Renegade Busters 第3話「吊るされた男」
 













 もう夜中の3時を過ぎた頃だろうか――
 気付いたときには僕はまた、いつもの・・・・校舎の前に立っていた。

     (……ここは最初の場所だ。)

 再びこの世界を繰り返す事ができた事に、ホッと息をついて安堵する。
 前の世界で真人は僕らの領域――男子寮の部屋を最後まで守りきってくれたのだろう。

     「――ありがとう、真人。」

 今頃部屋で筋トレしているであろう真人に小声でお礼を呟く。

 ――この世界はループしている。
 世界の起点はこの夜中3時過ぎ。僕はそれをこの場所から何度も始めてきた。
 そして世界の終わりは72時間後…つまり3日経てば、再び僕らはこの世界をやり直すことになる。
 生きて世界の終わりを迎えても、死んでしまっても前の世界の事はしっかり覚えている。
 それは僕や真人、沙耶に限らず、他の領域に住んでいる人間にも共通の事だ。

     「さてと…教室にノートを取りに行かないと…」

 鍵のかかっていないドアを見つけると僕はそのまま校舎に侵入する。
 真人に貸したノートを返してもらおうとしたら、よりによって自分の机の中に絶賛放置中。
 おかげで僕はこんな夜中に教室へノートをとりに行かなければならなかった。

 ――世界が始まるとなぜかいつもその記憶とノートを取りにかなければ、という意志が強く働く。

 窓にはぼんやりと浮かぶ青白い月。
 昼間のいつも見ている学校とはまったく違う風景が広がっていた。
 僕は真っ暗な廊下を火災報知機の赤い非常灯を頼りに進んでいく。

 ――コツ…コツ… コツ…コツ………。

     (…今回はあの子、襲ってくるのかな?)

 ノートを取りに行った際、僕はいつも誰かに襲われる。
 今まで同じパターンは無かったはずだけど、大概は急襲されて否応なしに戦闘が始まる。
 ここで襲ってくるのはほとんどは学園の男子。ところが前の世界では初めて女子に襲われたのだ。
 どうせ襲われるなら男子よりは女子の方がいいというもの――

 ――タンッ …ドサ!

     「――ぐッ!?」

 一瞬の出来事――重心を奪われたと分かった時には、体は組み伏せられ顔を床に押し付けられていた。
 男子であれば問答無用で分かりやすい攻撃を仕掛けてくるので僕も比較的簡単に反撃できる。
 だが、そのプロを彷彿(ほうふつ)とさせる手口は与(くみ)し易い相手ではなかった。

     「――この学園の生徒ね…なぜこんな時間にいるの?」
     「よし! 今回も女の子だ…っ」

 心の中でガッツポーズをとって、僕は相手の拘束から左腕を抜いて思い切り跳ね上がる…!

 ――ドン!

     「きゃっ!?」
     「先手…必勝ッ!」

 相手はやはり前の世界で会った女の子――ポケットから取り出した8つの工具を手に僕は突撃していく…!
 対する女の子はふともものホルスターから拳銃を取り出して構えようとしていた。

     「ッ!油断した…! コノッ、あなたなんて蜂の巣よ…っ!」

 ――ゴトッ…カチャ…カチャ…キュル………カラン…カンカン!

     「…キミが拳銃を持っているのは知ってる。悪いけど分解させてもらったよ。」

 一度目にした拳銃なら構造は把握している。
 女の子が拳銃を取り出すと同時に工具を突き立てて分解を開始したのだ。
 微細な間隙に道具が滑り込み、拳銃から拳銃であったものへと還していく。
 時間にして2秒――黒い金属片や部品となってバラバラにされた拳銃が廊下に音を立てて散らばった。

     「へ? …あれ? え、え、エーーッ!?」

 銃を両手で構えたままの姿勢で女の子は目をまん丸にして硬直している。
 …もちろんその手に拳銃など無い。

     「構造を失った要素に意味は無いよね? さてと――」

 この子は他にもナイフを隠し持っていたはずなのだ。
 素早く女の子を背後から羽交い絞めにして、上着のポケットやブラウスの中など武器を入れていそうなところを探る。

     「…っっ!! 何を――」
     「まだナイフを隠し持っているはずだよ。刃渡り30cmはある大きなヤツをね。」
     「! なぜ私の装備を……きゃっ!? 何!? ドコ触ってるのよッ!!」

