1.5625% (解答編)
 
















      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…

 1時間、1分、1秒。
 その音は部屋の中で淡々と時間だけを刻み続ける。
 長い長い一本の金太郎飴のような時間は秒針によって細かく刻まれ、そしてこんな音に形を変える。
 まな板の上で輪切りにしたキュウリのように、刻まれた時間がコロコロと転がって、そして消えていく音。


      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…

 変わらず等間隔に刻まれる音。
 この部屋で何度も同じ風景を眺め、同じ場所で暮らし、こうしてあなたと一緒に過ごす。
 それだけで私は幸せなのだ。


      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…

 カーテンの隙間から漏れる朝の柔らかな光。
 あなたはまだぐっすりと眠っている…無理もない。
 昨晩、不安で眠れなかった上にまだいつもの起床時間にすらなっていないのだから。


      ――チク…タク チク…タク…
                      ――チク……タク チク……タク…


 ――カタン



 突然、部屋は静まり返る。
 …止まった。止まってしまった。久しぶりに止まってしまったのだ。
 長針も短針も、そして秒針も悠久の時の流れを再び刻む事なく、ある時間を指したまま停止してしまった。

     "5時12分20秒"

 それが私にとって最後に刻んだ時間。
 止まったのはいい…だけど、あなたはどうするのだろうか。あなたの目を覚ますはずの時計は止まってしまった。
 今日はあなたにとって大事な約束の日だったはず。昨晩はひとりでずっと何かを呟いては悶えていた。
 そんな大切な約束なのに、私があなたを起こさないとこのまま予定の刻限を過ぎてしまう。

            ―――。

 何もできずに無為に時間だけが過ぎていく。
 後は寝不足のあなたが運よく目覚めるのを祈るしかない。
 カーテンから漏れる光もやがて高くなり、それが私に相当の時間の経過を予感させる。
 今の私に時間は分からないが…これではいつもの起床時間は既に過ぎているはずだ。

     「………ん?」

 やがて、あなたは目覚めた。
 そして私を見る。寝る。気付く。驚く。

     「何で…! 嘘ッ!?」

 手に掴んで振りまくる。しかし当然秒針は進まない。
 電池が切れてしまって動かないのだ。それも運悪くこんな大事な日に。

     「………ッ!」

 一方的な不運に対する怒り。
 それがたまたま手にあったモノに向けられたに過ぎないのだろうが――


 ――ガシャンッ


 私は死んでしまった。


















1.5625%
(解答編)


















 【6月20日 12時30分】(19)

 保健室――
 日当たりのよい窓に白い花瓶、白いベッド、白いカーテン。
 殺風景なこの一室だけは、学校のにぎやか過ぎる喧騒からは隔絶されたような空間となっていた。

 僕はベッドからゆっくりと半身を起こす。
 学校で教室の次に縁があるのは多分この部屋だろう。
 ナルコレプシーが治る前までは真人や謙吾たちによくここまで運んでもらった。
 そして今日、久しぶりにこの保健室で目を覚ます事になったのだ。
 まだボーとする頭に隣の会話が流れ込んでくる。

     「…睡眠導入剤は1回につき半錠だけ服用してください。」
     「はい、ありがとうございます。」
     「躁鬱の方は大丈夫かしら? レキソタンを出しておこうか?」
     「いえ、最近は調子いいみたいですし…」
     「そう、何かあったらすぐ言ってね。先生も昔はあなたと同じだったから、色々助言はできると思うわ。」

 隣のベッドに目をやると、保健医の先生がいくつかの薬を男子に手渡していた。

 ――その男子も保健室の常連だった。
 どことなく陰のある目立たない男子。その特徴だけ見れば僕と同じかもしれない。

 僕が眠り病であるのに対して、その男子は不眠症。
 夜眠ることができない代わりに、昼間突如として意識を失って眠り込んでしまう。
 ある意味、こうして僕と非常に近い持病を持っているのだけど、この男子と僕は今まで一言も話す事がなかった。

     「直枝さん。具合はどうですか?」
     「…あ、もう大丈夫です。すみません。」

 ボーっと考え事をしていると声をかけられた。
 にこやかな笑顔で保健医の先生が僕の顔を覗き込む。
 あまり保健室にいる事はなくその存在を知らない学生もいるぐらいだが、一部の男子の間ではひそかに人気がある。

     「ふふっ、まだ顔にサッカーボールの跡が残っていますよ。」
     「あ…やっぱりですか。ははは…」

 僕の鼻先を細い指で軽くなぞる。
 ゆるくウェーヴのかかった栗色の髪。そして親しみやすい喋り方に邪気を感じさせない笑顔。
 なにより保健医とはいえ、僕らに年齢の近い女性というのがやはり人気の秘密だろう。
 学生に対する面倒見もいいので男子だけでなく実は女子にも人気がある。
 小毬さんや葉留佳さん、あと西園さんもよく何かの相談に訪れると言っていた。

 ――ガラッ

     「やーやー理樹君、元気ですか?」
     「大丈夫〜? 顔でボールを受けてナイスプレイ!って真人君が言ってたから心配だったんだよ〜」
     「いやいや、体張った割りに僕の顔面に当たったせいでオウンゴールだからね…」

 保健室の扉から姿を現したのは葉留佳さんと小毬さん。
 僕のお見舞いに来てくれたのだろう…が、すでに制服姿になっていた。

     「あれ、体育の授業は終わったの?」
     「女子は一足先に切り上げ。それからはるちゃんとこは自習〜。」
     「そんなワケでちょっと様子見に来たってトコですかな。やー、キミにもよく会うネー。」

 葉留佳さんは僕の隣に寝ていた男子にもちょっかいをかけている。


          *
          *


 三枝さんとは主に保健室で会うことが多い。
 こうして友人のお見舞いに来ることもあれば、ひとりで相談にやってくる事もある。
 逆を言えば、自分にとっての三枝さんとは保健室で見る姿がほとんどなのだ。

 ――今日も三枝さんに会えた。
 用事でも無駄話でも話すことができると、遠かった距離が少しずつ縮んでいくような気がして嬉しい。
 できれば毎日でも保健室に来てくれないかと思う。

     「でもホントみごとにサッカーボールの魚拓がとれてますネ。」
     「って、そんなの記念撮影しなくてもいいからっ」
     「こまりんも野球でフライを受け損ねておでこに硬球の魚拓つくってたし、なんかこー…目指せ!いろんな球体の魚拓?」
     「ボーリング球の魚拓は真人か謙吾にお願いしてよね…」

 多くの友達に囲まれている三枝さん。
 嫉妬なのか羨望なのか…いつかその目が自分だけを見てくれるといいな――
 自分でも気付かないうちにそう思い始めた時、奇妙な話だけどそれが自分が三枝さんを好きになった・・・・・・瞬間なのかもしれない。

          :





     "少しだけ待ち遠しくて、少しだけ不満な毎日"






     "保健室にいる理由が少しずつ変わっていく"






     "そんな日が毎日過ぎていく"






          :











       ┏(01)
 (19)………┫
       ┗(02)



          *
          *



     あなたは三枝葉留佳に恋をしました。
     それが今までのあなたの人生で不可解な事か異常な事か、その評価は私には分かりません。
     ですが、毎日をいつもより少しだけ元気に生きているあなたを見るのが私には嬉しかった。
     机に肘をついてボーとしているあなた。
     何かを思い出して笑みを浮かべているあなた。

     だから願いました。
     ――これからも、こんな日がずっと続きますように。



          *
          *


 【6月24日 16時00分】(19)


     「うん…えっと、気持ちは嬉しいんだけど――」

 三枝さんはそこで言葉を濁す。
 誰もいない校舎の裏手だから、誰かに聞かれているという心配はない。
 それでもそこで黙ってしまうのは――

     「やっぱり…ダメですか?」
     「………」

 答えは沈黙。
 沈黙は否定じゃない。だからと言って肯定でもない。
 YESでもNOでもすぐに答えをもらえると思っていたのに実際はそうじゃなかった。
 そしてそれが一番つらいと初めて分かった。

     「………」
     「………」

 5分ぐらいは経った頃か――
 やがて俯いたままの三枝さんが小さな声で呟く。

     「こういうの初めてだからよく分かんないけど…返事、明日まで待ってもらえますか?」
     「…分かりました。それでは明日の朝8時にここで待ってます。」
     「…うん、ありがと。私、行きます。」

