佳奈多計画!   −前編−
 






     「まず、廊下で缶蹴りをして窓ガラスを1枚破損した事について――遊びに加わっていたのは、
      棗先輩に直枝、井ノ原、宮沢の4人の男子生徒。女子生徒は棗鈴さん、能美さん、西園さん、
      来ヶ谷さん、それに三枝さんですね?」
     「ああ、それで合ってる。」
     「棗先輩。昼休みに遊ぶなとは言いませんが場所をわきまえて下さい。特にあなた方は最近
      問題を起こしすぎているので、今後もそのような事が続けば風紀委員会としても、問題のある
      学生に処分を下さなければなりません。」
     「オーケー、悪かったな。」
     「けが人もいなかった事ですし、これ以上うるさくは言いませんが今後は気をつけて下さい。
      受験を控えて神経質になっている学生が多い事も忘れないように。…お話はそれだけです。」
     「分かった。それじゃ失礼するぜ、二木――」

 ――バタン

     「…………。」

 涼しい表情のまま片手をさり気なく上げて出て行く棗先輩。
 その後姿を見届け、生徒指導室のドアが完全に閉まったのを確認して私はようやく頬を緩ませる。
 今まで頬を緩ませないように気丈に振舞うのが大変だったのだ。なぜなら――


     「ふふふ…恭介君と部屋で二人っきり。」


 誰もいなくなった生徒指導室――
 さっきまでの状況を思い浮かべて、ほにゃ〜と顔がチーズみたいにとろけていく。
 自分では黙って清ましているつもりでも徐々に笑みがこみ上げてくるのだ。

     (もう…今の私はなんてだらしない表情をしているのかしら。)

 誰が言ったか、素っ気無し、愛想なし、配慮なしの風紀委員、こと二木佳奈多――
 あの事故以来、葉留佳にうるさく言われた事もあって配慮に関してはそれなりにやるようになったつもりでも、
 他の指摘については私が演じるクールなイメージにそっくり重なり合う。
 風紀委員の後輩の子たちにも二木佳奈多はクールな女で通っているはずだが…

     (でもでも恭介君だよ? あの恭介君が私と10分近く二人っきりでおしゃべりだよ?)

 傍から見れば風紀委員による一方的な注意なのかもしれない。
 でも、接点のない私にとって、恭介君と二人きりでおしゃべりというのは中々めぐり合えない機会なのだ。
 そのシチュエーションだけで、もう私は興奮しっぱなしである。

     「うーん…これが風紀委員の仕事じゃなくて普通におしゃべりできたら最高なのになぁ…」

 友達のように気軽に日常の事を話せるようになりたい――
 だけどそれは私にとっては贅沢な望みなのだろう。

 ――ガチャ

     「二木先輩、お仕事ご苦労様です。生徒会への報告書提出の件ですが――」
     「ありがとう。それについては委員会の裁定を待ってからにすべきね。書類だけいただけるかしら?」

 急に生徒指導室に入ってきた風紀委員の1年生の子にドキリとしつつも、いつものようにクールを装う。

     「よろしくお願いします。ところで、先ほどまでお話されていたのは3年の棗先輩ですか?」
     「え!? ええ…そうね。施設の利用について少し注意していただけよ。」
     「やっぱり棗先輩でしたか。はぁ…。棗先輩かっこいいですよね〜。」
     「そうかしら? 彼にはもう少し落ち着きが欲しいところね。」
     「う〜ん…。完璧な二木先輩にとっては棗先輩でも物足りないって感じですか…。」
     「さ、無駄話は終わりよ。仕事に戻りなさい。」
     「はーい、それでは失礼します、二木先輩。」

 ――バタン

 事務的な笑顔を残しながら、その子が出て行ったのを確認して、私は胸に溜め込んだ空気をゆっくりと吐き出す。
 1年生の子にも恭介君の事は知れ渡っているのだろう。これは内心複雑な感じだった。
 確かに恭介君はどこにいても目立つ容姿な上、派手な事もするので完全に有名人なのだ。

