1.5625%
 














 ――人は死んだらどうなるのだろう。
 全て消えて眠っているのと同じ状態になるとか、死後の世界があって最後の審判が下されるとか、古今東西その憶測に
 尽きる事はない。いや、そもそも死とはどのような形で認識しうるのだろうか。

 主観的に死を考える上で、意識とは何なのかを突き詰める事は除外できない問題である。
 意識は外部から観察できない。だから我々は意識を発生させうる構造を持つものに自己と同様の意識の存在を投影する。
 人間という構造を備えていれば一応は意識の存在を推定する。それに近い高等な動物に対しても同様だろう。
 だが、目覚まし時計に意識が存在すると思う人間は少ない。

 しかし目覚まし時計からさらに高度な構造体であるロボットならどうだろう。
 そのロボットはまるで人間のように振る舞い、朝になれば主人を目覚めさせ、トーストを焼いて今日の予定について
 話してくれる。それが毎日続き、ロボットにも学習による情報の獲得が積み重なれば、最早人間との境界線は曖昧に
 なってしまうだろう――その時、ロボットは客観的に意識を獲得するのだ。

 次にこんな話はどうだろうか。
 例えば無人島に流れ着いた男が寂しさのあまり、目覚まし時計を友達と見立てて毎日話しかけていたとしよう。
 男はチクタクと秒刻みに動く秒針を見て、自分の声になんらかの反応が返ってきたと思い込もうとする。
 日を重ねていくうちに、思い込みは男の中で真実と入れ替わり、やがて男は目覚まし時計と会話する事が可能になった。
 その瞬間、目覚まし時計は客観的に意識を獲得した。

 ――チクタク チクタク…

 だが形あるものいつかは壊れる。
 あなたの部屋で毎朝あなたを起こし続けていた目覚まし時計は電池切れで、残念ながら今朝はあなたを起こすことができなかった。
 今日は大事な約束の日。慌ててカーテンを開けてすでに高くなった太陽を見て、刻限に間に合わない事を確信した。
 落胆は怒りへと形を変えて、たまたまそれが目覚まし時計に向けられる。

 ――ガシャンッ

 ガラスは割れて秒針は捻じ曲がり、歯車はバラバラと地面に転がる。
 目覚まし時計は死んでしまった。
 なら死んだら意識はどうなるのか?
 今まで時を刻み続けてきた時計はどこに行ってしまったの?
 観測者がいれば客観的に意識はあらゆる構造に発生する。
 それが人間であってもロボットであっても目覚まし時計であっても。
 つまり死とはこういう事だ――構造を失った要素はどこへいくのだろうか。

 上着を引っつかんで急いで部屋を出て行くあなた。
 部屋には乱れたベッドと机、そして壊れてしまった目覚まし時計。
 目覚まし時計はすでに独立で機能する構造体ではなくなったので、目覚まし時計の意識は消えてしまったのか?
 否。目覚まし時計としての独立の機能は失われたが、この部屋の構成要素のひとつになったのだ。
 今までは目覚まし時計という構造が独立で機能する最小単位だった。
 だけど壊れてしまった今、これからはあなたの部屋の要素として全体で機能する。
 いや、部屋だけでなく家全体、もしくは世界のひとつとして様々な要素と意識を共有する事になるだろう。

 人は死ねば土に還る。
 人間という独立の構造を失った水分、組織、脂肪などの集合体…いわゆる遺体。
 死んだのだからそこに意識は見出せないのだろうか。
 否、その遺体はより上位の独立の構造において要素として貢献、活性化される事になる。

 あたかも意識という視点においては認識されうる自我の限界が拡大したのだ。
 壊れた目覚まし時計の意識は部屋に拡大した。
 なら死んだ人間の意識は何になる?


          *
          *








 【7月1日 16時00分】(01)

     「おまえら、今日は絶対に来いよ。俺達のプライドをかけた試合は明日だからな。」

 セミの声がちらほら聞こえ始める季節――
 恭介は窓から教室に入ってくると、気合十分といった感じで僕達にビシッと指を刺す。
 小毬さんを囲んでワッフルを食べていた面々はその様子をキョトンとした顔で眺めている。

     「いやいや、プライドをかけているのは恭介だけだから。」
     「この際、素直に認めちまえよ。俺は(21)ですってな。」
     「そもそも今回の件は恭介、おまえの自業自得だろ。」

 一方、僕も含めて男連中はみんな冷たかった。
 そんな空気に話がイマイチ理解できていないという感じで鈴が割り込んでくる。

     「なんだ? 何がどうしたというんだ?」
     「よお聞いてくれよ鈴。おまえのバカ兄貴はな…えーと――」
     「めんどくさいから割愛して…ロリコンだったという話だ。」
     「真人!謙吾!一番大事なところを省略してるんじゃねーっ!」

 うわ…ものすごい勢いで女子たちが引いてるよ。
 とりあえず恭介の名誉のためにも僕から事の次第を話しておくことにした。

     「ねぇ鈴、僕達が野球を始めてからグランドをいつも占拠してたでしょ?」
     「ん、言われてみればそうだな。」
     「それに関して苦情が出たんだ。女子ソフトボール部は認めたけど、小さな同好会なんかはグランドが
      使用できなくて困っているんだ。」
     「それなら、みんなで仲良く交代で使えばいいよ〜」
     「そう。最初は小毬さんの言うとおり、僕らと交代で使う話だったけど――」

 ジロッと恭介をにらみ付けておく。

     「この男がそれじゃ面白くないと言い出して――」
     「負けたら俺をロリコン呼ばわりしてもいい、と条件を出した。」
     「仕方ないだろ、俺達には賭けるものが名誉しかなかったんだ。だから俺にとって一番不名誉な称号――
      (21)呼ばわりを甘んじる条件を飲んだんだよ!じゃなきゃ燃えねーだろ。」