 足早に去っていく後姿を呆然と眺める。

     「………」

 校舎の角を曲がって姿が見えなくなり、そこで胸に溜まっていた息を全部吐き出す。
 激しく疲れた。…でも自分はどう思われたのだろうか。もしかしたら今ので嫌われてしまったのではないだろうか。
 頭の中をグルグルといろんな考えが巡っていく。

 すぐに返事を貰えなかったのだから、三枝さんにとって自分は大した存在ではないのかもしれない。
 でももしかしたら、告白された状況にただ戸惑っているだけなのかもしれない。
 そんな事を考え出すと自分では止められない。ネガティブにもポジティブにもなれる。
 だけど…いずれにしてもそれは明日の朝の返事を待つしかないのだろう。


          *
          *

     告白したあなたはその日は返事を保留にされた。
     主観的に確率は1/2。すなわち、受け入れられるか、断られるか。
     その夜、あなたは何度もそのことを考えては頭を振り、考えを打ち消しては次の可能性を頭に浮かべて…
     結局、夜中まで眠ることができなかった。

          *
          *


 【6月25日 12時30分】(19)

     「――そういうわけで、理樹君ならこういう時、どうするのかなって。」
     「うーん…それは難しいね。だって相手は葉留佳さんの事が好きで告白してきたんだから…」

 探し回って中庭のベンチで見つけた時には――その男子と寄り添うようにしながらサンドイッチをかじっていた。
 名前は直枝理樹。眠り病のため保健室に何度か訪れていた。

     「はい、理樹君。あ〜ん…」
     「うわっ、恥ずかしいよ!」

 三枝さんは直枝理樹とまるで恋人のように振舞っている。
 そして何よりも、三枝さんをたまに見かける時には誰にも見せなかった本当に幸せそうな笑顔。

 ただ…その光景を見て呆然と立ち尽くす。
 自分が寝坊したせいでこんな結末になったのだろうか。…いや、そんな事はないだろう。
 …元々、こういう事だったのだ。

 ――混乱する。

     「ねぇねぇ、どう思う?」
     「そうだね。やっぱりそれは葉留佳さんが自分で考えないと…」

 ――なぜ三枝さんはそんな大事な事を他の男子に相談するのだ?

     「もう…それじゃ相談した意味がないのですヨ。」
     「いやいや、それこそ僕にもどうしようもないってば。」

 ――なぜ笑いながら自分の事を話せる?

     「…ははは」

 絶望的な気分にもかかわらず、自然と笑みが浮かんでしまう。
 傍から見ればきっと一目瞭然だったのだろう。
 きっと自分が三枝さんという人間をちゃんと理解できていなかったのだ。
 だって、三枝さんが本当に好きな人は――

     「――っ!」

 最初から可能性はゼロ。
 返事をわざわざ保留したのはなぜ?
 こうして大事な事を人に喋ってしまっているのはなぜ?
 そう。少なくとも、直枝理樹との昼食の時間は盛り上がるだろう。
 自分の真剣だと思っていたものは、人を笑わせるための道具でしかないのだ。

     「…ははは、ははは…はは…」

 つまるところ、自分はピエロだったわけだ。
 ――その瞬間、何もかもがどうでもよくなった。


          *
          *



     突然、私は生き返った。
     部屋、そして世界に拡散していた意識の一部が元あった狭いプラスチックに収まる感覚。

      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…

          「やっと直った…。だけど、5時12分20秒から先に動かないか…」

     床に散らばる雑誌やコピー。『球根栽培法』、『腹腹時計』、『栄養分析表』――
     何世代か昔のものにみえるそれらには、題名とは裏腹に現代で言うところのテロリストに使用される凶器の製造法が
     事細かに載っていた。共産ゲリラ、破壊活動、反体制…数十年も昔には時代背景を追い風に公然とそれらが配布されていた。

          「ダメか…破壊力が足りない。もっと調べないと――」

     いったい、あなたは何をしようとしている?

     あなたは私を分解し、その中に様々なものを詰め込む。
     すぐに理解できる。それらは人を殺すために使用される材料だ。
     私の背に詰め込まれているのは火薬だろう。それを爆発させる事によって人を殺傷しようとしている。

          「爆発はどうしても5時12分20秒になってしまう…。ならいっそこれを時限装置としてしまおう。」

     電池で動き、その時間になれば私は爆発するという仕組み。
     確かに私は生き返った。しかし人を殺すための道具として生き返った。
     だとしたら、私はもうあなたのそばで時の流れを刻むことはできないのだろうか。

     それはとても悲しい。
     これからもあなたのそばにいたかったのに…。

     何よりも他の人を殺してもきっとあなたは幸せになれない。
     だから私は――誰も不幸にならない可能性を求めて、世界の観測を開始した。     
     すべてはあなたに気付いてもらうために。


          *
          *


 【7月1日 16時00分】(02)

     「それで、それで! 三枝さんはどう返事したですか?(>ω<)」
     「はいですか? YESですか? それともOKですか?」

 クド公とみおちんが目を輝かせて私をジッと見つめている。
 こまりんですらシュークリームを食べる手を止めてワクワクした表情をしている。
 放課後の教室には机を固めてちょっとした座談会――議題は私の恋バナだったりするのだけど…

     「ううん…朝の8時に校舎裏って約束だったけど……結局来なかったんだ。」

 拍子抜けという感じでこまりんは口を大きく開けたまま止まってしまった。
 が、すぐに何かを思いついて質問を矢継ぎ早に繰り出す。

     「はるちゃん、約束の場所とかあってる? それとも朝じゃなくて夜の8時だったりとか?」
     「そんな事ないのですヨ。でもそれから授業が始まるまで待っても来なかったし…」
     「ですが三枝さんは、その方にどう答えるつもりだったのですか?」
     「…え?」
     「………」
     「………」
     「そうか。葉留佳もついに――」
     「大人の階段を二段抜かしの勢いで駆け上がっていくことになったと…。」
     「だ、だから鈴ちゃん!姉御! まずは落ち着こうヨ。」

 普通の恋バナだったらまだよかったのだけど、何といっても相手は――

     「ではここは黙って葉留佳君が話し出すのを待とうじゃないか。」
     「分かりましたです!」

 もんのすごく興味津々といった感じで5人の瞳が私をその場に釘付けにする。
 不用意に相談してしまったのは自分とはいえ、これは失敗したかも…。
 私は仕方なく腹を決めることにした。

     「………」
     「………」
     「………」
     「実はデスネ――」
     「ほわ〜〜〜っ!? 本当なの!? はるちゃん!?」
     「まだ何も言ってないっ!」

 ――スパーンッ

 こまりんの頭に新聞紙ブレードで一発つっこみを入れておく。

     「あはは、冗談だよ〜。何だかみんなが沈黙してると緊張するよね〜。」
     「ではもう一度みんなが沈黙するところから始めようか。」

 姉御の一言にみんなが頷いて再びさっきの沈黙が場を支配する。

     「………」
     「………」
     「………」
     「実はデスネ――」
     「おまえら、今日は絶対に来いよ。俺達のプライドをかけた試合は明日だからな。」

 突然現れた恭介くんが大声で宣言すると指をビシッとこちらに向けて指していた。
 あ…姉御がなんかキレそうだ。


          *
          *



 棗恭介がひとり取り残される。
 そして三枝さんをはじめ、他の人たちは教室を後にする。

     「………」

 あまりに決定的だった。
 直枝理樹どころか…他の人にまで言いふらしていた。
 やがては噂となり、それはこの狭い生活領域の中を水に垂らした墨汁のように広まっていくだろう。
 無力感に打ちひしがれる。ただただ悔しい。自分の行動に遺恨を残す。

 一度は全部なくなってしまえばいいと思い、その衝動に駆られて爆弾まで製造した。
 それら殺害手段を確保する事で自分はある種の満足を得て、そのまま忘れるつもりでいた。
 爆弾を作って鬱憤を晴らしたつもりでいたかった。
 だから――少しの時間経過と共に殺意は薄らいでいくのを実感していた。そう、今までは。


     「何もかも…なくなってしまえばいい。」


 瞬時に彼らの行動パターンを思い出し、頭の片隅に忘れ去られていたかつての殺害計画を思い出し始める。
 必要なものは保健室に戻れば全てある。そして睡眠薬の顆粒も白衣のポケットにある。
 急がねばならない。まずは野球部部室に移動したケースを想定して先に爆弾を仕掛けに行く。それから…
 目に留まったものは――机の上に忘れ去られていた紅茶缶だった。