 両手で上半身をあちこちまさぐるが武器は見つからない。
 だとしたら拳銃と同じ場所なのか――暴れる女の子を後ろから壁に押さえつけて、スッとスカートの中に右手を突っ込む。

     「〜〜〜〜〜〜っ!!? や…ッ! 触らないでッ!! やめてよッ!」
     「いったいドコに武器が――」

 足をピッタリと閉じてジタバタと抵抗する女の子を無視してナイフを探す。
 下から上へふとももに手を滑らせていくと、やがてそれらしき感触が手にあたる。

     「ん…やっと見つけた――」



     「 チ ェ ッ ク メ イ ト よ 。」



 カチリと突きつけられた銃口。
 僕は肩の力を抜いて胸の奥に溜まった息を吐き出す。タイミング良く沙耶が応援に駆けつけてくれたのだ。
 戦闘は終わりだ――僕らの勝利で。

     「……って、あれ? なんで沙耶は僕に銃口を向けているのかな?」
     「そうね。私も最初は理樹君を手助けしようときたのだけど…襲われているのは理樹君じゃなかったみたいね。」
     「え!? いや、これはその――」

 はだけたブラウス、めくれ上がったスカート、上下お揃いのピンク色の下着があらわになっている。
 ついでに僕が後ろから押さえつけている女の子は半分涙目という有様……状況証拠は完璧だった。

     「ちょっとかわいい子がいたら、理樹君はそんな事しちゃうんだ、ふ〜ん??」
     「こ、これは武装解除してるところなんだっ」
     「 武 装 解 除 …ねぇ? 女の武器を武装解除ってトコかしら?? 理樹君、器用だもんね〜?」

 まずい、沙耶の笑顔が最高潮に達した。
 その笑顔の向こう側に、僕の本能より深い生物的な何かが戦慄した。

     「いやいや、沙耶なら分かってくれるよね!? 敵を倒すため仕方なくブラウスの中を調べたりスカートを――」
     「そんなにあちこち女の子の体をまさぐって何を言ってるのかしら? その子泣いてるじゃないの。」
     「こ、この女の子はすごいプロだったんだよ! 簡単に倒せる相手じゃなかったし、まずは無力化しないと――」
     「無力化するなら気絶させれば済む話じゃない?」
     「いやいや、女の子はプロの諜報員だろうし、気絶したとしてもそれこそ体が武器だといわんばかりの――あ」

     「………(ニコッ」
     「あ、銃口向けないで…ちょ、冗談はやめ――」


 ――タンッ!


















Renegade Busters
第3話「吊るされた男」














     「お、帰ってきたな――って、うおおおっ!? どうした理樹!? 敵にやられたのかっ!?

 男子寮の部屋に転がり込むと、腕立て伏せをしていた真人が慌てて僕の体を抱きかかえる。

     「手強い敵だったわ。理樹君をこんなにボロボロにするなんて――」
     「く…っ! オレが沙耶の代わりに助けに行っていれば、そんなヤツ一撃でKOしてやるってのに…!」

 …確かに真人が助けに来てくれてたら、僕はこんな目に遭わなかっただろう。
 体のあちこちが痛むのを我慢して、何とか上半身を起こす。

     「痛たたた…。まったく、ここまでやらなくてもいいのに――」
     「ふん、だ。悪いのは理樹君なんだから…っ」

 腕を組んでそっぽを向く沙耶。

     「てて…それで今回はどうしようか? 女子寮の攻略は失敗しちゃったしもう一度挑戦する?」
     「いえ、あれだけのトラップがあるのならふたりだけじゃ無理でしょうね。それに向こうは迎え撃つ気まんまんよ。」

 ある程度、相手の戦法なり武装なりが分かれば対処方法も浮かんでくる。
 それは女子寮の女の子も同じ事が言えるわけで、しかもあの子は事前に準備して自分の領域で戦えばいい。
 ――優位性の無い攻城戦は下策という事だ。