 あー…見事に全員、白い目をしてるよ。
 と、そんな白けた空気の中から来ヶ谷さんが手を上げて訊ねる。

     「ちなみに我々が負けた場合、グランドの使用権はどうなる?」
     「あ、それは大丈夫。負けても飽くまでグランドを交代で使用する事は前提で、今回賭けられているのは
      恭介の名誉だけだから。」
     「…では、これから小毬君の部屋でお茶会としゃれ込もうじゃないか。」
     「わーい、はるちゃんの恋バナの続きが聞きたい〜」
     「わっふる、わっふる(>ω<)」
     「もう、こまりんもクド公も…これは真面目な相談なのですヨ?」

 来ヶ谷さんの提案に小毬さんもクドも大喜びだ。

     「って、おまえら練習する気、ゼロじゃねーかっ!?ちょっと待――」
     「甘いもっのが食べたいなぁ〜♪」
     「わっふる、わっふる(>ω<)」

 恭介は慌てて、移動を始める小毬さんとクドを阻止しようとするが華麗に無視される!
 すごい!(21)というだけでここまで女の子は冷たくなれるんだ!

     「三枝、西園!」
     「私は体育の授業の後ですから、さすがにしんどいのですヨ。」
     「考えてみれば私はマネージャーですので練習には参加しませんよ?」
     「と…とにかく、だ。お茶会なら部室でもできるだろうが。俺はおまえらの事、信じてるぜ!」

 ヒラリと窓から外に飛び出していく恭介。

     「ねぇ鈴ちゃん、恭介くんが信じてるんだって。」
     「それは好都合だ。よし、邪魔されないうちに小毬ちゃんの部屋に集合だ。」
     「あはは…今日はワッフルとシュークリームがあるから甘いもの尽くしだね〜」
     「ですね。学校ではワッフルもシュークリームも手に入りませんから、ある意味貴重品です。」

 そういってサッサと歩き出してしまう鈴、小毬さん、そして西園さん。
 ついでに僕が止めるまもなく、葉留佳さんも来ヶ谷さんも続いて教室を出て行く。

     「真人、謙吾――ってもういないし!?」

 いつの間にか真人も謙吾も教室から忽然と姿を消していた。

     「みんな行かないみたいだし、仕方がないなぁ…」

 僕は頭を掻きながら、恭介がいるであろう部室に向かって歩き出した。

          :
     私が世界の観測を始めたのは7月1日の16:00です。
     そして17時00分から17時15分の間に世界の観測を終了しました。
     理由は私自身が死んでしまい正確な時間が分からなくなったからです。

     私はこれから何が起こるか知っています。できればそれを食い止めたいと思っています。
     しかし、いくつもの可能性を見渡す事ができても、私には誰も助ける事ができません。反対に殺してしまうかもしれません。
     どうか彼らを助けてあげてください。
     この世界に辿り着く可能性は50%(1/2)です。


          *
          *

 【7月1日 16時00分】(02)

     「おまえら、今日は絶対に来いよ。俺達のプライドをかけた試合は明日だからな。」

 セミの声がちらほら聞こえ始める季節――
 恭介は窓から教室に入ってくると、気合十分といった感じで僕達にビシッと指を刺す。
 小毬さんを囲んでシュークリームを食べていた面々はその様子をキョトンとした顔で眺めている。

     「いやいや、プライドをかけているのは恭介だけだから。」
     「この際、素直に認めちまえよ。俺は(21)ですってな。」
     「そもそも今回の件は恭介、おまえの自業自得だろ。」

 一方、僕も含めて男連中はみんな冷たかった。
 そんな空気に話がイマイチ理解できていないという感じで鈴が割り込んでくる。

     「なんだ? 何がどうしたというんだ?」
     「よお聞いてくれよ鈴。おまえのバカ兄貴はな…えーと――」
     「ついにロリコンだと白状したという話だ。」
     「真人!謙吾!一番大事なところを省略してるんじゃねーっ!」

 うわ…ものすごい勢いで女子たちが引いてるよ。
 とりあえず恭介の名誉のためにも僕から事の次第を簡単に話しておいた。
 聞き終わったみんなの反応は……中々最低だった。

     「…なるほど。ならどちらに転んでもグランドの使用権は取り上げられないのだな?」
     「そういう事になるね。問題は恭介の名誉だけだから。」

 鈴は一瞬考えると即座に結論を下す。

     「よし、何の問題もない。これから小毬ちゃんの部屋でお茶会だ。」
     「わーい、はるちゃんの恋バナの続きが聞きたい〜」
     「しゅーくりーむ、しゅーくりーむ、わふーっ(>ω<)」
     「もう、こまりんもクド公も…これは真面目な相談なのですヨ?」

     「って、おまえら練習する気、ゼロじゃねーかっ!?」

 必死に阻止しようとする恭介の脇をするりと抜けて葉留佳さんも西園さんも教室を出て行ってしまう。
 恭介はそれを見届けると、すがるような目で真人と謙吾に視線を送る。

     「よし、真人――」
     「わりぃ、筋トレあっからよ。」
     「なら、謙吾――」
     「部活だ。じゃあな。」

 ――ピシャン!