 だけどその分、他の女の子の目にも触れるワケで…
 そうすれば恭介君人気はウナギのぼりに上がって告白するような積極的な子も出てくるかもしれない。
 そしていつかは棗先輩の隣にも素敵な女の子が並んで歩くようになるのかも…

     「ダメダメダメダメっ! 恭介君がほかの女の子とくっつくなんて、ありえないんだから…ッ」

 ひとり頭をブルンブルンと振りながら、頭に浮かびかけたイメージをかき消す。
 私は勉強もスポーツも完璧だし、容姿だってかわいい部類…のはずだ。
 だから恭介君に釣り合う女の子も私ぐらい完璧な子だと信じたいのだけど…

     「はぁ…また明日もお話できたらいいなぁ〜」

 今日も私は深く考えるのをやめて、荷物をカバンにまとめて生徒指導室を後にするのだった。







佳奈多計画!
−前編−








 放課後になれば私はいつも風紀委員の仕事に忙しくなる。
 今日は水曜日なので週一回の定例報告会のための集まりがあり、こうして指揮を執っている。

     「それでは風紀委員会の定例報告を始めるわ。今回は問題が多そうだから、先に簡単な報告からお願い。
      まずは仁科さんから。」
     「はい。校則で禁止されている金髪で登校してきた男子生徒が1名いますが、元に戻すように忠告しても
      聞き入れる様子がありません。」
     「そうね…。その男子生徒にも事情があるかもしれないから、生徒指導室で話を聞いてから指導する
      ことにしましょう。男子生徒の自己決定権にも関わる事ですから、無理矢理私たちで黒髪に戻すわけ
      にもいかないわ。」

 分かりました、と言って報告者が着席する。
 葉留佳と仲良くなる前の私だったら有無を言わさず、髪を引っ掴ん元の黒色に染め上げた事だろう。

     「では川越さん。」
     「はい。食堂で出されたカップゼリーを間食として教室に持ち込むケースが――」


 ――ガチャ

 急に開いた生徒指導室のドア。
 慌てた様子で放課後の校内巡視を務めていた1年生の子が駆け込んできた。

     「あの、二木先輩! グランドで野球をしていたグループが校舎の窓ガラスを割ってしまいました。
      それで風紀委員会からその生徒に指導をして新しい備品の申請をしたいのですが…」

     「それぐらいの事ならあなたにもできるはずよ。そんな細かい事で指示を仰がないでちょうだい。」
     「す、すみません。」
     「それから風紀委員会からの指導は必要ないのではなくて?」
     「え、どういうことですか?」
     「風紀委員会規則をちゃんと読みなさい。私たちの仕事は学生生活に問題のある生徒の行動規範を
      監視・更正する事よ。グランドで野球をしていたのなら、故意で施設を破壊したのではないでしょ?」
     「はい、確かに…」
     「生徒に悪意がないなら備品の申請を受領するだけでいいわ。」
     「わかりました…」
     「それでグランドで野球をしていたグループっていうのは野球部かしら?」

     「いえ、野球部ではなく2年の直枝さんや井ノ原さん、それに3年の棗先輩――」

 ――ガタッ

     「やはりこの件については慎重な対応が必要ね。私が彼らに指導をする事にするわ。」
     「え?え!?」
     「聞こえなかったかしら? 私が今から行く事にするわ。仁科さん。あなたが代わりに定例報告を
      引き継いでもらえるかしら。 ええ、当然引き継いでもらえるわね。」
     「え、あ、はい…! でも指導は必要ないと――」
     「私たちの仕事は規則で定められた事だけやればいいというものではないの。前もって注意する事も
      事前抑制する意味で重要なのよ。」
     「あ、はい。あ…あの! 金髪の男子学生への指導の詳細は――」
     「丸刈り。」
     「…え?」
     「バリカンで丸刈りになさい。それで問題は全て解決よ。」
     「え、えーっ!?」
     「さて、私は指導に行かなければならないから後はお願い。」

