「――いいのか?」 「え?」 唐突な問いかけ。 瞬時にはその言葉が意味するところが理解できなかった。だから僕は謙吾に訊き返すしかなかった。 「いいも何も…僕らは世界を元通りにする為に戦っているんだ。へんな事言わないでよ。」 「――世界はこの写真の10人で作り上げた。」 「僕はそう考えてるよ。」 「そして "敵" はこの10人以外の誰かだ。」 「何が言いたいのさ?」 「なぁ理樹――朱鷺戸沙耶とは、いったい誰だ?」 謙吾が静かにちゃぶ台の上に置いた写真。 その中には僕もいるし笑顔の謙吾も写っている――ただひとり、沙耶を除いて。 「俺は記憶を取り戻す事によってお前や真人の事も思い出せた。だが朱鷺戸沙耶という女子の事だけは 思い出すことが出来ない。沙耶は元々俺たちの仲間ではなかったのだろ?」 「…だから怪しいって事?」 「今の時点ではそう考えざるを得ない。この中の10人以外で、この世界を繰り返す事ができる人間を 俺は沙耶しか知らない。」 ごく自然にたどり着いた結論―― 世界を作り上げたのが写真の10人なら、それを壊そうとしているのはその10人以外の人間。 僕は謙吾の言葉に静かに首を横に振る。 「――謙吾たちは沙耶の事を知らなくて当然なんだ。」 「ん?」 「謙吾や真人の知らないところで僕は沙耶と出会って、それから一緒に行動するようになったんだ。 今いる世界がこうなってしまうまで――いや、こうなってしまった今でも沙耶は僕の味方だよ。」 「………」 訪れる沈黙―― 僕の背後では沙耶とクドの寝息だけが規則正しく聞こえてくる。 するとしばらく腕を組んで宙を睨んでいた謙吾がゆっくりと喋りだす。 「分かった。おまえが沙耶を信用しているのなら俺にも疑うつもりは無い。俺個人としてもあいつの事は 嫌いじゃないからな。」 「謙吾…」 「ただ――もしも沙耶が "敵" だったらおまえはあいつを倒す覚悟があるのか? そして理樹。おまえは沙耶と別れてまでこの世界を元通りにする決心があるのか?」 : : 「――ぐっすり眠ってるわね…」 「リキの寝顔なのです〜」 ………。 「ちょっとつついてみようかしら。」 「わ、そんな事をするとデンジャラズな予感です…っ」 ………。 「いいじゃない。理樹君もこれぐらいじゃ起きたりしないわよ。」 「そ、そうですか…。それでは私も――///」 「よし、俺に任せろ。」 「あ」 ――ズボッ 「うふあああぁぁぁっ!? はに? 何なのさっ!?」 「ははははっ! 起きたな理樹。ちゃんと昼間に眠らないからだぞ! くっくっく…!」 目の前には腹を抱えて盛大に笑う謙吾。 その横で床を笑い転げる真人を見てムッとしながら、鼻の穴に突っ込まれたそれを引き抜く。 「ぎょ、魚肉ソーセージ…」 「わわっ、リキ…! 私たちはティッシュの先でこちょこちょっとしようと企んでいただけで――」 「私が食べようとしてたソーセージを…」 「さりげなく俺が鼻の穴に突っ込んだ。」 「なに、その完璧なコンビネーション!? 真人も見てたならとめてよねっ」 「まぁ、鼻から食っても口から食っても等しくおまえの筋肉にはなるからさ。」 見事に理由になっていなかった! みんなと作戦相談の途中で寝てしまった僕も悪いけど、まったくなんて事するんだか…。 夜の男子寮の部屋に5人が所狭しと座っている―― 僕は夢から覚めて間もない寝ぼけ眼を軽くこする。 「―――」 ――目の前には笑いを堪えきれずにいる沙耶と横で笑い転げている謙吾。 そうだ。こんな日常がこれからもずっと続いていけばいい。 僕らの知らない人間が現れてこの世界をめちゃくちゃにしたんだと名乗り出て、そいつを倒してハッピーエンド。 沙耶は "敵" なんかじゃないし、謙吾たちが沙耶と戦うなんて事も絶対無い。 僕は頭を軽く左右に振って頬をパンッと手のひらで打つ。 「…ごめん、それでどこまで話したっけ?」 「私たちが次に攻撃するターゲットの話よ。こちらの戦力と能力を考える限り、一番有利に戦えそうなのは 女子寮のビー玉の子ね。」 