 こうして教室には僕と恭介だけが残った。
 地面に手をついて深くうな垂れる姿は見るからに哀愁を誘う。

     「………」
     「………」
     「………理樹。やらないか?」
     「ごめん、ひとりでやってね。」

 迷わず答えると、頭を抱える恭介をひとり教室に残して僕はその場を去っていった。

          :
     これはもうひとつのありえた世界です。そして世界はこの2つの分岐から始まります。
     直枝理樹、棗恭介、井ノ原真人、宮沢謙吾、棗鈴、神北小毬、三枝葉留佳、能美クドリャフカ、来ヶ谷唯湖、西園美魚。
     どちらの世界から始まってもこの10人に危機が迫っています。
     この世界に辿り着く可能性は50%(1/2)です。


          *
          *

 【7月1日 16時15分】(03)

     「それでは、はるちゃんの恋バナを聞くお茶会を始めたいと思いま〜す。」
     「わっふる!わっふる!(>ω<)」

 小毬さんの部屋には合計7人――ぬいぐるみとファンシーグッズに囲まれて男の僕はなぜかここにいる。
 そう…たしか部室に行こうと思ったら教室に忘れ物を取りに来た葉留佳さんにエンカウントたのだったっけ。
 そのまま勢いに流されてこうしてお茶会の参加に至るのだ。

     「理樹くんは教室でワッフルを食べていなかったからプレゼントです。ハイ!」
     「あ…うん、ありがとう。」
     「そしてみんなにはシュークリームを贈呈です〜」
     「ほほぅ、これはマキノ・ローヤルのシュークリームだな。」

 感心したように来ヶ谷さんがシュークリームの入っている箱を眺める。
 その名前なら僕も知っている。1日限定100個しかないというシュークリーム。
 予約を通して初めて手に入れる事ができるレジェンドといってもいいぐらい貴重な一品なのだ。

     「確か教室で頂いたワッフルはマネキン・エトワールでしたね。」
     「さすがみおちゃん!お目が高いですね〜!ワッフルも素敵、シュークリームも素敵、
      でも、ワッフルを食べた後はシュークリームを、シュークリームを食べた後はワッフルタイムです。」

 西園さんの言葉にパァと顔を明るくして小毬さんが喜ぶ。
 その言葉のニュアンスから感じ取るにおそらくワッフルも相当な品物なのだろう。
 ワッフルといいシュークリームといい、小毬さんの甘いものにかける情熱は中々のものらしい。
 鈴が並べたカップに手際よく来ヶ谷さんが紅茶を注いでいく。

     「その紅茶もやっぱり高級品なんだ?」
     「あはは、ううん、理樹くん。これはクーちゃんが持ってきてくれたほうじ茶…。」
     「…へ?」
     「紅茶はあいにく切らしてまして…でもほうじ茶も中々いいものなのです。わふ〜」

 そう言って差し出したのは教室でクドが持っていたダージリンの紅茶缶。
 缶のふたを開けてみると…紅茶とは異なる茶葉が入っていた。
 なるほど、ティーカップからもほうじ茶の和やかな香りが立ち上っている。

     「うーん…なんていうか和むね。」
     「やはー、和風って感じですナ。」

 葉留佳さんと一緒に足を崩して湯飲みを手に取る。
 日本茶というのはここまでまったりとするものだったのだろうか。
 脱力するような心地よさに身も心もゆだねて、いつの間にか僕は恭介の事を忘れていた。

          :
     この世界に辿り着く可能性は25%(1/4)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。

          *
          *

 【7月1日 16時15分】(04)

     「恭介ー! いるのー?」

 部室の扉を開けると中は真っ暗だった。
 手探りで照明のスイッチを入れてみるが、カチッカチッと音がするだけで状況は変わらない。

     「しょうがないな…」

 たしか木彫りの熊とかアフリカ民族の大きな仮面が置いてあるテーブルに懐中電灯があったはずだ。
 暗い中目を凝らすと変なタンバリン、赤色の時計、デカいカップラーメン、10kgのダンベル?? 色々と見覚えのない私物が増えていた。
 それよりも懐中電灯、懐中電灯――

 ――ガシッ

     「うわああっ!?」

 背後から突然肩をつかまれ、驚きのあまり声を上げる。
 振り返るとそこにはしてやったりという感じでニヤニヤした恭介の顔。

     「はははっ、驚いたか? やっぱり来てくれたなっ!」
     「まったく…! いきなり驚かさないでよね…と、それよりも――」
     「ああ、懐中電灯なら…ほらよ。」
     「っと。あれ?これも点かないの?」

 恭介から受け取った赤い懐中電灯のスイッチを入れても空しくプラスチックの音が響くだけだった。

     「どうやら電池切れらしい。この部屋は日光が入ってこないから意外に不便だな。…ん、理樹。他の奴らはどうした?」
     「女の子達は小毬さんの部屋でお茶会。真人は筋トレで謙吾は部活だね。」
     「うん?謙吾のヤツ、今日も部活に行くのか?」
     「教室から出て行くときは何も言わなかったけど、剣道場で竹刀を振っていたよ。それから他の人も来る予定なし。」
     「って、やっぱりやる気ゼロかよっ」
     「まぁまぁ、今日の練習には行かないけど、女の子達は明日の試合には観戦に行くってさ。」
     「要するにやる気ゼロかよっ」
     「そんなわけで選手が恭介、監督が僕だからがんばろうね!」
     「さらにおまえまでやる気ゼロかよっ」
     「嘘だってば…ほらピッチャーとキャッチャーしかいないけどがんばろうか。」
     「あ、ああ!さすが理樹だぜ! だがその前に乾電池を探さないとな。」
     「乾電池、乾電池…あ、生徒指導室にストックがあるはずだよ。二木さんに頼みに行こうか。」
     「OK、ちょっくら行ってくるぜ。」

 そういって恭介は部室から出て行った。

          :
     この世界に辿り着く可能性は25%(1/4)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。


          *
          *

 【7月1日 16時15分】(05)

     「あ、見つけた!」

 小毬さんの部屋に向かったはずの葉留佳さんが早足で僕の方向に走ってくる。

     「あれ、小毬さんたちとお茶会があったんじゃないの?」
     「それに理樹クンもご招待ですヨ。どうかな?このあと何かあったりする?」
     「ううん、何もないし…そうだね。お呼ばれしようかな。」
     「それじゃ行こうよ!…あ、教室に忘れ物取りに来たんだった。」