          *
          *

 まず、僕は恭介のところへ行っちゃいけない。
 廊下で葉留佳さんに捕まれば、僕らは女子寮の部屋で全員気を失ってそのまま死んでしまう。
 そして僕がひとりで部室に行った場合、僕だけ部室に残ろうと、恭介と電池を取りに行こうとどちらでも
 生き残ることはできない――

 ――つまり、僕は小毬さんが教室でシュークリームを食べている世界に行かなければならない。

          *
          *

     ――直枝理樹は正しい世界を選択しました。

     そして、あなたは置き去りにされた紅茶缶の中に睡眠薬を混入した。
     それは集まった全員がお茶を飲んで眠るのを待ち、殺害する計画をその場で立てたから。
     ですが、想定外の事態が起きてしまう。

          *
          *



 【7月1日 16時15分】(A)

     「う〜ん、いい香り…。ちょっと茶葉だけ食べてみようカナ?よーし――」

 ――ぱくっ

     「あ!…あぁ…そんなにいっぱい食べちゃった。美味しくないと思うけど…味はどう?」
     「………まずい。ものすごくまずい。なんか口の中で増殖してる…(TT)」
     「吐き出す?」
     「ううん…高いお茶なんだから飲み込む…うぇ……」

 顔をしかめながら何とか口の中のそれを飲み込んだ。
 うう…こんな事ならじゃんけんでもして理樹君に罰ゲームで先に食べてもらうんだった…。

     「うわっ、なんか二日酔いの後にヘッドホンでフルボリュームのロックを聴かされたみたいな顔してるよ…」
     「…なんか、渋くてほんのり甘くて病院の薬みたいな味がする…。理樹君、飲み物ない?」
     「ちょっと待って…あ。マッスルエクササイザーのボトルなら――」
     「うう…なんでもいいや。それ、ちょうだい。」

 ――キュポ…

     「んぐ…んぐ…んぐっ!?」
     「しょ…正気なの!?葉留佳さん!? 真人のマッスルエクササイザー(特製)飲んじゃったよ!?」
     「うぅ〜〜〜っ 気持ち悪い。もの…すごく気持ち悪い。これ、原材料ナニ?」
     「えーと、確かすりおろしたニンニクにプロテインを混ぜて隠し味として何かの肝を――」
     「うぅぅぅぅぅぅぇぇぇぇぇ…」
     「味はともかく夏本番に向けて体力つけるにはいいらしいよ?」
     「こんなもの飲んでまで体力は欲しくないですヨ…」
     「だよねー。やっぱり暑いときはミネラルウォーターの方を飲むよ。」
     「………理樹君。その手に持ってるひんやりとしたペットボトルは何デスカ?」
     「え? よく冷えたミネラルウォーターだけど。」
     「………」
     「………」

          :

     ┏(03)
     ┃
 ┏(01)┫
 ┃   ┗(04)
 ┃
 ┫
 ┃   ┏(05)
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(A)
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗(17)

          *
          *

 予想外の事態が起きた。
 三枝さんが茶葉を食べてしまったのだ。睡眠薬が効き始めるのは早くとも5分はかかる。
 そして常用している人間でなければ一般人にとっては相当きつい薬効を持つ。
 茶葉をそのまま食べてしまったとなれば、全員でお茶を飲む前に三枝さんがまず眠ってしまうだろう。
 決して怪しまれてはならないのに…!

 もしふたりとも茶葉を食べてしまったのならば、その場で殺せばいい。
 また直枝理樹ひとりが茶葉を食べて昏倒したなら、三枝さんひとりなら体力的に自分だけで何とかなる。
 だが…三枝さんひとりが茶葉を食べたのなら、お互いの姿が見える開けたこの場所で直枝理樹を殺すのは危険だ。

          *
          *

 僕は葉留佳さんと会って、教室に忘れ物の紅茶缶を取りに行く。
 その時、どうすべきだったか…いや、何をしてはいけなかったのだろうか。
 …問題は茶葉だった。
 
 僕だけが食べると…僕は気を失ってその間に葉留佳さんは殺される。
 ふたりとも食べると…ふたりとも気を失って殺されるんだ。
 ならば茶葉を食べなければ誰も気を失って倒れたりしない――
 僕はあの世界で、「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」 …そう葉留佳さんを制止した。

 そうだ。その結果――僕らは小毬さんの部屋か、部室でお茶会を開いて…

     「………いや、みんな死んだんだ!」

 なら、どうすれば助かった?
 僕らの身に危険が迫っている事に気付かなければならなかったはずだ。
 その端緒となるのは…葉留佳さんが眠ってしまう事。
 葉留佳さんが眠らないと、僕らは異常事態に気付いて行動を起こさない。だったら――

 ――「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」…このセリフを僕は絶対に言ってはならない。

          *
          *

     直枝理樹、正解です。
     その選択だけが全員が生存する世界へとつながります。

          *
          *


 【7月1日 16時30分】(B)

     「ほほう、少年。なにやら嬉しそうではないか。」
     「え!?いやいや!? そんな事はきっと願ってもない事だよ!」

 自分でもまったく意味が通じない。
 と、来ヶ谷さんは僕の背中で眠っている葉留佳さんをの頬をペチペチと叩き始めた。

     「こら、葉留佳君。眠ったふりをして理樹君に襲われても文句は言えんぞ。むしろそれが目的か?」
     「―――」
     「ならば先にお姉さんが、うん…? 葉留佳君?」
     「―――」

 ゆっくりと背中から葉留佳さんを下ろす。
 そして来ヶ谷さんはその体を受け止める。

     「熱は…ないな。呼吸も比較的落ち着いている。」
     「…?」
     「いや…疲れているのかもしれないか。よし、葉留佳君をベッドまで運ぶぞ。」
     「あ、うん。」

 協力して葉留佳さんをふたりで抱える。
 すると部屋の奥から小毬さんがひょっこりと顔を出す。

     「あ、はるちゃん。おかえり〜…あれ?どうしたの?」
     「どうやら疲れているらしい。もしかしたらどこか具合が悪いのかもしれないな。」

 ベッドの上にゆっくりと葉留佳さんを横たえると、来ヶ谷さんは首を傾げる。
 西園さんにクド、それに鈴も心配そうに葉留佳さんの顔を覗き込む。

     「確かに昔ふざけて抱きついた葉留佳君が疲れてそのまま私の背中で眠ってしまったことはあったが…」
     「病気…とかではないですね?」
     「ちょっと分からないな。しばらくはこのまま様子を見よう。それでも目覚めないようだったら――」

          :

     ┏(03)━(14)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗(16)
 ┃
 ┫
 ┃
 ┃   ┏(05)━(08)
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(A)┳(B)
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗(17)

          *
          *

 三枝さんは部屋まで運び込まれた。
 睡眠薬が入った紅茶缶も直枝理樹が持ったままだ。
 もし来ヶ谷唯湖がいなければ異変に気付かなかったかもしれない。
 だが現状、この様子では異変に気付かれた可能性がある。
 まだだ…まだ機会を待とう。

          *
          *

 来ヶ谷さんは二木さんとの約束を忘れていた。
 そのおかげで来ヶ谷さんは小毬さんの部屋にいて、葉留佳さんの異常に気がついたんだ。
 だからこそ、しばらく僕は紅茶缶をみんなに渡すのを忘れていた。
 一方で二木さんは姿を現さない来ヶ谷さんにイライラしていたはずだ。

          *
          *

     もし来ヶ谷唯湖が二木佳奈多との約束で出かけていたなら、あなたは彼女らの殺害中に
     来ヶ谷唯湖と部屋で遭遇する事になっていただろう。
     その結果、それ以降の殺害計画を止められるか、または来ヶ谷唯湖も殺害し、計画を完遂
     していたかのどちらかだ。

          *
          *


 【7月1日 16時45分】(C)

