい思いに心を曇らせるが、思い直して拳銃の弾倉を詰め替える。

 ――もう私に味方なんていないのだ。

     「沙耶君。君には悪いがすぐにこの世界から出て行ってもらわなければならない。」
     「はっ! 何人でもいらっしゃいっての! 最後の最後まで足掻いてあげるんだから…!」

 正面から抜き身の刀身を構えゆっくりと歩いてくる女子生徒に言ってやる。
 フェンスを背にして再び銃口を向けると引き金を引き続ける。

 ――タンッ!タンッ!タンッ!

     「…ふッ!」

 ――ガキンッ

 弾幕をすり抜け懐に入り込まれ、相手の手がぶれるのを目にする。
 刹那、腰から抜いたサバイバルナイフで脇腹を狙った一太刀を防ぐ。
 この包囲された状況から何とか抜け出さなくてはならない…!
 隙を見つけて一発くれてやってから逃げる――相手が刀を引く間に左手に持っていた拳銃を相手の身体の中心に向けて……

     「シュッ!」
     「ッた!? あぁ!! この…よくも私の拳銃を…!」

 背後から現れた猫を引き連れた子に左手を蹴飛ばされた。
 拳銃はフェンスを越えて放物線を描き、やがて見えなくなってしまう。
 スピードのある相手がふたりもいては、やはり射撃主体のバトルでは厳しい…!
 隠し持ったナイフをもうひとつ取り出し、2本のナイフを胸の前にクロスさせる。

     「クローズド・クウォータに切り替えたか。賢明だな…ふん!」

 身体を捻って棗恭介の足刀をかわし、上段から斬り付けられる日本刀をナイフでいなす。
 地を思い切り蹴り、3人に囲まれていない場所へと身体を飛ばそうと――

     「ふにゃーっ!!」

 ――ドゴッ

     「ッ!!」

 とび蹴りを後ろから食らい、私は前面に無様に転がる。
 口に広がる鉄の味。受身も取れず顔を地面にぶつけてしまう。
 早く立ち上がって応戦しないと…!
 が、そこにはすでに竹刀を横に構えた謙吾君、そしてこちらに走ってくる真人君の姿…!
 立ち上がろうと腕と足に力を込めようとするも力が入らず身体を崩す。
 そんな私に、ポケットに手を突っ込んだ棗恭介が悠然と歩み寄る。

     「さて…決まったな。おまえのゲームは終わりだ。」
     「…っ!」
     「このゲームは無限コンテニューじゃない。もうクレジットは残っていないのさ。」
     「そうね。だけどそれはお互い様じゃないの?」
     「…そうだな。なら俺の言っている事は理解できるだろ? おまえも俺も…ゲームオーバーなのさ。」

 棗恭介は私の額に拳銃を突きつけ、まるで感情を感じさせない低い声で夢の終焉を宣言する。
 トリガーにかかる指。冷たく硬い銃口――悔しさに唇かみ締め、私は相手をにらみつける。

     「ここまでだ――」


 ――スッ…カチッ、キュルルル…カラン…ガラ…


     「――形あるもの、いつかは壊れるよ。」
     「…!」

 棗恭介の手にあった拳銃が突然壊れ、複数の金属片となって地面に散らばる。
 手の中に残るいくつかの金属片を見つめて棗恭介は静かに笑う。

     「…目が覚めちまったか。できればおまえが気付く前に全て終えておきたかったのだが、理樹。」
     「それは困るよ。確かに恭介の言う事は分かるけど、沙耶を恭介の手で消させるわけにはいかない。」

 ドライバーを手の中で器用に回しながら、理樹君は振り返ると私に手を差し伸べる。
 何の悪意もない柔らかな笑顔…私は自然と理樹君の手に手を重ねていた。

     「やっと会えたね、沙耶。」
     「…バカ。」
     「え〜〜〜っ!? いきなりそれはないんじゃないかな。」
     「馬鹿だからバカって言ったのよ。なんだかよく分からないけど、理樹君が全部悪いって気がするのよ!あ〜も〜バカ!」
     「そんな無茶苦茶な――」
     「いろいろ話したいことはあるけど…まずはぶっ殺す…!」

 理樹君の後頭部に迫った棗恭介の踵をサバイバルナイフをクロスさせて防御する…!