 僕の手をとったまま、踏み出した方向とは逆へ廊下を走り出す。

     「うわっと…そんな慌てなくても。」
     「クド公の紅茶缶を教室に忘れたのですヨ。あれがないとお茶会にならないっスから。」

 ――ガラッ

     「ヤッホーッ 到着っ」

 葉留佳さんは誰もいない教室の机の間を颯爽と走り抜け、クドの机の前で急停止する。
 そして机の上にあった紅茶缶を手に取ると蓋を開けて中を確かめる。
 僕もつられて葉留佳さんの横から缶の中を覗き込む。

     「…それ紅茶だよね?」
     「ううん、ほうじ茶だよ?」
     「なぜ!?」

 ストレートな疑問をぶつける。

     「多分、クド公がお姉ちゃんからもらった紅茶の缶を気に入って茶葉入れに代用してるんだよ。」
     「ふーん…これ二木さんが選んだ紅茶なんだ。」

 にしてはヤケにかわいいデザインだった。
 ラベルにはよく分からないみかんに手足が生えたようなマスコットが描かれているし…。

     「う〜ん、いい香り…。ちょっと茶葉だけ食べてみようカナ?よーし――」
     「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」
     「ちぇーっ、理樹君が言うならやめよ。ほらっ、みんなが待ってるから早く行こうよっ(><)」
     「わわっ」

 こけそうになりながら僕は再び葉留佳さんに引っ張られて走り出した。

          :
     この世界に辿り着く可能性は12.5%(1/8)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。

          *
          *




 確率とはいったい何なのだろうか。
 例えばあなたがサイコロを1度振ったとして6が出る確率は一般的に1/6だと言われている。
 それはなぜか?――言うまでもなく、サイコロには1から6までの6通りしか想定される事象がないからだ。

 だが現実ではサイコロを振って6が出る確率は1/6などではありえない。
 目が彫りえぐられてその分質量が少ないと、1が最低面になる確率が最も高く、必然対面の6が出る確率は最も高くなる。
 振る人によっても変わり、サイコロを縦に転がせば側面の二つの数を排除する事ができる。
 またサイコロが年月と共に壊れやすくなっており、テーブルに衝突したときに壊れる確率はゼロではない。
 このように様々な事象を勘案していけば、現実世界における一般的意味の確率とは我々の手に負えるものではないのかもしれない。

 あなたは好きな子に自分の想いを告白をした。
 しかしその日は返事を保留されあなたは一晩やきもきしている。その間にポジティブにもネガティブにも心は揺れ動く。
 告白が受け入れられるか、断られるか、確率はそれぞれ1/2だろうか。
 当然そんな事はないが、判断材料のない観測者の視点では1/2と捉えざるを得ない。
 だとすればそれは確率ではなく乱暴な割合の推測に過ぎないなのだ。
 厳密な確率論を論じれば事前確率や事後確率、さらに正解を知る観測者を観念すればモンティホール問題などさえも
 考えなければならない。

 だから私の視点から見れば――AとBに枝分かれする世界はいずれも50%であると仮定しよう。
 そして世界Aから派生する世界Cと世界Dに辿り着く可能性はAルートの50%を前提として、CもDもそれぞれ25%である。
 さらに世界Bから世界Eだけにしか辿り着かないとしたら、世界Eに辿り着く可能性は50%と考える。
 つまるところ幹の太さなど問題ではないのだ。


       ┏C(25%)
 ┏A(50%)┫
 ┃     ┗D(25%)
 ┫
 ┃
 ┗B(50%)━E(50%)

 私はそんな世界を15分単位で観測し、その時間内の一部または全部の状況を知らせている。


          *
          *




     16時30分以降、直枝理樹が生存している可能性は87.5%(7/8)です。
     16時30分以降、三枝葉留佳が生存している可能性は75%(3/4)です。

     16時30分の時点で25%(1/4)の確率で悲劇になります。
     助けてください。

          *
          *



 【7月1日 16時30分】(06)

     「ちょっと待った、僕も一緒に行くよ。」

 部室のドアを開けて歩き出す恭介の背中を僕も追っていく。
 真っ暗な室内から急に出たせいで陽光の眩しさに目が眩む。

     「見ろよ理樹。グランドは誰も使っていないのに野球をやらないなんて勿体無いと思わないか?
      例えるならそうだな…当たった宝くじを換金しないようなもんだな。」
     「いやいや、そのたとえ話が僕にはよく分からないよ。」
     「とにかく…だ。あいつらを青空の下に引っ張り出して白球を追うことの楽しさを今一度思い出してもらいたい。
      教室でワッフル食ってる場合じゃないだろ。」
     「っていうか、恭介は名誉がかかっているからね。…ところでそれ何さ?」

 恭介が手の中で転がしている立方体に近い形の金色の缶について訊ねる。

     「ああ、これか? さっき教室に行ったとき能美の机の上においていたものだが、中身はほうじ茶だ。」
     「ほうじ茶? でもコレ、紅茶のラベルが張ってあるよ?」
     「おそらく能美が缶だけ使っているのだろ。そうだったな、こいつを届けるついでにあいつらを誘うか。」
     「そうだね、素直に(21)を受け入れて一緒にお茶会に混じろうよ。」
     「受け入れられるかっ、いや、三枝あたりが(21)なんて噂が広めていたりしていたら、女子寮なんて俺が行けねーぞっ
      っていうか、おまえはともかく、真人も謙吾も女子寮には入れねーだろうが!」
     「って僕も男だよっ!?」
     「いや待て。むしろこの缶を取りに来るのはあいつらの方じゃないのか?うん、そうだ。あいつらが部室に来ればいい!」

 言うが早いが携帯電話を取り出して早速呼び出しているところだった。

     「鈴だな。今そっちには6人いるのか?」
     『そうだが…なんだ?切るぞ?』
     「よし、おまえら全員今すぐ部室まで来い。」
     『じゃあな――』
     「待て鈴。まだお茶会は開催されていないはずだ。」
     『っ!? なぜそれが分かる?』
     「お茶のないティーパーティーは最早、お茶会ですらありえまい。」
     『うにゃ!? おまえか!おまえが犯人かっ!』
     「人聞きの悪い事を言うな。俺は忘れ物を預かっているだけだ。返して欲しくば素直に部室まで――」