     「具合は良くならないな…。全然目覚める気配がない。」
     「病院に連れて行くか?」
     「いや、鈴君。それなら保健医をここまで呼んだ方がいい。」

 20分近く様子をみていたが結局、葉留佳さんは目覚めなかった。
 いや、寝息すらほとんど聞こえないぐらいぐったりとしているのだ。

     「私、保健室に行って先生を呼んでくる!」
     「あ! それなら僕も一緒に行くよ。」

 ドアを開けて出て行ってしまった小毬さんの後を追って、僕も慌てて走り出す。

 ――ドンッ

     「きゃっ!?」

 廊下の角を曲がった出会い頭――
 小毬さんと見た事のある男子がお互い頭を押さえながら尻餅をついていた。
 そうだ…保健室でよく見かける人だ。

     「す、すいません。怪我はないですか?」
     「あぅ〜〜〜こちらこそ〜ごめんなさ〜い〜〜っ…あれ、男の子?」

 不思議そうに小毬さんが首を傾げる。
 確かに…ここは女子寮だ。男子がひとりでここを歩いているのはかなり珍しい。

     「それどころじゃなくて…! 急ご、理樹君!」
     「っと、だから走ったらまた誰かにぶつかるって…!ごめんね!」

     「あ――」

 小毬さんに手を引かれて僕も一緒に女子寮の廊下を疾走していく。

          :

     ┏(03)━(14)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)
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 ┃
 ┫           ┏( )
 ┃           ┃
 ┃   ┏(05)━(08)┻(09)
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(A)┳(B)┳(C)
     ┃   ┃   ┃
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     ┃   ┗(07)━( )
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗(17)

          *
          *


     「………」

 …さっきは危なかった。
 だがこれで計画に移る事ができるだろう。

 手はずは整えてある。
 ゴム手袋、七輪、洗面器、洗剤、石灰硫黄合剤、ビニール袋。
 洗剤と硫黄合剤を混ぜた混合液をビニール袋に移す。そして頭からそのビニール袋を被せて口を縛り、
 中毒死させる。七輪により体温、呼吸を高め、硫化水素の発生を早めるために気温を上げておく。
 これだけの準備があれば10分以内に4人を死亡に至らせることも難しくない。
 一気に全員殺すつもりなら部屋に硫化水素と一酸化炭素を充満させればいい。
 だが、部屋に戻ってくる可能性があるものがいるなら、ひとりずつ殺さなければならない。
 そしてこれならいずれにしても痕跡を残そうが自殺を偽装することができるだろう。

 ――ピリリリリリリリ…

 ドアの向こうではひとつの携帯電話が鳴り続けているが、一向に鳴り止む気配がない。
 それから何度も鳴る携帯電話を確認して…ドアに手をかける。

          *
          *

 僕と小毬さんは女子寮を離れてしまった。
 一番最後の悲劇は…小毬さんの部屋で起こるというのに…!
 僕と小毬さんには無理だ。危険に気付いていない上、小毬さんは足を捻挫してしまった。
 保健室に保健医の先生もいない。どうすれば…どうすれば助けられる?
 葉留佳さん、来ヶ谷さん、鈴、西園さん、クドは気を失ってしまっている。
 ならば残りは恭介? 真人? 謙吾?

     「それもダメだ…! 僕は謙吾に連絡するけど、迫っている危険に気付いていない…!」

 謙吾たちに小毬さんの部屋に直接行ってくれ、と頼む根拠がない。
 しかも男子だけでは女子寮に入る事ができるか分からない。
 時間だって、謙吾に連絡がついたのは17時00分をとっくに超えていた。
 そこから女子寮に行ったとしても間に合うか分からない。
 17時00分に…何とかこの前後の時間に小毬さんの部屋に行くことができる人が欲しい…!

          *
          *

     最後の悲劇は直枝理樹では回避できません。
     ちょっとした気まぐれ。曜日が違えばその行動に出なかったであろう人物によって、
     偶然に回避されます。

          *
          *


 【7月1日 17時00分】(D)

     「…遅い。何をやっているのよ、来ヶ谷さんは…!」

 歩きながらひとり愚痴りまくる。
 約束を忘れているのは想像に難くない。
 1時間ちょっと前に神北さんから部屋でお茶会をすると誘われたのを思い出したからだ。

 メンバーは葉留佳をはじめ神北さん、そして来ヶ谷さんも集まる予定だったはず。
 ならば来ヶ谷さんがいるのは神北さんの寮の部屋という事になる。
 場所も分かる…だからこうして今、私はその部屋まで歩いているのだ。
 わざわざその場に行くのも躊躇われたが、こういうのは早めに済ませておかないと…。
 とはいえ、私の説教を恐れて逃げ出した可能性もあるのだから、無駄足になるかもしれない。
 葉留佳が電話に出なかったのもそういう理由に違いなかった。

 ――コンコン…

 ドアをノックしても中から何も聞こえてこない。
 …いえ、何か慌しく動き回る音が響いてくる。という事は――

 ――バタンッ!

     「来ヶ谷さんッ!! もう逃げられません! 観念して――」

          :

     ┏(03)━(14)━( )━(18)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)━( )━(11)
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗(16)
 ┃
 ┫           ┏( )━(12)
 ┃           ┃
 ┃   ┏(05)━(08)┻(09)━( )
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(A)┳(B)┳(C)┳(D)
     ┃   ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┃   ┗(13)
     ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┗(10)
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)━( )┳( )
     ┃           ┃
     ┃           ┗( )
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗(17)

          *
          *

 なぜ…三枝さんの姉がここにいる…!

 そう、二木さんにしか最後の悲劇を回避する事ができない。

          *
          *

     二木佳奈多に見つかりあなたの殺害計画は阻止され、この世界では誰も死なずに済んだ。
     この世界…この世界だけが誰も死なずに済む世界。

     全員が生存するために――

          神北小毬はワッフルとシュークリーム、どちらを先にみんなで食べるべきですか?
          シュークリーム

          直枝理樹が絶対に言ってはならないセリフはどれですか?
          「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」

          最後の悲劇は誰によって回避されますか?
          二木佳奈多

               :













               :

          「………これ以上は、見たくない。」

     あなたは最低です。
     こうして私が世界を観察し続け、すべての世界を見せるまで考えを改めようとしなかったのですから。
     ですがこれでもし…あなたが思いとどまって悲劇を起こさずにいられるのなら、私は嬉しいのです。
     (10)の世界では、あなたが最後に三枝葉留佳を殺そうとしたにもかかわらず思いとどまりました。

          「………」

     それがなぜか私には分かりませんが、きっとあなたならすべての悲劇を回避するように世界を歩んで行く気がするのです。
     世界の選択は直枝理樹たちに委ねられていますが、それでもあなたには気付いて欲しかった。

          「…もう、いなくなるの?」

     お忘れですか?
     私の寿命は5時12分20秒。その刻限をもって私は爆発して、長針も短針も本体も…すべて粉々になってしまいます。
     今までの世界を観察する限り…誰かが死ぬ悲劇の世界では私を助ける事ができたかもしれませんが、直枝理樹たちが
     助かるこの世界の道筋ではもう無理でしょう。
     その時、あなたは女子寮の部屋にいるのですから。

          「…キミに意識があるなんて思いもしなかった。」

     死ねば人間だって生命を失った物質です。
     ですので本当にその日が来るまでお別れですね。


     今まであなたの時計として一緒に過ごせて――楽しかった。


          *
          *


 ――ドオォォォォォン…!

 遠くで爆発する音が聞こえた。
 もう、あの時計は帰ってこないのだろう。
 窓の外を眺めながら心の中で呟く…今まで、ありがとう。

     「幸いグランドは施設の改修工事が予定されていたため無人でした。」
     「そう…」
     「私にはなぜあなたがこんな凶行に及んだのか全く分かりません。その気がなければ爆弾の事も口にしなければ
      よかったというのに――」
     「………」
     「あなたの事を言いふらした葉留佳にも責任はあります。ええ、それはもう100発ぐらいビンタしても足りないぐらい。
      世の中には相談すべき事でも人に教えてはならない事がいっぱいありますから。
      まずは葉留佳に代わって姉の私が謝っておきます――本当にごめんなさい。」

 二木佳奈多は深々と頭を下げた。
 結局――二木佳奈多に見つかり、何もすることができなかった。
 計画を立て、必要なものをすべて用意し、100%に近い確率で殺害する事ができた世界群。
 そんな世界を見続けて、自分が辿りついたのがこの1.5625%の世界。

