死闘は凛然なりて  −第12話 「ヴェルカ&ストレルカ」−
 









 僕はクドの肩を前に押し出しながら謙吾の前に一歩進み出る。

     「――能美。本気なのか? 俺は一切手加減しないつもりだ。…怪我をしないうちに帰ったらどうだ?」

 少し心配そうな顔をする謙吾。だから僕は言ってやったのだ。

     「うん、構わないよ。謙吾の方こそ本気のクドを舐めない方がいいと思うけど?」
     「わふ〜〜〜〜っ!?」

     「ふっ。今の俺に迷いなど無いぞ? それでも能美は学園最強と謳われたこの俺に挑むと言うのか?」
     「そうだね。たしかに謙吾は強くて速くて手強いよ――でも、ここじゃ二番だ。」
     「わ、わふ〜〜〜〜〜っ!?」

     「…いいだろう。そこまで大言壮語するならば実力を見せてもらうとしようか。行くぞ能美!」
     「うん、そろそろお喋りにも飽きた頃合だしね。 …それじゃ、クド。後はよろしくっ!」

     「わ、わ、わふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」









死闘は凛然なりて

−第12話 「ヴェルカ&ストレルカ」−









     「ふははははははーーっ!!」

 上半身裸で両腕を目いっぱい広げて笑い声を上げる謙吾。
 傍から見たらただのバカなのに…なんだ、この威圧感は…ッ!?

 ――!!

 すると――何も無い空中に突如として様々な武器が生み出された…!
 ガムテープ、打ち上げ花火、ハンドソープ、ピンポン玉、いや…まだまだいっぱい――
 謙吾を取り囲むようにそれらは宙に浮いている…!

     「謙吾…! それはいったい――!?」
     「ずっと、遊んでいたかった…。」

 しみじみと語りだす謙吾。
 そして生み出された武器の中からスーパーボールを手にとる。

     「こうやってバトルをしている時は剣道の試合の時と同じか、それ以上に本気だった。
      ――だから俺は気付いたんだ。俺が本当の俺でいられるのは竹刀を握っている時じゃなくて、
      お前達とおもちゃを手にしている時だったのさ。」

     「………」

     「これらの武器は竹刀をも越えた――理樹、能美。本気の俺は剣道では収まりきらなかったのさ。
      本気の俺は…ただバトルの中でのみ本性を現す…!!」

 謙吾の手が動き出すのと同時に僕は叫び声を上げた。

     「クド、気をつけてッ!」
     「わふっ!?」

 ――ビシュッ!

 謙吾がふっと笑ったと思った瞬間、何かが風を切る音が耳を掠めていった…!
 一瞬目を見開いたクドはその何かを避けようとしてバランスを崩して転倒する。

     「避けたか能美。だが――」
     「そこからジャンプして! クド!」
     「うわっふ〜〜っ!?」

 ――バシュン…!

 見えた…! 高速で飛び交っているのはいくつものスーパーボールだ!
 体勢を崩しながらもなんとかジャンプして避けたのに、また次のスーパーボールがクドに襲い掛かる…!

     「…! そんな――!!」
     「スーパーボールは壁や床、それに天井にぶつかれば速度を殺さず跳ね返るおもちゃだ。
      このコンクリートの箱の中で一度放たれたスーパーボールは縦横無尽に空間を侵しつづける。」

 それでもクドは、廊下中を目視限界のスピードで跳ね回るスーパーボールを絶妙なタイミングで避けている。
 これがクドの実力なのか、意外にも謙吾の攻撃はクドには命中しない。

     「そこそこやるようだな。…ところで能美、話は変わるがお前がそばを食べに定食屋に行ったとする。」

     「へっ??」

 バトルの最中なのに謙吾はいきなり訳の分からない話をしみじみと始めた。

     「宮沢さん、何の話を――きゃっ!!」
     「だが、そこのメニューにあった謎の料理――オクローシカ。ふっふっふ、聞いた事も無いだろう?
      ――さて問題だ。おまえが食べる料理は何風料理だ?」
     「ふふふ…宮沢さん。わたしを前にして祖国の料理を語るなんて不覚なのですっ!」

     「何…っ!?」

     「クヴァースが手に入らない日本では作れませんが、まぎれもなくそれはロシア料理なのですっ!
      そうです、宮沢さん。答えは洋風――」

     「うわぁっ!クド…後ろっ!!」

 ――バコッ!

