死闘は凛然なりて  −第05話 「覚醒」−
 






     「小毬の不思議なところシリーズー。」

     「どこからお菓子が出てくるのか誰も知らない。」
     「小毬が晩飯後に食っているお菓子がどこに入っているのか誰も知らない。」
     「神北が住んでいるお菓子の家の賞味期限は誰も知らない。」
     「小毬に普通の私服があるのか誰も知らない。」
     「ダメダメではない方のこまりさんが本当にいるのか誰も知らない。」


 お菓子とダメダメが小毬のキーワードなのだろう。
 真人も謙吾も大体似たような答えが返ってきている。

 だが実際のところ、小毬は頭がいいうえ集中力もある天才タイプの人間だ。
 ただ必殺技が自爆だったり、天然ボケ体質が彼女の輝いている部分を隠してしまっているに過ぎない。
 だから、小毬の特徴はお菓子とメルヘンに――!


     「そうかっ!ははっ――分かったぜ…」

     「なんだ恭介? なぜ小毬の私服のセンスがハイテンションなのか、か?」
     「それは神北自身も分からないんじゃないか?」

     「違う。おまえら、なぜ小毬はお菓子を食べ続けていると思う?」

     「そこにお菓子があるからだろ?」
     「違うぞ、真人。お菓子というものがこの世にあるからだ。」

     「いいや――小毬はただのお菓子好きなんかじゃ決してない。彼女は生きる上でお菓子がなければ
      ならない存在なんだ。――小毬は頭がいい。そして集中力もある。」

     「確かに…神北は少し教えただけで何でもすぐできるようになる。」
     「ああ、野球の時はオレもびっくりしたぜ。」

     「そして小毬はなぜか太らない。あれだけのお菓子を毎日毎日食べ続けているにも関わらずだ。」
     「太りにくい体質なのか――いや、それでもあの量はいったい…」
     「糖を筋肉で消費しているわけでもなさそうだしな…」
     「お、真人。それ結構近いぜ。小毬は食ったお菓子の糖を確実に体内で消費しているはずだ。」
     「…どういうことだ、恭介?」


 俺は指で自分の頭をつつく。


     「――ここさ。」

     「…筋肉か?」
     「馬鹿。頭、だ。」
     「つまりこうだ。小毬は天才で頭がよく、普段から何かを考え続けているために彼女の頭は常に糖分を
      求めている状態だ。だから頭に糖分を送りつづけるため日常的にお菓子を大量に食べている。」
     「そうか…。だから神北はあれだけのお菓子を食べ続けても太らずに華奢なままなのか。」
     「もったいねぇ…。その分を筋肉にまわせば、幸せスパイラルどころか筋肉スパイラルも夢じゃねーのに…」

     「信じられないかもしれないが…小毬は頭脳キャラだった――!」


 俺はダメダメではない方の小毬を想像してみた。





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死闘は凛然なりて

−第05話 「覚醒」−










 真っ暗な室内――

 机の照明が私の顔を照らし背後の壁には大きな影をつくっている。
 ポッキーやチョコレート、ワッフルにスナック菓子…ありとあらゆるお菓子がうずたかく積み上げられている。
 私はその中から新しいポッキーの箱を開けて、一本ずつ口に運んで咀嚼していく。
 サクッサクッという音だけが狭い部屋の中に響き渡る。


     「吸血鬼――そんな非科学的なものをこの私に信じろと…」


 血を吸うという行為は、ある種の動物において栄養を摂取する意味を持つ。
 それを人間に限定して考えた場合、それは単なる個人の嗜好性であったり、少なくとも生物の行動論的に
 普遍した行為とはいい難い。
 ましてその行為によって相手を支配するなど…個人の精神的要素に起因して相手の行動規範に影響を与えた
 だけに過ぎないだろう。決して万人を対象に通じる方式ではあり得ない。


     「――しかし、ゆいちゃんの日本刀、昨日のぬこバスに真人君の破壊力。」


 どれをとっても異常であることは火を見るよりも明らか。
 だとしたら、おかしいのは見ている私か――

 …いや、そうではない。
 現に理樹君はあの状況に関して異常である事を感じていた。
 彼は演技がうまい方ではない。すなわち、あの狼狽は彼の本心だった事を意味する。
 ――超常現象に対して異常を感じる人間と、それを普通に受け入れている人間がいる。


     「それは先天的なものか、後天的なものか――」


 調べるのならそこからか。
 私は椅子から立ち上がり目的地へ向かう事にした。



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     「わふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ………あふぅ。


 ――もう夕空も過ぎ去り、辺りを闇が支配する時間帯だろうか。
 ドアの外でクドの遠吠えが響き渡る。
 分かっている――あれは確実に僕を探しているのだ。


     「ううぅ…まだ諦めてくれないよ。」


 真人からクドが僕を探している事を聞くや否や、寮の部屋を飛び出して男子トイレの個室に逃げ込んだ。
 バトルを申し込まれると断れない――恭介ルールではこうなっている。
 かといってこのまま逃げつづける事は得策ではないし…