     「んにゃ…お姉ちゃん、やめてぇ〜…Zzz…」

 幸せそうに眠る三枝さんを見て――心が痛んだ。
 人が死んでしまう世界をいくつも見てきたのに、結局一番心が痛んだのは三枝さんの寝顔だった。

     「………」
     「葉留佳ったら暢気なものね…自分に危険が迫っていたのも知らずに。」

 二木佳奈多は短く息を吐き出す。
 きっといろんな世界を見ているうちに冷静になったのだろう。
 だから誰かが死ぬ世界よりも、誰も死なない世界の方がよかった。

 ――二木佳奈多が部屋に入ってきた時、自分の中ですでに殺そうという気なんて失せていたのかもしれない。

     「ひとつ、お訊きしたいのですが―ー」
     「?」
     「…好きな人に裏切られるというのは、相手を殺したくなるぐらいつらいものですか?」

 不謹慎ながら笑いそうになる。
 二木佳奈多。あなたがそれを訊くなんて――

     「可愛さ余って憎さ百倍。それがどういう事になるか、二木さんならすでに経験されているはずですね。」
     「なっ!? 葉留佳ったら、私達の事まであなたにしゃべっていたのね。」
     「古今東西、恋する乙女が裏切られるとタダではすまない――あなたも女なら分かるでしょう?・・・・・・・・・・・・・・・
     「…分かりませんよ、先生。」
     「保健医は学生のカウンセリングも仕事ですからその時に聞いただけです。…と、これは口外してはいけませんね。」
     「そうですね。ではこれであいこという事にしてください。」

 二木さんはベッドの方に目をやりため息をつく。
 私は窓の外を見ながら――ただただ涙を流しながら笑っていた。


          *
          *























 【7月2日 16時00分】(20)

     「おまえたち、ついに決戦の日がやってきた。ある者は自分の名誉を守るため、そしてある者は友情を確かめるために
      今このグランドに立っている。」

     「………」
     「これまで流した汗も涙も、今日必ず報われることを知っている。なぜなら俺たちは…リトルバスターズだからだっ!」
     「………あの、恭介?」
     「うん、どうした理樹?」
     「ピッチャーとキャッチャーだけで野球が成り立つのかな…」

 ひたすら広いグランドに僕と恭介、それから相手チームのナインが腕を組んで僕らの様子を眺めていた。

     「女子のみんなはひとりも来てないね。」
     「…それは俺達の勝利を信じているからだ。」
     「ちなみに真人は筋トレ、謙吾は部活だからね。」
     「………それも俺達の勝利を信じているからさ。」

 あ、徐々に恭介の顔が引きつってきてる。

     「もう素直に降参しようよ。失うのは恭介の名誉だけなんだからさ…」
     「バカ言え! だからこそ俺は必死なんだよっ! 全打者三振で俺達の勝ちさ…!」
     「それから攻撃の時に恭介が出塁して、僕の打席が終わったら誰が打つのさ?」
     「理樹。全打席ホームランだ。」
     「んな無茶なっ」
     「よし、待たせたな! とっとと試合を始めようぜ。」

 その声に相手チームも腰を上げる。

     「開始時間は16時15分…と。」


      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…

 恭介は赤い時計をベンチに置くと時間を合わせ始めた。
 落として割れたのだろうか…ヒビは接着剤でくっつけられ曲がった針がいびつに1秒ごとに動いていた。

     「恭介、その時計どこから持ってきたのさ?」
     「これか? 昨日部室でおまえらを待っていたときに見つけたんだが、部室の電気が付かなくてな。その時に懐中電灯も切れていて
      こいつの中にある電池を拝借したんだ。そしたら、時計の後ろになんと火薬が詰まっていたんだ。」
     「か、火薬…!?」
     「俺もびっくりしたぜ。見覚えのない時計に火薬…なんてまるで時限爆弾だからな。誰かのイタズラにしちゃ度が過ぎている。
      まぁ、それで昨日グランドで火薬だけを爆発させてみたんだ。中々の威力だったぜ? これでも火薬の扱いに関しちゃ爺さんに
      ちょいと仕込まれてるからな。」
     「あー昨日の爆発は恭介の仕業だったんだ…。でもいったい誰がそんな手の込んだイタズラをしたのさ?」
     「…さぁな。ま、時計はあとで職員室にでも落し物として届けておけばいいだろう。」
     「さぁなって、昨日の睡眠薬といい爆発といい結構これは重大事件だと思うけど――」
     「そんなもんより、これからの試合が俺にとっては大事なのさ。そら! 気張って行くぞ理樹っ! 俺は絶対(21)にはならねぇ!!」
     「ああ、もう! こんなの試合になりっこないじゃない…!」

 何か胸に釈然としないものを残しながら、僕は恭介に引っ張られるままミットをはめて走り出した。

          :



      ――チクタク チクタク…
                      ――チクタク チクタク…



 (20)→(21)











 【終わり】


 あとがき

 えらく長くなりましたが読んで頂きありがとうございます。
 それから…はるちんスキーのみなさん、ごめんなさい! 作者はこれでもはるちん好きです。
 推理の部分以外でも特に世界設定で判りにくい所がいろいろあったと思いますが、どうかご容赦ください。

 以下、最初に作ったツリーとマトリクスを載せておきます。多分矛盾は無いはず…。
 それから解法も。↓



【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------
     ┏(03)━(14)━( )━(18)    :(14)硫化水素で死亡(理、葉、毬、鈴、来、魚、ク)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)━( )━(11)    :(11)部室爆発で死亡(全員)
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗(16)            :(16)刺殺(理)
 ┃
 ┫           ┏( )━(12)    :(12)部室爆発で死亡(全員)
 ┃           ┃
 ┃   ┏(05)━(08)┻(09)━(24)    :(24)硫化水素で死亡(理、葉、毬、鈴、来、魚、ク)
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(A)┳(B)┳(C)┳(D)    :全員生存
     ┃   ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┃   ┗(13)    :(13)硫化水素で死亡(葉、鈴、来、魚、ク)
     ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┗(10)        :(10)絞殺(毬)、硫化水素で死亡(鈴、来、魚、ク)
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)━(22)┳( )    :(22)硫化水素で死亡(理、葉、毬)
     ┃           ┃
     ┃           ┗(23)    :(22)硫化水素で死亡(理、葉、毬)(23)(鈴、来、魚、ク)
     ┃
     ┣(15)                :(15)絞殺(葉)
     ┃
     ┗(17)                :(17)刺殺(理)、絞殺(葉)
--------------------------------------------



【確率分岐】
--------------------------------------------
      ┏(1/4)━(1/4)━(1/4)━(1/4)
      ┃
 ┏(1/2)┫    ┏(1/8)━(1/8)━(1/8)
 ┃    ┗(1/4)┫
 ┃        ┗(1/8)
 ┃
 ┫              ┏(1/16)━(1/16)
 ┃              ┃
 ┃   ┏(1/8)━(1/8)┻(1/16)━(1/16)
 ┃    ┃
 ┗(1/2)╋(1/8)┳(1/16)┳(1/32)┳(1/64)
      ┃    ┃    ┃    ┃
      ┃    ┃    ┃    ┗(1/64)
      ┃    ┃    ┃
     ┃    ┃    ┗(1/32)
      ┃    ┃
      ┃    ┗(1/16)━(1/16)┳(1/32)
      ┃              ┃
      ┃              ┗(1/32)
      ┃
     ┣(1/8)
      ┃
     ┗(1/8)
--------------------------------------------

【時系列死亡確率】
  16:15 16:30 16:45 17:00
(17)…1/8 (14)…1/4
(16)…1/8
(22)…1/16 (11)…1/8
(24)…1/16
(12)…1/16
(17)…1/8
(15)…1/8
(14)…1/4 (22)…1/16 (11)…1/8
(24)…1/16
(12)…1/16
(13)…1/64
  (14)…1/4 (10)…1/32
(22)…1/16
(11)…1/8
(24)…1/16
(12)…1/16
鈴・来・魚・ク   (14)…1/4 (10)…1/32 (11)…1/8
(24)…1/16
(12)…1/16
(13)…1/64
(23)…1/32
恭・真・謙       (11)…1/8
(12)…1/16

 ★解法例★

 問題を解くのに必要なルールは2つ。
 @世界の確率分岐
  ・世界は必ず同じ割合の可能性で分岐する。
  ・その結果、同じ時系列の可能性の総和は100%になる。

 A推論と妥当性
  ・文中にある材料から仮定を導く。
  ・その仮定は完全である必要はないが、文中の記述と矛盾してはならない。
  ・他の仮定と比較した際に最も合理的・妥当性を備えている仮定が優位する。