 ――ガッ

     「え?きょう、すけ??」
     「すまないな理樹。おまえには少し休んでいてもらいたいのさ。これもおまえのためなんだぜ?」
     「どうあっても私を排除するつもりなのよ、そこの男は! 理樹君も戦いなさい!」
     「そんな、恭介と僕が?? うわっ!?」

 飛び掛ってくる猫を工具を手に防ぎながら身体をよろめかせる。

     「相手は5人いるけど…そう簡単に倒されてやるもんですか…!」
     「うぅ…仕方ない。ごめん恭介!」

 スパナを握り締め相手の攻撃に備える理樹君。
 それを横目に私は再び棗恭介に強襲する…!

     「ふん!」
     「甘いな…。十分に体力がある時でもどうだか分からないのに、今の状態で勝てるとでも思っているのか?」
     「勝つことができなくても負けない事は可能よ…! えい!」

 横一線に凪いだ軌跡を棗恭介は上体をちょっとそらして軽やかに避ける。
 続いて下から突き上げるような一撃も音を立てずにサラリとかわす。

     「こンのッ!えい!」
     「…すまない。静かに去ってくれ。」

 ――ブンッ

 風を切るような音と共に猫を連れた子のハイキックが私の鼻先を掠めていく。
 避け方が多少悪かったのか、重心をずらされて二の足を踏んでしまう。
 慌てて足元を見た時には、すでに棗恭介が足払いが膝の裏に命中したところだった。

     「そらよっ!」

 ――タン! …ドタンっ!

     「痛…!この――」
     「さて、今度こそ終わりだ。鈴!」
     「………!」

 このタイミングでは立ち上がる前に致命傷を食らってしまう…!! 
 あまりにも早い幕切れ。理樹君が加勢してくれたとしてもやっぱり勝てるはずが無いか――
 目の前に迫りくる猫を連れた子のかかと落としを、私はどこか他人のように眺めていた。
 多分あれが私の頭に当たるとそのまま気を失ってしまい、ジ・エンドになるのかな。
 それよりも先に傍で構えている謙吾君の竹刀が私にとどめをさすのかもしれない。

 ふと視線を横にそらすと床に倒れたままの理樹君が目に入った。
 日本刀の女子生徒に一撃を食らったのか、鳩尾を押さえて地に傅いていた。

     (………)

 どうして私と理樹君は出会ったのかな…。
 偶然、私の願った事と理樹君たちみんなの世界が交じり合ったから、こうしていろんな思い出が私の中に溢れている。
 それは私ひとりでは甘くも苦くもない記憶の断片。
 だけど…こんなヘンテコな世界でも、みんなと共有した時間だからこそ愛おしい。
 それは私だけでなく理樹君にとってもそうであって欲しい。

 私がここから消えた後も理樹君たちのそんな時間はきっと続いていく。
 これだけ強くて賢い仲間がそろっているのだ。この先乗り越えられない過酷なんて何一つないに違いない。

 ――だから、そのためにもいつか、私の思い出にピリオドを打たないといけない。
 次に描く物語のために私の物語はここで終わり。

 お別れをゆっくり言えないのは残念だった。 
 話し合ったところで私が消える事を理樹君が反対するのは目に見えている。だから棗恭介たちはせめてもの優しさとして、
 理樹君が気付かないうちに私をここから消してしまおうとした。
 真人君も謙吾君もそんな事は分かっている。ならあとは私が決断するだけ――

 眼前まで振り下ろされたかかと落しをスローモーションのように見つめ、私は静かに目を閉じる。
 美鳥っていったっけ。私もすぐそっちに行くから待ってなさいよ――



 ――ガシッ



     「ふにゃっ!?」
     「――知ってたか? 人間が鳥みてーに空を飛ぶには今の20倍の胸筋が必要らしいぜ? 鈴。おまえならきっと空も飛べるはずだ。」
     「何!?そうなのか!?…いや、その前に離せバカ!!」
     「おらぁぁ!! アイ・ウィッシュ! アイ・ワー・ア・バードォォォッ!!! 私はカモメ! 地球は青かったーっ!!」
     「にゃーーーーーーーーーーっ!!??」

 ――ぶんっ

 猫を連れた子が真人君に足を掴まれてそのまま遥か上空に投げ飛ばされてしまった!
 空なんて飛べるかボケ〜〜〜とフェードアウトしていく声を聞きながら、私はポカンとしてしまう。
 真人君は右腕に力こぶをつくって見せ、ニカッと笑う。

     「ふっ、ここが中庭なら屋上越えは確実だぜ。な、理樹!沙耶!」
     「ま、真人…?」
     「な…!? 真人! おまえ、どういうつもりだ!?」
     「これはな…サヨナラ逆転満塁サヨナラホームランさ。」

 少し眩しそうに青空を見上げながら決め台詞を呟く。

     「ふっ。ちなみに真人がサヨナラを2回言った事に意味は全くない。」
     「謙吾! あのバカを何とか――」
     「そしてバカはあいつだけじゃない…!――ふははははっ!!謙吾スラッシュ…!!