     「だったら、またここに攻めてくるヤツをぶちのめすだけなのかよ?」
     「う〜ん…それだと確かに進歩がないし状況は変わらないよね。」

 不服そうに言う真人に僕も腕を組んで唸る。

     「まだ1日目よ? こちらから積極的に攻めるとしたら3日目の世界が終わる直前。この部屋を不在にして隙を突かれたりしたら
      この世界自体を繰り返せなくなってしまう恐れがあるわ。慎重に行きましょ。」
     「そうだね。この部屋を守るのが第一だしね…。」

 この部屋に二人いれば襲撃者を撃退する事はできる。
 だが二人が守備に回れば攻撃には一人だけしか向かえない。これでは道着姿の男や日本刀の女子生徒には敵わないだろう。

     (うん?…だったら何で道着姿の男や日本刀の女子生徒は僕らの領域に攻めてくる事ができるのだろう?)

 誰かに不在中の領域を占拠されたら世界を繰り返せないかもしれない危険がある。
 他の協力者がいて領域を守っている? それとも他の人から攻められた経験が無い?
 僕らが防御に徹していたのは、そのふたりが襲撃してくるからだ――考えてみるとこのふたり以外が襲撃してきた事はない。

     「どうしたの理樹君。難しそうな顔して?」
     「きっとまたノート持って帰るの忘れた事思い出してたんだろ?」
     「…何よ、また私がついていながらノート忘れた事ぐだぐだ言うわけ?」
     「って、また忘れたのかよ。まぁ、別にそんな重要なもんでもねーだろーけどよ…」

     「――次にさ、道着姿の男や日本刀の女子生徒が攻めてきたら、相手の領域を奪いに行こう。」

 ダンボールからカップルヌード豚骨しょうが味を取り出そうとしていた真人が目を丸くして振り返る。
 一方、沙耶は何かに気付いたように手をポンッと打った。

     「それ名案! こっちは3人いるわけだからひとりで相手を足止めして、もうひとりは部屋の守備、あとのひとりで領域を乗っ取るのね!」
     「なるほどな。それなら相手を倒せなくても足止めしていれば勝てるかもしれねぇぜ。」
     「だけど、問題があるよ。」

 カップルヌードみそ味のふたをはがしながら呟く。

     「…相手の領域ってどこにあるのか。」
     「日本刀の女はちょっと想像がつかないわね。…だけど竹刀の男は結構簡単に分かるじゃない。」
     「だな。うちの学園にはちゃんとした剣道場もあるしな。」
     「いやいや、そんな単純に考えていいのかな?…うーん、でもそこから探すしかないよね。」

 実にストレートな答えを出すふたりに首を振ってみる。
 だが、おそらくはそれが一番可能性が高そうなのだ。探した領域が外れなら次から次へと場所を探さなければならない。
 そして優先順位の話で言えばそれは正しい。

     「と言っても、次に日本刀か竹刀が攻めてくる事があった場合の作戦ね。…あ、真人君、塩味とって。」

 真人と僕に続いて沙耶もカップにポットのお湯を注ぎ込む。
 あのふたりがここに攻めてくるタイミングに法則性のようなものは無かった。
 おそらくここ以外にも女子寮や他の領域にも襲撃しているはずなのだ。

     「相手が他の領域でバトルしている時があればいいけど――」
     「そんな好機はそうそうないわね…」

 まだ硬い麺を割り箸でつつきながら沙耶も呟く。
 僕はふたの上に割り箸を乗せて静かに3分間きっちり待つことにした。

 他の人たちは領域にこもっている…だとしたら外部の情報なんて分からないし、それを知りたければ自ら動くしかない。
 情報が足りなければ、領域が安全地帯であることしか分からないだろうし、他に領域を持った人間がいる事さえ
 知らない人もいるだろう。第一、それならば学園の普通の生徒と領域を持った人間を見分けることができない。
 そもそも僕らだって分からない事だらけなのだ。いわんやひとりだけの人間だとしたら――


 ……ドゴン………ドスン……!


     「――っ!?」
     「――!」

 床に伝わってくる振動――瞬時に僕も沙耶も弾かれるようにして立ち上がる。
 ドアの外から聞こえてくる学園の生徒の叫び声と衝突音…!

