Renegade Busters 第4話「隠者」
 









     「にゃーっ」
                 「ふにゃーっ」

 目の前には振り返って鳴き声をあげる白猫――
 そして満月に照らされた中庭のあちこちから聞こえてくる、獣のまるっこい鳴き声。
 僕と沙耶の周りは猫だらけに違いない。そう、中庭は猫の楽園と化していた。

     「ふふ、かわいいわね…」
     「それにしてもこの数、すごい鳴き声だね…」

 姿は見えなくてもどこからともなく聞こえてくるその声から相当な数だと推測できる。
 大家族…いや、集団や群れといった方が近い数なのかもしれない。

     「ふーっ」
                   「むぎゃーっ」

 険のある鳴き声と共に姿を現す小さな獣。
 月明かりの届かない草むらから、影に隠れた木の枝から、闇に埋もれた物影から猫たちはどんどん出てくる。
 5匹、10匹……20匹…………いや、そんなもんじゃない。
 僕と沙耶の周りには数え切れないほどの猫たちの眼が爛々と輝いていた。

     「アメリカンショートヘアーにヒマラヤン、チンチラ、あれはサイベリアンね――」
     「詳しいね。僕には全然見分けがつかないよ。」
     「顔だけ黒くて白い子がヒマラヤン、あの普通っぽい猫はアメショーよ。」

 良く見れば普段、道で見かけるような猫以外にも、ペットショップで丸がいくつも並ぶような値段がつけられる猫や
 見たこともない猫までいっぱいいる。
 それらの猫が僕らの周りに集まり、まるで会議をしているかのように思い思いに声を上げている。
 猫の言葉が理解できないから、猫たちが僕らを見て何をしゃべっているのかは分からない。

 だけど、そんな猫たちの動作にひとつだけ共通しているものがある――外敵に対する威嚇だ。


     「…理樹君。」
     「――どうやら僕たちは囲まれたみたいだね。」











Renegade Busters
第4話「隠者」







     「シャーーーーッ!!」      「フシャーーーーッ!」

 僕と沙耶は背中合わせになり敵の襲撃に備える。
 相手は猫、だが侮ること無かれ…!
 百獣の王とその始祖を同じくし、内に秘める野生になんら違える部分はない。

 彼らは狩る側で僕らは獲物――
 一度足を止められて、この集団で襲われたならまず命は無い。
 だから猫たちの円陣の中心にあって、それは絶体絶命を意味する。
 なんとか突破口を見つけなければ――

     「にぁーーーーーっ!!」

 凛とした雰囲気の黒い猫が月に一声吼えた。
 その鬨(とき)を合図に暗闇から殺意を剥き出しにした猫たちが牙と爪で襲い掛かってくる…!

 ――タンッ!

     「走るわよ…ッ」

 沙耶の銃弾に打ち抜かれて灰となり爆ぜ飛ぶ白猫。
 僕も沙耶の言葉に弾かれるように走り出す…!

 ――タンッ! タンッ! タンッ!

 地を、宙を、闇を舞う。
 間髪入れぬ銃声とそれに対応して四肢を散らし消滅していく獣たち。
 手にした工具で飛び掛る猫を振り払い、その爪を身をよじっていなしていく。
 だけど――

     「キリがないよ…!」
     「数が多すぎる…!もう、いったい何なのよ…っ」

 走って逃げた先には多くの猫。
 瞬発的に方向を変えた先にもたくさんのねこ!
 いくつかの群れを突破した先にも大量のネコ…!
 猫、ねこ、ネコ…!! あらゆるところ、闇と隙間さえあればそれは沸いて出てくるのだ!

 ――タンッ! タンッ! タンッ!

 地面を前転し飛んできた猫をかわすと、起き上がって肩口から背後の猫をノールックで打ち抜く。
 僕も猫の腹に肘を叩き込み、工具を交差させて猫の爪をギリギリで防ぐ…!