 ――ブチッ…ツー、ツー、ツー

 電話の切れる音を確認して恭介はため息をつく。
 ああこれは多分、鈴は怒ってるだろうな。飛び蹴りが恭介の顔面に炸裂する様が目に浮かぶようだ。

     「そんなわけで少しはメンバーが揃いそうだな。」
     「やる気の有り無しはともかくね。やれやれ、みんなが来るなら謙吾と真人も呼ばないと…」

 そう呟いて今度は僕が携帯電話を取り出した。

          :
     この世界に辿り着く可能性は12.5%(1/8)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。




          *
          *

 【7月1日 16時30分】(07)

     「にゃはは…理樹クンの背中♪ あったかいにゃ〜」
     「うわっ、なんか背中に生暖かいものが…!?ヨダレ!?」

 グダグダになっている葉留佳さんを背負いながら女子寮の廊下を歩いていく。
 まったく、こんなところ誰かに見られたりしたら――

     「………」
     「んふっ」
     「………///」
     「ふぅ〜〜〜っ」
     「うひゃっ!? は、葉留佳さん!?」
     「んにゃ…」

 呼びかけてもマトモな言葉が返ってこない。
 いや、それよりも僕の背中に当たるこの感触ときたら――

     「………」

 それは歩くたびにシャツ越しにやんわりと形を変えて、少しずつ僕の理性を削り取っていくのだ。
 うっこのままでは――いや、ダメだ、ダメだ! 早いところ葉留佳さんに目覚めてもらわないと…!

     「葉留佳さん?」
     「………Zzz」
     「おーい、葉留佳さん?」
     「………Zzz」
     「ヒャッハーーっ! おっぱい最高!」
     「………Zzz」

 …本当に眠ってしまったのか。
 手はダラリと下がって全く起きる気配がないのだ。
 よほど疲れていてたのだろうか。それにしても――

     「これは…来ヶ谷さんを10としたら7…いや!7.5は堅い…!」
     「ゆいちゃんが10ではるちゃんが7.5?」
     「うわあああっ!?こっこっこっ小毬さんっ!?」

 いきなり部屋のドアが開いて小毬さんがぬっと顔を出す。

     「ワッフルのお茶会へいらっしゃ〜い。あれ、はるちゃんどうしたの?」
     「睡眠不足かもしれないね。なんだかスヤスヤ眠ってるよ。」
     「…Zzz」
     「夜中までゲームしてたのかな? うふふっ、はるちゃんの寝顔がかわいいね〜」

 そういって葉留佳さんの頬を指でつついて小毬さんは笑顔になる。

     「よいしょ…それじゃ葉留佳さんをベッドまで運ぶから、小毬さんはコレお願いね。」

 紅茶缶を手渡すと僕は靴を脱いで部屋に上がりこんだ。
 なるべく優しく下から膝を抱えると葉留佳さんをそのままベッドの上におろす。

     「ん?はるかはどうしたんだ?」
     「眠っているのです…」
     「きっと疲れているんだよ。そっとしておいてあげてよ。」

 寄って来た鈴とクドに小声で注意する。

     「分かりました。それではお茶を入れましょうか、神北さん。」
     「うん!」

 足音を立てないように立ち上がると西園さんは小毬さんがお茶の準備を始める。
 僕も腰を下ろしてぬいぐるみとファンシーグッズに囲まれた小毬さんの部屋を見渡す。
 ベッドでは寝息を立てる葉留佳さん、テーブルを囲んでいるのは鈴とクド――

     「あれ、来ヶ谷さんはどうしたの?」
     「来ヶ谷さんなら佳奈多さんに用事で呼ばれて出かけたのです。帰ってくるまでお茶を飲みながら待っていましょう。」
     「そうなんだ。」

 クドの言葉を特に気にせずに僕も来ヶ谷さんが帰ってくるのを一緒に待つことにした。

          :
     この世界に辿り着く可能性は6.25%(1/16)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。


          *
          *


 【7月1日 16時30分】(08)

     「ねぇ、葉留佳さん。この缶に書かれてるキャラクターってやっぱり二木さんの趣味なの?」
     「うん、そだね。名前はなんて言ったかな…。ポンカン?ネーブル?」
     「柑橘系なんだ…。みかんとか伊予柑とか――」
     「あ、それ!伊予柑星人!」
     「せ、星人? じゃあこの人宇宙人!? 職業はなんなのさ?」
     「どうなんだろ? ちょっと待って、お姉ちゃんにメールで聞いてみようカナ?」

 葉留佳さんは立ち止まると早速携帯電話でメールを書き始めた。

     「これでよしっと――」
     「でもこんなキャラクター初めて見るよ。ご当地マスコットかな?」
     「うーん、意外に昔一時的に流行ったのかもしれないヨ?ほら、だんご大家族とかみたいに――あ、返ってきた!」

 携帯電話を弄り始めて数秒…メールを読んだ葉留佳さんの顔が驚きに満ち溢れていた。

     「…バカな!!」

 画面を覗き込んだ僕もその驚愕の事実に言葉を失う。
 伊予柑星人だぞ…!? それがどうやって…!? この顔でそこまで激しいのか…!!
 僕も葉留佳さんも顔を見合わせる。

     「あっと…続きがあるのですヨ。ん、来ヶ谷さんがそこにいないか?…だって。
     「二木さんが来ヶ谷さんを探しているの? 小毬さんの部屋にいると思うって知らせてあげようよ。」
     「そだね。ホレ、送信!」

          :
     この世界に辿り着く可能性は12.5%(1/8)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。


