死闘は凛然なりて  −第08話 「思い出」−
 








 ――ダンッ


 これ以上ないぐらいの無様な着地。
 西園さんの日傘で殴り飛ばされ、きれいな放物線を描いて僕――直枝理樹は地面に落下。


     「無力ですね…」


 日傘を片手にゆっくりと歩いてくる西園さん。
 ダメだ。こんな状態では防御もままならない――それでも、戦わないと!


     「でも、田中さんの判子は…どこ?」


 あれがないと僕は戦う事すらままならない――
 このバトル、相手を倒すよりも相手の武器を取り上げてしまう方が勝つためには合理的なのだ。
 早く田中さんの判子を――




     「…おまえ田中っす。」
     「あ…」


 ――ぴた


 ほっぺに何かを押し付けられる感触。

 近づいてきた西園さんに田中さんの烙印を押されてしまった。
 なんてことだ――武器を取り上げられた僕はもはや何もできない。


     「ううぅ…田中…僕は田中…」


 両手を地につきがっくりとうな垂れる。
 僕は田中さんの所有物か、さもなければ田中さんそのものとなってしまったか…
 思ったよりも田中ダメージは大きかったのだろう。

 田中さんの判子を手に戦っていた時のような躍動感もシンクロ感も今では消えてしまい、僕は戦意喪失していた。


     「降参…していただけますか、直枝さん。」

     「…僕、田中っす。」









死闘は凛然なりて

−第08話 「思い出」−
















     「――ここまでか。理樹、立てるな?」
     「りき…! 大丈夫…なのか?」
     「…恭介…」


 いつもの恭介と心配そうに僕の顔を覗き込む鈴。
 バトルは終わってしまったんだ…。


     「うん、大丈夫だよ。鈴。すぐに治るから…さ――」
     「………」


 僕は大の字になってただ敗北の宣告だけを待つ。
 そして数え切れない観客が見守る中、恭介はマイクを手にバトルの終了を宣言した。



     「勝者――神北小毬、三枝葉留佳、直枝理樹ッ!!」


 おおおおおっ!?

 ――なッ!? なんでさっ!?

 観客も動揺を隠せない。
 なぜ最後まで立っていた西園が負けなんだ?
 直枝も神北も武器を手に持っていないし、なにより戦える状態にない。

 口々に聞こえてくる話し声に僕も戸惑う。


     「――おまえら。西園の武器はなんだ?」


 ――傘だろ?
 ――いやいや、妄想力だ。
 ――なんだって?それじゃあの傘は妄想によって生み出したのか?


 いや、西園さんの "妄想を現実にする力" は物理的に不可能な事はなしえないはず。
 …あ、ってことは――


     「西園は武器としてノートと筆記用具を選択した。よって日傘で相手を殴るのは反則。」


     「…てへ」


 無表情で舌を出す西園さん。
 なるほど、あの日傘は選択した武器以外のものだったんだ。でもそれって――


     「恭介…できれば西園さんが日傘を使った時点でバトルを止めてくれるとよかったんだけど。」
     「いや、すまん。あまりにも白熱したバトルに忘れていた。」

     「ま、それだけいいバトルだったということだ。」
     「へっ、強いじゃねーか、理樹。」


 謙吾と真人も手を叩きながらやってくる。
 いやいや、日傘を武器にした西園さんとの戦いはまるで無駄って事じゃないか。
 まだあちこちがひどく痛むし、骨折り損だ。


 だけど――僕はまた勝ってしまったんだ。


 小毬さんや葉留佳さんと協力して、とんでもない強敵に勝ってしまったんだ。
 こんなボロボロになった僕が思うのもなんだけど――今ならどんな事も乗り切れる気がする。


     「謙吾。小毬さんや葉留佳さんたちは大丈夫?」
     「ん? 神北ならおまえよりは無傷だしな。三枝なら二木に追い回されてるぞ。」


 遠くからいつもの葉留佳さんの笑い声と二木さんの怒声が聞こえてくる。
 クドや来ヶ谷さんは日光で倒れたあと、日陰に座って僕らの戦いを見物していたようだ。
 今ではすっかり元気を取り戻している。