     「フギャーーーーッ!」
     「……痛ッ!!」

 横から叩きつけられた爪を防ぎきれず、制服の上腕部がぱっくりと切り裂かれ血が滲む。
 敵の数が多すぎて死角をいくらでも突かれてしまう。だがそれ以上に不利な条件――

     「この中庭には材料がない…!」

 ゴミや大きな木の枝でもあれば武器をこの手で生み出すことができる。
 だが、この中庭はあまりにもキレイ過ぎる。その道の庭師が管理しているかのような美しさ――
 人工物は地下に深くつきたてられた杭のみ。小枝、小石さえも探すことが困難…!
 それが道具使いにとってこの上ない致命傷になっているのだ。

     「理樹君は防御に徹していて…!」

 僕をかばうように沙耶が前面に回りこんで拳銃をクロスさせる。
 土と草と木――人の手が加わりながら自然しか残されぬ、ある種の文明の圏外。
 鉄とコンクリに飽いた文明が次に求めたものは、自然への回帰、憧憬、再現。
 人が造った物ならば、この手で可逆の時間にかけることもできよう。
 だが原初、自然に在るものはそれ自体が分解に適わない。
 利器の礎となれる自然物がないここは僕にとって鬼門なのだ。

     「ギャーーーッ!!」
     「フーーーーーーッ!!」

 体勢を崩しながら土まみれになり、無様に獣の牙を避け続ける。
 その過程で草を摘み縄を糾(あざな)うが、圧倒的に強度が足りない。
 暴れる獣を縛るにはまるで力不足――数を集めるにも時間がかかりすぎるのだ。

     「目を閉じて…!」

 見慣れぬ色の弾倉を詰め替える沙耶。
 腕に噛み付いた猫を払いのけると僕は下を向いて目を閉じる。

     「獣の夜目にはキツイわよ…ッ」

 ――パンッ!

 空に向かって撃ったのだろう。
 花火の何倍も明るい光が闇の世界を一瞬で染め上げた――これは閃光弾だ。
 光が収まり、目を開けたときには猫たちは地面に転がり動けないでいた。

     「撤退よ、撤退! 猫はこたつかペットショップで見るに限るわ…!」
     「うわっ!?」

 沙耶にぐいっと手を引っ張られて、そのまま一緒に駆け出す。



          :
          :




     「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

 ヒンズースクワットを軽く200回終えて、腹筋に移ろうと床に寝転ぶ。
 理樹と沙耶はうまくやっただろうか――そんな事を考えながら、オレはこうしてふたりの帰りを待つ。
 あいつらがやられた時に帰る場所を守るのがオレの役割なのだ。

 ――タッタッタ…

 廊下から足音が聞こえてくる。
 理樹と沙耶が無事に戻ったのだろう。オレは起き上がってあいつらを出迎えようとする。

 ――ガチャ

     「よ、おかえり――」

 ――ドゴッ!

 分かったのはオレの顔面にめりこむ膝。
 風のように部屋に入ってきたそいつは勢いを殺せず、そのまま部屋の照明を粉々に割り窓ガラスをぶち壊した。
 派手な音を立てて散らばるガラスの破片。闇に包まれた室内、その鋭利な輝きの欠片の中に影がひとつ佇んでいた。
 体を起こし床に拳を突き立てて、オレはそいつの面を拝んでやる。


     「…てめぇ、誰だ?」

     「――今夜、おまえはここで死ぬ。」


 壊れた窓から見えるガラスのような青白い満月。
 その冷たい光の下、凛とした雰囲気を漂わせた女子がオレを見下ろしていた。
 後ろに纏め上げられた長い髪、髪につけられた鈴のアクセサリ、キツイ目つき――

     「見ないな…新しい襲撃者かよ。」

 袴野郎でも日本刀の女でもない。
 そいつは俺の目をキッと見据えて口を開く。

     「なぜあたしたちを襲う? 他の学園の生徒たちに指示を出しているのもお前たちか?」
     「襲ってきたのはおまえだろうが!? 第一、オレ達も学園のやつらに襲われてるぞ!?」
     「え? そうなのか? それでは攻撃した意味が無いぞ。どうしよう――」

 と、当てが外れたような意外そうな表情をして、女子は首をかしげて何か考え込みだした。
 まさか…こいつは何の考えも無しにここに殴りこんできたのだろうか。

     「ちょっと待て。それじゃ、お前らは敵じゃなくて別に学園の生徒を束ねてるヤツがいる事になるぞ?」
     「そうだよ! オレ達からしたらおまえがその "敵" かもしれないんだぜ? 大体、なんでオレは顔面に
      おまえの膝蹴り食らわなきゃなんねーんだよ!? 一発殴らせろっ」

 オレの言葉を無視して腕を組んで唸りだす女子。
 が、何かに気付いたように手を打った。

     「――新事実だ。学園の生徒を束ねているラスボスはふたりいた。これは読者も驚きの展開だ。」
     「オレはラスボスでも代理でもねーよ!!」
     「じゃあザコだ。」
     「それ以前に敵じゃねーっての!」
     「嘘だな。ゴマのお菓子は騙せても、あたしの目はごまかせない。お前は敵だ。」
     「なんでだよっ!?」
     「顔がいかにもそんな感じだ。おまえが正義の味方だったら、番組は1話目で打ち切りだ。」
     「筋肉だけで3話は続かせてやるよっ!」
     「どっちでもいい――死人に口なし。悪は滅びるべし…!」

 ――ヒュンッ! バシンッ!