「クー公なら相手にガンとばすだけで勝てっからよ。」 「なるほど…分かったよ。」 「それから人数の配分。クドリャフカが攻撃チームに加わるとして最低一人はこの部屋の守備に必要。 攻撃チームは主にクドリャフカの護衛になるから、攻撃範囲の広い私と肉の壁になれる真人君が行くわ。」 「猫を連れた女子が襲撃してくる可能性を考えて、KENGOスラッシュで大量の猫をで葬り去れる俺が守備に残る。」 「ですのでリキは私たちと一緒にれっつ・ごーなのですっ」 「うん、分かったよ。」 「最後に今回の理樹君の服装について、ゴスロリにするかkawaii系で王道をいくべきか、それともぶかぶかYシャツ できわどく魅せるのか…そこが問題ね。」 「きっと…リキなら私よりも女の子っぽく生まれ変われると思うのです…///」 「 そ こ だ け は 分 か ら な い 。 」 床一面に広げられる女の子の服をあれでもない、これでもないと手にとっては唸っている沙耶とクド。 「やっぱり、大きめのニットにフリルミニを合わせてニーハイ、ショートブーツでどうかしら?」 「わふ〜ちぇっくのわんぴーすにしゃいにーなかちゅーしゃも捨てがたいのですよ。」 「うーん…トータルコーディネーションでゴスロリにするにしても、どこかにアクセントが欲しいわね…」 「ここは意匠を変えて、ごしっくぱんくでハードでがっつんがっつんに攻めるリキも見てみたいのですっ(>ω<)」 「うう…真人! 謙吾! 二人とも黙ってみてないで何とか言ってやってよ!?」 「………メイド。」 「………いや、巫女だ。」 「真剣な表情で答えないでよねっ!?」 第8話「魔術師、塔」 「あ〜あ。なーんか女の子としては危機感覚えるなぁー。」 「はぁ〜リキ、本当に似合いすぎるのですね。自信を失ってしまいます…」 「うぅ…ほめられても嬉しいと思えないよ。」 ため息をつきながら僕を頭からつま先まで舐めるように見回す沙耶にクド………………そして真人。 「真人。いい加減キモいよ?」 「お、お、うおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜俺は、理樹に、嫌われた…?」 頭を抱えてそのまま崩れ落ちる真人を無視して、改めて自分の格好を見て絶望する。 「気に入ったでしょ? 女の子に興味なさそうな真人君の目も心も奪うくらいだから自信持っていいわよ。」 「…それで何でメイドなのさ?」 「隷従と様式美、そこに家庭的なエッセンスと気品を漂わせれば落ちない男なんていないわ。 ――理樹君はさしずめ、女子寮という塔を落とす傾城(けいせい)の美女というわけね。」 「スカートが長いからまだ制服よりはいいけど…これじゃ戦いづらくないかな?」 「最近のメイドは見かけによらずにバイオレンスなのも多いわ。時間を止めたりナイフを投げたりする メイドだっているぐらいだし。それにそんなに動きにくい服でもないわよ。」 それはもはやメイドという次元を超えている。 そう思いながら、メイド服の機能を確かめてみるが思ったほど行動の邪魔にはならないようだ。 なるほど…素材が軽いのか間接を動かすときや歩くときもそれほど違和感がない。 黒と白を折り重ねた比較的厚着のスタイル。 クラシックなデザインを基調に現代的なゴシックロリータのアレンジメントが加えられている。 だけど変に可愛さを追求したようなフリルも男に媚びるような無理な露出も少ない。 靴もブーツだからこれなら戦闘向きといえるだろう。 「――到着なのです。」 クドの小さな声に顔を上げる――女子寮だ。 そこは七色に光り輝く約束された楽園…そんなわけもなく、薄暗い寮内には学園の生徒が手に手に掃除用具や テニスのラケットなど武器を手に徘徊していた。 「ビー玉の子を攻撃しようと待ってるのかしら?」 「おし…まずはあそこにいるヤツらを片付ければいいんだな?」 「ちょっと待って、出来れば敵に気づかれずに奇襲を仕掛けたいわ。」 