 すべての基礎は16:00の時系列に属する(01)と(02)の世界から。


【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------

 ┏(01)…1/2
 ┫
 ┗(02)…1/2

 一番最初に必要なのはこの図である。
 次に時系列ごとに以下世界を整理していく。


 ■ 16:15の世界について

     (03)…1/4
     (04)…1/4
     (05)…1/8
     (15)…1/8 *誰か死亡

 ・まず確率が1/4の世界と1/8の世界の2種類がある事に注目する。
  同じ所から分岐した世界は互いに確率が等しいので、(03)(04)は同じ分岐元、(05)(15)は同じ分岐元だと分かる。
  また、(01)(02)それぞれの世界の確率の合計は1/2になるので…

     ┏(03)…1/4
     ┗(04)…1/4

     ┏(05)…1/8
     ┃(15)…1/8
     ┃( )…1/8
     ┗( )…1/8

 この2つに分けられる。次にどちらが(01)(02)の世界から派生したかを調べる。判断材料は…
 
     ・(03)小毬「理樹くんは教室でワッフルを食べていなかったから…」
     ・(04)恭介「うん?謙吾のヤツ、今日も部活に行くのか?」
     ・(04)理樹「教室から出て行くときは何も言わなかったけど…」

 これらから(03)(04)は(01)からの派生だと判明する。
 ここまでを図にまとめる。

【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------
     ┏(03)…1/4
     ┃
 ┏(01)┫
 ┃   ┗(04)…1/4
 ┃
 ┫
 ┃   ┏(05)…1/8
 ┃   ┃
 ┗(02)╋( )…1/8
     ┃
     ┣(15)…1/8
     ┃
     ┗( )…1/8

     ・16時30分以降、直枝理樹が生存している可能性は87.5%(7/8)です。
     ・16時30分以降、三枝葉留佳が生存している可能性は75%(3/4)です。

     ・(15)の可能性は1/8であり、死亡者の存在がこの世界で確定する。
     ・(03)(04)(05)の世界では、死亡者がいない。

 以上から、理樹は(02)から派生する世界のうち1つの世界で死亡し、葉留佳は2つの世界で死亡する。
 死亡の可能性を持った世界は(15)( )( )の3つ。
 組み合わせを考えると…
     ・理樹1人が死亡する世界 + 葉留佳1人が死亡する世界 + 葉留佳1人が死亡する世界
     ・理樹と葉留佳の2人が死亡する世界 + 葉留佳1人が死亡する世界(15)
 この2通りが考えられる。



 ■ 16:30の世界について

     (06)…1/8
     (07)…1/16
     (08)…1/8
     (14)…1/4 *誰か死亡

 (14)だけ1/4の確率なので、(03)または(04)からの派生であることが分かる。
 それぞれの世界がどこから派生したものか調べる。

 【(06)について】
     ・(06)恭介「…教室でワッフル食ってる場合じゃないだろ。」
     ・(06)お茶が無いためお茶会未開催。
     ・(06)恭介が紅茶缶を所持している。

          →各世界で出てくる紅茶缶の同一性については、それぞれを区別する情報がないがクドの所有である。
          →これらから(06)は(04)からの派生と推定。
           尚、自動的に(14)は(03)からの派生と判明する。
          →これによって(01)ルートは、残り1/8の確率の世界が1つのみと分かる。
           つまり1/16の確率である(07)は(02)からの派生である。

 【(07)について】
     ・(07)小毬「ワッフルのお茶会へいらっしゃ〜い。…」
          →上述の通り、(07)は(02)からの派生で決定されるが、一応補強材料。

 【(08)について】
     ・(08)からは確定的に他の世界との矛盾を導き出せる情報がない。


 ここまでを図にまとめる。

【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------
     ┏(03)━(14)…1/4
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)…1/8
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗(※)…1/8
 ┃
 ┫
 ┃
 ┃   ┏(△)━(※)…1/8
 ┃   ┃
 ┗(02)╋(△)┳( )…1/16
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)…1/16
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗( )


 △(05)がどちらかになる。
 ※(08)が属する可能性のある世界。
  (08)ではない方は死亡者の出る世界。


 ・(02)から派生する4ルートは、死亡者のいない(07)が存在するために、生存ルート2、死亡ルート2の組み合わせになる。
  つまり、16:15の世界の形の仮定で正しいのは、理樹と葉留佳の2人が死亡する世界 + 葉留佳1人が死亡する世界(15)。
 ・16時45分の時点で62.5%(5/8)の確率で悲劇になります。
  →16:15の世界では1/4の確率で死亡者が出る。しかし16:30の世界では5/8の確率になっている。
   2/8→5/8と3/8だけ死亡者がでる世界が増えていることに注目。
   ひとつは(14)の1/4の世界。しかし、合計で3/8増えているので、もう1つ1/8で死亡者が出る世界が存在する事になる。
   1/8の確率の世界は残り2つしかないので、それは(08)ではない、もうひとつの1/8の確率の世界となる。

 ■ 16:45の世界について

     (09)…1/16
     (10)…1/32 *誰か死亡

 確率だけからはどこから派生しているのか分からない。
 なので死亡率から世界の形を確かめる。


 ・17時00分の時点で71.875%(23/32)の確率で悲劇になります。
  →5/8から23/32と死亡率が増加している。言い換えれば20/32→23/32となり、3/32だけ死亡率が増えている。
   3/32という数字は、1/32が3個、もしくは1/16と1/32の組み合わせで実現できる数字。
 ・(10)が1/32の死亡者の出る世界なので、残りは以下の通り。
     *1/32の死亡者の出る世界が2つ
     *1/16の死亡者の出る世界が1つ

 【(10)について】
     ・(10)理樹「教室に紅茶缶を取りに行った帰り道だよ。突然フラついて立っていられなくなったんだ。」

      →(03)(04)いずれの世界からの派生も否定される。つまり(02)ルート。
       かつ葉留佳が眠っている世界からの派生なので(05)からの派生も否定。
     ・(10)来ヶ谷「はっはっは。小毬君の部屋の中からでも私は十分聞こえていたさ。…」

      →来ヶ谷が部屋にいない(07)の世界からの派生を否定。
      →以上から(10)は(07)と根は同じで異なる分岐から派生したと分かる。
       また確率が1/32なので(10)には異なる分岐から発生した裏側の世界が存在する。

 【(09)について】
     ・(09)小毬「それじゃ私はワッフルの用意するね〜。」

      →教室ではシュークリームを食べていたと推定。(02)からの派生だと判断。
       (07)と(09)では来ヶ谷の所在が異なるので連続性を否定。
       したがって(09)は確率の適合から当てはめて(05)ルートから派生した事になる。
       また確率を考えて裏側の世界も1つ存在する。
      →(09)で死亡者がいない事から、(09)のひとつ前の世界は(08)で確定。
      →これによって(08)の位置が確定。

     ・(05)は(07)もしくは(08)の世界に必ず分岐する。
      どちらがより(05)の世界に近いかを考えると、一応、葉留佳が起きている(08)と推定される。
      よって(05)→(08)とつながる。これによって(05)の位置も確定。

 ここまでを図にまとめる。

【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------
     ┏(03)━(14)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗( )
 ┃
 ┫           ┏( )…1/16
 ┃           ┃
 ┃   ┏(05)━(08)┻(09)…1/16
 ┃   ┃
 ┗(02)╋( )┳( )┳( )…1/32
     ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┗(10)…1/32
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗( )

 ※(06)(07)からの派生は不明。
  まだ1/16の死亡が組み込まれていない。




 ■ 17:00の世界について

     (11)…1/8  *誰か死亡
     (12)…1/16 *誰か死亡
     (13)…1/64 *誰か死亡

 すべて死亡者の出る世界。

 【(11)について】
     ・(11)小毬「はい、理樹くんと恭介くん、真人くん、謙吾くんはワッフルまだだったよね。」
     ・(11)長机にはシュークリームが10個とほうじ茶の紙コップ10個。

      →女子にはシュークリーム、ほうじ茶。男子にはワッフル、シュークリーム、ほうじ茶。
       順番としてシュークリームが机の上に出た状態で小毬が男子にワッフルを渡している。
       よって女子にはワッフルがないと推定されて、(01)からの派生ルートと判断する。
     ・補強材料として…
       (11)理樹「恭介、顔に鈴の靴の跡が残ってるよ…」
       (11)真人「おい、なんで懐中電灯を天井から釣ってんだよ?」

        →未だ空白の世界で理樹と恭介が再会している世界はないため、一応は(06)からの派生と推定。
         また、確率が(06)から変化していないので、間1個世界を挟んで直結ルート。