     「うおっ!?」

 ふわりと宙に舞ったと思った瞬間、鋭い蹴りがオレの首めがけて繰り出される…!
 拳でそれを受け止めるも、今度は逆サイドから踵が飛んでくる!

     「――ッ!」
     「ガッ! この…!」

 それを右頬にまともに食らいながら、上空の女子を地に引き摺り下ろそうと腕を伸ばす。
 しかし、くるりと空中で向きを変えるとオレを飛び越えて音も無く床に着地して振り返る。
 ――数撃交わして分かった。こいつ、むちゃくちゃ速ぇ…!

     「………硬い」

 姿勢を低くして、まるで猫のような姿勢で半歩後ろに下がり攻撃態勢を整える女子。
 これは厄介な相手だ。力同士のぶつかり合いなら、あの剣道野郎にも互角以上の戦いができる。 
 だけど、力をかわしてしまう相手、目の前のコイツのようなスピードに乗ったヤツは苦手だ。

     「ふかーーーーっ」
     「おらぁぁぁっ!!」

 オレの拳を潜り抜けて、体を前転させた反動で踵を再び顔面に打ち込もうとする!
 だが今回は読めた――その足を掴んで女子の軽い体を思い切り壁に向かって放り投げる…!

     「おわっ!?」

 横に飛ばされる女子。
 だが体を回転させて壁に足をつくと、すたん、と床に難なく着地した。
 身のこなしが軽いのだ。直接掴んで打撃を与えなければならない。
 だったらオレの筋肉で圧殺して――

     「シュッ…!」

 ――ドゴッ! バキッ! ゴシャッ! ボコッ!

     「フニャーーーッ!!」

 ――ズゴッ! ベシッ! バシッ! ドゴッ!

     「あんニャーーーッ!!」

 ――バン! ゴスッ! ガブッ! ドゴッ! ……………バタン!


     「…めちゃくちゃ一方的じゃねーかっ!?」


 相手の体に触れる事もできず、オレは地に伏していた。
 …まるでスピードが足りない。こんなんじゃ、相手にいい様にやられるだけだ…!

     「はぁ…!はぁ…!はぁ…!くちゃくちゃ硬い…だけど、やっと倒れた…!」
     「超回復ぅぅ〜〜〜っ!!」
     「ふにゃーーーっ!? なんでこんなに早く回復する!?」

 筋肉の端々にまで酸素と糖が行き渡り、すぐさまオレの肉体は回復していく。

     「超回復さ――攻撃でダメージを受けたオレの筋肉はそれ以上の耐久力を持って復活する。
      鉄の肉体はダメージを受ければ鋼の肉体として生まれ変わるんだぜ…!」
     「気持ち悪いわーっ!!」

 迫りくる鋭利な刃物のような蹴り…!
 だがオレの筋肉はこんなものじゃない――筋肉革命は常に起こる。
 筋肉…それが生き物である限り、進化しつづけ目の前の敵を叩き潰すのだ…!

 オレは腕を防御のために上空にかざす。タイミング的に間に合わない。だが――

 ――ガキンッ

     「――っ!?」
     「"速筋" だ。この白い筋肉は瞬発力に優れているんだぜ?」

 通常、人体の筋肉は持久力を持つ "遅筋" と瞬発力に優れた "速筋" を併せ持つ。
 これらをバランスよく使うことで負荷を軽減させているのだ。
 だがオレはたった今、体中の筋肉を速筋に作り変えた・・・・・・・・・・・・・・
 持久力に劣るが瞬発力と力に秀でた種類の筋肉のみで構成された肉体――筋肉革命だ。

     「おらよっ! 少し遅くなったんじゃね―か…ッ!?」
     「――! こいつ、急に速くなった!?」

 いわばこれは短時間のドーピング…!
 全身はバネと化し、この強固な肉体は縦横無尽に空間を侵食していく!