 ――斬ッッッ!!

 屋上のコンクリに縦一閃の切れ目が入る。
 徐々に沈みこむ床。不吉な音を立てながら床の切れ目から断層が姿を現していく。

     「………はぁ?? おまえら、意味が分からないぞ…? いや、何で地面が切れているんだ?」
     「おい謙吾…このままだと屋上崩れるんじゃね?」
     「ああ、そうだな。というよりも校舎自体が真っ二つになった。」
     「って、オイ!?」

 ――ゴゴゴゴゴ……

 斜め下方にスライドして崩れていく地面を見て真人君が絶叫する。
 何がなんだか…ワケが分からない。私はその様子をボケたみたいに静観するだけだった。

     「真人!謙吾!何のマネだ!? コイツをこの世界から消さないと、また元の木阿弥になっちまうかもしれないのだぞ!?
      何とかして理樹と鈴を現実世界に送り出してやろうと誓っただろうが…!!」
     「ん?そーいえばそうだったな。」
     「はぁ!?謙吾! なら何で邪魔をする…!」
     「そうだな、理由は――面白そうだからだ…! ふはははははっ!!」
     「…んが!?」

 私も棗恭介も口を空けたまま呆然とする。
 すると真人君が私の方を向いて大声を上げる。

     「沙耶! 理樹! さっさとここから逃げろ…! おまえらが何か腹をくくるにしても、時間は必要だろ?」

 笑い続けていた謙吾君も声を上げる。

     「確かに理樹たちを救うのが俺たちにとって最優先事項だ。…だけどな、理樹が知らないうちにおまえが勝手に消えるのは
      俺は納得できん! たとえ別れを言うのが辛くても、後悔を残すよりははるかにマシだ…! 行け、沙耶! 理樹!」

     「真人、謙吾…」

 震える肩に力を入れて私は立ち上がる。ああ、もう…ふたりに何て言ったらいいか分からない。
 私はふらつく足を両手で叩きながらただ何も考えず叫ぶ。

     「あ、あんたたち最高よ!! ちなみに棗恭介は最っ低ーーーーっ!! いやっほーーーーっ!!」
     「この、待ちやがれ…! 来ヶ谷――!」
     「ふふ、ははは…はははははっ!! これは愉快だ! 恭介氏。もはやリトルバスターズのリーダーは君じゃないのかもしれないな。」
     「はぁ…!??」
     「さてと、どこかに飛んでいった鈴君を回収しに行かないとな。ふふふっ、あとはがんばりたまえ。」

 私に背を向けて片手を挙げて歩き出す日本刀の女子生徒。
 その姿を酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせて見送る棗恭介も傑作だ。
 すると傍らに真人君と謙吾君が笑顔で近づく。

     「よし、恭介。今日は何して遊ぼうか?」
     「はぁ??」
     「決まってる。オレたちは深い友情で結びついているからな――絆スキップだぜ!!」
     「はぁ????」

 ――ガシッ

     「三人四脚をしよう。チーム名は――リトルバスターズだ!!なんてなっ!ははは!」
     「はぁ?????? ちょっと待て、おまえら。もうすぐ校舎が崩れ落ちる――ぎゃはあああっ!?」

 ――ドゴォォォォォォォォォォ……


          :
          :






 背後で校舎がコンクリの塊となって崩壊する。
 一面を覆い隠していた土埃が収まったときには断面図をあらわにした校舎がポッカリと姿を現していた。

     「…謙吾スラッシュってホントだったんだ。」
     「そうね。でも、謙吾君が持っていたのって竹刀よね…?」

 軌道上にあった教室内の机や椅子までもがしっかり真っ二つになって転がっている。
 僕と沙耶は半ば呆れながら瓦礫の山を眺めていた。
 いつかどこかで見た風景がなんとなく思い返される。