 席を立った私は颯爽とドアを開け生徒指導室を後にする。

             :
             :




     「うっふっふ〜♪ 恭介君、待っててね〜♪」


 スキップしそうな勢いで私は廊下を足早にグランドへと向かう。
 私と恭介君の数少ない接点である風紀委員と風紀を乱す学生という関係。
 こうして会う機会ができるのだからホントに風紀委員になって良かったと思う。
 しかも昨日に続いて2日連続でこんな機会に巡りあえるなんて、最近の私はツイている。

     (やっぱり日頃の行いかなぁ〜。なんてねっ!)

 軽快にスキップしながら両手を広げてクルッと回転する。
 その日1日どんなに嫌な事があったって恭介君とお話できれば、それはとってもハッピーデー。
 青い空も眩しい太陽もみんな大好き――

 ――カキーンッ

 短く切れるような金属音がグランドから響いてくる。
 まだ野球をやっているのだろうか。あの中に恭介君がいると思うと無条件に鼓動は高鳴る。
 だからその声が近づくにつれて私の足は徐々にスピードを落としていく。
 落ち着いて話さないといつもの私のようにうまくできないだろうから。

     「ふぅ…ちょっと緊張してきたかも。」

 ――今度はどうやって恭介君と話そうか思案を巡らす。
 いつもみたいに注意するだけじゃすぐ会話が終わってしまうし、そこから日常会話に話を引っ張るのは
 簡単なようで意外に難しい。
 私のクールなイメージがそれを邪魔している分もあるけど、それでもなんとか距離を縮めたい。
 そのためにはやっぱり、ちょっと深めの話題なんかが――

 ――ヒューーーーーーーン

     「あ…危な――」
     「…え?」

 ――ボコッ

     「ぐえっ!?」

 淑女にあるまじき声を漏らし私は地面に倒れる。
 倒れた私の顔の横にコロコロと転がってきたのは野球のボール。
 うぅ、痛い…どうやらこれが私の顔に命中したらしい。

     「〜〜〜〜〜っ!! いったい誰が――ハッ!」

 怒りに任せて口を開きかけたところで私は気付く。
 野球をやっていたのは恭介君たちリトルバスターズなのだ。
 だとしたら、ここはチームリーダー的存在である恭介君がケガ人である私のもとに駆けつけるという展開に
 なるのがごく自然な成行きじゃないかしら…!

 その事実に気付いた私の動きが止まる。
 舞台も姫も王子様も揃ったのだ。あとはシナリオという名の歯車が廻りだすのを待つだけでいい。
 胸の中の期待と妄想を膨らませて、私は再び地に伏した。

 …こうして地面に伏せていると、遠くから徐々に足音が近づいてくるのが分かる。
 あと少し…もう少しで……!


     「うわ…っ あはは…… お姉ちゃん大丈夫? 顔が歪んでるヨ?」
     「何であなたなのーっ!? 葉留佳ッ!?」

 ガバッと起き上がり、葉留佳の首に両手をかけて思いっきりシェイクしてやる。

     「ちょ…っ!? お姉ちゃ…! 私はぁぁ…捕り損ねただけで――」
     「なんであなたがやってくるのよっ!?」
     「ぐぇ…そんな事ぉぉ…言ったってぇ〜〜ぇ〜〜ぇ〜〜」

     「うわあっ!? 二木さん、何やってるのさ!?」

 男子生徒の声に私は葉留佳の首から手を離す。

     「ゲホ…ッ う〜、理樹くーん、お姉ちゃんがいじめる〜〜」
     「あの…僕が打ったボールが当たったみたいで、そのゴメン! 大丈夫…かな?」
     「直枝理樹――はぁ…もういいわよ。少し冷やしておけばそれで治ると思うわ。
      そんな事より恭介く…棗先輩はいないのかしら。あなたたちの保護者みたいなものでしょ?」