     「はっ!! 噂をすればってヤツか?」
     「できれば食べ終わった後で来て欲しかったわね…!」

 今回の襲撃は随分とタイミングが早い。
 僕と真人と沙耶――領域を守る人と足止めする人、攻撃に行く人は誰にすべきか…!

     「理樹君! 作戦はどうする?」
     「よし、真人が部屋の守備、沙耶が迎え撃つ。それから僕が敵の領域を探しに行くよ!」



          :
          :






 ――ドンッ! バシンッ! シュッ!

 その光景に僕と沙耶は我が目を疑った。
 壁に叩きつけられ、床に押し潰され、灰となって消えていく学園の生徒は何度も見てきた。
 だけど――

     「――ッ!! メェェェーンッ!!」

 胴着姿の男の竹刀が袈裟斬りに襲い掛かる。
 あいも変わらず衰えぬ必殺の太刀筋に申し分ない破壊力…!
 だが、そんな会心の一撃も空を斬るのみに果てる――攻撃対象はすでに男の背後にて首を狙っていた。

     「――断罪しよう。三十五日目の審判者の比ではないぞ。」

 淡々とした言葉に背筋が凍る。

 ――ザシュッ!

 まるで音の無い動作――
 それは舞い散る桜よりも美しく、風に流れる柳よりも優雅に死を宣告する。
 闇夜に浮かぶ三日月を思わせる残影を残し、妖艶な輝きを持つ日本刀が横一線に振るわれた。

     「…ほぅ、かすっただけか。大したものだな。」
     「…一片の迷いも感じさせないか。この女、侮れん…!」

 一方の男も重心を崩す事無く、その軌道を紙一重でかわしきったのか…!
 首筋から滴り落ちる血を胴着の袖でぬぐいながら、男は竹刀を持つ手に力を込める。

 ――僕らの部屋の外で戦っていたのは、剣道着姿の男と日本刀の女子生徒だった。

     「二人同時に襲撃してきてかち合った…?」

 驚き混じりに喉の奥から漏れ聞こえた沙耶の声。
 これはまずい…そう思った瞬間、女子生徒の双眸が僕を射抜く。

     「客だ――いや、元々の目的が現れたというべきか…。いずれにせよ切り伏せるまで――」
     「……っ」

 無表情で日本刀をこちらに差し向ける。
 その冷たい刃先を前にして、僕は工具を手に渇いた喉を震わせる。
 ――と、唐突に女子生徒は背を向けて歩き出した。

     「と、いいたいところだが今日のところは引こう。なにぶん、そこの男との戦いで多少疲れている。
      ――運が良かったな少年よ。」

 日本刀を鞘に納めるとそのまま去っていく。

     「…助かったのかな。」
     「何弱気な事言ってるのよ、ここは仕留め損なったか見逃してやったでしょ。」

 沙耶も汗ばんだ手に握られた拳銃を下におろす。
 でもそういう事ならもうひとり残ってるじゃないか、と心の中で呟き、竹刀を手にした男に目を向ける。

     「……ッ どうした? また続きをやるんじゃないのか…ッ?」
     「ちょっと…っ 血が流れてるよ!」

 ガクリと肩膝を地につき、竹刀にもたれかかるようにして息を荒げる男。
 さっきの女子生徒との戦いで負った傷なのだろう。わき腹を押さえる手の間から血が染みを広げている。
 一目見て致命傷に近い傷だというのは理解できるほど――だが、決して心は折れていなかった。

     「来るがいい…! 地に傅(かしず)き天を仰ごうと、お前たちの前に膝を折り伏臥する事はないッ!」

 気宇壮大、幕天席地――
 手負いで尚、豪胆の一語に尽くされぬ雄姿を奮い立たせ敵を前に半歩たりとて引く事ありえぬ…!
 並ならぬ気迫に僕は立ったまま気圧されていたのだ。
 確かにここで戦えば男を倒せるだろう。だがそれは倒したのであって勝ったわけではない。
 それにこの男が逆の立場なら必ずこうする――僕は武器を持った手を下ろした。

     「…やめよう。深手を負った相手を倒す事に意味が見出せないよ。」
     「何を…言っている? 貴様、この俺に情けをかけるつもりか…?」
     「情けをかけるつもりはないよ。ただ――」
     「………」