          ⇒これで(01)からの派生ルートである(14)(11)( )の3つですべて死亡者が出る事になる。
           したがって設問1:神北小毬はワッフルとシュークリーム、どちらを先にみんなで食べるべきですか?
           答えは、シュークリーム


           →(11)で初めて死亡者が出るので(06)と(11)の間の世界はまだ全員生存。
           →16:45には1/16で死亡者が出る世界が未定のままだったが、ここで(06)と(11)の間の世界は生存と確認。
            よって(07)の次の世界が死亡者の出る世界で確定。

 【(12)について】
     ・(12)佳奈多 「違う…! 30分前まであの子は私にメールを送ったりして元気だったのよっ!? …」

       →17時過ぎから30分前――つまり16:30の世界で葉留佳は佳奈多にメールを送っている。
        葉留佳が佳奈多にメールを送るには葉留佳が起きている事が前提。
        (06)(07)(08)のうち、最も妥当性の高いのはメールを送る必然性を持つ(08)なので、(08)ルートと一応の推定。
     ・(09)「いや、真人たちにも連絡しようと思ったけど、あとでお菓子だけ持っていってやればいいかなって。」
     ・(09)「そうですね、また次回という事でよろしいかもしれませんね。」

       →(12)は15分前の(09)の状況とは矛盾するため、(12)と(09)は直列上にはない。

 【(13)について】
     ・(13)葉留佳さんが目を覚まさなくなってから慌てて僕と小毬さんは一緒に保健室まで走ってきた。

       →葉留佳が眠っている世界から派生。確率を見るとこれも裏側に別の世界がある。


 ここまでを図にまとめる。

【世界分岐】
--------------------------------------------
16:00 16:15 16:30 16:45 17:00
--------------------------------------------
     ┏(03)━(14)
     ┃
 ┏(01)┫   ┏(06)━( )━(11)
 ┃   ┗(04)┫
 ┃       ┗( )
 ┃
 ┫           ┏( )━(12)
 ┃           ┃
 ┃   ┏(05)━(08)┻(09)…1/16
 ┃   ┃
 ┗(02)╋( )┳( )┳( )┳( )…1/32
     ┃   ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┃   ┗(13)
     ┃   ┃   ┃
     ┃   ┃   ┗(10)
     ┃   ┃
     ┃   ┗(07)━( )
     ┃
     ┣(15)
     ┃
     ┗( )


 ・全員生存する世界は(09)ルートか、もしくは(13)の裏側の世界である。
  1.5625%(1/32)の確率なので――
     ・(09)ルートの場合は最後に世界が2つに分岐して片方が死亡者の出る世界、片方が全員生存である。
     ・(13)の裏側は1/32なのでそのまま全員生存。
 #(09)から続く世界の状況
     ・(02)→(05)→(08)→(09)→(☆)というルートを辿る。
     ・葉留佳が起きている状態である。
     ・女子寮で理樹+女子6人でお茶会開催。他の男子はいない。
 #(13)の裏側の世界の状況
     ・(02)→(05でも15でもない世界)→(07の裏側)→(10の裏側)→(13の裏側=☆)というルートを辿る。
     ・葉留佳は眠っている。

 ・さてどちらか。
  お茶会が開催された場合、まずお茶は飲まれる事から考えると(09)の描写の後は、睡眠薬で眠る事になる。
  これまでの世界において女子グループでお茶を飲んだケースで死亡者がいなかった世界は無く、個人の生存率を照らし合わせると、
  必ず死亡している。但し、死亡はお茶会が開催された次の世界である。
  この状況から(09)の次の世界では死亡者が出る蓋然性が高い。
  反検証として、(09)が他の女子メンバーによるお茶会と異なる点は、伊予柑星人の情報と、佳奈多への連絡、そして来ヶ谷が
  佳奈多との用事を思い出して葉留佳の携帯電話で佳奈多に連絡を取っている点である。
  来ヶ谷が佳奈多に連絡を取っている以上、佳奈多は新たに来ヶ谷に対して用事を元に行動する事はないと一応は推定される。
  なぜなら(10)で来ヶ谷は「いっそまた部屋まで来られて怒られる前に逃げるか…」 と発言しており、これは以前佳奈多との約束
  を忘れていた際に、来ヶ谷の居場所まで佳奈多がやってきた事を意味し、来ヶ谷はそれを避ける方向で行動しているからである。
  以上の異なる点が、世界の流れを変えることはないと考えられる。
  そうなると(13)の裏側の世界が全員生存となる。が、これはあくまで2つの仮定を比較しての結論となる事に注意。
  厳密に考えるにはこれを場合分けして考えなければならない。
  そして場合分けしたときにぶつかるのは設問3の、『最後の悲劇は誰によって回避されますか?』
  まず設問が成立する条件として答えが特定の1名に絞られる事、その前提として他の登場人物が答えから排除される事、
  さらにその前提として排除される人物と正答の候補として浮かぶ人物がそれぞれ作中で読み手に比較される素地がなければ、
  設問3は問題として解くことができない。
  この点、(09)の次の分岐を仮定すれば、それらはともに読み手に未知の世界であり、さらに後ろの時系列に属する世界では
  分岐がひとつしかなく、その差異も男子グループの有無しか分からない。また(12)の世界ではメンバー全員が登場している
  ので、この平等条件からは特定の1人を選ぶことができず、設問3の条件とこの仮定は矛盾した設定となる。
  逆を言えば、問題として設問3が解けるように設定されているなら、(13)の裏側が生存ルートとしか考えられない。
  必ず問題の検証の出発点となる比較対象が必要だからである。

 【設問2の答えの出し方】
  ☆(全員が生存するために――)直枝理樹が絶対に言ってはならないセリフはどれですか?
   ・そのセリフを口に出す事で世界の選択が死亡者のでる世界へとつながってしまう性質のもの。
    理樹が当該セリフを言わなかっただけで確定的に世界が選択されなければならない。
    つまり直枝理樹が新たなセリフを言わなければならない場合は除外される。
    また、いずれのルートを選択しても全員生存ルートに行き着かない場合は除外される。
     →(02)→(05でも15でもない世界)→(07の裏側)→(10の裏側)→(13の裏側=☆)というルートの分岐に限られる。
   ・それぞれの世界の派生原因を調べる。
      #(02)から4つの世界が派生
       ・葉留佳が起きているか、眠っているかの違い。
        →原因を(10)で来ヶ谷が睡眠薬に言及。(10)は(02)(05でも15でもない世界)(07の裏側)を前提。
         つまり、葉留佳が眠った原因はすべて例外なく睡眠薬である事が分かる。
         その葉留佳が明確に口にしたと推定できるものは茶葉のみなので、茶葉に睡眠薬が混入している事と仮定。
         よって分岐を決定付けるセリフは――
            ⇒「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」
      #(05でも15でもない世界)から2つの世界が派生
       ・これは(07)とその裏側の世界を前提とした(10)を比較する。
        一番大きな違いは、来ヶ谷が佳奈多との約束を思い出して不在にしているか、それとも部屋にいるか。
        →しかしこのルートでは理樹と葉留佳が佳奈多に連絡して来ヶ谷の用事を知ることができないので、
         理樹のセリフによって、世界の分岐を決定付けることはできない。
      #(07の裏側)から2つの世界が派生
       ・これは(10)とその裏側の世界を前提とした(13)を比較する。
        違いは小毬がひとりで保健室に走るか、理樹と一緒に保健室に行くか。
        しかし、理樹が言わなければならないセリフ(例えば『僕も一緒に行くよ』など)はあっても、設問にある
        言ってはならないセリフはない。
      #(10の裏側)から2つの世界が派生
       ・(13)とその裏側の世界を比較しなければならないが、その比較対象が明らかにされていない。
        つまり、(13)の理樹のセリフのいずれかを答えと仮定しても、そのセリフの有無で世界の分岐を計る事ができない。
     ⇒以上から、『言ってはならない』セリフは…「ダメです。それに茶葉だけ食べてもおいしくないと思うよ?」 のみである。


 【設問3の答えの出し方】
  ☆(全員が生存するために――)最後の悲劇は誰によって回避されますか?
   ・(13)とその裏側の世界を対象としている。
   ・生存率に注目。
    →生存率の変化によってグループ分けすると、(理)(葉)(毬)(鈴、来、魚、ク)(恭、真、謙)の5グループになる。
     生存率から世界の可能性を逆算すると(恭、真、謙)はいずれも部室で爆死。それだけで死亡率を使い果たす。
     よって死ぬのは(理)(葉)(毬)(鈴、来、魚、ク)の中から。
    →17:15までに初めての死亡者が出る世界は(11)(12)(13)(09の次の世界)の4つ。
     それぞれの世界の可能性は1/8、1/16、1/64、1/16。合計は17/64になる。
     つまり、17:00時点の生存率から17:15の時点で17/64以上減っている人間は(13)の世界でも死亡した人間と分かる。