          *
          *



     16時45分以降、直枝理樹が生存している可能性は50%(1/2)です。
     16時45分以降、三枝葉留佳が生存している可能性は50%(1/2)です。
     16時45分以降、神北小毬が生存している可能性は75%(3/4)です。
     16時45分以降、棗鈴が生存している可能性は75%(3/4)です。
     16時45分以降、来ヶ谷唯湖が生存している可能性は75%(3/4)です。
     16時45分以降、西園美魚が生存している可能性は75%(3/4)です。
     16時45分以降、能美クドリャフカが生存している可能性は75%(3/4)です。

     16時45分の時点で62.5%(5/8)の確率で悲劇になります。
     助けてください。助けてください。

          *
          *





 【7月1日 16時45分】(09)

 ――ガチャ

     「やはー、伊予柑星人についてリサーチしていたら遅くなりました。」
     「はるちゃん、おかえり〜」
     「はるか遅い。待ちくたびれたぞ。」
     「ごめん、鈴。 でもまさか伊予柑星人にそんな過去があったなんて…」

 笑顔で出迎える小毬さんに、ぶーぶーと文句垂れている鈴。
 考えてみれば最初に伊予柑星人ネタを振ったのは僕だから、僕が悪いのかもしれない…。
 鈴に謝りながら他のみんなにも頭を下げてしまう。

     「あー姉御。お姉ちゃんが姉御の事、探してたよ。」
     「…! しまった、もうこんな時間だったか。やれやれ電話して明日にしてもらうか…。いや、私の番号を知られると
      また何かと厄介ごとを頼まれそうだからな。葉留佳君、キミの携帯を貸してくれないか?」
     「はいヨ!」

 来ヶ谷さんは葉留佳さんから携帯電話を借りると操作して耳に当てる。
 そういえば真人と謙吾はどうしているだろう。ついでに恭介も。
 どうせならみんなで集まってお茶会の準備をした方が楽しいだろうけど――

     (僕が呼ぶのも悪い…かな?)

 自分もお呼ばれしている身なのだからと、僕は恭介たちに電話するのを思いとどまった。

     「どしたの、理樹クン?」
     「いや、真人たちにも連絡しようと思ったけど、あとでお菓子だけ持っていってやればいいかなって。」
     「そうですね、また次回という事でよろしいかもしれませんね。」

 西園さんの言葉に僕はなんとなく頷く。

     「ではさっそくお茶を入れるとしよう。」
     「それじゃ私はワッフルの用意するね〜。」

 来ヶ谷さんと小毬さんはテキパキとお茶会の準備に取り掛かりはじめた。

     「ねぇ小毬さん。急に僕なんかが参加してお茶とかお菓子は足りるのかな…?」
     「それなら大丈夫〜。1時間前にかなちゃんも部屋に誘ったけど仕事が忙しく行けないって言って1つ余ってるの。
      それにワッフルは全部で36個あるから、みんな幸せ〜。」
     「二木さんも誘ったんだ。」
     「ほうじ茶もいっぱいなのですっ(>ω<)」

 小毬さんは大きな箱を3段に重ねて持ってきた。
 これ一箱に12個はいっているとしても…かなり大きなワッフルだ。
 それこそ小毬さんサイズというよりは真人や謙吾サイズだ。あとで持っていってあげれば喜ぶだろう。

     「どうぞ直枝さん。ほうじ茶ですよ。」
     「ありがとう、西園さん。」

 湯飲みを両手で受け取って一口すすってみる。
 渋い味を想像していたけど、ほんのちょっとだけ甘い味が舌の上に広がった。

          :
     この世界に辿り着く可能性は6.25%(1/16)です。
     この世界ではまだ全員生存しています。

          *
          *




 【7月1日 16時45分】(10)

     「私、保健室に行って先生を呼んでくる!」
     「あ、小毬さん――」

 呼び止めようか躊躇しているうちに小毬さんは部屋を飛び出して女子寮の廊下を走っていってしまった。
 すぐに後を追おうかしばし逡巡して――僕は部屋にとどまることにした。

     「おっと、しまったな…。4時半に佳奈多君に呼ばれていたのを失念していた。いっそまた部屋まで来られて怒られる前に逃げるか…」

 来ヶ谷さんが右頬を爪でかきながら腕時計を見つめる。

     「葉留佳さん、全然起きないね。」
     「いったいどの時点で葉留佳君は眠ってしまったのだ?」
     「教室に紅茶缶を取りに行った帰り道だよ。突然フラついて立っていられなくなったんだ。」
     「それで理樹君がおぶって帰ってきたワケか。ふむ…だから、ヒャッハーっ!おっぱい最高!だったのだな。」
     「聞いてたのっ!?」
     「はっはっは。小毬君の部屋の中からでも私は十分聞こえていたさ。…しかしこんな眠り方は、やはりただの疲れではないな…」

 眉をひそめて何かを思案する来ヶ谷さん。

     「何か分かる事があるのですか、来ヶ谷さん?」
     「葉留佳君が不眠症で医者にかかっていたという話を聞いたことは………ないな。」
     「ええ、むしろ三枝さんは夜でも授業中でもよくお休みなっていると聞いていますから。」
     「どうみてもこれは――睡眠薬によるものだ。だが、そんなものを口にする機会は…」

 来ヶ谷さんと西園さんのやり取りを聞きながらベッドに寝かされている葉留佳さんを観察する。
 その睡眠薬という言葉がどうにも気にかかる。葉留佳さんが口にできたものと言っても…。

     「お茶です。よろしければどうぞ。」
     「あ…うん、ありがとう。」

 来ヶ谷さんが西園さんから湯飲みを受け取って一口すする。

          :
     この世界に辿り着く可能性は3.125%(1/32)です。
     この世界は悲劇です。17時00分になる前に最初の死亡者が出ます。

          *
          *




     17時00分以降、直枝理樹が生存している可能性は43.75%(7/16)です。
     17時00分以降、三枝葉留佳が生存している可能性は43.75%(7/16)です。
     17時00分以降、神北小毬が生存している可能性は65.625%(21/32)です。
     17時00分以降、棗鈴が生存している可能性は71.875%(23/32)です。
     17時00分以降、来ヶ谷唯湖が生存している可能性は71.875%(23/32)です。
     17時00分以降、西園美魚が生存している可能性は71.875%(23/32)です。
     17時00分以降、能美クドリャフカが生存している可能性は71.875%(23/32)です。