     「でも、夜は吸血鬼であるクドの時間帯――」


 今クドと戦うのは真人に腕相撲で、謙吾に剣道で勝負を挑むようなものだ。
 せめて昼間であればなんとか戦える事だろう。
 それも太陽が照りつける天気のいい運動場で事前に多くの準備を施して――






     「理樹くん。お困りのようですね。」

     「うわぁぁぁっ!!? 小毬さん!?」

     「分かっているでしょうが、このまま男子トイレから出れば間違いなくクーちゃんとバトルになります。
      ですので、ここは窓から脱出して逃げるのが得策でしょう。」
     「ななななんで小毬さんが男子トイレにいるの!?」


 個室の仕切りの上から小毬さんが僕を覗き込んでいた!


     「クーちゃんは夜になれば最強です。少なくともクーちゃんの目に付く場所や行く事が可能な場所を
      選んで隠れたりはしません。理樹くんを探すなら始めから男子トイレという事になります。」
     「それはそうだけど――」
     「クーちゃんは理樹くんがどの男子トイレにいるか、まだ分かっていないのでしょう。
      もし分かっていれば支配下にあるゆいちゃんをトイレの窓側に張り込ませているはずです。」


 そうだった。クドには来ヶ谷さんという下僕までついているのだ。
 吸血鬼は噛み付いた相手を自分の支配下に置く事ができる――


     「でもそれならずっと男子トイレに隠れていれば僕は安全じゃないの?わざわざ外に出て行く方が
      クドに見つかる可能性も高いし危ないよ。」
     「理樹君。クーちゃんは男子トイレに入る事ができるキャラじゃありません。ですが、ゆいちゃん
      は容赦も羞恥もない。素直に主人の命令に従うだけです。」
     「普通に男子トイレに入っている小毬さんっていったい――」

 ………ガコーン…!

     「何?…今の音…?」
     「ゆいちゃんが男子トイレのドアを蹴り破っている音です。おそらく廊下の奥にある男子トイレ
      から聞こえたものでしょう。同じフロアには向こうとここの2つしかありません。」

     「うう…迷っている暇はなさそうだね。」
     「行きましょう。いい場所を知っています。」


 僕は小毬さんに連れられて男子トイレから脱出する事にした。





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     「ここならまず安全です。クーちゃんやゆいちゃんが来たとしても寝たふりをしておけば問題ありません。」
     「クー公、まだ理樹くんの事探し回ってるんだ。」


 ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせながら葉留佳さんが呟く。
 ――ここは葉留佳さんの寮の部屋。
 カーテンを締め切り照明を落としているので外から見れば誰もいないように見えるだろう。
 携帯電話のモニター照明に小毬さんの制服のセーターがぼんやり浮かび上がる。


     「はるちゃん、少し暗いですがすみません。」


 椅子の上で膝を立ててしゃがむような姿勢で小毬さんはチョコレートをポリポリと齧っている。


     「別にいいっすヨー。それよりもこまりん…その座り方はちょっとどうかと思うヨ?」
     『ハルチン クウキ ヨメ』
     「この座り方でないと推理力は普段の4割減です。それよりも――
      理樹君には訊きたい事がいっぱいありますが、はるちゃんにも訊きたい事があります。」
     「えー、何かな?」
     「はるちゃんのその魔法少女の能力――いつ気付きました?ある日突然ですよね?」
     「うん。なんか朝起きたら赤いビー玉を咥えたフェレットが枕元にいたの。」
     「フェレットって、あのイタチみたいでつぶらな瞳のかわいい動物が?」
     「そしたらいきなりそのフェレットが広島弁で喋りだしてはるちんビックリ!
      ――気持ち悪くなって首根っこを掴んで窓から放り出してしまったのですヨ。」
     「えー」
     「後に残されたのは赤いビー玉がひとつ。今度はそれが喋りだしたワケなのです…ネット語で。」
     『シマパソ テラモエス(´д`*』
     「………」
     「それで流されるまま話を聞いていたら、私は魔法少女でこれから戦うんだって感じで。
      最初はなんか嘘っぽいナーと思ってたけど、実際に魔法使ってみたらそれができちゃったというワケ♪」

     「やはり後天的なものでしたか…」


 唇に手を当てて小毬さんが少し考え込むような素振りをする。


     「はるちゃん。クーちゃんとゆいちゃんのバトルを見てどう思いました?
      吸血鬼だったり、衝撃波でベンチが壊れたりおかしいと感じませんでしたか?」
     「うん…確かにそれはおかしいと感じたけど、やっぱ私も魔法なんて使えたりするから、他のメンバー
      もそんな感じなのカナーと思ったんだけど。」
     「理樹君。良かったですね。この世界を異常だと思っていた人は他にもいたようです。」


 そうか。やっぱり異常なのはこの世界――
 少なくともこの世界を異常であると感じている人が僕と鈴のほかにいるのは心強い事実だった。
 あれ――?