拳を握りこんで気合を入れる真人を沙耶が手で制する。 「相手は罠師よ。敵を察知すれば機に乗じて反撃されるかもしれないわ。だから――」 「あまり大きな音を出さずに相手を倒す――私の出番なのですね。」 「クドなら発砲音も敵を殴った時の叫び声も立てずに済む。任せたよ、クド。」 「分かりましたっ――みなさんまとめて天国へ送って差し上げましょう。」 : : ――タッ…タッ…タッ… 私と鈴君の足音に続いて後ろから無数の細かなざわめきが聞こえてくる。 主人の後を追う無数の猫――闇夜にあってその獣の群れは、一頭の不気味な肉食獣の影のようにも見える。 と、先頭を歩いていた鈴君の前に黒猫がスタンと舞い降りてきた――鈴君の斥候か。 「そうか…ご苦労だった――くるがや。やっぱり女子寮だ。」 「こちらの予想通りだ。このまま行こう。」 そのまま方向を変えずに歩いていく。 今、彼女がいるのは女子寮――これ以上、厄介な事になる前に見つけ次第倒す。 これはどちらが正しい間違っているの問題ではないのだ。 お互いの相譲れない利益が対立し、一方が淘汰されるだけの話。 その尺度に力という手段が据えられたに過ぎない…そう、仕方がない。 私は手に持った日本刀の重さを確かめるように握り締める。 「…やっぱり倒すのか。」 私の前を歩く鈴君が振り返らずに言葉を漏らす。 戸惑いの感じられる声のトーン。 彼女の境遇を聞いてしまった以上、できる事なら手を下したくはない…そう言いたいのは分かる。 「鈴君は聞いてしまった事を後悔しているのか?」 「…だが、知らなければ何もできない。」 「ああ、そのとおりだ。だから鈴君も戸惑うな。彼女を救えなかったのは仕方のない事なんだ。」 「………っ」 小さな背中からはどんな表情をしているか読み取れない。 ただ足取りを変える事なく進んでいく。 鈴君は強いな――私は聞いてしまった事を後悔しているというのに。 沈み行く船から救命ボートに乗り移る時に、ひとりだけ取り残されてしまった女の子がいた。 また彼女を救う事ができた人間はその子の叫びに気付く事ができなかった。 だけどそれを責めることはできない。 そして私たちがそれを責めることは許されない。 なぜならすでに私たちの乗った救命ボートは満員だったのだから。 それでも順番が違っていれば、もう少し時間があったなら―― 私はそう思わずにはいられない。 「女子寮だ――! くるがや。これはいったい…すでに学園の生徒はやられているぞ。」 : : ――パタ…パタ…パタ 最後の一人が音も無く地にひれ伏す。 その視線に射抜かれた者は脆くも跪き、地にキスをして女王に永久(とわ)の臣従を誓い尽き果てる。 碧眼の小さな女王に全てを略奪されたのだ。目も心も生命でさえも。 「…なんて言うか、圧倒的だね。」 「知らない相手は必ずクドリャフカの顔を見るわ。その時点でおしまいよ。」 クドが敵に向かって歩いていくと、振り返った敵は悉(ことごと)く地面に倒れこんでしまうのだ。 その小さな身体に攻撃を加えようとする前に、まるで電池の切れた玩具のようにパタリと伏して動かなくなる。 結果、クドを中心に事切れた人の山が出来上がっていた。 「やりましたっ(>ω<)」 「すげぇな…クー公。何を食ったらそんな風になれるんだ?」 「勝利の秘訣は、たまごごはんですっ」 しきりに感心した様子でクドの身体をあちこち見回す真人。 僕と沙耶が一通り女子寮の周り、そして中を探索してみるも人間の影らしきものは見当たらない。 「OK。これでようやくリベンジの準備が整ったってトコね。」 「それじゃ早速始めるよ。」 事前の計画通り、沙耶から貰ったプラスチック爆弾を女子寮の外壁に貼り付けていく。 建物の中に入って正面から戦ったのでは罠師の領域である以上、かなり分が悪い。 ならば箱ごと破壊してしまえばいい――沙耶のいつもどおりのバイオレンスな発案に今回は賛成だった。 とはいっても、屋内の罠を爆破の振動で強制的に作動させるだけだ。