     17時00分の時点で71.875%(23/32)の確率で悲劇になります。
     助けてください。助けてください。助けてください。

          *
          *



     推論とは妥当性である。
     妥当性とは、ある特定の仮定に対して全ての反論を一切許さない完全性ではなく、他の仮定と比較した際に
     最も合理的である事を意味する。
     よって推論とは完全解を求める事ではなく、数ある仮定の中から最も合理的な解釈を選び出す思考作業の事である。
     そしてその仮定はすでに存在する材料のみから導かれなければならない。

     Aという事実はBという事実を推論(妥当)させるとする。
     この時、AとBの間にCという反論が入ったとするとどうだろうか?
     あんぱんとジャムパンがあるとする。
     朝にどちらかを食べ、お昼にもうひとつを食べるつもりだ。
     朝あんぱんを食べたという事実があるので、お昼に食べるのはジャムパンだと推論する。
     この推論に異を挟んで、いいや、朝あんぱんを食べたのは事実だが、またあんぱんを購入したかもしれない
     じゃないか、と反論するのは推論だろうか?
     もし、新しくあんぱんを購入した事実があったのなら、お昼に食べるものはあんぱんかジャムパンか不明となり、
     その反論は推定と言い得る。
     しかし、専らそのような事実がない場合であれば、このような反論は推論ではなくただの想像である。

     つまり推論とは事実から推測される最も妥当性の高い仮定であり、事実に基づく反論がない限り一応は
     最も妥当な仮定が真実と推定されるのだ。







          *
          *




 【7月1日 17時00分】(11)

     「…そんなこんなで第1回、部室のお茶会ティーパーティーを開催するぜ、はい拍手!」
     「恭介、顔に鈴の靴の跡が残ってるよ…」
     「おい、なんで懐中電灯を天井から釣ってんだよ?」
     「それにお茶会とティーパーティーでは表現がダブってますね。」

 僕と真人と西園さんの3連続つっこみに恭介の涼しい顔が一瞬揺らぐ。

     「…はい、拍手ぅ〜っ!」
     「わー」
     「わー」

 ――ぱちぱち…

 こうしてまばらな拍手をもって部室でのお茶会は始まったのだった。
 長机にはシュークリームが10個とほうじ茶の紙コップ10個。
 が、照明が懐中電灯ひとつなのでとことん暗い。

     「はい、理樹くんと恭介くん、真人くん、謙吾くんはワッフルまだだったよね。」
     「お、神北ありがとうな!…しかしこの雰囲気では、歓談よりも怪談をするのがふさわしいな。」
     「しょうがないだろ、謙吾。部室の照明が点かないんだ。この懐中電灯だって生徒指導室で二木に乾電池もらってきて
      やっと点いたんだぞ?」
     「それじゃ〜さっそく乾杯しましょう〜」
     「さすが小毬、場の空気ってヤツをよく分かってるぜ!そら、総員紙コップを天に掲げろ!」

     「しゅーくりーむ、しゅーくりーむ、わふーっ(>ω<)」
     「よ、待ってましたぁーっ!」

 クドと謙吾がここぞとばかりに盛り立てて、10人みんなの紙コップが出揃う。
 なんだかんだ言ってても、盛り上げるときには盛り上げる――それがみんなの良さなのかもしれない。

     「それじゃ、この俺、棗恭介の名誉回復を祈って乾杯だッ! 俺達は(21)じゃない。ロリロリバスターズの汚名返上だ!
      明日の試合、勝ちに行くぜ!」
     「………」
     「………(・ω・)」

 が、瞬時に沈黙が場を支配した。

          :
     この世界に辿り着く可能性は12.5%(1/8)です。
     この世界は悲劇です。17時15分になる前に最初の死亡者が出ます。


          *
          *



 【7月1日 17時00分】(12)

     「危険です…! 二木さん、行かないでくださいッ!!」
     「ふざけないでッ!! あそこには葉留佳がいるのよッ!?」
     「また爆発が起きる可能性があります! それにこの爆発ではもう――!」
     「違う…! 30分前まであの子は私にメールを送ったりして元気だったのよっ!? 死ぬわけなんてない…ッ!!
      クドリャフカだって! 直枝も棗先輩も…! ただの野球部の部室じゃない…! 何よ!? 何があったっていうのよ!?」

          :
     この世界に辿り着く可能性は6.25%(1/16)です。
     この世界は悲劇です。すでに死亡者が出ており、取り返しがつきません。

          *
          *



 【7月1日 17時00分】(13)

     「今、保健室にいるんだ。うん…分かった。真人に会ったらここまで一緒に連れてきてくれる?」
     『分かった。恭介には俺から連絡しておく。』

 ――プツッ

 僕は携帯電話をポケットにしまってため息をつく。

     「あいたた…ね、理樹くん。どうだった?」
     「謙吾も真人も恭介も、あと少しで保健室にくるよ。」
     「そっか。でも保健の先生、どこに行ったんだろう…」

 小毬さんが不安そうに呟いた。
 葉留佳さんが目を覚まさなくなってから慌てて僕と小毬さんは一緒に保健室まで走ってきた。
 が、途中で小毬さんは転んで足首を捻挫、そして保健室の中には誰も見当たらなかった。
 そして小毬さんをひとりにして保健の先生を探すわけにもいかず、僕はこうして一緒に待っているのだ。