 上着とスカートについた土を手で払いながら、目の前の小柄な男子生徒に訊ねる。

 ――そうなのだ。
 元々、私は恭介君に話があってここにやってきたのだ。
 でも首を右へ左へ回してみるもそれらしき男子生徒の姿は見当たらない――

     「恭介なら生徒指導室に行ったよ。窓ガラスを割っちゃって、その事で――」
     「なんですってッ!?」
     「うわぁ!? やめて! 首しめないでよ…っ!?」

 それじゃ完全に入れ違いって事じゃない…!
 生徒指導室に行ったって事は割った窓ガラスの申請も済んでいる事に…。
 仁科さんの事だ。的確に1分とかからず処理して今回の件はもう過去のものになっているに違いなかった。

     「そう…分かったわ。」
     「ケガの手当てをしないと……保健室までついて行くよ。」
     「いいえ、私ひとりで大丈夫。結構よ。」

 それだけ言って私は直枝理樹に背を向ける。


 恭介君とお話することができない――


 それが分かったせいで、さっきまで踊りだしそうだった私の気分は一瞬にしてズーンと底まで沈んだ。
 おまけにさっきボールが当たった右頬がジンジンと痛みを増してくる。
 私の視界が滲んでぼやけるのも、きっとボールに当たった痛みのせいに違いない。

     (ぐす…っ いいもん、いいもん。部屋に戻ってお気に入りのカップでお砂糖二つ入れたコーヒー
      飲んでやるんだから…っ)

 泣きそうになりながら私は校舎の方へと歩き出そうとする。
 が、右足を一歩前に出したところで視界が急に右へと揺らめいた。

     「あ…れ…?」

 ボールの当たり所が悪かったのだろうか――
 真っ直ぐ歩き出したつもりなのに体が言う事を聞いてくれない。
 平衡感覚がなくなり、ふらついた私の体はそのままグランドに倒れようと……




 ――ポス…ッ




     「おっと…大丈夫か、二木?」


 地面に倒れるはずだった私の体が誰かに抱き寄せられる感覚――
 その声の主を確かめたくて私は視線を上にあげる。


     「――え…? 恭介…君?」


     「ああ、恭介君だぞ。」

 ――その笑顔を見て夢じゃないかと思った。
 だけど私の左肩からは恭介君の手の温もりが伝わってくる。
 それじゃこれは…ホントなんだ。私は今、恭介君の腕の中なんだ――

 その現実を噛み締めて、しばらく私は何をしていいのか分からずボーっとしているだけだった。

     「…本当に大丈夫か? 何か目が虚ろだぞ。」

 心配そうに私の顔を覗き込む恭介君。言われてハッと気付く。 

     「だ、大丈夫よッ! 棗先輩に心配して頂かなくてもこれぐらい――あ…っ」
     「そら見ろ。ひとりじゃ歩けないみたいだな。」

 恭介君の身体を押しのけて立とうとするも、やはりフラついて転びそうになってしまう。
 気持ちだけが焦っていたせいか真っ直ぐ立つ事もままならない。

     「理樹。二木を保健室まで連れて行ってくるぜ。練習は続けておいてくれ。」
     「うん、分かったよ――二木さん、ごめんね…」
     「お姉ちゃん、あとでお見舞い行くね〜」

 恭介君の言葉に葉留佳と一緒に走っていく直枝理樹。
 二人の姿を見送りながら私はまたまたボーっとしていたらしい。

     「…まだ意識がハッキリしないか。たぶん脳震盪だろう。」
     「ぅ…こ、こんなのしばらくしたら――」
     「しばらくしても無理そうだな。二木、ちょっと失礼するぜ――」

 急に屈んで私の脚に手を伸ばす恭介君。

     「えっ!? や…! 棗先輩――」
     「ほら、暴れるな。ケガ人はケガ人らしくジッとしてろ。」

 ふわっと浮いたかと思うと、私の身体は恭介君の両手に軽々と抱えられてしまった。
 右手で肩を抱き寄せられ、左腕で両足を抱えられている。
 あれ…あれれ? ――これってもしかして、お姫様だっこ??