     「よいしょ…と。痛ててて…」


 鈴に支えてもらって上体を起こすと背中と腰に鈍い痛みが走る。
 だけどこの回復速度なら問題ないだろう。

 体育館いっぱいに詰まっていた観客もほとんどいなくなり、あとには僕らと瓦礫の山が残った。
 改めてここまで派手にやったものだと思い返す。


     「りき。これ、どうするんだ?」
     「…正直に言って、僕らにはどうしようもないよね。」
     「おもにぶち壊したのは三枝だが…」


 そう呟いて謙吾が顔を向けた方向には、すでに葉留佳さんはいなかった。
 二木さんに追いかけられて体育館を出てしまったようだ。


     「三枝なら魔法でここ治せるんじゃね―か?」
     「かもしれないが葉留佳くんに任せると半壊が全壊になるぞ。」


 真人の言葉につっこむ来ヶ谷さん。
 その言葉に、確かにそうだ、とみんなが笑った。


     「さて…コイツが見つかる前に俺たちは逃げた方がいいな。」
     「同感だ。またオレのせいにされても言い訳が見つからねぇぜ。」


 真人の火星人が来て体育館の屋根を破壊しました、ってのはもう通じないだろうね。
 恭介ならこの世界を何とかしてこれぐらい直せるのだろうけど――


     「こらぁーーっ、これは何だっ!? ここで何をやっとるかぁーっ!!」




     「おっと…さっそく気付かれたか。」
     「これは撤退推奨ですね。」


 恭介と西園さんの視線の先に顔を向ける。
 校舎の方向から真っ赤な顔をした先生がこっちに走ってくるようだ。
 怒ってるみたい――ってそりゃこの様子を見たら絶対怒るよね。

 恭介たちはすでに反対の出口に踵を返していた。


     「――そら、おまえら、逃げるぞ! ははっ、はははっ!!」
     「ふっ。やれやれ、恭介氏の遊びは落ち着くヒマがないな。」
     「理樹も神北も急がないと説教食らうハメになるぞ。」
     「ですね。クーちゃん、理樹君、私たちも逃げましょう。ふふふっ」

     「うん。クド、走るよ。」
     「いえす、れっつごーなのです!」


 立ち上がると僕らも恭介や謙吾の後を追って一斉に逃げ出す。
 みんな、本当に愉快そうに恭介の笑い声につられるように声を上げて笑い出していた。
 この瞬間が楽しくてたまらない――

 息を切らしながら体育館から走り出す僕らの表情は一様に同じだった。
 あの日、恭介を先頭に5人で駆け回った頃と同じ――




     「――っ、そうだ!」




 恭介に聞きたい事が山ほどあった。
 小毬さんと僕が立てた数々の仮説が本当なのか確かめたかった。

 この異常な世界、そして恭介たちが何をしたか。


 ――恭介たちに何が起こったのか。





     「恭介ッ!」


 走りながらその名前を呼ぶ。
 あの日、恭介に手を引かれてから僕はずっとその背中を追いかけ続けたんだ。
 今こうして走っているように、僕の前には常に恭介がいた。

 ――だから僕にはその背中が消えるなんて想像できない。
 ただ一言、僕の馬鹿げた白昼夢を否定してくれればいい。
 そんな事あるわけないだろって笑い飛ばしくれればそれでよかった。