     「わふ〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」


 バタ…。

 遅かった…。謙吾の話に気をとられているクドは避ける事もできず直撃を食らい、壁に叩きつけられた。

     「正解。おまえは定食屋にそばを食べに行ったはずだ。よって答えは和風。
      …尤もロシアは地域によってアジアかヨーロッパか曖昧なので、ロシア料理が洋風か不明だがな。」

 そして謙吾は拍手をしながらうつ伏せに倒れたクドを見下ろしている。

     「クド!謙吾のいう事に耳を貸しちゃいけない…!」
     「ううう…小癪なマネを〜〜〜」

 そう。
 これは謙吾の完璧な陽動作戦だったのだ――
 表向きバカな事をやってはいるが、結果としてクドの調子に狂いを生じさせたのだ。

     「さてと…やはりバトルの醍醐味は肉弾戦だな。」

 さっと手をかざすと跳ね回っていた無数のスーパーボールが掻き消えた。
 謙吾は次の武器をとりだそうというのか…!


     「ふははははははーーっ!!」

 ――!!

 相変わらずバカな格好で大笑いして取り出した武器は……うなぎパイ!?

     「うなぎパイで肉弾戦を…ッ!?」
     「理樹。以前、真人はうなぎパイを選び、どうしようもなく敗北を迎えてしまった。」
     「だって、うなぎパイだし――」
     「甘い…!俺がかつて言ったように、例えうなぎパイだとしても戦い方はいくらでもある…!
      思い出せ。恭介はバトルに関する注意で何と言っていた?」
     「くだらないものが武器…。でもそれらで用法を無視して殴ったりするのは禁止――まさか!」
     「気付いたか? 銀玉鉄砲を手にした俺に恭介はこう言った。『ダメ。本来の用法で戦う事。』」

 ば、バカな…! それって最弱だと思っていたうなぎパイが実は最強の武器だったって事じゃないか!!

     「うなぎパイは数ある武器の中でも希少な食品の1つだ。しかもゴボウやウニとは違う良さがある。」

     「――うなぎパイはすぐに食べる事ができるんだね。うなぎパイの本来の用法は殴る事ではなく、
      食べる事。そして食べるのはうなぎパイから栄養を摂って体の一部にするため――」

     「そうだ。うなぎパイを武器に選んで食べれば自分の身体を武器として使用する事ができる。
      三枝との戦いで気付いているだろうがこのバトル、相手を倒すよりも相手の武器を奪うか壊すか
      してしまった方が勝つためには手っ取り早い。」

 組立て式姫路城で葉留佳さんとバトルしていた事を思い出す。
 あの時、葉留佳さんの砲撃によって、紙でできた姫路城が焼失させられては僕は戦う手段を失い負けていたはず。
 真人も来ヶ谷さんとのバトルでは、あおひげを蹴飛ばされて戦闘不能に追い込まれたのだ。

     「理樹。戦う時は常に考えろ。この世界はほんの少しの事実と無数の解釈で成り立っている。
      おまえはルールに従うだけの人間か?――違うだろ。ルールを作る側の人間になれ。」

     「そうだね…。謙吾の言う通りだ。」

 僕は今まで恭介によって作られたルールの中で生きていたに過ぎないのだ。
 恭介を倒そうというのなら――その殻を破って外に出なければならないと謙吾は教えてくれている。


     「わふぅぅぅ! うなぎパイにそんな秘密が隠されていたなんて…! 今度こそ、けいおー、なのですっ!!」


 ふらふらしながらも立ち上がって顔を上げるクド。
 そして一瞬息を吐き出すと謙吾に真正面から突っ込んでいく!
 迎え撃つ謙吾はデコピンの構えを大仰にとっている――

     「食らえっ!!」

 ――スカっ

 謙吾のデコピンが空を切る――その指先に残ったのは霧散する小花の粒子。
 今の一発であれば、0.2秒後にはクドのおでこを捉えていたであろう攻撃なのに…!

     「っ!? どこだ、どこに消えた!?」

 と、謙吾の背後に亜麻色の長い髪がなびく――

     「ふふふ、だーれだ? 吸血鬼はこんな事もできるのですよ?」
     「テレポート――いや、姿を消す事ができるのか。厄介な…!」

 目隠しされていた手を振り解くと謙吾は、うなぎパイをさらに一袋取り出して、ばりっと噛み砕く。
 するとクドは再び姿を消して謙吾に襲い掛かる…!

 ――ぺち!

     「…ッ!! くっ…!」

 ――ぱちん!

     「ぬおっ!? うお! ええい! 鬱陶しい…!」
     「わふ〜〜〜〜♪ わっふわふにしてやるのですっ」

 かなり無力な攻撃ながらも、クドのパンチやキックらしき攻撃は確実に謙吾の体力を蝕んでいく!