     「お? 意外に軽いな。」
     「い、意外って何なのよぉ…」
     「はははっ! 何でもない、それじゃ行くか!」

 混乱気味に口を開くが頭がうまく回転してくれず次の言葉が続かない。
 恭介君はそんな私を抱えて笑いながら歩き出した。


                :
                :












 その日の夜――

     「はぁ〜〜……うふふふ――」

 女子寮の部屋の外では星が輝いている。
 私はお気に入りのウサギのカップから唇を離し、何度目かの琥珀色のため息をつく。
 机の上に広げたノートも教科書もまったくページは進んでいない。

     「ふぅ………………えへへ〜〜」

 湯気を立てるコーヒーを置くと、両手で頬を包みながらにんまりと笑う。
 お砂糖二つのコーヒーよりも、もっともっと甘い思い出。
 …だってあんなに近かったのだ。

 恭介君を見る事ができれば、その日はいい日。
 歩いていて目が合ったりしたら、その日はラッキーな日。
 それでおしゃべりできたりしたら、その日はめちゃくちゃ幸運な日。

     「だけど今日は……」

 自分の肩にそっと手を重ねてみる。
 私の肩を恭介君の大きな手が包み込むように支えてくれて…
 それから、すぐ近くに恭介君の顔があって "大丈夫か" って私の目を見て言ってくれて…
 それからそれから、恭介君が……お…お姫様抱っこで私を――

     「もぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ ///」

 ――バフ…っ

 ベッドにダイブしてウサギのクッションをぎゅっと抱きしめる。
 あれから私は具合が良くなるまで恭介君と一緒に保健室にいたのだ。
 そんなに長い時間じゃなかったけど、取り留めないおしゃべりもいっぱいした。

     ("二木も風紀委員の仕事、あんまり無理するなよ"…かぁ〜)

 クッションに顔を押し付けて、恭介君との会話を思い出す。
 恭介君から私にかけられる言葉だったら、それだけでホントに嬉しい。
 だけどいっぱい恭介君のことを知りたいし、もっと友達みたいな会話を弾ませたい。

     (私と恭介君が風紀委員と問題を起こした学生という関係じゃなかったら良かったのに…。)

 ほとんど風紀委員と学生の当り障りのない会話だった――それを考えてちょっとだけブルーになる。
 だけどその "if" はありえない。私が風紀委員じゃなかったら恭介君と話すきっかけすら掴めないのだから。
 それにこれからがんばって恭介君と友達になればいいのだ。
 だから近い将来、今日みたいに保健室で恭介君と二人きりになる事があれば、いい雰囲気になる事だって――

     「えっへへ〜〜♪」

 ブルーな気持ちは吹き飛んで、クッションを抱きしめたまま右へ左へゴロゴロとベッドの上を転がりまくる。
 だったら恭介君が私をお姫様抱っこのまま、保健室のベッドに寝かせてくれた後も…
 ゆっくりと私の身体を白いシーツの上に下ろすと、"佳奈多、かわいいな" とか言ったりしてくれて…っ

     「もう…っ! もう…っ! もぅ…っ!!」

 ゴロゴロゴロゴロ→

     「きゃーっ♪ きゃーっ♪ きゃ〜〜っ♪ 」

 ←ゴロゴロゴロゴロ

 ――ガチャッ

     「お姉ちゃん、ボール当たったところ大丈夫――」
     「恭介君だよ…っ!? 恭介くんなんだよ…っ? キャ〜〜っ♪(><)」

 ゴロゴロゴロゴロ→                        ピタッ


     「………(∵)」
     「………(∵)」
     「………ごめん。やっぱり出直すね、あははは――」
     「  待  ち  な  さ  い  、  葉  留  佳  。」