     「お楽しみはこれからだぜ!」
     「きもっ!きもっ!こいつ、きもい…!」
     「後悔しても遅いぜ。おまえはオレのデリケートな筋肉を刺激して硬くしちまったんだからよ…!」
     「マジできしょいんじゃ、ぼけーーーーっ!!」


          :
          :






     「猫達が復活するまでそんなに時間はない…! 寮の部屋に戻るわよ!」

 振り向かずに沙耶と共に全速力で中庭を駆け抜ける。
 閃光弾の照度によって猫に目晦ましを食らわせてひるんだ隙に逃げる――
 いずれ追ってくるにしても、敵のテリトリーである中庭よりも寮の部屋で迎え撃った方がいい。
 材料さえあればどんな状況でも打開できる。

     「でもなんで…! あの猫たちは僕らを襲ったんだろ…!」
     「分からない…! だけど、アレはきっと罠だったんだわ…!」

 沙耶の言いたい事は分かる。
 猫たちは僕らが中庭の中央にきたときに一斉に囲みだした。
 あれはひとつの指揮系統があって、最初からあの場所で襲うつもりの行動だったのだ。
 問題は500とも1000とも知れない、あの猫の大群を指揮していたのが本当に猫だったのか――

     「男子寮よ。よし、逃げ切ったわ――」

 入り口の扉を蹴り開けて、廊下を疾走する…!
 真人が部屋で待っていることだろう。3人揃えば、あの猫の大群と言えどもそう簡単にやられたりはしない。


 ――バンッ!


     「………! 仲間が帰ってきたのか!?」
     「鈴さん、予想よりも早いのです…!」


 転がり込んだ男子寮のいつもの部屋。
 だが照明は壊され、薄暗い部屋の中は割れた窓ガラスの破片が散乱していた。
 そして目に飛び込んできたのは、床に伏せたまま動かない真人。

     「これは……真人君っ!?」
     「沙耶、危ないっ!!」

 ――ヒュンッ!

 近づこうとした沙耶の頭上擦れ擦れを剃刀のような空気が突っ切っていった。
 注意を口にするのが遅れていればまともに食らっていたところだろう。
 沙耶も体を引いて攻撃の主の方をジッと見つめる。

     「――あなたたち、襲撃者ね。」

 銃を構える沙耶の低い声に2つの影が闇から姿を現す。

 月下に照らし出されたその姿は――ふたりの女子生徒だった。
 どこか冷たい空気をまとった鈴の髪飾りの少女と、白い帽子と白いマントに身を包んだ異国の碧眼の女の子――
 知ってる――二人ともあの写真の中にいた子なのだ。

     「猫達はどうした? まさかこの短時間で戻ってくるとは思わなかったぞ。」
     「――! あなたがあの猫達を操っていたのね。」

 鈴の髪飾りの少女は表情を変えずに沙耶を見つめる。
 この子が猫達の親玉――つまり、あの猫の楽園の中庭はこの子の領域なのだろうか。

     「一応聞いておくが、お前達が学園の生徒を纏めている人間なのか?」
     「…違うわよ。私達だって学園の生徒から襲われる身なのよ。」
     「なるほど。このデカいのと同じ事を言うな。」

 真人を一瞥しながら腕を組んで何かを考えている。

     「だったら "敵" は別にいるのか…。どう思う、クド?」
     「まったくわかりませんっ(>ω<)」

 元気いっぱいに答える女の子に、鈴の髪飾りの少女は思いっきり落胆した!
 が、途中で思い直してまっすぐ僕の目を睨んだ。

     「まぁいい。あたしたちはあたしたちの安全地帯を脅かすやつらに容赦しない。
      ――これは警告だ。敵じゃないなら、あたしたちと関わろうとするな。関わればこの男のようになる。」

     「ちょっと…! それってどういう意味――」

     「…敵を倒し損ねた。ここは一旦ひくぞ、クド。」
     「はいなのですっ」
     「――ッ! 逃がさない…!」

 過ぎ去った一陣の風――沙耶が引き金を絞るが手応えは感じられない。
 窓の外には猫の大群と共に走り去っていく女子生徒の姿が見える。

     "安全地帯を脅かすやつらに容赦しない――"

 彼女達もまた敵を探している――
 学園の生徒に無差別に攻撃を受けてその元となる人物を探し回っていたのかもしれない。
 今まで姿を見なかったのは防御に徹していたからなのか。
 それがここにきて積極的に攻勢に出てきたのだ。探索を続ける以上、これからも僕らの敵となる事は容易に想像できる。