     「まさか、こんな能力があるとはな…。時に能美よ。」
     「………」
     「ああ、分かっている。喋ればどこにいるか分かるからな、喋れないのだろう。」

 さすがにクドもそこまで間抜けではなかったようだ。ちょっと安心した。

     「まぁ聞け。俺は深夜にアニメを見ていたんだが、その時の主題歌でこんなくだりがあった――
      『胸いっぱいのあなたへの恋を 内緒で内緒で祈った時――』」

     「……!」

 まさか、謙吾はクドの恋心を揺さぶって動揺を与えようとしているのか…!?
 さすがに、これはクドにはきついかもしれない――!

     「特に何とも思わなかった歌詞が恋をきっかけに印象がガラリと変わる事もあるだろう。」
     「…………」
     「だがな、おかしいんだ。能美――」
     「!………」



     「俺はそのCDを何度聞いても、『胸いっぱいのあなたへの恋を』という部分がな――
                        『うなぎパイのあなたへの恋を』って聞こえるんだーーッ!!」



     「どうでもいいよっ!!」
     「どうでもいいのですっ!!(≧ω≦)」

     「そこかーーーッ!!」

 ――ベチンッ!!

     「わふうううぅぅぅーーーッ!!?」

 バタ…。

 またまた遅かった…。謙吾の話に突っ込むな、という前に僕の突っ込み体質がそれを許さなかったらしい。
 デコピンを真正面からおでこに食らってめちゃくちゃ痛そうに頭を抑えてうずくまっている。
 が、それでも目に涙を溜めてヨロヨロと立ち上がる。

     「わふぅぅぅぅ〜〜!許すまじっ! もはや私も本気を出さなければならないようですっ!」
     「え!? クド、今まで本気じゃなかったの??」
     「……………そ、そうなのです。今まではちょっとした、おーどぶるなのですっ!!」

     「ふっ。」
     「ふふふ、宮沢さん。後悔しても遅いのですよ? 夜のツァーリ(皇帝)と呼ばれたこの私。
      本気になると大胆な事しちゃいます!」

 ゆらりと立ち上がったクドは夜闇の中、真紅の目を輝かせて呟く。

 ――!!

     「これは…」

 まるで飼い犬がオオカミに豹変したかのように、クドの周りの空気が一気に温度を下げていく。
 ――いや、実際に気温が急激に下がっているのだ。

     「…なるほど。確かに大胆だ。気温すら操るとは。」
     「――ロシアの夜は暗く寒いのです。例えば今の宮沢さんのような格好で外を歩こうものなら、
      およそ5分――体の自由を奪われるまでの時間ですよ。」

 ――ガシャン!!

     「――!! これは鎖か?」
     「これは私がイメージする束縛の概念。自責、後悔の念が形をなしたもの――」

 突如、虚空から沸いて出たように謙吾の身体を銀色の鎖が絡めとったのだ。
 腕を足をガッチリと締め上げ完全に謙吾の自由を奪っている…!
 …そして何も無い空間から、クドと謙吾を包み込むように粉雪がさらさらと舞い降りてくる。

     「しかも雪か…真人風に言えばゴッサムだな。」
     「その格好ではそんなに長くは持たないのです。祖国の大地ほどではないのですが…
      私の心も広いですから降参の合図ぐらい待つのですよ?」

 クドが喋っているうちにも雪は激しさを増し、それはやがてブリザードとなって謙吾の体熱を奪い始める!

     「ふっふっふ。はっはっは。はーはっはっはっはーっ!!見直したぞ、能美!
      おまえは普段はそこそこダメっぽいヤツだと思っていたが、やる時はやるもんだな!」

     「当然なのですっ」

 クドは誇らしげに胸を張る。


        :
        :




     「姉御、どう見ます?」
     「一見、普段とは違う姿のようでいて、普段の可愛らしさを端々に忘れない――流石ではないか!」
     「何の話ですか…。それよりもクーちゃんは強かったんですね。意外にも。」
     「うん。あのダメダメわんこが謙吾くん相手に優勢だよ。意外にも。」
     「ふむ。実は私も小毬くんと同じような意見だ。」

 唯湖ちゃんも私に賛同してくれる。
 誰もがリトルバスターズ中最弱と思っていたクーちゃんが最強の謙吾くんに善戦。
 バトル開始前まで私たちはクーちゃんが何秒でKOされるかに賭けていたのだが全員外れ。

 …なのだけど――


          「ふははははははっ!!どうした能美ぃ!!」
          「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! ささささっさと降参するのですぅ〜〜〜〜!!ガチガチ」