     【17:00から17:15で生存率の変化】
     (理)7/16→3/16  ⇒4/16=16/64
     (葉)7/16→11/64  ⇒17/64
     (毬)21/32→13/32  ⇒8/32=16/64
     (鈴、来、魚、ク)23/32→27/64  ⇒19/64

     理樹と小毬はちょうど1/64他より死亡確率が低いので、最後の悲劇で生き残っている。
     逆に葉留佳はちょうど17/64。

     ここで設問3を解くネックになっているのが、(鈴、来、魚、ク)の19/64という確率。
     17:00から17:15で起こる悲劇の確率の総和は17/64なので、それを超えないはずである。
     にもかかわらず(鈴、来、魚、ク)の19/64と1/32だけ死亡率がオーバーしている。
     しかし、悲劇の発生確率は変化していない。
     これはつまり、悲劇発生後の世界――最初の死亡者が出た世界に続きがあって、その続き
     の中で(鈴、来、魚、ク)は死んだ事を意味する。

     それでは悲劇後の世界で死亡した場合と確率どおり死亡した場合とでは見分けがつかず、どちらのケースも想定可能では
     ないか疑義が残る。ここで推論と妥当性のルールが重要となる。
     このルールに従えば(鈴、来、魚、ク)以外は、悲劇後の世界で死ぬ事は無いと推定される。
     なぜなら(鈴、来、魚、ク)以外が悲劇後の世界で死んだ場合の仮定と、確率どおり死ぬ場合の仮定を妥当性で比較すると
     必ず確率どおり死ぬ場合の仮定が優位するからである。
     そうならないのは飽くまで確率どおり死ぬ世界が否定された場合のみである(背理法による)。
     それによって最後の悲劇で死亡する人間を割り出すと(鈴、来、魚、ク)(葉)。
     実はこんな計算をせずとも(鈴、来、魚、ク)(葉)は生存率の分母が64なので1/64の世界で必ず死ぬことが分かり、
     (13)を生存ルートの裏側と見て、1/64が二つしかないと当たりをつければ自然と最後の悲劇の被害者が分かってしまう。
     確率的な勘になりますが。

     このグループの死亡と具合が悪いと認識され眠っている葉留佳から考えて、悲劇の現場は女子寮の部屋と推定。
     そうすると(13)で電話がつながらないのは眠っていた可能性が高く、眠っていたのは睡眠薬によるものと推定できる。
      ⇒これによって最後の悲劇を回避できる人間から鈴、来、魚、ク、葉は除外される。
       逆に鈴、来、魚、ク、葉が最後の悲劇を回避する人物となるには何らかの先行行為が必要であり、その結果悲劇から
       救われなければならない。そしてその先行行為は他の人物を介在してはならない。なぜなら人物を介在すれば
       その人物が最後の悲劇を回避した事になるからである。
      →眠っている人間を加害者の手から救うには、ほぼ直接現場である女子寮に行く方法しかない。
       逆にそれ以外の方法で救うには犯人が誰か分からなければならないなど、相対的に情報が不足しているため、
       情報量の順に救助可能性を考えれば女子寮に行く事が救助の前提と一応の推定を得られる。
       →女子寮という場所の性質から、男子が単独で行くのは難しい。が、緊急事態と謙吾が把握していると侵入自体は可能。
       (06)「受け入れられるかっ、いや、三枝あたりが(21)なんて噂が広めていたりしていたら、女子寮なんて俺が行けねーぞっ
           っていうか、おまえはともかく、真人も謙吾も女子寮には入れねーだろうが!」

       ゆえに男子がお茶会に加わると強制的に場所は部室になっている。
       残りの小毬は足を捻挫、理樹は保健室でその付き添い。
       (13)そして小毬さんをひとりにして保健の先生を探すわけにもいかず、僕はこうして一緒に待っているのだ。

       理樹の行動の方針では小毬をひとりにしない。また小毬は足を捻挫しているため移動が難しい。
       以上から、理、毬が除外される。恭、真、謙は保留。
       残る登場人物は佳奈多、保健医の先生、名前の分からない人間などなど…。
       これらの中で比較的行動の内容が詳細に明かされているのは佳奈多。
        →佳奈多が関連する情報は来ヶ谷との用事、葉留佳とのメールで伊予柑星人の情報。
       (10)来ヶ谷「おっと、しまったな…。4時半に佳奈多君に呼ばれていたのを失念していた。
              いっそまた部屋まで来られて怒られる前に逃げるか…」

        →佳奈多は来ヶ谷が用事を忘れていたら来ヶ谷のところへやってくる前例がある。
         来ヶ谷は電話番号を知られるのも嫌がっていたが、部屋の場所は佳奈多にしっかり知られていた。
         また佳奈多との約束は16:30、そして来ヶ谷が16:45の世界で逃げ出す意思がある事から、最大30分の遅刻で
         佳奈多は来ヶ谷の居場所までやってくる可能性がある。
         つまり、佳奈多は来ヶ谷の居場所さえ知っていれば16:30から30分以内――17:00までにやってくる可能性がある。
         ならば佳奈多は来ヶ谷の場所について把握できていたのか。
       (09)小毬「それなら大丈夫〜。1時間前にかなちゃんも部屋に誘ったけど仕事が忙しく行けないって言って1つ余ってるの。

        →16:45の世界の1時間前なので(01)(02)の分岐前…つまり観測前の世界の前提である。
         これによって佳奈多は来ヶ谷を含めた女子グループが小毬の部屋にいる事を事前に知っている。

       ここまできて問題は(恭、真、謙)と佳奈多のいずれが最後の悲劇を回避する可能性が高いか。
       悲劇の場所は一応女子寮の部屋と推定されており、葉留佳の状態について(13)で電話相手の謙吾は認識しているはずである。
       男子の情報伝達では謙吾が一番早い。但し、謙吾は保健室に行くとっている点、事態の急迫性に気付いていない。
       一方、悲劇の時間帯は17:00〜17:15の間。
       @物理的な可能性 A原因的な可能性 それぞれで謙吾と佳奈多を評価する。

       @物理的な可能性
       ・距離的制限:謙吾は剣道場、佳奈多は生徒指導室だが、それぞれの位置関係を調べる事はできない。
       ・時間的制限:悲劇発生は17:00〜17:15。謙吾は理樹から連絡を受けてから行動。佳奈多は来ヶ谷を探して行動。
        佳奈多の場合は17:00以前もありうる。
       ・人的制限:謙吾は男子であり、女子寮に男子だけで入るのが難しい。佳奈多に制限はない。
       A原因的な可能性
       ・女子寮へ行く行動原理:謙吾も佳奈多も危険の存在を原因として行動しない。
        その前提では謙吾は女子寮に行く理由がない。
        他方、佳奈多は来ヶ谷を探して小毬の部屋に行く可能性がある。

       ※補強材料
            (06)恭介「見ろよ理樹。グランドは誰も使っていないのに野球をやらないなんて勿体無いと思わないか? …」

            グランドにはあらゆる運動部が活動していない。また誰も使っていないのが認識的に一般的ではない。
            ならば部活のない学生は他に選択肢はあれど、部活のある場合に比して相対的に女子寮にいる可能性が高まる。
            これは女子寮が無人である事に反証する補助材料である。
            つまり女子寮内で騒ぎが起これば人が集まる可能性が高まる。謙吾と佳奈多の身体的能力差のインパクトを縮める。

       なお、17:00〜17:15の恭介の所在は作中からは不明。
       もしも恭介がずっと暗い部室に潜んで理樹を待っていたとしたら、謙吾に電話で呼ばれるまで部室から出てこないので
       下手をすると爆死してしまう可能性がある。そうなると最後の悲劇は部室の爆発になってしまい、それを回避するのは謙吾
       もしくは恭介という答えになるが、(02)で理樹は部室に行かない旨の発言をしており、恭介が理樹を待っている根拠を
       欠き、これは推論にあたらない。

        ⇒以上から、登場人物の中で一応、最後の悲劇を回避する可能性が高いのが佳奈多になる。


 海鳴り



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