     「イヤ〜〜〜〜〜ッ!! お姉ちゃんに埋められるぅぅぅ!!」
     「ええぃ、黙りなさい…っ! 見た事、聞いた事、感じた事、すべて跡形もなく忘れなさい…!!」
     「言わない! 言いません! キョウスケ君の事なんてこれっぽちも聞いてないです〜〜〜っ!!」
     「な…! だから私は棗先輩の事なんてなにも関係ないと言ってるでしょうがっ!」
     「え…? キョウスケ君って――恭介くんの事だったの?」

     「あ………」
     「………」

     「ギャ〜〜〜〜〜ッ!! お姉ちゃんにバラされるぅぅぅ!!」
     「ええぃ、うるさい…っ! 黙りなさいっ! ///」


 …結局、部屋に入ってきた葉留佳を捕まえて大人しくさせるまでに10分以上かかった。



                :
                :





     「ふ〜〜ん? お姉ちゃんが恭介くんを…ねぇ〜〜〜」
     「だ、だから、あなたには関係ないでしょ? っていうかいい加減黙りなさい、葉留佳。」

 口に手を当てていかにも笑いを堪えてますよ、という表情。
 ニンマリ笑う葉留佳がこれ以上ないくらいムカツク。

 …浮かれて部屋のカギを締めなかったのが最大の敗因。
 よりによって葉留佳に知られるなんて、企業秘密をCMで放送しましたってぐらい間抜けだ。
 背後から抱きついて私の頬を突付きまくる葉留佳をジッと我慢する。

     「お姉ちゃん、耳真っ赤〜♪ ホレホレ〜♪」
     「うううぅぅ…」
     「にしても、お姉ちゃんと恭介くん…。むっふふふ〜〜っ」
     「ええ、そうよ! 私は棗先輩の事が好きよ! 大好きよ! それが悪いかしら?
      私が棗先輩の事が好きだとして、あなたにどんな迷惑がかかるというのかしら?
      それを知って、あなたが生きる上でどんな意味を持つと言うのかしら?」
     「うわっ、この人キレましたヨ。」
     「だいたい、何であなたにそんな事知られなきゃならないのよっ!?
      理不尽よ! 私が棗先輩と呼んでるのにあなたは恭介くんだなんてのも………あ。」

 言って私は気付く。
 葉留佳はあの恭介君グループのメンバーなのだ。
 放課後になるとグランドで野球の練習を始めたり、校舎で缶蹴りをしたりと、恭介君グループの中で
 葉留佳を見つける事も珍しくない。
 もちろん今までに葉留佳を介して恭介君と仲良くなるという手立てを考えた事はあったのだが、
 それをやると確実に私の気持ちが葉留佳に知られてしまうことになる。
 だけど…ひとたびバレてしまったのなら逆に葉留佳を頼るという手だって…。

     (く…っ だとしたらこのお気楽能天気娘を邪険にはできない…!)

 ニヤニヤしている葉留佳を横目で睨む。
 そして私は本日最高の自然な笑顔を意識して葉留佳に微笑みかけた。

     「ね、ねぇ葉留佳さん? 私たち、仲良し姉妹よね?」
     「うわっ…この人あからさまに何か企んでますヨ」
     「お姉ちゃんは今、とっても悩んでるの。どうすれば恭介君と仲良くなれるのかなって。
      女の子だったら恋の辛さは分かってくれるよね。ちょっとだけでいいから…私の恋のお手伝い、
      してくれないかしら? ね? 葉留佳。」