 鎖によって磔刑にされた謙吾くんと対峙するクーちゃんをロシアのブリザードが襲い掛かる。
 馬鹿笑いしている謙吾くんよりもクーちゃんの方がはるかに寒そうだったりしますが。

     「格好つけて気温まで操ってみたものの謙吾くんの方が耐寒性に優れていたという事ですね。」

     「こまりん、あれはクー公派手にやってみたものの引っ込みつかなくなったってカンジっすヨ。
      ――ほら、なんか時々こっち向いて何か言いたげにガチガチ震えてるじゃん。」

     「うむ。まるで雨に打たれるダンボールの中の子犬のようでかわいげがあるぞ。」
     「ああ、お鼻も真っ赤にして涙目でこっち見つめてますね…。」

 クーちゃんは能力自体はすごいのですが、如何せんそれを使っているのがクーちゃんなのが弱点。
 どれだけ多彩な技を備えている吸血鬼になったとしても元はクーちゃんなのだ。

 
          「わふぅぅぅ〜〜〜…ささささっさと、こ…降参〜〜〜〜〜ガチガチ」
          「ああ、降参する――」
          「〜!!」

 パッと明るくなるクーちゃんの表情。

          「なーんて言うとでも思ったか! ばーか!
                     バカは風邪を引かないんだよ、ばーか!」


 …が、5秒後にはズーンと沈み込んでいた。

          「わふぅぅぅぅ〜〜〜!? バカにバカって言われてしまいましたっ!?」
          「甘い!甘いぞ、能美! この俺のハートは熱い…ッ! シベリアの永久凍土も沸騰する
           ぐらいになっ!! ふおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!
          「こんな寒い中でもホントに暑苦しいのですっ!」

 ――バリーンッ!!

          「って、そんな訳の分からないのに私の鎖が破られてしまいましたっ!!(><)」

 クーちゃんの空想を具現化したであろう鎖をいとも容易く謙吾くんはやぶってしまった!

          「ふはははははっ! どうだ! これが友情パワーだッ!!」
          「いや、謙吾。それすごい一方的だから。」
          「ふははははははははっ!!」

 ハイテンションまっしぐらな謙吾くんとは対照的にクーちゃんはガックリと沈み込む。
 バカ化した謙吾くんの前にやはりクーちゃんは無力だった。

     「うわー、謙吾くん、あんまり小動物にストレスを与えるとグレちゃいますヨ?」
     「それはそれでクドリャフカ君のかわいい姿が見られるのでアリだがな。」


          「うぅ〜〜〜〜〜〜〜!!わふぅぅぅぅぅ〜〜っ!!宮沢さんも外野もうるさいのですっ
           こうなれば私の必殺技――ヴェルカ、あーんど…ストレルカ!!


 ――!!

 その名を聞いて私たちは凍りついた。
 そうなのだ。クーちゃんのバトルランクはたまに跳ね上がる。
 ――それはすべて武器としてヴェルカとストレルカを選んだ時なのだ。

          「…! この世界にもあの犬が! マズイ…ッ!!」

 謙吾くんの表情にも焦りの色が見える。
 私たちが知っているヴェルカとストレルカはもふもふしたくなる犬と抱っこしたくなる子犬。
 だがしかし――

          「全てがおかしなこの世界――ヴェルカとストレルカも普通の犬ではないのです…!」

 クーちゃんの言う通りだ。
 例えばそう。ストレルカが首が3つある地獄の番犬として登場したりしても全くおかしくないのだ。

 体長20m。その禍禍しい姿を見たもので生きて帰ったものは一人としていない。
 かつて米ソ宇宙開発の時にたった1匹で宇宙に打ち上げられてしまった巻き毛の子犬。
 その子犬の乗った宇宙船は金星に辿り着き、子犬は金星の乾燥した気候の中突然変異を起こしたのだ。
 彼女は恨んだ――自分を宇宙へ打ち上げた人間達とその子孫を…!

     「そんな…それではストレルカを倒せるのはウル○ラマンしかいない――!」

 クーちゃんの目はバトルへの自信と勝利への確信に変わる。

          「さぁ、ストレルカ! 宮沢さんをやっつけてしまうのですっ!」








          「わん♪」



          「へ?」

 クーちゃんの足元にすりよるストレルカ。
 その姿は火を吐く化け物でも水が弱点の宇宙怪獣でもなかった。
 ――いたって平凡ないつもどおりのわんこ。

          「なんであなたはいつもどおりなんですか!(><)」
          「きゃいん…(涙)」

 クーちゃんに叱られたのと寒いのでスゴスゴと歩いて去ってしまうストレルカ。
 ああ、かわいそうに。あとでジャーキーでもあげましょう。

          「わふぅぅ…これではヴェルカも普通のわんこなのです…」
          「………」
          「いいのです。ヴェルカ、あなたに罪は無いのです。すべては私が無力だったせい…」
          「………」
          「ふふっ、慰めてくれるのですね。私はヴェルカもストレルカも普通のわんこでも
           大好きなのですよ。………………………あれ、ヴェルカ。なんだかすごく大きくなりましたね――」