     「そういえば女子寮を爆破したときも、こんな感じだったよね。」
     「ええ…。なら真人君も謙吾君も生きているはずね。」
     「真人や謙吾にそんな心配は無用だよ。ははは…」
     「そうね、あははは…」

 顔を見合わせてお互い心の底から思い切り笑いあった。
 そして笑い声が止まった後、先程の爆音が嘘のように辺りは静まり返り、僕と沙耶の間にも静寂が訪れる。

     「…沙耶。」
     「………」

 僕の呼びかけに沙耶は無言で振り返る。
 もう沙耶の心は決まっているのだろう。僕が何を言っても無駄かもしれない。
 だけど一縷の希望を夢見て――否、圧倒的絶望から逃れたくて僕は口を開く。

     「この世界に一緒にいようよ。僕がこの世界の管理者だからもう邪魔なんて入らないよ。」
     「………」
     「もう一回やり直せるんだ。沙耶だって望んでいたでしょ? 漫画に出てくるみたいな楽しくてたまらない
      そんな学園生活。ここにいる限り願いは叶うんだよ。」
     「………」
     「朝起きて寮から短い通学路を通って、退屈な授業をあくびしながら聞いて、昼休みになったら学食で
      パンの争奪戦をしようよ!」
     「………」
     「あ、放課後にはみんなで野球をしようか。僕はキャッチャーだけど、沙耶だったら運動神経いいから
      どのポジションでも守れそうだよね!それから…えーと、それから――」


          :
          :




     「――うん、そうしよっか。」


 小さな風が私と理樹君の間を吹き抜ける。

     「え…?」

 少し遅れて理樹君の声が返ってくる。私の返答がよほど意外だったのだろう。
 何度も瞬きを繰り返し、やがてその表情に笑みが満ち溢れてくる。
 そして私の笑顔を見て、理樹君にも笑顔がはじけた。

     「ふふっ、この世界で一緒に暮らそうか、理樹君。」
     「う、うん…! これからは楽しい事がいっぱいだよ。」
     「そうね、私がこの学校に転入してきて…あ、そういえば私は理樹君の1つ上の学年ね。」
     「だったら、同学年になればいいよ。この世界なら何だって可能さ。」
     「あ、ついでに同じクラスがいいわね。ある日突然、転校生が来たぞーって噂になるの。」
     「ははっ、転校生は美人って噂だね。」
     「そ。男子どもは大騒ぎ。自己紹介の時になって私は『久しぶり、理樹君!』って言ってあげるわ。
      それを聞いた男子どもは大騒ぎ。直枝ー許さんぞーとかね。」
     「それは…怖い事になりそうだね。はは!」

 私たちは矢継ぎ早に思い思いの未来図を描く。

     「季節は初夏だから、最初のイベントは夏休みかしら。」
     「その前に中間試験があるよ。」
     「うえ…っ、赤点で落ちたら夏休みの半分が潰れてしまうというアレね…。」
     「僕らはそれを無事クリアして…海に行く話をするのさ。」
     「…海、か。ふふ! 焼き鳥を食べるのね?」
     「え? まぁ、それもいいかな。海だから泳いだり遊んだりしたあとはお腹が空くだろうし。」
     「ビーチバレーは欲しいわよね。でもあれ風に流されるから海ではあんまり使えないのよね。」
     「それならバレーボールを持っていった方がいいね。ははっ!」

 隣には心の底から楽しそうに笑う理樹君がいる。

     「そうね〜海もいいけどプールとかウォータースライダーでスカッとしたいわね。」
     「それもいいね! 塩でべたつかないし髪も痛まないから女の子向けだね。」
     「でも海じゃバーベキューはできないから、どちらがいいか難しいわね。」
     「なら両方行こうか。夏休みは長いんだ。僕らに行けない所なんてないよ。」

 それを見て私の心は――深く沈んだ。


          :
          :




     「それからさ、クリスマスにはケーキを買ってきてさ――」

 花壇のブロックに腰を下ろし、僕の話に頷き笑みを浮かべる沙耶。
 これからの計画を話すが楽しい。でも実際にそれを行動に移したらもっと楽しいに違いない。
 そんな予感に触れられるのが……僕にはたまらなく辛い。