     「――理樹。いつでも戦いに来い。」



 ――それなのに、恭介はまっすぐな瞳で僕に振り返る。

 その目を見て僕は理解した。
 恭介は分かっているのだ。僕の言いたい事、僕が気づいた事、僕が不安だって事に。

 言葉を失う僕に、待ってるぜ、と拳を高々と掲げると恭介は3年の寮の方向へ走り去っていった。
 そのうしろ姿を僕は呆然と見つめる。


     「理樹くん、立ち止まってる場合じゃないです。急ぎましょう。」
     「わふーっ、リキ、走るのです!」


 二人にせかされて僕は恭介と別の方向に走り出した。





       :
       :


















 ―― Pi Pi Pi






 <暫定バトルランキング>

   @棗恭介
   A宮沢謙吾
   B井ノ原真人
   C神北小毬
   D直枝理樹
   E三枝葉留佳
   F西園美魚
   G能美クドリャフカ
   H来ヶ谷唯湖
   I棗鈴

 ※勝利の状況

   理樹が女の子の輪の中でくんずほぐれつ。







     「――バトルランキングですか。」

     「うん。小毬さんが4位で僕が5位、それから葉留佳さんは6位だね。」
     「お、なんだか一気に躍進したネっ」


 ベッドに寝そべって雑誌片手にポテトチョップをかじっていた葉留佳さんが振り返る。

 クドや西園さん達との激しいバトルの翌日の日曜日――
 僕と小毬さんはまた葉留佳さんの部屋に集まっていた。
 今後の作戦を立てるためだ。


     「――あっ、私にもメール来たヨ。どれどれ…」
     「本当ですね、私少し感動しました…」


 小毬さんも葉留佳さんも携帯の画面を見て沸き立つ。
 今回のバトル前の3人の順位関係がそのままバトルランキングに反映されたのだろう。
 考えてみると僕は最下位から5位まで上がってきたのだ。
 葉留佳さんの言うとおり躍進だ。


     「それで小毬さん。手に入れた食券は全部でどれだけあるの?」
     「――おおよそ400枚程ですね。これだけ稼げれば十分でしょう。」


 今回のバトルのトトカルチョ――そこに僕らは全財産をつぎ込んだのだ。
 そして見事に勝って得た払戻しがこの食券の山である。


     「でも、すごいネー。これだけあれば食堂でウッハウハですヨ。」
     「はるちゃん。これは文字通り軍資金ですよ。この食券で寡兵(かへい)するのです。」
     「一人2枚で200人か――集まってくれるといいんだけど…」


 目の前であれだけ熱く面白そうなバトルを見せ付けたんだ。
 あれだけ集まってくるのは単に面白いもの見たさだけでなく、観客の皆が皆、自分も主役になりたいという
 気持ちはどこかにあったからだろう。


 そんな気持ちを利用して観客を戦力として巻き込んでしまう――


 あの恭介たちと事を構えるのだ。
 軍隊を組織して攻めるぐらいの事をしなければ勝ち目なんてないだろう。

 だけどバトルのルールはどうするのか。
 バトルで軍隊を使うのはありなのか。
 どうやって大義名分を得ようかと頭を絞っていたけど、ありがたい事に恭介からネタを振ってきたのだ。


     "――理樹。いつでも戦いに来い。"


 恭介は1位で僕は5位。 
 上下2つまでしか挑めない他、これまでのバトルのルールは無視してこの俺を倒してみろ。
 ――恭介はそう言っているのだ。多分。

 だから僕は恭介の思いに応えてみせる。


     「ただ――集まったとしても、あの真人さんや謙吾さんの実力の前では無力かもしれませんが…」
     「それでも可能な手段はできるだけ考えておこう。」


 小毬さんの言葉は尤もだ。
 そうは言っても何か決定的な戦力が欲しいというのも僕らの本音。



 ――コンコン…



     「ん? 誰か来たネ。」


 ドアをノックする音が聞こえてきた。
 葉留佳さんはめんどくさそうにベッドから起き上がりドアノブに手を掛ける。




       :
       :


























     (理樹は気付いたのか…)


 ――太陽の沈みかけた日曜日の夕方。
 俺の部屋にマンガを借りに来て、結局ベッドの上でマンガを読みふけっている鈴。
 その横では真人がダンベル片手にやっぱりマンガに目を落としている。

 俺は鈴の後姿を眺めながら腕を組む。

 ――この世界は現実じゃない。
 現実の俺たちはもっと残酷な世界で生死の境をさまよいつづけている。
 それは理樹や鈴にとって受け入れられる世界なんかじゃない。


     (それを知った上で――理樹は戦う事を選ぶだろうか?)