 振り返ったクーちゃんの表情が固まった。
 続いてヴェルカの姿を見た私たちも今度こそ本当に凍りついた。


        :
        :








     「………(∵)」←クド
     「………(∵)」←小毬さん
     「………(∵)」←来ヶ谷さん
     「………(∵)」←葉留佳さん
     「………(∵)」←ストレルカ




     「………おまえ、誰だよ?」


 ヴェルカを見た謙吾の第一声。
 そのセリフが今の僕らの気持ちを全て代弁してくれた。

 ――そりゃそうだろう。目の前にいるのは犬じゃない。
 体長は180cmぐらい。筋骨隆々とした体つきで腕を組んで仁王立ちになっている。
 二足歩行を会得した新種の犬、というよりも――

     「これは――犬の着ぐるみを着た人間…だよね??」
     「!!(ギロ)」
     「うわああっ!? 何、何なのさ!?」

 デカイぬいぐるみみたいなのに、いきなりすごい迫力で睨まれたっ! 
 だが背中にはジッパーがついてるし、明らかに中に人が入っているようにしか見えないのだ。

     「…理樹。この生物はどこから来たのか知らないか?」
     「えーと、普通に隣の教室からドアを開けて歩いてきたけど。」
     「………」
     「む? この生物は何かを伝えようとしているぞ。」

 ヴェルカは親指を立てた手で自分の胸を叩く。

     「"オレの親父は心の中で今も生き続けているぞ。"」

 ――ブンブン!

 葉留佳さんの答えにかぶりを振ると、ヴェルカはもう一度同じジェスチャーを繰り返す。

     「分かった。"父親は心不全。"」

 ――ブンブンブン!

     「唯湖ちゃん、違います。"オレに任せろ" です。」

 ――コクンコクン!

 確かにヴェルカはクドに呼ばれて謙吾と戦うために現れた。
 ならば、この筋肉が表面に浮き出た犬もどきは頼もしい存在のはずだ。
 これまでの犬の既成概念を派手に打ち破ってはいるが、その分強そうではある。

 ――ザッ

 座り込むクドの前に再び仁王立ちになるヴェルカ。
 "命令してくれ、ただ一言――私のために戦え" と。
 ヴェルカの逞しい背中はそう語っているようにも見えた。

     「…クド。ヴェルカがやってくれるって――」
     「(コクンコクン)」
     「――あの日、私が絵のコンクールで落選した時、ヴェルカは天国に逝ったのです。」

     「〜〜〜!!」

 捨て犬のようにヴェルカは両腕で頭を抱えてガックリと倒れこむ。
 謙吾よりさきにクドにとどめを刺されてしまったようだ。

     「ああ、飼い主からも捨てられてかわいそうに…」

 が、何かを思いついたようにヴェルカはポンと手を叩くと、どこから持ってきたかラジカセの
 スイッチを入れる。

 ――ジャンジャーン♪♪

 随分と派手なBGMが薄暗い廊下に響き渡る。…これではまるでプロレスの入場曲。
 ヴェルカはそのBGMに魂を揺さぶられたのか、グルグルとその場でスキップを始めた。

     「この生物、立ち直り早いっすネ。」
     「どうもにも戦う気らしいな。」

 来ヶ谷さんの言ったとおりなのだろう。
 激しく腰を上下させていたヴェルカはBGM曲のサビに入ったところでいきなりバシッと謙吾を指差したっ!!


     「………俺はこんなのとバトルするのか?」


 今度は謙吾が頭を抱えて深い溜息をつく。
 一方のヴェルカはやる気に満ち溢れ、両手を天井に突き出してムダに筋肉を強調している。
 まるでこれから最強を目指すぜ!と言わんばかりに闘魂を剥き出しにしているようでもある。

     (そうか…ヴェルカ――)

 このバトルでヴェルカは主人であるクドを救い、信頼を回復しようとしているのだ――
 万が一にも謙吾に負けてしまう事があってはならない。
 ヴェルカは両手の拳をぶつけあい肩をうねらせて戦闘態勢に入っていた。

     (だけどこのヴェルカって…)

 僕は頭によぎった考えを口には出さずに置いておいた。












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