     「あははははっ! 3回廻ってワンて鳴け。」

 ――ボカッ

     「うぅ…私はお姉ちゃんの忠実な犬として是非心から協力させていただきます…」
     「最初からそう言えばいいのよ。」

 頭を両手で抑えて涙目の葉留佳。
 が、しばらくして気付いたように口を開く。

     「……でも、お姉ちゃん。私はどうすればいいの? お姉ちゃんがリトルバスターズに入る手助けを
      したらいいの?」
     「えっ!? それは――」

 葉留佳の提案に私は口篭もる。
 確かに恭介君と一緒にいるのならリトルバスターズのメンバーになるのが一番だ。
 だけど、愛想のない私があの賑やかな集団に入ってうまくやっていけるのだろうか。
 きっと私みたいなのが入っても、みんなから嫌われてしまうんじゃ――

     「ふっふっふ。お姉ちゃんの心配は分かるのですヨ。」
     「え?」
     「――そう、私は佳奈多。いつもクールでエレガントな風紀委員会のフリージア。
      今日も嫉妬と羨望とゴミを集めながら、校内を優雅に徘徊するの。」
     「………」
     「でも、そんな気高き私がリトルバスターズに溶け込む事ができるのかしら?
      ああ、クールで知的でバイオレンスな私を受け入れてくれるのかしら?」
     「………」
     「だけど、愛しのダーリン、恭介くんの前では私のクールな仮面も剥がれ落ちて、
      そこには身も心も焦がしたひとりの熟れまくった女がぁぁぁ…っ」

 ――ボカッ

     「いったーい…! 二度もぶったぁぁ〜〜っ」
     「言ってる事は当たってるけど、何だかムカついたわ。」

 とりあえず葉留佳の頭をはたいておくが私はやはり不安だった。
 風紀委員としてリトルバスターズにあちこち注意して廻っている私のイメージがいいはずがないのだ。
 おまけに恭介君たちは無茶な事もやったりしてるのだから、風紀委員である以上、私は止めなければならない。
 そんな私が一緒に遊ぶなんて言っても、リトルバスターズのみんなにとっては、それこそ迷惑な話だろう。

 ――結局、私じゃダメなんだ。

 私は佳奈多であって葉留佳にはなれない。
 葉留佳みたいにみんなと遊んだり仲良くしたりなんて夢なんだ…。

     「ねぇ、お姉ちゃん。」
     「…何かしら?」
     「――心配しなくても大丈夫だヨ。こまりんも鈴ちゃんもクド公もみおちんも唯ねぇも…
      みんな優しいから。お姉ちゃんのこと悪く言ったりする人なんていないヨ。」
     「葉留佳…」

 まるで私の心の暗雲の正体を見透かすように真っ直ぐな視線で葉留佳は微笑む。
 双子の姉妹だからとかそんな事ではなくて、まるで二木佳奈多という人間だったら何も心配ないとでも
 言ってくれるような目。
 私が自分を否定しても、そんな私を外から見つめて認めてくれる人もいる――
 葉留佳の言葉に私の心に溜まった重いものはすーっと軽くなった気がした。

     「ありがとう…でも、それはやめておくわ。さすがに恭介君目当てだけで加わるのは心苦しいの。」
     「うーん…。 それじゃ、普通にお喋りするチャンスつくったりとか…………お? おおぉぉっ!?」
     「なによ?」

 葉留佳は一瞬何かに気付いた表情を見せた後、徐々にニンマリとした顔に変わっていく。
 まるで何かイタズラを思いついた子供のような――いや、イタズラを思いついた子供そのものと言ってよい。

     「お姉ちゃん、ちょっとちょっと――」
     「ん?」

 含み笑いを漏らしながら手招きをする。
 きっとまたロクでもないことに違いないと思いながらも、とりあえず話を聞くだけ聞いてみようと思い、
 私は葉留佳のそばに腰を下ろす。










 【後編へ】


 雑記

 ちょっとラブコメを書きたくなって始めてしまいました。
 小毬×恭介が個人的推奨なんですが、それはそれでシリアスラブな物語書きたいです。
 本編での佳奈多はデレが少なかったので、佳奈多の言葉の裏を全部脳内変換でツンデレキャラ
 だと思い込んだ自分はきっと勝ち組みだと(略

 海鳴り


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