     「この学校の保健の先生はあんまり保健室にいないからね。」
     「どうしたんだろ…はるちゃん、ぐったりしたまま、全然目を覚まさないもん…」
     「苦しそうではないけど…でも何をしても目を覚まさないのは異常だね。仮に来ヶ谷さんの言うとおり睡眠薬だたっとしたら、
      2時間以上は目を覚まさないらしいけど…。」
     「………」
     「………」

 昔の僕でもあるまいし、さすがにナルコレプシーじゃないだろう。
 ふと視線をそらすが、やはり小毬さんは沈んだ表情のままだった。
 俯いたまま落ち着きなく手足をそわそわさせている。

     「部屋にいるみんなに電話してみようか。」

 黙って頷く小毬さん。僕も不安な気持ちをなるべく顔に出さないようにして、携帯電話を取り出した。

     「………」
     「………」
     「………出ない。どうしたのかな、鈴。」
     「え?」

 呼び出し始めて60秒は過ぎているが、いっこうに通話になる気配がない。
 小毬さんも自分の携帯電話を手にして耳に当てる。

     「………」
     「………」
     「………ゆいちゃんも電話に出ないよ…。」
     「来ヶ谷さんも? みんな気付かないの?」

 葉留佳さんの看病か…いや、それほど広い部屋じゃないからすぐに気付くはずだ。
 部屋の外に出たのか…それも違う。鈴も来ヶ谷さんも普段、携帯電話を持ち歩いている。
 あとは西園さん、クド、葉留佳さんに電話を――いや、葉留佳さんは眠っているから電話には出ない――

          :
     この世界に辿り着く可能性は1.5625%(1/64)です。
     この世界は悲劇です。17時15分になる前に最初の死亡者が出ます。


          *
          *




     17時15分以降、直枝理樹が生存している可能性は18.75%(3/16)です。
     17時15分以降、三枝葉留佳が生存している可能性は17.1875%(11/64)です。
     17時15分以降、神北小毬が生存している可能性は40.625%(13/32)です。
     17時15分以降、棗鈴が生存している可能性は42.1875%(27/64)です。
     17時15分以降、来ヶ谷唯湖が生存している可能性は42.1875%(27/64)です。
     17時15分以降、西園美魚が生存している可能性は42.1875%(27/64)です。
     17時15分以降、能美クドリャフカが生存している可能性は42.1875%(27/64)です。
     17時15分以降、井ノ原真人が生存している可能性は81.25%(13/16)です。
     17時15分以降、宮沢謙吾が生存している可能性は81.25%(13/16)です。
     17時15分以降、棗恭介が生存している可能性は81.25%(13/16)です。

     17時15分の時点で98.4375%(63/64)の確率で悲劇になります。
     助けてください。助けてください。助けてください。助けてください。
     助けてください。助けてください。助けてください。助けてください。
     助けてください。助けてください。助けてください。助けてください。

          *
          *




 【7月1日 16時30分】(14)

     「………っ な…に? 夏なのに…なん…で?」
     「―――」
     「―――」
     「動か…な…い。からだ、動かない…よ…」
     「―――」
     「―――」
     「熱い…すごく…あつ…い…。ゆいねぇ、りんちゃん…こま、りん――」
     「―――」
     「―――」
     「みおちん…理樹く…ん……クド――」
     「―――」
     「―――」
     「頭、いたい……気が…とおく、なる…」

          :
     この世界に辿り着く可能性は25%(1/4)です。
     この世界は悲劇です。すでに死亡者が出ており、取り返しがつきません。

          *
          *



 【7月1日 16時15分】(15)

 ――ダンッ

     「ヤダ…何するの…?」
     「………」
     「嘘だよね…? 何もしてない、私、何もしてないよ…!」
     「………」

 ――シュッ…ブチッ…ブチッ…ビリッ

     「イヤ…! 触らないで…!待ってよ…! 言うとおりにする…! 言うとおりにするから…!」
     「―――」
     「やめて!――いやぁぁぁぁぁぁっ!!」

          :
     この世界に辿り着く可能性は12.5%(1/8)です。
     この世界は悲劇です。16時30分になる前に最初の死亡者が出ます。

          *
          *










     助けてください。
     全員が生存する確率は――














1.5625%













          :




     「―――」

     迷子――道に迷うとはどういうことだろうか。
     ふと気付いたとき、見たことのない景色と全く知らない人間に出くわす事だろうか。
     慣れ親しみ、頭の中で把握できていた世界から一歩はみ出して途方に暮れてしまった。
     だとしたら、それは世界の限界に立っていることを意味する。
     一歩、また一歩歩くごとに未知だった世界は広がっていく。
     常にその先頭にいるのは迷子である。言い方を換えれば迷子とは意図せぬ世界の開拓者なのだ。

     そして迷子とは地理的・空間的な自己の相対座標を見失う事だけを意味するにとどまらず、
     無数の重ね合わせの世界において、目的の世界に辿り着く術を知らない事をも包含する。
     また、あなたは長い人生においてちょっとした事から自己を見失いヤケになろうとする。
     これもまた迷子を意味するだろう。

          :

     どうすればいいか分からない。何をすれば最良の結果に臨めるのか。
     そんな最中、幸運にも私は地図の断片を見渡す事ができました。
     だから助けてください。

     全員が生存するために――


          神北小毬はワッフルとシュークリーム、どちらを先にみんなで食べるべきですか?

          直枝理樹が絶対に言ってはならないセリフはどれですか?

          最後の悲劇は誰によって回避されますか?



     助けてください。
     それから、もし可能ならば…私も助けてください。











 【ヒント編へ】


 あとがき

 正直、これ全部解けたらスゴイです。

 例によって現時点でそれぞれ1つの解答に辿り着く事ができるように構成しています。
 全体的に難易度は「汝は犯人なるや」よりも難しいと思います。
 ただ今回は厳密に考えずとも勘で解ける人もいるのでは。
 正答率予想は1問目が30%、2問目が15%、3問目が5%。
 時間に余裕がある方はどうぞ…。

 海鳴り



【戻る】
inserted by FC2 system