 ――もう分かっている。だからそんなに無理して笑顔を作らないでほしい。

 話が途切れて不意に沈黙が訪れる。でも僕はもっと話していたい。
 ワクワクするような夏休みの計画を、心躍るような冬休みの予定を。
 だけどこれ以上僕も笑顔を作っていられなくなってきた。
 そんな僕の焦りを知ってか知らずか、沙耶が音も無く立ち上がる。

 そして沙耶は振り返らずに僕に小さな声で呟く。

     「理樹君、ちょっと飲み物を買ってくるね。何がいいかしら?」
     「………何でも、いいよ。沙耶の好きなのがいい。」
     「…うん。分かった。」

 ――引き止めてはいけない。
 だってこれは僕らの日常のひとコマなのだから。ここで引き止めてしまうのはヘンだ。
 沙耶自身が決めた事なんだ。だから僕は何も知らないふりをするのだ。
 僕は最後の心の力を振り絞って再び笑顔をつくり、顔を上げる。

     「…どのくらいで戻ってくるの?」
     「2、3分ってトコかしら。すぐに戻ってくるわ。」

 嘘つき。

     「…それじゃね、理樹君。」
     「うん、分かった…よ、沙耶。」

 そして、僕は沙耶の嘘を受け入れた。


          :
          :




     「…ゴメン、理樹君。」

 私は弱い。
 面と向かって別れなんて言えるはずもないのだ。
 理樹君は私がここから消えれば死んでしまう可能性が高い事を知っているはずだ。
 そんな彼に決断を迫るのは卑怯だ。せめて最後は自分の手で決めなければならない。

 ――ガタン…

 自販機に硬貨を入れてボタンを押す。
 ボックスに落ちてきた一本のジュースを手に取り、私は歩き出す。
 こんな唐突な形の別れになった事を謝りたいけどそれもできないか…。

     「今日は空が青いな…。」

 途中で立ち止まると壁にもたれかかりながら、少しため息をつく。
 この世界から消えるには校門まで歩いてそこから出ればいい。
 裏手からなら理樹君に見つからないように出られる。

     「…これで、本当のさよならになっちゃうね、理樹君。」

 ――ひとつめは眩しさ。

 決して私が触れられる事がないはずだったこの世界。
 ここには私が欲しかった全てが揃っていた。

 ――ふたつめは温かさ。

 真人君、謙吾君、クドリャフカ、葉留佳、佳奈多。
 白いセーターの子、猫を連れた子、日本刀の女子生徒。
 まだ私の知らない美魚…そして美鳥。…あ、ついでに棗恭介もいたわね。
 敵味方に分かれて戦ったりもしたけど、それでも私にとっては本当に楽しかったわ。

 ――それ以上はもう我侭になる。

 ふふ、お別れのキスをしたかったけど、それもダメ。
 私は缶ジュースをブロックの上に置くと校門に向かってゆっくりと歩き出す。


          :
          :




 もう3分は経った頃だろうか――
 僕は花壇から腰を上げると沙耶の消えた方角へと歩き出す。

 もしかしたら本当に飲み物を買いに行っただけかもしれない。
 時間がかかっているのは、どれにしようか迷っているからに違いない。
 そのどれもが違っている事を確信しているのに…僕の両足は意思に反して走り出してしまう。
 渡り廊下の角を曲がり、校門へと通じる道――そこで呆然と立ち尽くす。

     「っ…ありがとう、沙耶。」

 ブロックの上に置かれたレモンスカッシュの缶ジュースを見つけて両手で握り締める。
 沙耶が柑橘系が好きだったなんて初めて知ったよ。
 力なくブロックの下に座り込み青空を見上げる。するとその様子を遠巻きに眺めていたみんなもゆっくりと歩いてきた。

     「………真人…謙吾…きょうすけ……」

 それに鈴、来ヶ谷さん――
 みんなは少し沈み込んだ目で僕を見つめる。そして僕は首を横に振る。

     「…そうか。沙耶はいっちまったか…」

 真人の大きな手が僕の肩を軽く叩く。
 僕はぎゅっと缶ジュースを手に包み込みながら、仲間に何も言えずにただ涙を流していた。











 【次の話へ】


 あとがき

 saya's song 聞きながら書いてました。
 リフレインといい沙耶シナリオといい、麻枝シナリオは最高です。
 歌とシナリオのシンクロ率、何より演出が良過ぎます。
 次で最終回の予定です。

 海鳴り



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