     「こんな事で勝っても僕が素直に喜べない。」

 手にした工具をポケットにしまって肩の力を抜く。
 男はしばらく呆気にとられた表情で僕を見つめたのち、ふとその表情を崩して笑った。

     「そうか…。だが、ここで見逃した事を必ず後悔する事になるぞ。」

     「それはないよ。どんな相手だろうと負けるつもりは無いからね。
                         ――攻撃を理解し、武器を分解し、敵の理想を瓦解させるまでさ。」

     「ふふ…はははっ…はーっはっはは! いい心意気だ! いいだろう、次会うときまで英気を養っておけ。
      文明の理樹か…おまえのような猛者をこの竹刀で叩き伏せる瞬間が楽しみだ…っ!」

 心底愉快そうに豪快な笑い声を上げる男。僕もつられてクスリと笑う。
 敵でなければ僕らは結構いい友達同士でいられたのではないだろうか?
 その笑顔を見て僕は心の中でなんとはなしに考えていた。
 ゆらりと立ち上がり歩き出す男の背中を僕は見送る。


     「あーっはっはっは! なーんて言うとでも思ったワケ? バーカ、ばーか!」


     「へ?」
     「え?」

 唐突に馬鹿笑いしながら沙耶が拳銃を抜いて男に構えていた!
 いやいや、ちょっと待ってよ、何その展開!?

     「相手が怪我して動けないのにそのまま見逃すなんて馬鹿な真似するわけないでしょ!これはチャンスよ!」
     「ま、待て…! 今、この男は俺を見逃すといったはずだぞ!?」
     「そうだよ、手負いの相手を仕留めても沙耶だって嬉しくないよねっ!?」

 銃口を向けられて焦る僕と男。
 その様子に沙耶はフンと鼻を鳴らしてサディスティックな青い瞳で僕らを見下ろす。

     「好機があれば機械的に殺る。今殺る、すぐ殺る、ここで殺る。」
     「いやいや、せっかく戦いを通じて友情が芽生えそうだったんだよ!?」
     「そうだぞ、ライバル同士戦いを通じてお互い切磋琢磨を――」

 ――タンッ! タンッ! タンッ!

     「うわぁぁぁ!? 当たる…っ 当たるってば…ッ!?」
     「…っ!? よくこんな深い傷を負った無抵抗な人間を撃つ事ができるな…っ!?」
     「ええ簡単よ。怪我をしてる人間は動きが鈍いから、とーっても撃ちやすいわ。」

 ――タンッ! タンッ! タンッ!

     「ぬおおおっ!?正気か…!? おい…! おまえの仲間だろ、あの危ない女を止めろっ!」
     「無理だよ…ッ すでに上下関係が出来上がってるんだ…っ」
     「えーい! どきなさい理樹君! 一緒にフルメタルジャケットでドタマブチ抜くわよ…!」

 逃げ惑う僕と男に容赦なく銃弾を浴びせる沙耶。
 心の底から楽しそうに笑いながら引き金を引いている…!

     「あーっはっはっ! あっはっは! 踊れ、躍れ! 死ぬまでおどれ! イッツ、ショーターイムッ!!」

     「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
     「ひ、ひ〜〜〜〜〜ぃ!? 僕まで殺される…!?」

          :
          :





 ――15分後。

     「正義は勝つ! だって勝てば正義になれるからよ! あーっはっはっは!」
     「………orz」

 誰もいない夜の男子寮の廊下に沙耶の勝ち誇った笑い声が空しく響く。
 ごめん、男の約束、守れなかったよ。
 沙耶に蜂の巣にされ、さらさらと灰になって消えていった竹刀の男に心の中で手を合わせておく。

     「なんだか釈然としないんだけど…これで脅威はひとり減ったと考えていいのかな?」
     「そうね。あとはこの男の領域と思われる剣道場を制圧すればいいと思うわ。」

 そう言いながら拳銃の弾倉をガチャリと入れ替える。
 とりあえず男が灰となった後に残された竹刀を拾い上げて、部屋の片隅においておく事にした。

     「ところで制圧って言っても具体的に剣道場に行ってそこで何をすればいいんだろう?」
     「……そうねぇ。理樹君は何すればいいと思う?」
     「領域を領域でなくしてしまえばいい…かな? 領域があるから復活するみたいだし…。」

     「ふ〜ん、そういうことだったら比較的簡単ね♪」
     「考えがあるんだ? 今日の沙耶は頼もしいね。」

          :
          :


 ――ドゴォォォォォォォォッ!!