建物自体を壊すわけじゃない。 罠さえ無効化してしまえばいいのだ。 「全部で452個の爆弾か…。クド、扱いには気をつけてね。これ1つで標準的な木造家屋が平気で1つ、 吹き飛んでしまう威力らしいからね。火薬の量を間違えると大変な事になるよ。」 「わふっ!? でもリキ…でしたら爆薬の量がとても多いと思うのですが…」 「この女子寮は直方体だよ。何と言ってもロー○ンやファ○マと同じ形なんだよ?」 「あの…ロ○ソンやフ○ミマと同じ形だと、爆薬がいっぱい必要なのですか?」 「うん。なんてったってコンビニと同じ直方体だからね。そう、信じられない事にコンビニと同じ直方体なんだよ。」 「わ……わふっ???(・ω・)???」 不思議そうな顔をして頭の上にハテナマークをいくつも並べるクド。 「理樹君。準備はどう? コンビニと同じ直方体だからかなり頑丈なはずよ。設置箇所は正確にね。」 「大丈夫、調整は完璧。いつでも爆破できるよ。」 「クドリャフカ、慌てて耳を押さえなくてもそんなに大きな爆発にはならないようにしてるわ。」 「そ、そうなのですか?」 「ボンッと音がして振動で中にある罠を強制作動させるだけよ。いいわ、真人君。やってちょうだい!」 「おおよ!」 僕がコードを伸ばしていき、その先端についている爆破装置のボタンを真人が押そうとしている。 「わふっ…あの、沙耶さん。ちなみにあの大きな新校舎を爆破するにはいくつ爆弾がいるのですか?」 「そうね、あれはコンビニとは違って直方体じゃないから8個設置すれば十分ね。」 「………へ?」 「よっしゃ、発破!」 ――ドゴオオオォォォォォォォ!!! : : 「な、何を考えているのだ、あいつらはぁぁぁ…ッ!!?」 突如、襲い掛かる轟音、四肢が千切れ焼け焦げんばかりの熱風、身体を貫くコンクリの破片…! 全身にそれらを浴びたくるがやは叫び声を上げながら、この世界から消えていく。 「くるがやっ――ッ! にゃぁぁっ!?」 爆風と建物の破片が弾丸のように飛び交う中、あたしの体も吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。 なんとか起き上がるが今度は眼を開けていられない、顔を直撃する瓦礫の破片が熱い…! すると巨体の影があたしの前に立ちふさがり、それらからあたしを守ろうとしてくれる。 「ドルジ…! これはお茶の間ボーンどころの話じゃないぞ…!」 くるがやが残した日本刀を腕に抱きかかえて、そっとドルジの脇から女子寮の方を窺う。 しかし、黒い粉塵に厚く覆われて視界は10m先も見通せない状態だ。 建物を爆破したかったのか? それにしてはやり方が乱暴だし、あんな位置で爆破したら仲間まで巻き添えにしてしまう。 だったら…爆破を失敗したのか? というよりもこれは失敗というレベルじゃない。 「うぅ、馬鹿な…」 急に頭がふらついて膝を折ってしまう。 あたしもダメージを受けていたのだ――そう思いながらドルジに体を預けそのまま意識を闇の中に溶かしていった。 : : ガラッ… 「「馬鹿なッ!?」」 「バカはリキと沙耶さんなのですぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ(>ω<)」 爆音、破壊、暴風、粉塵、破裂、衝撃…! そんな中、身体が透き通っていき世界から消えかけるクドが抗議の声を上げる。 同時に僕と沙耶をかばって全身に瓦礫を食らってしまった真人も光の粒子となって千切れていった。 「げほっ! コンビニと同じ直方体だからといって過大評価していたよ…! 直方体のクセにガッカリだ。」 「ああ、真人君、クドリャフカ…。まったく、コンビニと同じ直方体のクセになんてやわなの!?」 あたり一面焼け野原。 ぺんぺん草一本残さず地は煤け、空には黒煙が立ち込めている。 女子寮があった場所には大きなクレーターができ、爆発の凄まじさをありありと語ってくれている。 