 あの時、理樹が何を言おうとしたのかは分かっていた。
 初めて俺たちが出会っておまえを暗い部屋から連れ出した時と、お前は同じ眼をしていたのだから。

 目を背けたくなる現実に押しつぶされようとしていた少年の眼。
 現実から離れた世界に自分を閉じ込めてしまった者の眼。


 だが、ここから先は理樹と鈴――おまえたち二人しかいない世界だ。


 鈴と一緒に手を取り合いながらがんばって欲しい。
 できるなら強くなったおまえが鈴の手を引いて、このひどい現実を駆け抜けて欲しい。
 そして贅沢を言うなら…おまえが鈴の彼氏として支えてくれたら――どんなにいいだろう。


     朝寝坊している鈴を理樹が起こしに行って、遅刻しそうになり一緒に走って…
     昼休みには屋上で引きつった笑顔で鈴のつくった弁当をおいしいと言う理樹。
     授業中に寝言で理樹の名前を呟く鈴。


 不器用な二人の姿を想像して俺の頬は自然と緩む。



     そんなおまえたち二人が生きる世界が――本当に見たかった。





     「…おまえたちは強く生きろ。
      俺たちがいなくてもおまえらならきっとうまくやっていける――」



 ――ドタドタ …バタンッ!!



     「おいっ! 恭介ッ!!」
     「ん?」


 袴にジャンパーという今や見慣れてしまった格好の謙吾が俺の部屋に転がり込んできた。
 謙吾にしては随分な慌てようだな…。


     「なんだ、うるせぇぞ。今筋トレしながらマンガで忙しいんだ。いや、マンガ読みながら筋トレか?」
     「それどころじゃ…ないっ!!」
     「どうした、何かあったのか?」


 謙吾は荒い息を整えながら窓の外を指差す。


     「あ、カラスだ。」
     「違うぞ鈴。その少し下を見てみろ。」
     「おおっ、なんだありゃ? 変な仮面の野郎が屋上で踊ってるぞっ!?」
     「あれはマスクザ斎藤かッ! まさかこんなに早く覚醒するとは――」
     「何っ!? それは本当か――いや、違う! 恭介、真人、それじゃないッ!! 真下を見てみろ!!」


 謙吾の言葉に俺たちは窓を開けて真下を覗き見る。





     「…こいつはいったい――」

     「なんだぁ? 何でこんなにいっぱい人が集まってんだよ?」


 男子寮の周りにはかなりの数の生徒が集まっている。
 何かお祭りでも始まるのだろうかと思ったがそうでもない。
 ――彼らは手に鉄パイプやほうき、ポリバケツの蓋などで武装をしていたのだ。

 まさか――!
 攻めてきたのか? 誰が?


     「恭介。おまえまた何かやらかしたのか?」
     「何でもかんでも俺のせいにするな――あ。」


     (…決まってるじゃないか。)


 俺は確かにいつでも戦いに来いとは言った。
 が、それに深い意味はない。ただ、一昨日読んだマンガで主人公のライバルがそう言ったのを思い出して、
 ちょっと言ってみたかっただけだ。

 その武装グループの先頭に見慣れた男子生徒の姿を確認した。
 テキパキと周りの生徒に指示を飛ばしながら輪の中心になって動いている。

 やるじゃないか――理樹。

 俺がふっと笑っていると謙吾が静かに呟いた。




     「――俺たちは包囲された。」












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