     「………(∵)」
     「爆破完了♪ 爽快ね…!」

 剣道場は木っ端微塵に吹き飛んだ!

 耳を劈(つんざ)く爆音、吹き上がる土埃――
 部員たちが毎日汗を流し試合に向けて鍛錬し続けた道場は跡形も無く消え去った。
 思い出の染み込んだ柱も、下級生が毎日磨き続けた床も、顧問の体育教師が大切にしていた額縁も全て灰燼に帰した。
 荒涼とした景色を前に何も喋る事ができずに僕は立ち尽くす。…が、しばらく硬直してようやく正気を取り戻した。

     「いやいやいや! お辞儀して靴を脱いで道場に入って爆薬を仕掛けて発破!って何か違うよねっ!?」
     「一応これでも礼儀はわきまえたつもりよ? ちゃんと頭を下げてから爆破したじゃない。」
     「あぁ…部員たちの思い出の場所が――」
     「かわいそうに。理樹君の前に立ちふさがるからこうなるのよ。」
     「えぇーっ!? 僕は何もしていないんですけどっ!?」
     「さ、ここにもう用は無いわよ。行きましょ。これであの男はジ・エンドよ。」

 沙耶は散らばった木の破片をバキッと踏み折って踵を返す。
 なんとも豪快なやり方で相手を葬り去ってしまった…。
 ちょっとした罪悪感から顔も知らない剣道部の部員たちに手を合わせて、僕もその場を立ち去ろうとする。


 ――コトン…


     「――ッ!!」
     「――っ!?」

 瓦礫の山から音がした刹那、僕も沙耶もそれぞれの武器を取り出して音のした方向に構える。
 敵はいつ何時どこから襲ってくるか知れたものじゃない――!
 無限とも思える緊張感に包まれながら、僕らは警戒を解く事無くその方向を睨み続ける。

     「誰? 出てこないならぶっ放すわよ?」

 澄んだ声が夜の空気に響き渡る。
 しばしの静寂の後…音の主はその声に反応してようやく姿を現した。


     "にゃーっ"


 沙耶が銃口を向けた先に現れたのは1匹の白い猫。
 その可愛らしい姿を目にして僕も沙耶も、ふぅ、と胸の奥の空気を吐き出し拳銃をホルスターにしまう。

     「なんだ、猫じゃない。驚かさないでよね。ほれほれほれー…」

 瓦礫の上には小首をかしげるような仕草をする白猫。
 沙耶は白猫の前にかがむと手を伸ばしてあごの下を撫でようとする。
 しかし、白猫はぷいっとそっぽをむくとスタスタと中庭の方向へと歩き出してしまった。

     「残念。嫌われちゃったみたいだね。」
     「もう…ちょっとぐらい触らせてくれたっていいじゃないの。」

 沙耶は白猫に伸ばしていた手を引っ込めて立ち上がると不服そうに呟く。
 見たところケガもなかったし、さっきの剣道場の爆破にも巻き込まれなかったのだろう。
 小さくなっていく白猫の後姿を目で追いながらふと考える。
 そういえば、猫なんてめずらしい――

     「――! 沙耶っ!」
     「え、どうしたの?」
     「猫だよ…! この世界に猫なんて今まで見たことあるっ!?」
     「猫ぐらい別にどこにでも……いえ! この世界には人間しかいなかったはずよ!」

 そうだ…! この世界で今まで猫を見たことなんて無い…!
 今まで目にした生物は学園の生徒たちだけ――白猫がこの世界に現れるのは初めてのことだ。
 僕も沙耶も急いで中庭の方に歩いていった猫を追って走り出した。









【次の話へ】


 あとがき

 原作の沙耶とはイメージが違うかもしれないですが、どうぞご容赦を…。

 海鳴り



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