「だけどこれならビー玉の子も…生きてはいないよね。」 「そうよね…。相手もここまでやるとは思ってなかっただろうし、普通に備えているだけではまず助かる ような状況じゃないわ。さ、帰りましょうか…」 ――ゴトッ 「ぐえっほ…! イタタタ…いったいこれは何デスカ。建物ごと爆破するなんて…!」 「非常識です。人道的見地から言ってもこれはやりすぎの一言に尽きるでしょう。」 「――!」 積み重なる瓦礫の山から姿を現したのは2名の女子生徒―― ひとりは土と煤で汚れボロボロ、もうひとりはあの爆発にもかかわらずまっさらな制服のまま。 「っていうか、みおちん。NYPバリアで防御したのに何で私だけ微妙にダメージくらってるのよ!」 「咄嗟の事でしたから…命があっただけでもよしとしてください。身体にはダメージはないはずですよ。 ――それに、この状況であれば恨むなら目の前の方を恨むのが筋ではないですか?」 白い日傘をさした女子生徒――写真の中のひとりだ。 その琥珀色の眼が無表情に僕を射抜いている。 だけどその視線は恨むでも非難するでもなく、ただ僕を見ているだけ。 ただ見ているだけなのに…僕はなぜか責められて泣きそうな気持ちにさせられる。 「…よく生きてたわね、あなた。」 「ナニがよく生きてたわね、デスカっ! こんな爆発に巻き込まれたら普通は死体すら残さず、 現地で拾った石が骨壷に詰め込まれて、石碑の下でアーメン、ソーメン、ワンタンメンですヨ!?」 「いやいや。元気そうで何より。」 「ムキーッ(><) これだけの惨事を起こしておいて尚、その言い草…! 本人が軽いつもりでやった イタズラでも、周りは大いに傷つく事だってあるのですヨ!!」 「それを三枝さんが言っても説得力がありませんね。それはともかく――」 日傘を閉じて両手に構える。 その様子に僕も沙耶もそれぞれの武器を手に戦闘態勢に入る。 「NYP兵器は全壊ですので支援は望まないでください。ですが材料は無数に転がっていますので、 三枝さんにとっては有利な場所でもあります。」 「ふっふっふ。はるちんとみおちんの最強タッグ。ひとりずつでは非力でもふたりで力を合わせれば 地球だって救えるのですヨ。」 「いえ、私は後ろの方で応援です。この日傘を使って神宮球場のように応援していますので。」 「さっそく自分に戦力外通告!?」 : : 「セットアップ――」 スパナ、ハンマー、ニッパ、ドライバー、プライヤ――数々の工具を手に僕は相手に対峙する。 瓦礫と物に溢れたこの空間で敵に負ければ言い訳が出来ない。 「――迎撃用意」 はさみ、瞬間接着剤、千枚通し、布テープ、ホッチキス――ビー玉の女の子もいろんな道具を指に挟み不敵に笑う。 手に持った武器で何をしようというのか…。 「沙耶は後方で援護射撃を…! 前線は僕が張る!」 「了解!」 さっと走り出す沙耶。 この焼け野原ではそれ程罠は使えないだろうが、まずは僕が前に出て確認する必要がある。 だけどこの平原ではそうそう地の利は生かせまい。 「冥土の土産にメイド服デスカ。ところで "文明の理樹" って聞いてるけど、女の子なのにリキって珍しいネ。」 「え、え〜〜〜っ!? 女の子だなんて――」 「そのかわいい顔、台無しにしちゃいますヨ!」 空気圧によって射出される釘…! 装置の材料はプラスチックの容器にビニル袋、塩化ビニルのホース、ガムテープ、ホッチキス。 小学校の理科の実験で作るような装置を手にしていた。 ――カンッ …キンッ! スパナとレンチで飛来する釘を振り払い、工程を開始する。 鉄パイプ、爆弾の火薬、スプリング、鉄くず――材料は豊富を極め、ここには僕の想像を具現化する全てが揃っている。 「活版印刷が言論を変えたように火薬が戦争を変えたんだ。」 カンッ…ガコ! ……キリリ…ゴトンッ! 頭の中から設計図を検索し製造工程を瞬時にシミュレート。 物理学、化学、力学――基礎法則、経験則…それらを全て応用し持てる技術で最高品質を実現していく。 