     「…って、そうだ。真人っ! 大丈夫ッ!?」
     「真人君! しっかりして!」

 沙耶が真人の肩を抱き上げて呼びかける。
 その振動に呼応して、薄っすらと目を開く真人。

     「――ん、沙耶、理樹…か。」
     「い、生きてた…! 怪我はない? あ、でも無事なワケないよね…?」
     「すまん。今回はオレはここで退場だ…。」

 スッと真人の影が薄くなり指先から灰になってサラサラした粒子となり消えていく。
 僕らが部屋に戻るまで耐えていてくれたに違いない。
 世界に別れを告げる真人の手を力強く握り返す。

     「あの猫の子にやられたのね…まったく、真人君を倒すなんて――」
     「…いや、オレがやられたのはマントのチビだ。」
     「え? 猫の子じゃないの?」

 頷く真人に少なからず驚く。
 猫の方の女子ならまだ分かる。あっちは確実にスピードで戦うタイプだろうから真人にとって
 不利な相手ともいえるからだ。だけど、もう片方の子なんて、見た目にはそれほど強そうではない――

     「…分かったわ。また次の世界で会いましょ。」
     「後は任せたぜ。理樹、沙耶――」

 その言葉を最期に真人が消えた。


          :
          :






     「で、真人君が消えちゃったから、今回のループは何もできそうに無いわね…」

 椅子にもたれかかり机に足を投げ出してため息をつく沙耶。
 二人だけしかいないとなると、部屋を守るのに一人、余りは一人だけだ。
 これまでの相手を観察するとどうやら部屋でおとなしくしているしかなさそうだ。

     「仕方ないよ。今回は領域を奪われなかっただけでも良かったと思わないと。」
     「でも真人君がやられる相手って、どんなヤツなのよ…」
     「さぁね。こればかりは戦う機会がないと分からないけど、次の世界で真人に聞けばいいよ。」

 沙耶の言葉に僕は例の写真を手にとって眺める。
 長い髪をポニーテールにした少しはにかんだ表情の女子、亜麻色の髪をした青い眼の女の子――
 やはりあの二人は写真の中の子なのだ。

 だけど今回のケースでは、ふたりは知り合いのようだった。
 それは僕と真人と沙耶が知り合いであるように、彼女たちもまた仲間同士で身を寄せ合っていた。
 それになぜか大量の猫を連れて、だ。

     「猫、猫、う〜ん…何で猫たちは女の子の味方になってるのかな。」
     「というよりも猫があの子の手下みたいな感じだったのかも。」

 この世界ではみんなある程度の能力を備えて登場しているのだ。
 たとえば猫があの子の手足となって動かせる僕だとしても不思議はない…ような気がする。

     「――夜明けね。おやすみ…」

 しばしの沈黙の後、沙耶は椅子から立ち上がるとベッドの2階に上がって寝転んだ。
 夜が明ければ襲撃者は現れない。領域を越え青空の下に出れば消滅してしまうからだ。
 僕もこの世界で自然と身についた、太陽が昇れば眠るという習慣に従う事にした。

 ――ボスッ

     (ちょっと整理してみよう――)

 ベッドに倒れこみ、考え事にふける。
 剣道場には竹刀の男…これは倒したし、剣道場も木っ端微塵だ。
 女子寮にはビー玉の子…トラップが多すぎて攻略法が見つからない。
 中庭には猫の子と白いマントの女の子…大量の猫、そして真人を倒したもうひとりは謎。
 あとは領域がどこか分からないけど、日本刀の女子生徒。

     (敵対している人は全部で4人。)

 竹刀の男が次の世界で復活しなければの話だが…。
 しかし、今まで判明した人のいずれも学園の生徒の頭目ではなかったように思える。
 それぞれが学園の生徒たちと戦い、生き残るために襲撃者となっていたようなのだ。
 そもそも学園の生徒の頭目なんて存在するのか。

 ――この世界がいったい何で、なぜ学園の生徒たちが僕らを襲ってきて、どうすれば元通りになるのか?

 元通り…と言ってもそれがどんな世界か分からないけど、少なくともここは異常だと分かる。
 だから結局は、学園の生徒たちが襲ってくる元凶を断つ事が僕らの目標という事になる。

     (だったら、やっぱりひとりずつ倒していくしかないのか…)

 めぐりめぐってもとの場所に還ってきた思考にため息ひとつ。
 ベッドの上階からは静かな寝息が聞こえてくる。
 それにつられるように僕も静かにまどろみの中に意識を沈めた。










【次の話へ】


 あとがき

 真人は筋肉と増殖以外思いつかない…

 海鳴り



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