     「それじゃ小毬さんも――」
     「はい。この世界がおかしいと思っています。それでは理樹君――
      真人君、謙吾君、恭介さんはこの世界を異常だと思っていましたか?私があのバトルを見る限り
      ごく普通に状況を受け入れている印象があったのですが…」
     「うん。3人とも普段と変わらなかったよ。真人があの後部屋に戻ったときも別に変わってない。」
     「やっぱり…。では鈴ちゃんはどうでした?」
     「鈴は――この世界がおかしいといっていた。だから僕と同じ気持ちだと思うよ。」
     「そうですか。では、あの爆発事故の状況を詳しく教えてください――」


            :
            :


     「理樹君、はるちゃん。ありがとうございます。おかげで状況が何となく見えてきました。」
     「え、ホントに?」
     「お、スゴイっすね。」
     「理樹君。理樹君には何か特別な能力――そうですね、バトルに向いているような能力は発現して
      いないですよね?」
     「え?うん。確かに僕には特別な変化がないかなぁ…」
     「そうですか。私も特別な能力が付与されているわけでもなく、何か変わった訳でもないです。」
     「え?こまりん、結構変わってると思うヨ?」
     「? どんな風にですか、はるちゃん。」
     「なんか、ダメダメじゃない方のこまりさん――って感じカナ。いつもの自爆とかメルヘン度が
      急激に低下してて、まるでお菓子の家から鉄筋コンクリのマンションに引っ越したカンジ??」
     「…ひどいです。まるでいつもの私がダメダメな方のこまりさんみたいじゃないですか。」
     「………」
     「………」
     「………私、泣きますよ?」


 小毬さんが無表情で拗ねていた!


     「さて、それで本題に入りたいと思います。」
     「え、他になんかあるの?」
     「はい。せっかくですからこの世界の秘密を解明したいと思いませんか?」
     「それは気になるけど…どうやって解明するの?」
     「多分、恭介さんと謙吾君、それに真人君をバトルで倒してしまえば分かると思います。」
     「やや!それはつまり野郎3人が世界を異常にした犯行グループって事っすネ?」
     「はい、まさにそのとおりです。」


 葉留佳さんの言葉に小毬さんは顔を上げる。

 恭介たちが…!?
 いや、肯(がえ)んじ得る。今までの状況を考えてみると恭介を始め謙吾や真人がそれに荷担していてもおかしくない。
 そう、恭介がランキングで僕を最下位に指定した意味。
 僕にまだ現れていない能力。
 鈴との一件。


 ――理解した。


 小毬さんの思考体系がそのまま僕の頭に流れ込んでくるような感覚と共に、何かが僕の中でパッとはじけた。


     「――小毬さん。まずはクド達を倒すためにこの3人で作戦を立てて、次に恭介に特別ルールを認めさせる。
      一方で西園さんの能力を調査しておかなければならない。」

     「!!!」
     「え、え? 理樹くん、どうしちゃったの? なんかいつものヘタレじゃないヨ。」


 なんだかヒドイ事を言われている気がするが構わず続ける。
 僕だって今の自分がいつもの自分じゃないと分かっているつもりだ。


     「僕も小毬さんも基本の戦闘能力が低くランダムな武器に頼るしかない。攻撃の中心は遠距離砲台の葉留佳さん。」
     「ここまで私の考えている事を正確に……。はるちゃん、わたしたちは3人でチームを組んでクーちゃんたちを
      倒そうと考えています。よければそれに協力して欲しいのです。」
     「え?それは何だか面白そうだからいいんだけど……」
     「葉留佳さん、ありがとう。次に恭介に特別ルールを認めさせないと――」

     「こちらが3人でチームを組む以上、チーム形式のバトルを認めさせるわけです。恭介さんの判断基準は面白そうか、
      そうでないか――この基準で考えるとおそらくはすんなり認められると思いますし、昼間に戦いを挑む事を考えれば、
      ゆいちゃんを戦力に欲しいであろうクーちゃんも拒否しないはずです。」

     「だけどここで問題が発生する――こちらは3人、だけどクド側は二人しかいない。つまりこちらがひとり減らすか、
      もしくはクド側に1人付け足すか――」

     「あ!なるほど〜。そこで美魚ちんが問題になるのだね。」
     「そのとおりです。もし恭介さんたち3人がグルになっているのなら、これ以降のバトルがチーム戦になる可能性
      を考えて男の子のうち1人が助っ人に入るとは考えにくいです。鈴ちゃんは…別の理由で除外です。」


     「チーム戦を提案した段階で恭介は感づくはずだよ。僕らの考えを。」


 これは恭介への宣戦布告だ。
 恭介は僕と鈴が心配なんだ――もう3年で卒業すれば就職してしまう恭介は鈴の面倒を見る事はできない。
 だから僕を成長させてみんなをひっぱていく存在にまで高めさせようとしているんだ。


     (恭介、ありがとう。僕は強く生きるよ――)


 僕は拳を握り締めてひそかに心の中で決意した。







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