「マスケット銃――完成。」 ――タンッ! 先込め式の旧式の銃。 基本原理しか理解していない僕には火器はここから始めるしかない。 だけど、手持ちの武器でしか戦えない相手ならこれで十分。 「わっ!? 銃ですカッ!? ならこっちだって――!」 大きな業務用ホッチキスでつなぎ合わせられていくベニヤ板や金属板。 あっと言う間に出来上がった盾を手にビー玉の子が突進してくる…! まさか―― 「――そんな! 材料から瞬間的に武器を製造した…?」 シュッ…キュルル…カタン…! バックステップで距離を取りながら材料を拾い集め銃剣を製造する。 それを銃身に取り付けてビー玉の子に向かって振り下ろす…! ――ガキンッ! 「強度は十分――技術者(エンジニア)はキミだけじゃないのですヨ。」 「……ッ!」 マスケット銃で相手を押し返すと、そのまま大きく後ろに距離をとる。 背後で沙耶が援護射撃を続けていたが、途中でその銃声は止まる。 僕も片膝をつき相手に狙いを定める。だが…ターゲットはどこにも見当たらない。 いったいどこに―― ――ビュンッ! 「うわっ!?」 頬を掠めていったそれは背後のコンクリの柱の残骸にぶつかって砕け散る。 白い衝突痕を残して細かな破片に砕け散る――ビー玉だ。 だがこれで分かった。飛んできた方向は向こうだから… ――ビュンッ! 「理樹君…ッ!!」 「ぐわっ!?」 数弾がわき腹に命中し、僕はその場に倒れ低く呻く。 おかしい…! さっき飛んできた方向とは別方向からビー玉が飛んできた。 それにあの子の姿が見当たらない。 ――ヒュ〜〜〜〜〜〜〜ン …ドゴン!! 「――っ!!」 上空から飛んできたロケット花火を転がりながらなんとか避ける。 だが飛散物が土を舞い上げ僕の肢体を削り、着弾地点は大きくえぐれているではないか。 これはただのロケット花火じゃない――殺傷能力を高めるために弾頭に火薬と金属片が詰め込まれたものだ。 つまり手製の榴弾砲か…! 「くそっ、いない! 沙耶! 相手は…相手はどこにいるの!?」 「穴よ…! いたるところに溝が掘られているの! 相手はそこに身を隠して狙撃してくる…!」 ――キンッ! 飛んできたビー玉をマスケット銃で振り払いながら、辺りを注意深く見渡す。 見つけた…身を隠せるほどの深い溝。板で胸壁が作られ崩落しないように組まれているのが見える。 「これは塹壕(ざんごう)――」 地面に穴や溝を掘って敵の銃撃から身を隠すための防御施設。 第一次世界大戦などで多用され、敵の突撃や砲撃から高い防御力を誇る厄介な戦闘陣地。 武器を作るだけでなく、防御施設までこの短時間で作っていたと言うのか…! 「塹壕に自動迎撃装置、そして罠……ああ、侮っていたよ。ははは――技術革新が必要だ。」 : : ――ズドーン… ドゴーン… ガキュン… 「…にゅ〜〜〜〜うみゃ…?」 体のあちこちが軋み、その痛みにあたしはゆっくりと目を覚ます。 膝が痛い…擦りむいてるじゃないか、手の甲も血が出てる――それよりもさっきから聞こえる爆音がひどく頭に響く。 ――ドォォォォ… ズーン… 振動でそばにあるコンクリの壁の破片からパラパラと砂が落ちて、あたしの肩口に降りかかる。 どこか遠くで戦争でも起こっているのだろうか。だけどドルジもいるしここなら安全―― ――ヒュ〜〜〜〜〜〜〜ン …ズガァァンッ!! 「ふにゃあぁぁ!?」 空から飛んできた何かを慌てて転がりながら避ける。 轟音が地に響き土や小石が下から上に舞い上がり、一気に頭の上に降りかかる。 地面に衝突したそれは大爆発を巻き起こしたのだ。 「うぺ…っ……ぺっぺっ……なんだ? なんなんだ!? 何が起こっている…っ!?」 口の中に入り込んだ土を吐き出しながら上体を起こす。 あたしのすぐ近くで何かが破裂した。どこから飛んできたというのだ―― 「――地下の水道管、マンホール、火薬、コンクリブロック…射石砲カットオーバー。」 「フィルムケースに鉛玉と火薬を詰め込んで大型ロケット花火で派手に打ち上げる…!」 ――ドゴォォォォ!! 「くそっ、ヒットアンドアウェイか…! 沙耶、相手の位置の確認を!」 「11時の方向30m先の塹壕よ! ちょこまかと…! 弾幕で面制圧よッ」 ――タンッ! タンッ! タンッ! 「大砲でコンクリの塊を打ち出すの…!? 当たったら死にますヨ!?」 「そこか! 逃がさない…!」 「………(∵)」 : : ――ドン!! ドン!! ドン!! 這う射撃―― 4門のキャノン砲が火を噴き、榴弾砲が弧を描いて塹壕に着弾する。 同時に相手の手投げ弾によって2門のキャノン砲が破壊され、僕もその場から後退する。 重砲同士の火力戦――平原は火薬の匂いに満ちクレーターだらけになっていた。 「また破壊されたか…!」 残る榴弾砲も火炎瓶によって火の海の中。 修理を諦めて、僕は工具を手に再び重砲の製造過程に入る。 「シーケンス・フック」 鉄は国家なり―― 山と積まれた鋼と硝石によって進歩の車輪は回り続け産業の牽引車は速度を増す。 馬は機関車に変わり、矢は鉛玉へと変遷する。 この最高にして最悪の実験場で発明、検証、実践、改良の輪廻が機能するのだ。 「――ロケット砲、カットオーバーだ。」 蒼穹を走り下界を焦土に焼き尽くす。 ありったけの火薬を弾頭に詰め込み、形あるものを全て灰と塵に変える最終兵器。 それに点火すると僕は背を向けて戦場を逆に疾走する…! 「ちょっと…理樹君、あのデカいの何なの…!?」 「ロケット砲。爆薬150個分ぐらいだから早く逃げた方がいいよ。」 「150個ですって!? 相手はコンビニと同じ直方体じゃないのよ!? 正気!?」 「あの子は直方体以上だ。いや、立方体と言ってもいいレベルかもしれない…!」 「そんな立方体――ってそれ、まるで意味が分からな…」 ――ドゴオオオォォォォォォォ!!! : : ――パラ…パラ… 終戦。 あたしの目の前で起こっていた戦争は最後に大爆発で幕を閉じた…らしい。 ひとつ分かった事は、人間がふたりいればケンカではなく戦争ができる――ーという事だ。 「――これはちょっとやりすぎたんじゃないの?」 「空中分解して爆発したからそんなにダメージはないと思うけど…」 「三枝さんですから、日頃の行いがここで現れたと言う事でしょう。」 「いやいや、味方なのに厳しいよね。」 見られた姿じゃないその姿に3人はため息をつき、顔を背けた。 めちゃくちゃ――いや、くちゃくちゃえらい事になってしまったようだ。 「…で、あなたは続けるの?」 「ご冗談を。NYP兵器のない私はこの傘で応援するしかできませんから…降伏です。」 「それじゃこれで戦闘終了ね。」 拳銃をホルスターに収めてロープとバンダナを手にする。 ――! そうだった、くるがやはいなくなったけど、彼女を倒さなければ…! 相手はまだこっちには気づいていないはずだ。暗殺と言う形にはなるがなんとしても倒さねばならない。 このまま彼女の仲間が増えてしまうのはまずいのだ。 「――動かないで。」 くるがやの日本刀を抜こうとした時、あたしの後ろから唐突に気配を現した。 おそらくマスケット銃を後頭部に突きつけていることだろう、ゆっくり手を下ろして力を抜く。 少し悲しいぞ。あたしにもこんな冷たい声が出せるのだな、 「その日本刀は…? あの女子生徒はここにはいないのか。」 「最初の派手な爆発にまきこまれてくるがやはやられた。まったくまともじゃないぞ。」 「あれは直方体のクセに女子寮が弱かったせいなんだ。確かに買いかぶってたよ。」 「こいつバカだ。」 「う…」 「――早く、教室にノートを取りに行け。」 「え…?」 「…などとなんとなく言ってみた――シュッ!」 「んご…っ!?」 瞬時に地にしゃがむと足で銃を跳ね上げて、そのまま下腹部に容赦のない蹴りを入れてやる。 言葉にならないうめき声を漏らすのを聞きながら、あたしは背を向けて走り出した。 【次の話へ】 あとがき 自分で書いてて理樹、ありえねぇーっ 海鳴り |